90 / 106
おわりの章
第八十九話:王都シェルニアの魔族軍事情
ルナタスの街を出発した聖女部隊が王都シェルニアを目指して街道を爆走していた頃。
シェルニアに駐留している魔族軍第一師団の各部隊長や指揮官達が、現在司令部として使っている王城の会議室に集まり、本国ヒルキエラからの帰投命令について論じあっていた。
「むざむざここを明け渡せと言うのか!」
「ヴァイルガリン様には何かお考えがあるのだろう」
『聖女との交戦を避け、全軍は直ちにヒルキエラへ帰投せよ』。
この命令を不服とする好戦派の指揮官は少なくなかったが、聖女と二度も交戦した第三師団からの報告を鑑みても、妥当な判断であると冷静に考えられる指揮官も多かった。
「現状、聖女の強化魔法に対抗する術が確立していない。このまま無策に戦うのは愚の骨頂」
「『伝説の聖女』の力が我々を上回っている事を認めよう」
「しかし、一戦も交えずというのは……」
「間接的になら既に一戦交えているじゃないか」
第一師団の体裁を気にする指揮官には、ルナタスに派遣された精鋭支援中隊の件を出して説く。
強化魔獣部隊の運用試験を担う第三師団の補佐役として抜擢された精鋭支援中隊は、聖女との戦闘は最低限の牽制に留めて戻るよう指示されていたのにも関わらず正面から挑み、壊滅した。
顛末を目撃した斥候の話によると、聖女の強化魔法で自爆させられたらしいとの事。
「強敵を相手に万全を期すのは至極当然の道理である」
「聖女さえ討ち取ってしまえば、何処からでも巻き返せよう」
「ヴァイルガリン様の深慮を理解せず、闇雲に挑んで破れる事こそ恥と心得るべきだ」
そんな調子で帰投命令に理解を示す指揮官が多数を占めた第一師団は、その後大きな混乱も起こさず、聖女部隊が現れる前にシェルニアからの全軍撤退を始めるのだった。
第一師団と第三師団がシェルニアを放棄してヒルキエラに引き揚げる準備を整え終えた頃。
街道の先から土煙を上げながら爆走して来る聖女部隊の馬車隊が、シェルニアの防壁上にある見張り台から確認された。
「報告! 聖女部隊と思しき少数の馬車隊が接近中!」
「なにっ!?」
「幾らなんでも早すぎるだろう!」
ルナタスから聖女部隊が出たという報せが届いてまだ二日程しか経っていない。
足止めの迎撃部隊を出した方が良いか、とにかく撤退を急ぐべきかと少しバタバタする司令部。すると、全面撤退に難色を示していた好戦派の指揮官達が足止めに名乗りを上げた。
「我々が打って出ている間に、本隊の撤退を」
身体強化術による近接戦闘と機動力に特化した精鋭遊撃部隊を運用する指揮官達が、師団長に出撃の許可を求める。
「いや、別に打って出ずとも、今なら直ぐに全軍で撤退すれば十分間に合うと思うが……」
「それでも殿は必要でしょう。なあに、強化魔法なら我々に一日の長がありますよ」
第一師団長は迷う。これまでの報告通りなら、聖女部隊は制圧目標を確保すれば追撃をして来ない事がほぼ確定している。
魔王ヴァイルガリンから全軍に『直ちに戻れ』と指示が出ている以上、本国ヒルキエラでそれを踏まえた何かしらの任務がある筈だ。
ここで徒に兵を減らすような失態は許されない。
第一師団長達のやり取りを部屋の隅で眺めている第三師団の指揮官達は、つい最近ルナタスで見たようなやり取りだなと、既視感など覚えていた。
ルーシェント国の属領ルナタスの街を出発して快調に街道を飛ばして来た聖女部隊の馬車隊は、王都シェルニアの街影が見えるギリギリの場所で速度を落とし始め、街道脇の休憩場で停車した。
シェルニアに潜伏している『縁合』から、魔族軍はヒルキエラに撤退する準備をしているという情報を得ていたので、戦闘を回避出来るなら無理に戦う必要は無いと様子を見る事にしたのだ。
「シェルニアの『縁合』とは連絡付きそう?」
「どうでしょう? こちらの位置は確認出来ていると思いますが」
呼葉の問いに、現在のシェルニアの状況次第では厳しいかもしれないと、クレイウッド参謀やザナム達が答える。
情報通り撤退するなら、夕刻前から明日の朝頃くらいには動きがある筈だと、聖女部隊は防御陣を敷いて警戒態勢のまま待機に入った。
呼葉の乗る馬車に横付けされている使用人達の馬車回りでは簡単な料理等が作られ、陣を護る兵士隊や傭兵部隊に振る舞われている。
その時、見張り役から警告が上がった。
「魔族軍部隊接近中! 数――凡そ八十! 騎兵及び魔物・魔獣は見当たらず!」
全て歩兵だけの部隊だと言う。
「少ないね? 何か交渉に来たのかな?」
「ルイニエナ嬢に確認して貰いましょう」
使用人に交じって給仕をしていたルイニエナが呼ばれると、呼葉と一緒に見張り役が陣取っている馬車の屋根に上がる。
「あの部隊なんだけど、目的とか分かる?」
「うわ……」
街道の先からやって来る魔族軍の歩兵部隊とその軍旗を認めたルイニエナが、思わず声を漏らしてげんなりとした表情を見せた。
もうそれだけで『悪い予感しかしない』と察する呼葉。
「あれは、第一師団の精鋭遊撃歩兵小隊です。強化系魔術による近接戦闘に特化した斥候部隊ですが……あまりの素行の悪さから街などの拠点制圧任務からは毎回外されているそうです」
「ふーむ? 素行の悪さって、略奪とか着服とか?」
「それもありますが無闇矢鱈と暴力を振るうので不必要に犠牲が出過ぎるんですよ」
ルイニエナに言わせれば、不相応な力を持ったチンピラ集団と変わりないらしい。
それなりに功績も上げて第一師団に所属していられるだけの実力はあるので、余計に性質が悪いとの酷評だった。
「そっかー。じゃあ話し合いに来た訳じゃ無さそうだね」
近付いて来る魔族軍部隊を横目に、呼葉は聖女部隊の皆に迎撃準備を促すのだった。
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。