バッドエンド・ブレイカー

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廃線の町編

第七話:

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 コウ少年と情報のすり合わせを行い、これからの活動方針について打ち合わせを終えたケイは、彩辻さんと共に一階に下りると、ホテルのヘルプに出掛けようとしていた美奈子に声を掛ける。

「美奈子さん、商店街のホテルに行くなら送りますよ」
「あと、道中でインタビューもお願いしますー」

「へ? あれ? 私ヘルプのこと曽野見さんに話したっけ? っていうかインタビューって?」

 突然の申し出に少し困惑する美奈子。ここは勢いで押すべく、彩辻さんが攻勢に出た。

「私、実はフリーのジャーナリストやってまして、今日この町に来たのは懇意にさせてもらっている雑誌の取材目的だったんですよ」

 今回の廃線に係る地元民の声を取材する予定だが、是非この町で民宿を営んでいる美奈子さんのお話を聞きたいと畳み掛ける。

「え? え? 雑誌の取材? 記者さんですか! ブログとかじゃなく? ひえ~っ」


 美奈子は特にミーハーなところがあるわけではなかったが、都会の雑誌記者からインタビューを受けるという非日常的な経験に気分が高揚したらしい。
 ホテルまでの道中はずっと楽しそうに、機嫌よくインタビューに応えていた。

 前回、二日目に彩辻さんとコウ少年が万常次を訪ねて来た時は渋々受け入れた感じがあった。
 が、今回は廃線関連の観光客に対する悪印象が深まる前に知り合った事もあってか、より良好な関係が築かれている。

 美奈子と親し気に話す彩辻さんは、商店街の人達からも好印象を持たれたようだ。
 そうして彩辻さんのインタビューが一段落し、彼女の仕事の効率も上がったであろうタイミングで雑談に興じる。

(よし、このタイミングなら不自然にならないかな)

 ケイは、これから潟辺の身に起きるかもしれない『自分だけ部屋がキャンセルされていた事件』の予防策に、ホテルの運営に対する悪質な迷惑行為を話題に出した。

 単なる悪戯電話から嘘の宿泊申し込みなど、営業妨害ともいえる所業。それによる被害や損失――という話の中に具体的な例を挙げる。

「成り済ましで部屋のキャンセルとかあるらしい」

 本人確認はしっかりおこなった方がいいという流れに持って行くケイに、彩辻さんも「そういうケースを聞いた事がある」等とフォローする。

「そっか、そんなトラブルも起こり得るんですね」
「性質の悪い人がキャンセル待ちで空くのを狙ってやったりとかね」

 さり気なく注意喚起を促したところでホテルに到着した。

「送ってくれてありがとう」
「それじゃあまた後で」
「お仕事頑張ってください」

 ホテル前で美奈子と分かれたケイは、彩辻さんと共に万常次への帰路に就く。大分薄暗くなってきた商店街に人通りは未だ多く、賑わう飲食店の明かりが道を照らしている。

 道中、町の管理組合が所有するトタン張りの倉庫の扉が開かれており、青年団のおじさん達が倉庫内に仕舞われている屋台の状態を確かめている様子が窺えた。
 明日は予定通り、商店街に屋台が並ぶのだろう。

「ひとまずやれる事はやった。後は潟辺がこっちに来ないことを祈るばかりだな」
「その人って、そんなに危ないんです?」

 一息吐いた感を醸し出しているケイに彩辻さんが訊ねる。
 ケイは、コウ少年に説明を丸投げされていた事を思い出すと、声を潜めつつ彩辻さんに『一周目』の出来事について掻い摘んで話した。


 潟辺グループの歪さと、彼等が引き起こすトラブルの数々。
 最初は彩辻さん達も地元民から厳しい目を向けられていた事。美奈子と親しくして見せてからは、その圧が軽減された事。
 そして、潟辺の怪しげな言動と、不審火によるものと思われる万常次の炎上。

「え……そ、そこで死んじゃったんですか?」
「遡りが働いてるからそうなるね」

 彩辻さんは、ケイが自己紹介の時に告げた『遡り能力』が実質『死に戻り能力』と聞いてショックを受けている。
 コウ少年は彩辻さんの事をこちら側・・・・の人間と言っていたが、彼女が堅気である事は間違いない。

「怖く、ないんですか?」
「何も感じないってほどじゃないけど、流石にもう慣れたかな」

 これまでにも何度か死に戻っては、原因となるトラブルを解決して平穏な日々に繋げる生き方をしてきた。
 ケイの非日常的な話に、彩辻さんは「ほぇー」と驚きながら素朴な疑問を口にする。

「それって、曽野見さんが遡った死亡した後はどうなるんでしょう」
「うん、そこは二通り考えられるんだけど……俺の場合は"記憶を持って行ける"って教わったから――」

 『遡り』の種類。自分が死んだ後も世界はそのまま続いているのか、世界が丸ごと巻き戻る事で、それまでの時間はなかった事になるのか。

 ケイは、自身の遡り能力は世界の時間が巻き戻るタイプではなく、ケイ単体が記録した瞬間に戻った時点でよく似た並行世界、新たな世界線に分岐していくタイプではないかと考えていた。

「まあ、実際に確かめようがないから、あくまで俺の推測だけどね」
「う~ん、パラノーマル……」

 そんな話をしながら歩いていると、ふと何かに気付いたように顔を上げた彩辻さんが呟く。

「あ、コウ君が来たわ」
「え? どこ?」

 ケイは人混みがやや疎らになり始めた通りを見渡すが、コウ少年らしき姿は見つからない。

「ちょっとこっちへ」

 彩辻さんに先導されて脇道へと入っていく。この辺りは前回のお堂巡りで歩いた事があるので、ケイは何となく道を覚えていた。確か人気の無い路地が伸びていた筈だ。

 周囲を見渡して人目が無い事を確認した彩辻さんがそっと手を上げると、小さな虫のような何かが飛び出した。次の瞬間、その虫から眩しい光が発生したかと思うと、突如コウ少年が現れた。

(え? なんだそれ、瞬間移動か何かか?)

 思わず目を丸くしたケイが、呟くように問う。

「今のは……?」
「ボクの能力の一つだよ」

 コウ少年によると、実は少年の身体は借り物の姿で、自身は肉体を持たない精神体なのだという。本体となる一人の若者の魂から分かたれて独立した存在であるとか。

「まさかの人外だった」

 幽霊の類とはまた違う何か。超常の存在。しかしそこに危険性などは感じない。ケイはコウ少年に確かな善性を覚えていた。

「なんかまた一つ世界・・の広さを知った気分だよ」
「世界もいろいろあるからねー」
「曽野見さん、適応力高過ぎない?」

 彩辻さんはケイのあまりの動じなさぶりに目を瞠ると、拗ねたように肩を竦めていた。彼女自身は、コウ少年との邂逅時にかなり動揺した過去があったらしい。

 その後は三人で万常次に戻って夕食を頂いた。
 コウ少年は本来、食事も睡眠も必要としないらしい。一応、自己認識は人間であるのと、人間の姿をしているのだから人間らしくあろうとしているようだ。

 コウ少年の膳から料理の一部が虚空に消えていく様を横目に、ケイは改めて世界は広いなぁと、未知なる存在を身近に感じながら思うのだった。


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