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おわりの章
第九十一話:王都シェルニアの奪還と怒りの矛先
魔族軍第一師団の中でも、特に悪名が高いらしい遊撃歩兵小隊の急襲を受けた聖女部隊。
その攻撃の悪辣さに殲滅を宣言した呼葉は、宝杖フェルティリティを掲げて防御用に纏っていた風壁を攻撃に転化する。
聖女部隊の防護陣を中心に、徐々に範囲を広げ始めた渦巻く暴風壁は、その勢いを増していき、土を巻き上げ、大地を抉り、木々を薙ぎ倒す。
森林破壊暴風壁。
暴風壁の竜巻でミキサーのように掻き回される土砂と石飛礫に、根こそぎ引き抜かれて飛び交う大量の木々も交ざると、それぞれの摩擦でプラズマまで発生し始めた。
聖女部隊の防護陣の外側はまさしく地獄と化していた。
やがて竜巻暴風壁が収まると、聖女部隊の周囲一帯が広範囲に渡って更地になっていた。木々も石も粉々にすり潰されて土になったらしく、黒々とした森の大地が広がっている。
遊撃歩兵小隊は、森の跡地の肥料になったようだ。
「さあ、行くわよ」
休憩場周辺の惨状に声を無くしている聖女部隊の面々に、呼葉は一言告げて自分の馬車に乗り込んだ。
「こ、コノハ殿、このままシェルニアに向かうのですか?」
「うん。クラードさん、進軍指示」
「う、うむ」
アレクトールの問いに短く答えた呼葉は、馬車の窓からクラード部隊運用指揮補佐に声を掛ける。
謎の圧力を感じて若干戸惑いながらも、クラード指揮補佐の号令で聖女部隊は防護陣を解くと、王都シェルニアに向かって街道を移動し始めた。
爆走の必要が無い程度の距離を駆けて王都シェルニアの正門前に辿り着く。シェルニアの正門は開いていた。
見張りの兵士もおらず、街の住民らしき数人が中央通り沿いの建物の陰から様子を窺っている。抵抗も無く王都に入る聖女部隊。
「あっ、母ちゃん!」
馬車に乗せていた子供達が、正門前の通りに家族の姿を見つけた。建物の陰からこちらを覗いていた何人かが小走りに寄って来る。
周囲に危険が無い事を確認して、子供達を馬車から降ろす。
「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ」
「ああっ、良かった! 聖女様が助けて下さった!」
子供達を全員無事に連れ帰った事で、彼等には非常に感謝された。
件の遊撃歩兵小隊は家に押し入って子供達を攫う際、部隊の人数を確保出来なかったので、それを補う為の作戦に使うと言っていたらしい。
住民達から事情を聞いていたところへ、シェルニアに潜んでいた『縁合』の構成員がやって来た。
「お早いお着きでしたな、聖女殿」
『縁合』は、聖女部隊がシェルニアの直ぐ近くにある街道の休憩場に陣を張ったので、今夜中にも接触しようと準備を進めていた。
しかし、魔族軍の第一師団と第三師団が早い段階で全軍撤退を決めた為、頃合いを見計らって連絡員を派遣するつもりだったという。
だが、遊撃歩兵小隊が聖女部隊の足止め策と称して街で徴発活動を始めてしまい、無暗に動けない状態になっていたそうな。
代わりに撤退する魔族軍と遊撃歩兵小隊の動きについて探り、僅かながら彼等の情報を入手している。
魔族軍には魔王ヴァイルガリンから全軍に『帰投命令』が出ており、損耗を嫌った第一師団長等が、足止めに出ると譲らない遊撃歩兵小隊の出撃許可人数を絞ったらしい。
「それであの作戦だったと?」
少数精鋭で効率よく確実に接近するべく、人類側の救世主なら絶対に見捨てる事は出来ないであろう人質を盾として用意した。
子供を使ったのは、盾にする際の運びやすさというサイズと重量の問題もあるが、聖女はただの一般人でも熟練兵並みに強化するという事が魔族軍内でも知られている。
その為、強化されても脅威にならない相手を選んだという訳だ。
「その子供達を全員無事に救出し、件の部隊も退けて来るとは、流石ですな」
そう言って呼葉を称える『縁合』の構成員は、このタイミングでの聖女部隊の到着は本当に予想外だったと語る。
撤退中の魔族軍第一師団、第三師団とは殆ど入れ違いであったと。
「ん? って事は、第一師団ってまだ近くにいるの?」
「魔族軍の最後尾部隊が出て行くのと、皆様方が正門を潜ったのはほぼ同時でしたからな」
それを聞いた呼葉は馬車を飛び降りて駆け出した。正門脇の防壁に上がって周囲を見渡す。
すると丁度、裏門から撤退した第一師団と第三師団の軍列が、夕暮れで影の伸びた王都の外壁沿いを、ぞろぞろと横切って行く姿が見えた。
王都の外周をぐるっと迂回して街道に出るつもりらしい。
「コノハ殿、どうされました?」
「お? あれが魔族軍の第一師団か?」
「……」
直ぐ後を追って来たクレイウッド参謀とパークス傭兵隊長が呼葉の隣に並び立つ。そんな二人に無言を返した呼葉は、おもむろに火炎球を発現させて圧縮を始めた。
「こ、コノハ殿?」
「私ね、今回は流石にちょっと腹に据えかねてるのよ」
「おおっ やっちまえやっちまえ!」
突然の攻撃態勢にクレイウッドは困惑するが、呼葉の心情に同意するパークスは励まして煽り立てる。それに咎めるような視線を向けるクレイウッドだったが、呼葉を諫めようとはしなかった。
やがて、光輝く圧縮火炎球が浮かび上がる。その数、八つ。
王都シェルニアの防壁上から、複数の圧縮火炎光線が撤退中の第一師団と第三師団に向けて放たれた。
一方、夕闇に包まれ始めた王都沿いの小道を行く、撤退中の魔族軍。
第一師団の後に続く第三師団の師団長は、王都を出る前に見えた巨大な竜巻について考えていた。
(あれは、精鋭遊撃歩兵小隊と聖女部隊との戦闘で生じたものに違いない)
遊撃歩兵小隊があの系統の魔術を使ったという話は聞いた事が無いので、十中八九、聖女によるものだろう。
聖女は実に多彩な攻撃手段を持っていると評価する第三師団長。
(竜巻発生の直前に黒い煙が昇っていた……遊撃歩兵小隊は森に火でも放ったか?)
噂に違わず無茶をやる連中だと内心で呻く。その時、軍列の兵士達からざわめきが上がり、側近が緊張を孕んだ声で異変を報せる。
「団長、あれを!」
「む? 防壁上に何か……あれは聖女か?」
間もなく太陽が沈む刻。篝火が焚かれていない為、全体的に影に覆われている王都の防壁上で、そこだけ煌々と明かりが灯っている箇所がある。というか、複数個の光の玉が浮いている。
その光に照らし出されているのは、遠目に何度か見た事がある聖女の姿。
「何だ……? あの光の玉にも見覚えがあるような――」
攻撃系の魔術にしては小さく、しかしあの強烈な輝きはルナタスで遠距離から正面防壁の上部を魔術士部隊ごと吹き飛ばした光線攻撃の予兆に似ている。
第三師団長がそこまで考えた時だった。浮かんでいる光の玉がそれぞれ伸びるように形を変えた気がした――次の瞬間、何重もの光の線が軍列を薙ぎ、次いで爆炎が上がった。
「なっ……何事だっ!」
「攻撃です! 防壁から攻撃がっ!」
(馬鹿な! 何故……っ)
聖女は撤退する部隊に追撃を行う事はなかった筈。そんな困惑と疑問を抱く暇もなく、凄まじく殺意の高い光線攻撃が第一師団と第三師団の軍列を撫で斬りにしていく。
甲冑ごと切り裂く光の斬撃と爆炎でたちまち大混乱に陥った魔族軍は、もはや統率もとれず散り散りに逃走を始めた。
あの異常に長い射程距離と強烈な威力を持つ聖女の光線攻撃が、複数連続して襲い掛かって来る悪夢。
だがその軌道に規則性はなく、まるで怒りに任せて振り回しているような、雑な攻撃だった。
地に伏せてやり過ごしていた第三師団長は、その事に気付いた瞬間、思わず叫んでいた。
「あいつ等だ! あの遊撃隊が余計な手出しをしたせいで……っ!」
とんだとばっちりだと悪態を吐きながら、出来る限り身を縮めて魔法障壁を頭上に集中展開し、偶に掠める光線攻撃をどうにか凌ぐ。
高速で通り過ぎていくので、直撃でなければギリギリ障壁で耐えられる。危機的状況に加速する思考。
第三師団長は、この生死の境と体感する危険地帯でひたすら己の身を護りながら、一つの考えを巡らせていた。
思えば、聖女の反撃はルナタス戦前後から段々と苛烈になっていた。素直に退けば配慮されると安易に考えていた事に思い至る。
聖女の慈悲に、無意識に甘えていたのだと自覚して恥じる。
(前魔王様が討たれてから、流されるまま侵攻軍を指揮して来たが……本当にこのままで良いのか?)
