遅れた救世主【聖女版】

ヘロー天気

文字の大きさ
91 / 106
おわりの章

第九十話:遊撃歩兵小隊との戦い

しおりを挟む



 王都シェルニアの街影を視界に捉えられるギリギリの距離にある街道脇の休憩場にて。
 近付いて来る魔族軍部隊に対し、聖女部隊からは傭兵部隊のパークス達が防護陣を出て迎撃の構えを見せた。
 兵士隊は陣内で待機させ、臨機応変に動いてもらう。

 接近中の部隊は第一師団に所属する精鋭の斥候部隊で、近接戦に特化した『遊撃歩兵小隊』。ルイニエナの話では、素行にかなり問題がある性質の悪い実力者集団との事だった。

「近接戦闘に特化してるんなら、パークスさん達だけで大丈夫かな?」
「そうですな。コノハ殿の祝福とあの大剣込みで十分対処可能かと」

 呼葉がクレイウッドと戦力の見積もりをしていると、ルイニエナから「そんなに甘い相手ではない」と忠告された。

「彼等のやり方はとにかく悪辣なんです。まともな戦いにはならないと考えて下さい。恐らく、初手は先陣の傭兵部隊を無視してこちらの非戦闘員を狙って来ますよ」

 馬車で円陣を組んでしっかり防備を固めてはいるが、陣内に飛び込んで来られると確かに厄介である。

「じゃあクラードさんにも警戒を促しておこう」

 非戦闘員や六神官の皆は馬車に乗せて戸締まりをした上で兵士隊を護りにつかせた。
 馬車自体も祝福効果で砦並みに丈夫なので、破壊される心配はない。これで一先ず安心かと考える呼葉だったが、敵部隊の様子を観察していたルイニエナが更なる警告を発した。

「あの装備は……まずいですコノハさん」
「え? なになに? 装備がどうしたの?」

 遊撃歩兵小隊の性質の悪さ。目的の為に一切の手段を選ばないという手合いは珍しくもないが、問題は彼等の使う戦術内容の酷さにあった。

 ルイニエナの情報によると、普段の遊撃歩兵小隊は得意の近接戦と機動力の妨げにならないよう軽装備で活動しているらしい。それが、現在は顔全体を覆う兜を装備している。

「あれを装備している時は、火を放ったり毒の煙を撒いたりするんです」

 周囲への影響を全く考慮しない為、戦闘と関係のないところにかなりの被害が出るらしい。この休憩場一帯は草木に囲まれているので、広範囲に火を放つくらいはやりそうとの事。

「じゃあ接近させないように宝珠の魔弓で――」

 呼葉は、圧縮火炎弾は威力が高過ぎる上に少数の素早い敵には不向きと判断。
 命中率の高い追尾機能付き魔法の矢による遠距離攻撃に切り替えようとしたその時、敵小隊が盾を掲げた。

 使い手の身長くらいはありそうな縦長の大きなその盾には、子供が括り付けられていた。それを見たパークスが思わず叫ぶ。

「はぁ!? 何してやがるんだアイツ等!」

 文字通り子供を盾にして向かって来る遊撃歩兵小隊に、ざわめく聖女部隊。
 確実に接近する為の策なのであろうが、先程のルイニエナの情報通りなら、肉薄してから火や毒が使われる事になる。

「なるほど、これは悪辣だわ」

 魔獣達の純粋な殺意よりも、人の悪意の方が何倍も性質が悪い。呼葉はそんな風に思いながら、盾に括り付けられている子供達に聖女の祝福を贈る。
 同時に、盾持ちの脳天を狙って魔弓を放った。

 緑色の軌跡を引きながら飛んで行った魔法の矢が遊撃歩兵小隊の頭上に迫ると、人質付きの盾が当然のように真上に翳される。

 呼葉はその瞬間を狙って、素早く圧縮火炎球を発現させた。少し威力控えめになった圧縮火炎光線が遊撃歩兵小隊の足元を薙ぎ払う。

 この攻撃は予想外だったらしく、先頭付近の隊列が軒並み倒れた。まだ三分の二ほどの後続が残っている。
 呼葉としては、今の一撃で一網打尽にしたかったのだが、距離と角度の問題で難しかった。

 遊撃歩兵小隊はこのまま真っ直ぐ進むのは危険と判断したらしく、散開して街道脇の森の中に飛び込んだ。その際、移動の邪魔になる人質付きの盾も放棄された。

 足を薙ぎ払われて街道に置き去りにされた兵達は、子供が括り付けられている盾で身を護ろうとしている。が、呼葉が放った魔法の矢は拘束の縄を撃ち抜いていた。

 祝福効果で強化された子供達は緩んだ拘束から自力で脱出すると、助けを求めて聖女部隊の方に駆け寄って来る。

「無いとは思うけど、あの子達の中に『贄』の反応は?」
「反応無し。問題無し。保護されたし」

 馬車の中から呪印の気配を調べていたルーベリットが、呼葉の問いにそう答えた。
 どうやら大丈夫っぽいという事で、聖女部隊の馬車隊防護陣の前まで来た子供達を保護するべく、馬車を動かして陣の一部を開く。
 そのタイミングで、街道脇の森の中から毒々しい色の煙を吐く筒状の何かが飛んで来た。

「やると思った」

 ルイニエナからの情報と、ここまでの遊撃歩兵小隊のやり方から次の行動を読んでいた呼葉は、風壁を発現させて毒ガスと思われる煙と筒を遮断。
 人質だった子供達全員の保護を確認後、パークス達も防護陣の中に戻して風壁の威力を上げ、風の魔術による物理的な防壁を築いた。

 保護した子供達の中には怪我を負っている子も多く、六神官と神殿から出向している神官達に治療を任せる。

 事情を聞いてみると、子供達は王都シェルニアに住む一般民の子供に孤児達も交じっており、今日の朝方に突然攫われて来たという。
 街の通りで遊んでいた子達や、適当に押し入った家から問答無用で連れ去ったらしい。

「何それ、ほんっとに性質悪いわね」

 戦い方だけでなく行動全般が悪辣だと眉を顰める呼葉。風壁の外では盛大に煙が上がっている。どうやら森に火を放ったようだ。
 周囲一帯を焼け野原にする事を厭わない所業に、聖女部隊の面々は目を瞠る。

「コノハ殿、このままでは――」
「森が焼けたら復興にも影響が出るよね」

 熱と煙に巻かれて危険だと訴えようとしたクレイウッドにそう答えた呼葉は、宝杖フェルティリティを掲げて風壁を強化した。竜巻のように渦巻かせた暴風壁の範囲を徐々に広げていく。

「あの部隊は、ここで叩き潰す」

 そうして遊撃歩兵小隊の殲滅を宣言したのだった。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

処理中です...