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かいほうの章
第六十話:パルマムの街にて
クレアデス解放軍出陣の日。先日から告知されていた事もあり、部隊が行進する中央通りは大勢の見送る人々で溢れかえっていた。
聖女部隊は最終調整で正式に部隊入りするメンバーも確定した。一部入れ替わりはあったが、遠征訓練に出た時の総勢五十五人でクレアデス解放軍に参加する。
街の門を出で街道に乗ったクレアデス解放軍は、まずはクレアデスの国境の街パルマムに向けて北上していく。オーヴィス側の国境沿いにもクレッセンという街があるが、今回は素通りする。
聖都からパルマムまでは通常、馬車で三日ほど掛かる距離があり、兵の大半が徒歩なので移動速度は更に遅くなる筈なのだが、聖女の祝福を使えば普通に走る馬車並みの速度で行軍できる。
この街道を使う商人や旅人達に向けて、当日クレアデス解放軍が通る事は告知されていたが、まさか1200人規模の軍部隊が怒涛の全力疾走をして来るとは、誰も思っていなかった。
慌てて街道の脇に避難した旅人や商人達は、土煙を上げながら濁流の如く勢いで駆け抜けていく軍列の兵士達を、唖然とした表情で見送るのだった。
そんなクレアデス解放軍の中央付近を走る聖女部隊の馬車隊にて。
全軍に祝福を与えながら御者台で涼し気にしている呼葉は、周りを埋め尽くすような味方兵士の大爆走を眺めつつ、この分だと明日にはパルマムに到着できそうだと推測する。
いくら祝福効果で疲れないからとて、夜通し行軍する訳にもいかない。少し日が落ち始めたところで全軍が停止。早目に街道脇へと移動して野営の天幕を設営し始めた。
クレアデス解放軍の使いの者から天幕で休むよう勧められたが、呼葉は聖女部隊の馬車で休む旨を伝えて申し出を断った。
「よろしいのですか? 天幕の方がしっかりした寝具も用意されていると思うのですが」
「いいのいいの。私達はこれから先、馬車泊が基本になるんだから」
アレクトールの問い掛けに、呼葉は今から慣れておくのだと答えて寝袋毛布で丸くなる。
この辺りはまだオーヴィス領内の街道の途中で、これだけの軍勢の野営に襲撃を仕掛けるような盗賊団も魔族軍の斥候も居ないだろうと、安心して眠りについた。
翌日、夜明けと共に野営陣地を畳んで出発したクレアデス解放軍は、予定通りこの日の昼過ぎにパルマムの街へと到着した。
クレアデス解放軍の本格的な活動は、パルマムを出発してからになる。
先日の聖女部隊の遠征訓練では、オーヴィスに侵攻中だった魔族軍に痛撃を与えられたので、戦力の再編を余儀なくされた魔族軍の動きも鈍っている事が予想される。
パルマムで兵士達に英気を養わせている間、パルマム行政院の宮殿では軍議が開かれ、今後の進軍方針が話し合われた。
「我々はパルマムから真っ直ぐ王都アガーシャを目指し、早急に奪還したいと考えています」
「私達もそれで構いません」
解放軍の総指揮ロイエンと補佐グラドフ将軍が示す方針に、呼葉は聖女として賛成の意を返す。クレアデス解放軍は王都の奪還を第一に、余計な戦闘を控えて迅速に王都を目指すのだ。
途中にある村や集落の解放は、パルマムから出る後発の援軍に任せる。とは言え、道中の大きな街には、魔族軍もそれなりの戦力を置いていると思われる。
「アガーシャまでの道中には、パルマムと同規模の街が三つあります。いずれも街道上にある街で、それぞれの距離も近く、避けて通るのは難しいのですが……」
「まあ、そこはさっくり突破できると思いますよ。王都奪還で魔族軍の主力とやり合う前の良い練習になるでしょう」
ロイエン達は、アガーシャの奪還戦までにクレアデス解放軍の戦力をなるべく削られないよう、温存しておきたい旨を訴えるが、呼葉は祝福を受けた状態で戦う相手に丁度良いと主張する。
「祝福状態での戦闘訓練が間に合わなかった分、本番で慣れてもらうしかないですしね。出発前の打ち合わせで話した通りですよ?」
クレアデス解放軍は、魔族軍に占領されているクレアデスの街を解放しながら王都まで突き進むという計画を軸にしており、いつ何処をどう攻めるか等は、その都度、進撃の要となる聖女部隊と相談する取り決めになっている。
