5 / 148
はじまりの章
第四話:疑惑の勇者
しおりを挟む選ばれし六人の神官の祈りと共に、召喚魔法陣が起動する。
王族や宮廷魔導士、多くの神殿関係者が見守る中、召喚魔法陣の中心に空間の歪みが発生し、やがて一人の少年が現れた。
「おおっ、成功だ!」
「我らが救世主! 勇者様!」
「これで人類は安泰だ!」
少年――慈の周りには、豪奢な法衣を纏った六人の若い神官が傅いている。
「……なるほど、本来はこうなる筈だったのか」
「勇者様?」
謎の呟きを聞き取った六神官の代表、アンリウネが小首を傾げる。慈は、時間跳躍前にアンリウネ婆さん達から聞いた、召喚魔法陣起動前後の状況を思い出す。
(確か、この儀式の時に聖都に魔族軍の攻撃があったんだっけ)
過去に着いて早々だが、救世主としての初仕事に意識を向ける。慈は、未だ儀式の成功を喜んでいる人々に向かって口を開いた。
「出撃」
「え?」
慈の言葉に、皆が注目する。
「魔族軍の斥候部隊が来てるんだろ?」
ガチャリと、腰に下げた剣の立派な鞘を鳴らし、肩に背負った大きな荷物袋を背負い直しながら静かに問い掛ける慈に、神官達を始め周囲の関係者も戸惑う。
古から伝わる召喚の儀指南書によると、召喚されたばかりの勇者は何も知らない異世界の一般人なので、まずは丁重にお迎えして事情を説明し、協力を取り付けなければならない、とある。
しかし、この勇者は歴戦の猛者のような堂々として落ち着いた佇まいに、まるで全てを見透かしているかのような黒い瞳で、居並ぶ六神官や大神官、国王を始め宮殿官僚や将軍達を見詰めている。
違和感を覚えたアンリウネが問い掛けた。
「貴方は、本当に勇者様なのですか?」
「一応、本物らしいよ?」
老いたアンリウネ婆さんの面影を感じられる若きアンリウネに答えると、まだ煤けていない美しい銀髪を持つ若きセネファスが、召喚魔法陣を指して言った。
「しかし、召喚魔法陣が未だ稼働しているようだが……」
「あ、それ一文字間違ってるから」
慈の指摘を受けて、「え?」と魔法陣を振り返った六神官の中で、最年少のリーノがその箇所に気付いた。
「あ! 本当です、線が一つ多い!」
「うわ、マジか! 誰だそこ書いたの」
「大神官様っ、ちょっと来てください!」
途端に魔法陣を囲んで騒ぎ始める六神官と神殿関係者達。
(このチョンボで未来の人類滅んだのか~)
慈はそんな彼女達の様子を横目に周囲の人々を見渡し、魔族軍の動きを知っていそうな人を探す。
王冠を被った豪奢な衣装の男性が王様だという事は分かる。近くに並んでいるのは宮殿官僚達か。
(あとは上流貴族とか神殿関係者かな。甲冑付けてる人達が将軍達だと思うけど――)
確か、レジスタンス軍を率いるまで生き残った問題のある将軍達は、召喚の儀には参列していなかったと聞いている。
しかし、召喚の儀に参列していた将軍達は、さらに使えない者達だったとセネファス婆さんが言っていた。
そんな事を思い出していると、召喚魔法陣を囲んで騒いでいた神官達からざわめきが上がった。
間違っていた一文字を修正したら、魔法陣が消えてしまったのだと。
召喚が成されると、触媒となる六神官の寿命が削られるので、魔力の流れや体調の変化などによってソレと分かる筈。だが、そういう兆候が一切無かった。
困惑する彼女達に、慈が掻い摘んで説明する。
「君達の寿命は、別の世界の君達が肩代わりしたよ。だから、俺を元の世界に還す時だけよろしく」
「それは、一体どういう……」
戸惑った様子の六神官と大神官達神殿関係者に、慈は今はノンビリお話をしている時では無いと行動を促した。
「詳しい説明は後で。まずは魔族軍の斥候を何とかしよう。迎撃に出るから、兵を出してくれ」
そんな慈の要請に、ますます困惑を深める神官達。歴代救世主に関する文献や召喚の儀指南書の内容とあまりにも違い過ぎて、上手く応対出来ないのだ。
