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かいほうの章
第五十九話:クレアデス解放軍の始動
聖女部隊が遠征訓練から帰還して数日が過ぎた頃。
聖都サイエスガウルでは、アルスバルト王子の主導で編成されたクレアデス解放軍の結成と、その出陣が公式に発表された。
結成式はアルスバルト王子の従弟であるロイエンのお披露目も兼ねており、王子が彼の後見人になった事を、オーヴィス国内に居るクレアデスの民にも広く知らしめた。
クレアデス解放軍は聖女部隊を加えて1200人を超える旅団規模の大部隊。
ロイエンはクレアデス解放軍の、一応の総指揮を任せられる。彼の補佐として軍閥貴族関係者から将軍が付けられる事になっていた。
グラドフ将軍という、アルスバルト王子からの信頼も深い熟練の壮年騎士で、クレアデス解放軍の実質的な指揮を担う。
出陣は明後日の昼頃を予定しており、それまでに聖女部隊との顔合わせを済ませる。
行軍中の指揮権や聖女の祝福の使いどころなどは、既に話し合われて概ね決まっているので、それらの確認作業と双方の挨拶が顔合わせの主な目的だ。
そんな訳で、呼葉とアレクトール達救国の六神官は、クレアデス解放軍結成を祝うパーティーの席にて、総指揮官のロイエンに紹介される形で、補佐の副官グラドフ将軍と対面していた。
「貴女が聖女殿か。お初にお目に掛かる、某はロイエン殿の補佐を務めさせて頂くクレアデスの元宮廷騎士団長、グラドフ・スバチルと申す。以後お見知りおきを」
「初めまして。聖女の呼葉です」
呼葉は今日は珍しくパーティー用のドレスを纏っている。流石にこの華やかな宴の席にまで完全武装スタイルを押し通す程、空気を読まない訳ではない。
普段の恰好が物々しい為か、聖女をイメージして作られたシンプルながら荘厳な刺繍も映える、気品にあふれた白いドレス姿の呼葉は、会場中の目を惹いていた。
そして、ただでさえ小柄な呼葉が中々に大柄なグラドフ将軍と向き合う姿は、まるで大人を見上る子供である。
しかし、見目、恰好は周囲に合わせても、自身の在り方にブレない呼葉。
「それで、グラドフ様はクレアデス領内の進軍をどのようにするか、もう決められていますか?」
「んむ? それは――」
少し面食らったように目を丸くしたグラドフ将軍は、呼葉の後ろに控える六神官に視線を向ける。やはり彼女は彼女であったかと、脱力気味に溜め息を吐いた彼等六神官の代表アレクトールが、困惑している将軍に助け舟を出した。
「コノハ殿、せめてパーティーが終わるまでそういった話題はお控えください」
「解放軍部隊に参加する兵士達の親族もいらっしゃいますからね。今はその方達に不安を与えないよう配慮しましょう」
アレクトールとザナムにそう言って諫められた呼葉は、会場を見渡して注目を浴びている事を確認しつつ、納得してみせた。
「そうだね、時と場所をわきまえて無かったわ。ごめんなさい」
「いやいや、なかなか勇ましいお嬢さんだ。これは前線に出る者として頼もしい限りですな」
呼葉の謝罪に、グラドフ将軍はすぐさまフォローで返して場を和ませる。そのやり取りだけで、彼の人柄が窺い知れた。
(うん、この人がロイエン君の補佐に就くなら大丈夫かな)
アルスバルト王子が信頼を寄せている将軍とは言え、件の軍閥貴族達とも関わっている人との事だったので、少々警戒していたのだ。
彼等の内に潜んでいた魔族派による、クレアデス新王朝設立とその後の魔王ヴァイルガリンへの従属下という陰謀は潰えたが、それを暴き防いだのは全て聖女の功績である。
この件では、新王朝下で王権に介入できる絶大な立場を得られる事を期待した一部の軍閥貴族が積極的に動いていた。が、実は計画自体が魔族派の策略で、自分達はいいように操られていたという事実に萎えて、彼等はすっかりやる気を無くしている。
また、そこに至るまでにクレアデスの一部軍閥貴族達と聖女は少し対立気味だった事もあり、その呼葉の働きによって問題が解決した事は、彼等の面子をまる潰れにした。
そういった事情がクレアデス解放軍を実質指揮する事になる軍閥出身の将軍との軋轢に繋がり、行軍に支障を出さないか心配もあったのだが、どうやら杞憂に終わりそうだと、呼葉はホッと息を吐く。
クレアデス解放軍のお偉いさん達との挨拶も終わったので、聖女部隊のお偉いさんである呼葉は、自分の部下達が集まっているテーブルの一画に足を運んだ。
一般の平民兵達は外の広場で料理を振る舞われており、このパーティー会場に居るのは殆どが貴族の指揮官クラスやその親族達である。聖女部隊のメンバーはまた別枠だ。
「みんな、明後日からはまたお願いね」
「お任せください聖女様」
「我ら敗残の兵に新たな活躍の場を与え、勝利に御導き下さった聖女様に忠誠を奉げます」
聖女部隊の兵士隊は少々仰々しい感じだが、皆が呼葉を称え、自分達が付いて行くべき将と認めてくれているようだ。
兵士隊のテーブルの隣には、厳つい傭兵達の面々が揃っていた。
「今度は結構でかい戦になりそうだなぁっ」
「嬢ちゃんの祝福がありゃあ敵なしだぜ!」
「聖女の祝福に乾杯!」
傭兵部隊の彼等は普段口に出来ない高級な酒や料理の飲み食いに夢中で、いい感じに出来上がっている者もちらほら見られる。
貴族階級が多く出席しているこのパーティーで、外見こそ礼服で繕ってはいるものの、野性味が隠し切れない傭兵達のテーブルは聊か周囲から浮いていた。
「ほどほどにね~」
呼葉は苦笑しながら彼等に声を掛けると、また別のテーブルへ移動する。
参謀役のクレイウッド団長に、傭兵隊長のパークス。部隊全体の運用を担うクラード元将軍など、聖女部隊の指揮官達が集まるテーブルだ。大神殿から派遣されている神官達も居る。
給仕や料理人、作業員といった雑用係組は、今回は裏方に回っていた。
「どう? 向こうの人達とはもうお話した?」
「ああ、コノハ殿。解放軍の各部隊長達とは先程挨拶を済ませて来ましたよ」
「何人かアレな若い奴も居たが、まあ変なちょっかい掛けて来るこたぁ無いだろうぜ」
呼葉が声を掛けると、ワイングラスを片手にクレイウッドとパークスが答える。この時、二人の表情に微妙な違和感を覚えた呼葉は、パークスの言う「アレな若い奴」が気になったので訊ねた。
「何かあったの?」
「ん? ん~、まあ何というか、見識の違い? みてぇな? 個人のアレだ、感情と誤解っていう」
「パークスさんが頭良さそうな事言おうとして失敗しているのは兎も角として、クレイウッドさん、何か問題でも?」
「うおいっ」
何やら言葉を選んで説明しようとしたパークスの努力を無情にスルーした呼葉は、先程から自嘲気味な苦笑を浮かべているクレイウッドに問い質した。
呼葉は、パルマムの街でクレイウッド団長と初めて会った時からこれまで、彼のこのような表情は見た事が無かった。違和感の原因だ。
「実は……パルマムで王族を御守りしていた近衛の従者が何人か向こうにおりまして」
解放軍に参加しているのは殆どがクレアデスから避難して来た民で、各部隊長にはクレアデスの元軍人も多い。
その中には、王都アガーシャから王族と共に脱出して、パルマムまで落ち延びた部隊の生き残りも居た。そんな彼等の一部から、クレイウッドに対して批難の矛先が向けられているという。
パルマムで王族や民を護れなかったばかりか、クレアデスの騎士で在りながらオーヴィスの聖女に付いて、武勇と栄誉を手にした狡猾者――騎士にあるまじき不徳の所業だ、と。
「え? 玉砕覚悟でパルマムの奪還に挑んだり、アルスバルト王子の救出にも貢献したのに?」
聖女部隊にクレイウッドが所属しているのは、呼葉がアルスバルト王子と直接交渉をして引き抜いたのだ。彼には何ら恥ずべき部分など無いじゃないかと、呼葉は小首を傾げる。
「全てはコノハ殿の御力あっての事と見做されているようでして……」
「要はその尻馬に乗っかって出世街道を駆け上がってるのが気に入らないって思われてるのさ」
「なんだ、ただのやっかみか」
クレイウッドがかなり配慮した言い回しをしようとしたが、パークスが言葉を選ぶ事を諦めてズバリと言い切った。それを更にバッサリ切り捨てる呼葉。
周囲で聞き耳を立てていたクレアデス解放軍側の関係者が、ヒソヒソと囁き合っている。
「あんまり酷いようなら、私から言っておこうか?」
「いえ、それは……」
本当に極一部の者と拗れているだけなので、聖女様の手を煩わせるほどの事では無いからと、クレイウッドは呼葉の抗議入れを辞退する。あまり大事にしたくないようだ。
呼葉としては、これから大きな作戦に参加するに当たって、味方との不和は解消しておきたいのだが、仲間の全てが皆仲良しこよしでいられるわけではない事も理解できる。
とりあえずは大きな目標に向けて一致団結できるなら、個々の些細な軋轢くらいは仕方ないかと、クレイウッドの気持ちを尊重して、相手方への抗議入れは保留にしたのだった。
その後は特に問題も起きず、祝賀パーティーは恙無く終わった。クレアデス解放軍と聖女部隊の面々は、明後日の出陣に備えて英気を養う。
神殿の自室に帰って来た呼葉は、ドレスを脱いでいつもの服に着替えると、ふいに問い掛けた。
「で、どうだった?」
「ただのやっかみ」
隠密を解いて姿を現したシドが答える。パーティー会場で呼葉がテーブルを回っていた時から、シドはいつも通り隠密状態で傍に控えていた。
クレイウッドの話を聞いたところで、呼葉はシドに祝福を与えて合図とし、件の『近衛の従者』を探りに行かせていたのだ。
ちなみに、呼葉に近いテーブルの上から小さなお菓子やパンや飲み物などが時折消える現象が起きていたが、シドのつまみ食いが原因である。
さておき、シドが探って来た情報によれば、クレイウッドに絡んでいたのは且つてパルマムの街で全滅した、クレアデスの近衛隊に仕えていた従者の若者達らしい。
クレアデス解放軍の中では、小隊長として歩兵部隊の一つを指揮する立場に就いている。
彼等は、超エリート集団の近衛隊に仕えていた自分達を差し置いて、格下だったアガーシャ騎士団のクレイウッド団長が『聖女部隊』という特別な集団に所属しているのが気に入らない。
「――って感じだった」
「うん、放置でいいわね」
呼葉は、「本当にただのやっかみでしかなかったわ」と少し脱力しつつ、この問題に割く意識の優先度を下げたのだった。
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