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しょうかんの章
第九十六話:カラセオスとの交渉
魔族国ヒルキエラの首都ソーマ。岩山を丸ごとくり抜いて造られた、天然の巨大防壁に護られるこの街は、これまでに見て来た王都や街には無い特徴を持っていた。
一つ一つの家の形は普通なのに、立ち並び方が乱雑過ぎて歪に見える。
「何か……纏まりが有るような無いような」
「ああ、人族の街からすれば奇妙に感じられるのも無理はない」
呼葉の率直な感想に、ツェルオが頷いて説明する。
首都ソーマには複数の力ある魔族――貴族のような立ち位置の一族が居るのだが、彼等はソーマの都の中に自分達の支配する『地区』を持つ。
その一族が住まう立派な屋敷の周りを囲うように、配下の者達の家々が立っている。
屋敷に近い家ほど一族の支配と恩恵を強く受けており、遠くなるにつれて家のグレードが極端に下がる。
石造りの立派な家の数軒隣に、廃材で立てたような掘っ立て小屋がひしめいていたり。
貴族街と貧民街が分かたれず混在しているような『地区』は、力ある一族の数だけ都の中に存在している。
そして『地区』毎に独自の特徴があったりもするので、ソーマの都は全体を俯瞰して観れば、かなり混沌とした歪な街並みに映るのだ。
首都の遠く中央付近には、岬のように突き出た崖丘の上に大きな城が立っている。ジッテ家の『地区』は、あの崖丘の麓にあるらしい。
「我々はこれから市場に向かいます。皆さんはそこからジッテ家の地区を目指してください」
「分かったわ。ここまで案内ありがとう」
荷駄隊は鍛冶場で魔鉱石を卸すと、市場で里村に持ち帰る食糧や日用品の買い出しを始めた。呼葉とルイニエナにツェルオ、それに隠密中のシドの四人は静かにこの場を離れる。
「道案内はルイニエナさんに任せて大丈夫よね?」
「はい、この辺りには小さい頃からよく来てましたから」
余所の一族が支配する『地区』に入る時は気を付けなければならないが、市場のような共用区域には気軽に出入りできるので、よく遊びに訪れていたそうな。
ルイニエナの案内に従ってソーマの都の街を行く。
道中、幾つかの『地区』の傍を横切って進むのだが、綺麗に纏まった雰囲気の『地区』もあれば、何処から入るのか分からないような、道の入り組んだ『地区』もあった。
それぞれ中心となる一族の傾向が『地区』の景観によく表れているようだ。
「地区と地区の間の道は、入り組んでるようでいて入り組んでないわね」
「そうですね。大通りは余所の地区との境界線で、色んな人が使いますから」
無数の『地区』を迂回しながら進む為、移動距離はやたらと延びるが見通しは悪くはない。
道自体も割と広くて歩き易いとの感想を持つ呼葉に、ルイニエナはこの街のルールのようなものを説明した。
境界線の道を塞ぐような事をすれば、そこを通る余所の『地区』に喧嘩を売るも同然の行為なので、各地区の一族は自分の『地区』の建物が大通りにはみ出さないよう気を付けているのだとか。
「ここを進めば、うちの地区です」
特にトラブルも無く、呼葉達はジッテ家が支配する『地区』に辿り着いた。ここの街並みは比較的綺麗に整理されている。
中心の屋敷を目指そうとしたところへ、迎えの馬車がやって来た。呼葉達が来る事は『縁合』を通じて事前に報せてある。
「お迎えに上がりました、お嬢様。御無事で何よりです」
「じいや、久しぶりね」
馬車の御者台から初老の男性が降りて来ると、ルイニエナに礼を取りながら生還を喜んだ。
本来なら荷駄隊と別れる市場まで迎えに行きたかったのだが、今の時期にジッテ家が動くと目立つ為、ジッテ家の『地区』に入るまで自重したそうだ。
皆で馬車に乗り込み、ジッテ家の屋敷に向かう。御者を勤める初老の執事長は、呼葉が乗り込む際、控えめに感謝の意を示した。
「お嬢様の事は聞いております。本当にありがとう御座いました」
聖女の祝福がルイニエナを刺客から護った話も伝わっており、彼は心から呼葉に感謝していた。微弱な祝福付与による敵味方判定でも、この執事長は信頼して良い相手だと分かった。
(ジッテ家は丸ごと味方と考えて大丈夫かな?)