その時、成り行きを見守っていた参列者の中の、将軍の一人が声を上げた。
「ええい、まどろっこしい! 本物か偽物か知らぬが、戦いに出るというなら我がクラード防衛隊が随行してやろうではないか」
聖都防衛軍・北門守護隊の総指揮、クラード・バッセラ将軍。
慈が老いたアンリウネから聞いた過去情報によれば、サイエスガウルを護る防壁門の中でも、最初に陥落した北門を担当していた将軍だ。
「んじゃあよろしく」
戦える人なら誰でもよい。慈は今の自分の力と、迫っている魔族軍斥候部隊の規模情報からそう判断すると、クラード将軍の申し出を受け入れた。
しかし、そこで我に返ったアンリウネが異議を唱えた。
「お、お待ちください! まずは我々神殿側で正式にお迎えしてから――」
勇者は神殿に所属する救世主として扱わなければならない。これは召喚の儀指南書にも教訓として記されている内容で、勇者の力と存在を人類の救済以外に利用させない為の処置である。
救世主が持つ強大な力と、絶大な人望や名声は、戒律で護らなければほぼ確実に政争に使われる。勇者を召喚して人類の危機を救った大国が、その後数年で滅亡の道を辿る例が非常に多かった。
ひたすら戸惑っていた神殿関係者もそれで自分達の役割を思い出すと、勇者を勝手に連れ出そうとした将軍に抗議を向けた。
「何だと! こちとら貴様らの茶番に付き合ってやっているんだぞ! この大変な時勢に救世主ごっこなぞで煩わせおって!」
「何たる暴言! 貴殿はそれでも聖都サイエスガウルの守護者か!」
どうやらクラード将軍は、『救世主』や『勇者』という存在に懐疑的な立場を取る人間のようだ。彼と同じように、召喚の儀によって異世界から喚ばれる『特別な存在』を信じていない者も、実は少なくはないのだ。
(まあ、数百年に一回あるかないかって儀式だもんな)
作り話の類だと思う人が居てもおかしくないと、慈は彼等の考えに理解を示す。しかし、ここで軍と神殿が揉め合っていても仕方がないので、双方を諫めに掛かった。
キシンッと、僅かに鞘から抜いた剣を納刀して金属音を響かせた慈は、思わず注目した皆に諭す。
「喧嘩はそこまで。今は国を護る事が先決だろ? アンリウネさんも、後で説明するから、ここは他の皆や大神官さん達と受け入れ準備だけして待っててくれ」
いいね? と視線で問う慈に、アンリウネは戸惑いながらも頷いた。
「じゃあちょっと行って来るから」
そう言って踵を返した慈は、片目を細めるように顔を顰めているクラード将軍の前を通り過ぎ、儀式の間を後にした。
クラード将軍は、何か違和感を覚える様な表情を浮かべながら、慈の後に続くのだった。
残された神殿関係者や王宮の者達は互いに顔を見合わせると、各々が自分の持ち場に戻ったり、隣の者と密談を始めたりと動き始めた。
救世主の世話係として待機していた神殿の使用人達も、勇者を案内する予定だった部屋の手入れに向かうなど、それぞれ受け入れ準備に取り掛かる。
選ばれし六神官と大神官は、此度の召喚の儀で現れたあの勇者について、意見を取り交わそうと円陣を組んでいた。
そこでふと、アンリウネが疑問を口にする。
「あれ……? さっき彼は、私の名前を……」
その呟きで、六神官達はまだ彼とお互いに名乗り合ってもいなかった事に気付く。
「そういやあの子、当たり前のように儀式の間から出て行ったけど、なんでこの部屋の造りを知ってたんだろう?」
本当に異世界から召喚されて来たばかりの救世主なのか? と、セネファスも疑問を挙げる。
円陣に顔を揃える六神官と大神官は、皆召喚が成功したと喜んだ時の希望の笑顔が消え、不安と困惑の色を深めていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる