遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

文字の大きさ
33 / 148
かっとうの章

第三十二話:ベセスホード事案

しおりを挟む



 勇者シゲルから『全て知っている』と告げられたも同然の言葉を受け、逃げるように隣の神殿に引き揚げて来たイスカル神官長とグリント支配人。レミが知っている事の全てを話していた場合、もう誤魔化しようがない。
 豪奢な奥部屋で頭を抱えながら右往左往している彼等は、如何にしてこの窮状を切り抜けるかを模索する。

「どうすればいい、どうすれば……」
「持てるだけの財産を持って逃げるか」
「どこへ?」

 勇者が言っていた通り、今は魔族との戦争中で、人類の領域はオーヴィスが最後の砦と言われている。逃げ場など何処にもない。

「いや、まだだ……」

 高級なソファーにどっかと身を預けて、顔を俯かせていたイスカル神官長がぽつりと呟く。レミから情報を得たとて、まだ聖都には知られていない筈。
 伝令が出た形跡はないし、伝書鳥を使われたとしても、証拠を全て消してしまえば、誤解による冤罪だと申し開きで押し通せる。真相を明かされて困る者は、聖都にも大勢いる。

「兵を集めろ……」
「……イスカル殿?」

 顔を上げたイスカル神官長は、血走った目をして捲し立てる。

「今ならまだ間に合う! ありったけの兵をぶつければ、護衛の騎士程度ならやれる筈だ!」
「い、いや、しかしそれは……!」

 流石に勇者一行を暗殺するなど、幾らなんでも畏れ多くて考えられないとグリント支配人はしり込みする。

「何を怖じ気づいておる! このまま手をこまねいていれば、儂らは破滅だぞ!」
「で、ですが、勇者殿は単独で魔族軍の斥候を退けるほどの力を持つと聞きます」

 夕方の騒ぎでもその力の一端が垣間見られた。噂によれば、勇者は相対した魔族軍の斥候部隊を剣の一振りで壊滅させたという。
 勇者一行の護衛騎士は確かに少数とはいえ、勇者自身が一騎当千とも言える力を秘めているのだ。辺境の小さな街で掻き集めた傭兵崩れなど、何十人集めようと敵わないのではないか。
 グリント支配人はそう諭してイスカル神官長の凶行を諫めようとするが、自身の破滅が確定してほぼ錯乱状態に陥っている神官長に、彼の訴えは届かなかった。


 街全体が寝静まる深夜。神殿に併設された高級宿にて、慈達は護衛の騎士も含めて一階ロビーの大広間に集まり、これからの事を話し合っていた。
 宿の従業員は皆安全な部屋に避難させてある。イスカル神官長達の息が掛かった者も一纏めにしているので、ある意味隔離処置でもあった。

「彼等は、本当に襲撃などしてくるのでしょうか」
「来ると思うよ? 今頃は手勢でも集めてるんじゃないかな」

 アンリウネ達の問いに気負いなく答えた慈は、自分で用意したお茶など啜りながら、偵察に出しているレミの帰りを待つ。
 レミには『宝珠の外套』を貸し出してあるので、恐らくプロ顔負けの密偵ぶりを発揮してくれるはずだ。そのまま行方を眩ませるという心配はしていなかった。

 慈の勘ではあるが、レミからは勇者に付いて行く事が最も身の安全を図れると理解している心情が読み取れた。なので、彼女が裏切ったり宝具を持ち逃げする可能性は無いと考えていた。
 孤児院の地下では唐突なポンコツぶりを披露したレミだが、慈は彼女がかなり聡明であると感じている。
 隷属の呪印を解呪されてから、即座に慈に仕えた判断の速さも然ることながら、グリント支配人に買われるまでの経歴も、本人から聞いた限りその有能さが覗えた。

 ふと、大広間に血の臭いが漂ったかと思うと、カタンッと床を叩く音を鳴らしてレミが現れる。宝珠の外套の隠密効果を解いたレミは、大柄な男性を連れていた――というか、負傷した男性に肩を貸している状態だった。ざわめく護衛の騎士と、困惑するアンリウネ達六神官。
 しかし慈は、聊かの動揺も見せずレミを迎える。既に付け焼き刃の悟りの境地が発動していた。

「おかえり、その人は――確かパークスさんかな」

 農場の視察現場で開拓作業員のリーダー役をやっていた元傭兵。視線で「どうしたんだ?」と問う慈に、レミは「偵察途中で拾った」と答える。
 血を流しているがそれほど深い傷は負っていないらしく、そこそこの回復魔法が使えるアンリウネとシャロルが治療に当たった。
 リーノが水を汲んで来て彼に渡すと、パークスは一気に呷って人心地ひとごこち付いたようだ。

「ふぅ~、助かったぜ」
「何があったんですか? まあ大体想像はつきますけど」

 慈が訊ねると、パークスは真剣な表情になって告げる。

「ああ、何だか知らねぇが農場の支配人に付いてる護衛の連中が来てよ、勇者一行を襲撃するとかって召集掛けてるみてぇなんだ。ここは危険だぜ」



しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

処理中です...