呼葉は一応、カラセオスを含めジッテ家の屋敷の者達も祝福で判定するつもりだったが、杞憂かもしれないと少し肩の力を抜いた。
やがて、呼葉達はジッテ家の屋敷に到着した。特に奇抜なデザインという事も無い、普通に立派な石造りの、年季も感じさせるお屋敷だった。
ルイニエナは我が家に帰って来られた事を感慨深く思っているのか、見た目は落ち着いている様子ながら少しそわそわした雰囲気が感じられる。
同じく隣でどっしり構えているように見える義勇兵部隊長ツェルオも内心緊張しているのだろう、先程からフードを直したり襟元を気にしたりと手の動きが忙しない。
重厚な扉を潜ってエントランスに入ると、数人のメイドさんらしき使用人達がお辞儀で出迎える。
「おかえりなさいませ、ルイニエナお嬢様」
「……みんな、ただいま」
ルイニエナが幼少の頃からお世話をしていたのであろう使用人達。暫し見詰め合うルイニエナとメイドさん達が、互いに感極まったように瞳を潤ませる。
「こちらへ。旦那様がお待ちです」
積もる話はまた後でと、執事長に案内されて屋敷の奥へと廊下を進む。
客間のような小部屋に通されると、そこには一人の壮年男性の姿。やや細身で背が高い、やけに存在感の圧がある、ジッテ家の当主カラセオス当人であった。
「お連れしました」
執事長が告げると、軽く頷いて答えたカラセオスは真っ直ぐルイニエナに歩み寄り、彼女を抱き締める。
「よく戻った」
「……おとうさま」
父娘の再会を邪魔するのも気が引けるので、呼葉は黙ってその様子を見守った。隣でツェルオも空気を読んでいる。
しばらくして落ち着いたようなので、どう話を切り出そうかと呼葉が考えていると、カラセオスの方から声を掛けて来た。
「遠路はるばるよく来てくれた聖女殿。『縁合』から話は聞いている」
娘の命の恩人でもある客人を待たせた事を詫びるカラセオスに、呼葉は「いえいえ~」と返して本題に入った。
ヴァイルガリンを下した暁には、次期魔王をやって貰えないかという話。
「それについてだが、私よりも相応しい者が居る」
まずは詳しく説明をしようと、部屋の中央に設えているソファを勧められて腰掛ける呼葉達。
ローテーブルを挟んで向かい側にカラセオスとルイニエナが座ると、使用人がお茶を運んで来た。
そうして話し合いの準備が調ったところで、おもむろに立ち上がったツェルオが頭を下げる。
ずっとタイミングを計っていたらしい。
「我が師団内での御令嬢の扱い、大変申し訳なかった」
自分の目が届かないところでとは言え、横領被害に口封じ目的と思われる暗殺の危険にまで及んでいた事に責任を感じているツェルオは、カラセオスとルイニエナに元第三師団長として謝罪した。
「君の立場と状況は理解している。あれだけ圧力のある中でよく采配していたと思うよ。謝罪を受けいれよう」
ツェルオが率いていた第三師団は穏健派に理解がある等されていた事もあり、第一師団を始めヴァイルガリンのシンパから監査目的で出向して来る兵士や士官が多く入り込んでいた。
命令を聞かない部隊も多かったであろう酷い環境でよく指揮していたと、カラセオスはツェルオを労う。
「君は責任を果たしていた。気に病む事はない」
「あ、ありがとうございます……」
詫びを入れに来たのに相手から労いの言葉を貰ってしまい、ツェルオはひたすら恐縮している。そんな彼等のやりとりに、呼葉はカラセオスの人柄を見た気がした。
話を戻し、次期魔王の選定について。カラセオスの言う「自分より魔王に相応しい者」に関する詳しい説明を訊く。
実はカラセオスが『睡魔の刻』で眠りにつく前。先代の魔王とも相談して、将来王宮に召し抱えようとしていた次世代の魔王候補が居たと言う。
その魔王候補は、若干四歳にして先代の魔王に匹敵する魔力を潜在的に秘めていたそうだ。
「凄そう」
「ああ、千年に一人の逸材だ。人間とのハーフの子で、当時はルナタスに住んでいた」
異種族とのハーフには、偶にそのような特出した力を持つ者が生まれるらしい。
カラセオスは『睡魔の刻』から目覚めてヴァイルガリンの簒奪を知り、ヒルキエラ国の状況を見据えながら中立を謳いつつ情報を集め、先代魔王の後継者と定めた件の子の行方を追っていた。
「ルーシェント国が侵攻を受けた際、無事に街を脱出した事までは掴めている。しかし、その後の足取りが不明でな。オーヴィス領のどこかに居る筈なのだが……」
「え、どうしてオーヴィス領?」
「その子と母親の脱出を助けたのが、魔族と交流のあったオーヴィスの神官なのだ」
「……んんん?」
そこまで話を聞いて、呼葉は脳裏に閃くものがあった。魔族とのハーフの子供と母親。二人を助けたというオーヴィスの神官。
姿を消しているシドが、呼葉の脇腹をつんつんする。
「その神官って、もしかしてウィル・フランツって人ですか?」
「!? 知っているのかね」
呼葉は以前、慰問巡行で訪れたオーヴィスの南の平原にある開拓の街、ベセスホードでの出来事を掻い摘んで説明する。
「そこにサラという母親と、『睡魔の刻』で眠っているテューマちゃんが匿われてました」
「なるほど……それなら間違いない。二人の保護については――」
「勿論、私の名において保護済みですよ」
つい最近、『縁合』のお届け情報にサラ親子の近況も追加しておいたので、近々二人の様子を聞く事も出来るだろう。
「素晴らしい。それならば憂いは無い、全面的に協力しようじゃないか」
カラセオスはそう言って、ヴァイルガリンが討たれた後は魔族国を維持する為に、暫定的な魔王の役割を引き受ける事を了承した。
父をどう説得しようかとこっそり悩んでいたルイニエナは、とんとん拍子に話が進んだ事に戸惑いつつも拍子抜けしていたのだった。
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