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おわりの章
第七十三話:王都奪還戦の始まり
しおりを挟むラダナサが集めた情報と第四師団の捕虜から得た情報、それに先日までの輸送隊にこっそりと交じっていた『縁合』連絡員からの情報も合わせると、現在の魔族軍の動向は概ね次の通り。
まず魔族国ヒルキエラに第三師団8000が退いている。ルーシェント国には第一師団12000と第二師団10000を配置。
クレアデス国の王都アガーシャには、第四師団4000と第五師団6000が駐留しているらしい事が分かっている。
第二師団がアガーシャに向かうという情報もあったので、今頃は合流しているかもしれない。
「アガーシャに駐留する魔族軍の戦力は、第二師団、第四師団、第五師団というところだろう」
およそ20000の大軍と対峙する事を示唆して反応を覗うグラドフ将軍に、呼葉は特に気負う様子も見せず答える。
「まあ、実績から言えば10万相手でも勝てるんだけど」
「凄まじいですね」
途方もない数で想像もできないと、ロイエンが肩を竦める。現在クレアデス解放軍と聖女部隊は中央街道をアガーシャに向けて爆走進軍中である。
手間を省く為に、ロイエン総指揮とグラドフ将軍を呼葉の馬車に招いて簡易軍議を開いていた。車内には件の二人に解放軍の将軍付き補佐官。呼葉にはアレクトールとザナムが付いている。
六人で結構ギュウギュウ詰めの中、膝を突き合わせながらの話し合い。
アガーシャには正面から挑むという方針で纏まった。一応、降伏勧告は出す予定だが、まあ受け入れられる事はないだろうと皆が意見を一致させている。
「ただ、いくら祝福で強化されてても数で圧されるとどうしようもないから、各個撃破されないように固まって行動する事は必須ね」
「そうですな。それは全軍に徹底させましょう」
カルマールを制圧した時のように、祝福効果に舞い上がって独断専行する兵士を出さないよう、指揮の引き締めが必要だ。
そして、実際に相手がどう出て来るかの推測。今回、『贄』を含む奴隷部隊の無力化と関所陣地の制圧で痛手を負っている魔術士の多い第四師団4000。
騎兵を中心に編制された機動力の高い第五師団6000。そして対アガーシャ奪還戦で魔族軍側の中心になると思われる第二師団10000。ちなみに、第二師団は防衛型の編制らしい。
兵数とその性質を鑑みれば、魔族軍側はクレアデス解放軍と聖女部隊の十倍もの戦力で防御を固めつつ、機動力のある第五師団が機を見て攻勢に出る立ち回りで優位に戦えそうだが――
「相手がそれをしてきたら楽なんだけどなぁ」
「楽……ですか?」
呼葉の呟きに、ロイエンは疑問を浮かべながら問い掛ける。鉄壁の防衛力に高い機動力と攻撃力を持つ騎兵隊という組み合わせは、中々に厄介そうに思えるのだ。
そんなロイエンの心情を読み取ってか、呼葉は相手が籠城戦を選んだ場合の展開を説明する。
「まず、私達に籠城は効かないから、相手が守りに入ったら王都への突入が楽になるのよ」
城門は在って無きが如く、呼葉の特大火炎弾などであっさりぶち破れるので、門前の敵が少なければ、それだけスムーズに突破出来る。
第五師団の機動力に対しても、そもそもが聖女の祝福を受けたクレアデス解放軍と聖女部隊は、歩兵が通常の騎兵より速い上に硬くて攻撃力も高い。
先の三つの街の解放戦や、聖女部隊の遠征訓練でそれは実証されている。
「……そう言えばそうでした」
ロイエン自身も、メルオースの攻略時にその恩恵を体験していた。ただ、それはあまりにも常軌を逸した力であり、常識的な思考を持つ人ほど、与えられる恩恵の強大さに戸惑いも大きくなる。
一部の者しか知らない事だが、呼葉の力は魔族に支配された世界で滅亡した人類の生き残りを救い、再興させる為に振るわれる筈だった力である。
人類がギリギリ踏み止まれているこの世界では、過剰な恩恵でもあった。だからといって、呼葉に自重する理由は一切ない。
呼葉達の乗る馬車が少し傾き、若干の上り坂に差し掛かった事を感じさせる。
窓から顔を出した呼葉が周囲に目を向けると、街道の両脇を覆っていた木々が疎らになっていた。森を抜けたのだ。
遠くに連なる霞かかった山の頂と、長閑に流れる雲の群れ。徐々に開けた視界に雄大な景色が広がる。
「そろそろ王都が見えて来る頃かな?」
「そうですな。この先の丘を登り切れば、アガーシャの全域が見渡せますぞ」
この場に居る者の中では、最も王都周辺の地理に詳しいグラドフ将軍が答える。彼を含めて、クレアデス解放軍の兵士にはアガーシャの出身者も多い。
その時、先行している斥候部隊から丘の頂上付近で会敵したとの報告が入り、注意が呼び掛けられた。全軍が速度を落として周囲の警戒を強める。
「まあ居るわよね」
こちらの様子を覗うだけでなく射掛けて来たそうだ。だが相手の矢は通らず、斥候部隊の弓騎兵が放つ強烈な反撃を受けて退散したらしい。
その後も街道に罠が仕掛けられていないか、待ち伏せが潜んでいないか、引き続き斥候部隊が先行して安全確認を担う。
そうして、ついに王都アガーシャの全景を眼前に捉えた。
(あれが、アガーシャの都か……)
オーヴィスの聖都サイエスガウルよりも大きい街。聖都に比べて建物同士の間隔を広くとっている事が全体の面積にも影響しているらしい。
正門がある正面の防壁上に、かなりの数の兵士が詰めている。防壁を挟んで内と外にも陣形を組んだ大部隊が三つほど並んでいた。
外側の大部隊は、正面と左右に同規模の部隊が方陣形で並び、それぞれ推定で4000くらい。防壁上を埋め尽くす兵士も、その半分くらいにはなりそうだ。
「あれって、上に居る部隊は第四師団かな?」
「装備から察するに、恐らく」
防壁上の部隊は殆どが黒ローブ姿の魔術士らしく、関所陣地で対峙した第四師団の魔術士隊と同じ所属を思わせた。
王都アガーシャと魔族軍の大部隊を前に、クレアデス解放軍と聖女部隊は一度全軍をその場で停止させる。
ロイエン総指揮とグラドフ将軍、その補佐官が解放軍部隊に戻り、呼葉の傍にはクレイウッド参謀やパークス傭兵隊長、クラード元将軍らが集まって来る。
「相手の陣形を見てどう思う?」
「あれは攻撃寄りの防衛陣でしょうな」
クレイウッド参謀に意見を求めると、そんな答えが返って来た。防壁前の三つの大部隊は、左右の部隊に騎兵が多く並び、中央の部隊には盾兵の姿が多い。
左右の騎兵隊は第五師団。中央と防壁の内側は第二師団で、防壁上の第四師団は攻撃よりも味方の支援に徹してくると思われる。
あまり防壁前から離れないかもしれないとの事だった。
「なるほど」
クレアデス解放軍が移動用の縦列を解いて横陣を形成する。聖女部隊もその後方に付き、呼葉は宝杖フェルティリティを携えて馬車の屋根に上った。
「それじゃあ、王都の奪還を始めましょうか」
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