18 / 148
かっとうの章
第十七話:工場視察と小さな綻び
しおりを挟む翌朝。まだ暗い内から起き出した慈は、軽く身体を解しながら日の出までの時間を過ごす。
(なんかもう習慣になってるから、あんま長く眠れないんだよな)
廃都で生活していた頃のこの時間帯は、少々数の多い魔獣の溜まり場に奇襲を仕掛けたり、偵察に充てるなどしていた。
あの時代ほど殺伐としていなくとも、魔族軍との戦いが終わるまでは気を抜き切るわけにはいかない。故に息抜きもほどほどに止めておく。
「でも飯が美味しいのは良いな」
腹いっぱい食えるのは幸福だ、等と一人呟いて柔軟を終えた慈は、朝日が射し込み始めた部屋で普段の戦衣に着替えると、宝具の詰まった鞄を背負い、宝剣フェルティリティを装備した。
そこへ、アンリウネ達がやって来た。正確には、彼女達が廊下を歩いて来る気配を察知したのだが。
やがて扉が控えめにノックされる
「シゲル様、起きておられますか?」
「起きてるよー」
朝の挨拶にやって来た彼女達に「開いてるよ」と促す。
「失礼します」
そう一言告げて六神官が入室する。
「おはようございます、シゲルさ――」
寝ぼけ眼でぼへ~とした慈の寝起き姿を想像していたアンリウネ達は、朝日を背に完全武装で凛と立つ黒髪の少年、勇者シゲルの雄々しい姿に、思わず息をのんだ。
「みんなおはよう……どうかした?」
「あ、いえ……」
「何と戦いに行く気だいあんたは」
「シゲル君は早起きですねぇ」
「なんと凛々しいお姿……」
「シゲル様、格好いいですっ」
「いい……」
呆けているアンリウネ、ツッコミ炸裂なセネファス、とぼけた様子のシャロル、見惚れているフレイア、感じたまま称えるリーノ、そして恍惚と呟くレゾルテの順である。
彼女達の中でも「なんで完全武装なんだ」と突っ込んで来たセネファスに、慈は訊ね返す。
「え、だって軍事工場の視察に行くんだろ?」
「気合い入れ過ぎだよっ」
慈を休息させる目的で連れて来た慰問巡行なのに、本人にやる気があり過ぎると、セネファスは更に突っ込む。
「もっと気を抜きなよ気を」
「いや、気ぃ抜いちゃダメっしょ」
「と、とにかく、食事にいたしましょう」
二人の割とのほほんとしたやり取りに気を取り直したアンリウネが、皆で朝食に向かう事を勧めるのだった。
「んで、今日は軍事物資の生産工場とか農場の視察って事でいいんだな?」
「はい、そうなります」
朝食の席で今日の予定の詳細を訊ねる慈に、諦めたように答えるアンリウネ達。
最初はただ静かに朝のひとときを過ごしてもらおうと、仕事の話はしないつもりだった。しかし、慈から出て来る話題は慰問巡行の予定と今後の対魔族軍戦略の展望、将来の軍事活動方針などが中心で、そこに穏やかな食事の風景など欠片も無かった。
『俺の事を心配してくれてるのは分かるし、気を遣ってくれるのは嬉しいけど、無理に問題から目を逸らそうとしても、返って気まずくなるだけだよ』
『そ、それは……』
『俺は、問題とちゃんと向き合ってる時の方が安心するなぁ』
そんな風に苦笑で諭され、逆に気を遣わせてしまった事を恐縮する羽目になった。現実は理想論程ままならないものだと自覚した六神官は、以後、慈が過ごし易いようにと話題を無理に偏らせる事なく『勇者のお仕事』の話にも応じている。
その後、朝の視察に出掛ける慈には、アンリウネとシャロルが同行した。騎士の護衛もつくので、流石に十人近くもぞろぞろ引き連れて歩くのは邪魔になるだろうと、慈が現場に配慮した。
朝、昼、夕と別の現場に向かう際、それぞれ交代で二人の神官がついていく予定である。
「それじゃあ行って来ようか」
神殿前で送迎の馬車に乗り込み、慈達一行はベセスホードの工場地帯へと出発した。
四人の護衛騎士に神官アンリウネとシャロルを引き連れて慈がやって来たのは、一般兵向けの規定装備の一部を手掛けている製造工場だった。
「あれって甲冑の部品?」
「そうです。ここでは革製品の下地が作られていますね」
工場内では大勢の作業員が横長な作業台の上で革を加工している様子が覗えた。ここで作られた甲冑の部品は聖都の工房に納められ、最終工程に組み立てと魔術による強化処理が施される。