魔王ヴァイルガリンとそのシンパが掌握するヒルキエラで、穏健派と見做されれば家ごと潰される。
それを避けるべく侵攻軍入りして戦功を重ね、それなりの評価を得て来たが、現魔王に忠誠を誓った事はない。
(この聖女であれば、簒奪者ヴァイルガリンを下せるのでは?)
危険な考えだと知りつつも、一瞬掠めただけで削り取られる魔法障壁を張り直す度に、その思いが補強されていった。
王都シェルニアの近郊で撤退中の第一師団と第三師団が聖女の苛烈な八つ当たり攻撃に曝されていた頃。
呼葉が更地にした中央街道添いの休憩場近くにて。更地の範囲外になる鬱蒼とした森の中から、満身創痍の遊撃歩兵小隊が現れた。
竜巻暴風壁による破壊に半数以上が巻き込まれたが、生き残りの部隊長以下、精鋭の部下数人は健在だった。
「予想以上の化け物だったな、あれは」
「全くだ。下位師団連中の言う事など当てにならんと思っていたが、なるほどアレでは――」
「ああ、第二師団以下の侵攻軍が敗戦続きなのも頷ける」
「伝説は伊達ではなかったという事か」
今回、遊撃歩兵小隊は聖女部隊に完敗だった。出撃人数を絞られた事など言い訳にもならない。寧ろ人数が少なかったお陰で被害も最小で済んだと言える。
「シェルニアの全軍はそろそろ撤退を終えた頃か」
「我々もとりあえずヒルキエラに向かうとしよう」
まずは旅に必要な食糧を確保しようと、手頃な獲物がいないか森の様子を探る。すると、複数の動物が近付いて来る気配を感じた。
すり潰されて土に還った者達の血の匂いでも嗅ぎ付けたのか、中型の狼系の群れが迫っている。
「丁度いい、狩ろう」
「狼の肉は臭いがなぁ」
「破損した装備の補強に使うから、あまり皮を傷付けるなよ?」
そんな調子でゆるゆると狼狩りに臨もうとする遊撃歩兵小隊の生き残り達。
木々の合間を埋める藪の中から、灰色の毛皮を持つ狼の体躯が飛び出して来た瞬間。彼等の仲間が首から血を吹き出して倒れた。
一瞬で喉元を噛みちぎられたらしい。
「何っ!」
「馬鹿なっ」
倒れた仲間は足首に噛みついたその狼によって、あっという間に藪の中へと引きずり込まれて行った。
その後も、周囲の藪から次々に飛び出して来ては一撃離脱していく狼達。しかも、普通の獣とは思えない異様な速さで襲って来る。
異常な力を持つ狼の群れに、近接戦を得意とする彼等は防戦一方に。
幸い、更地を背にして森と向かい合っているので、正面からの急襲にのみ集中していれば何とか対処出来ていた。
「なんだこの獣は!」
「おかしい、この気配は――獣から聖女の力の気配がする!」
「まさか、聖女の強化魔法を受けているのかっ!」
あまりに予想外の置き土産に慌てた遊撃歩兵小隊の生き残り達は、ここに居ては危険だと判断して脱出を図ろうとする。
森に背中を向ける訳にはいかないので、休憩場のある場所までジリジリと後退していく。しかし、森から十分に距離を取った辺りで狼の群れが一斉に飛び出して来た。
広く、障害物の無い更地で数十匹の強化狼に囲まれた彼等に、もはや為す術はなかった。
実は呼葉は、森を吹き飛ばす際、暴風壁の範囲に入る虫や動物に対して無差別に祝福を放っていた。
更には『遊撃歩兵小隊と対峙する存在』にピンポイントで強力な祝福を贈ってある。
呼葉が自分なりに考えた、祝福を使っての策略。
兎のような小動物でも、遊撃歩兵小隊の関係者に追われれば数倍の能力が加算されて確実に逃げ切る。
中型や大型の猛獣なら、遊撃歩兵小隊と対峙する場合に限り、強化魔獣以上の強さにパワーアップする。
『悪辣な者達に報いを』と、そこまで計算付くでやった訳ではなかったが、結果的に竜巻暴風壁で森の土になり損ねた者達は、森の動物の餌になったのだった。
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