「それは……その、聖女様の御力を疑う訳ではありませんが、三つの街は位置的に互いを援護し合える配置になっているので――」
一ヵ所に攻撃を仕掛けると、そこが防衛に徹している間に残り二ヵ所から援軍が回り込んで来る。結果的に三方を敵に囲まれた状態に陥る危険性があると、ロイエン達は懸念を示す。
味方の軍勢が一万ほどもあれば、一つの街を攻略している間、他の二ヵ所からの援軍に対応できるし、なんなら三ヵ所同時に仕掛けるという手も使えるが、クレアデス解放軍の戦力は1200。
祝福込みで一つの街を落とせる程度の戦力で挑むには、聊か危険過ぎる――ロイエン達はそう主張して、三つの街を大きく迂回する案を持ち掛けて来た。
呼葉は小首を傾げて訊ねる。
「それだと王都攻めしてる時に背後から挟撃受けるっしょ。あと、ロイエン君達は、私の祝福効果をどのくらい把握してるの? 正確に知ってたらそんな発想出て来ないと思うんだけど」
余所行きの繕いを止めて素で訊ね始める呼葉に、同席しているアレクトール達が『あちゃ~』と額を覆って天を仰ぐ。
呼葉に年下呼びされたロイエンは 『ろ、ロイエン君……?』と、戸惑いながらも、自分達が認識している『聖女の祝福』について答えた。
「祝福を受けた者は、装備を含めて二割から三割も力が加算されると聞いていますが……」
「え? 二割から三割?」
「ち、違いましたか?」
思わず「なにそれ」と目を丸くした呼葉がアレクトール達を見やる。きちんと情報交換をしていたのではないのかという問い掛けの視線に、ザナムが推察を述べた。
「コノハ嬢に関する神殿からの説明内容を過小評価されたか、誇張されていると判断して妥当な数値を当てはめられたのでしょう」
最初にクレアデス解放軍を立ち上げたのは魔族派に騙されていた一部の軍閥貴族達で、彼等が取り仕切っていた時期に、神殿から聖女の祝福についても説明が成されている。
聖女に関する情報は、その時に纏められた内容がそのまま受け継がれていたのだろうと。
「あー……あの人達の偏った見方が入りまくりなのね」
「恐らく、そういう事では無いかと」
ザナムの推察に「有り得るわ」と得心する呼葉に、ロイエンとグラドフ将軍が訊ねる。
「ええと、それはつまり……」
「聖女殿の御力は、もっと強力であると?」
「正確には計ってないけど、大体数倍の能力になるよ?」
「数倍!?」
これは体感して貰った方が早いと、呼葉は二人に祝福を与える。聖都からパルマムまでの行軍では移動だけだったので、実感できなかったのだろう。
「その状態で剣の型でもやってみて? 普段より身体が動き過ぎるから、慣れるまで注意ね」
パルマム奪還戦の時は、クレイウッド団長が敵の攻撃を躱そうと横っ跳びしたら勢い余って民家の窓を突き破るというアクシデントを起こしている。勿論、無傷だった。
そして祝福を受けた少数の騎士達だけで、正面から大鬼型を討ち取るという快挙も成し遂げた。重い甲冑を身に付けたまま二メートル近く跳躍するなど、二割や三割増しの強化ではあり得ない。
軍議を開いていた会議室は結構広い。壁際に移動したロイエンが装飾入りの片手剣を。グラドフ将軍は武骨な両手剣を、それぞれ何もない開けた空間に向かって構える。
「で、では……――うわっ!」
「むおっ!」
前に踏み出しながら一振りしたロイエンは、その一歩で予想外に進んでしまい、危うく奥の壁を斬り付けるところだった。
グラドフ将軍は両手剣を大上段から振り下ろしたのだが、ボッという風切り音と共に衝撃波のような風圧が床を広がり、近くの椅子がザーッと流れて窓のカーテンがぶわりとはためいた。
彼が全盛期の頃でも、これほどの一振りを放てた事はなかった。
「こ、これほどの強化が、全ての兵士に与えられるのですか?」
「そゆこと」
事も無げに答える呼葉の後ろでは、アレクトール達がすまし顔で頷いた。
ロイエンとグラドフ将軍達は、呼葉の力を侮っていた訳ではなかったが、正しく認識もしていなかった事を理解した。
聖女の祝福の凄まじさを実感した彼等は、呼葉の提案を受け入れ、この先にある魔族軍に占領された三つの街を解放していく事を決定するのだった。
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