この工場には加工技術を指導する職人や、大勢の作業員が聖都から派遣されていた。
「聖都から来てる人が多いのか?」
「この街の住民の大半は農業で生計を立てていますからね」
「武具を作る技術を持つ者が少ないのですよ」
なので聖都で職にあぶれた技術者や作業経験者を送り込んでいるそうな。いわばベセスホードの街は聖都の工房向けに土地を借しているような状態らしい。
「ふーむ、普通に考えたら軍事需要で儲かってそうに思えるけど……」
街に来た時から感じていた、活気があるのに寂れている感覚の正体は、街の工場から出る利益が街に還元されていない為だった事が分かった。
(もうちょっと街に恩恵があっても良いような気がするけどなぁ)
慈はそんな風に思いつつも、この問題は自分が口を挟める分野ではないので、黙っておいた。そうして工場の責任者から説明を聞きながら施設内を歩いて回るという視察をこなしていった。
無事に朝の視察を終えた一行は、宿に戻るべく送迎の馬車へ向かう。工場地帯の出入り口付近に停めてある馬車の近くまで来た時、慈は僅かな違和感を感じ取った。
「うん?」
「シゲル様?」
「どうかしましたか?」
ふと立ち止まって馬車を注視する慈に、アンリウネとシャロルが振り返って声を掛ける。慈は、その場でスッと宝剣を抜くと、刀身に光を纏わせた。
「シ、シゲル様?」
「シゲル君?」
突然何事かと戸惑う二人を他所に、慈は送迎馬車に向かって剣を振り下ろした。光の柱となった『勇者の刃』が地を駆けるように飛んで行き、塀の壁を擦り抜け、馬車の後部にある荷台の梯子付近を掠める。
「うわあっ」
途端、子供の悲鳴と共に小さな人影がポテッと梯子から転げ落ちた。
御者や護衛の騎士達からは死角になっていたらしく、慈の放った光の刃と今し方の不審な悲鳴に反応した護衛の一人が、困惑した様子で調べに動く。
「怪しい人影が見えたんで、取り合えず威嚇してみたんだ」
「そ、そうだったのですか」
「行ってみましょう」
慈の放つ勇者の刃は、慈が敵と認定した条件の相手は何でも断ち切る恐ろしい刃だが、それ以外の対象には全くの無害。慈の説明に戸惑いつつも頷いたアンリウネとシャロルは、少し騒がしくなっている工場地帯の出入り口に駆け付ける。
「はなせよー!」
「大人しくしろっ!」
そこには、騎士達に首根っこを掴まれて暴れる十歳くらいの少年の姿があった。纏っている服は染みだらけの穴だらけで、擦り切れて褪せた色合いから年季の入ったボロだと分かる。
「さっきの人影ってその子供?」
「ああ、勇者殿。手癖の悪い浮浪児ですよ」
騎士がやれやれといった表情で馬車の後部に視線を向ける。そこに備え付けられているランプを盗もうとしていたらしく、金具が半分ほど外されていた。
突然光の柱が通過して行ったので、驚いた拍子に手が滑って転げ落ちたようだ。
「浮浪児じゃないやい!」
「ほ~お、保護者が居るのなら厳重注意せねばな」
少年を捕まえている騎士がそう言うと、少年はあからさまに狼狽える様子を見せた。ふむと呟いた慈は、少年に訊ねる。
「お前、名前は? どこから来たんだ?」
「けっ」
唾を吐いてそっぽを向く少年。騎士達が何か言い掛けたが、彼等は思わず言葉を飲んだ。慈がおもむろに剣を抜いて振り上げたのだ。
同じく唖然として硬直している少年に、慈はもう一度丁寧に説明を交えて訊ねる。
「平民が貴族から盗みを働くと死罪だそうだ。お前の名前と所属を答えるか、ここで処刑されるか、選ばせてやる」
中々に厳しい選択を迫る慈に、アンリウネとシャロルはハラハラと見守る。二人は、慈が本気で子供を斬るつもりは無いと信じている。
それでも、宝剣を掲げた慈の放つ殺気は本物で、護衛の騎士達でさえ緊張で身動き出来ないほどの威圧感を感じていた。
(シゲル様……)
アンリウネは、同じ場所、同じ時間を共に過ごしながらも、彼だけが違う世界に生きているような錯覚を覚えて、漠然とした不安を抱いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる