遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

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かっとうの章

第三十五話:後始末の前に

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 イスカル神官長は内装と装飾品で豪奢な奥部屋の、更に奥にある抜け道の小部屋に隠れているのを発見、捕縛した。グリント支配人は奥部屋で負傷して倒れていたのを確保している。
 どうも広場の惨状を見て降伏と投降を促すグリント支配人に、激高したイスカル神官長が彼を殴打して気絶させ、一人で逃げ出そうとしたところへ慈達が踏み込んだようだった。

「凶器は銀の盃か」
「へこんでる」

 犯行現場の奥部屋でグリント支配人の怪我を診ながら、壁や床、天井まで飾られた数々の美術品や高そうな食器類を眺める慈。レミは犯行に使われた盃の歪みを指摘したりしている。

 拘束したイスカル神官長は神殿の地下牢で尋問を受ける準備を進めていた。聖都にはアンリウネ達が緊急用の通信魔導具を使って詳細を報せてあるので、早ければ三日後には護送の為の応援部隊の先発隊が到着するだろう。
 現在は護衛の騎士達が手分けしてイスカル神官長の私室にある金庫などを調べては、不正や横領の証拠集めを行っていた。

「横流し先とか、取引相手の名簿とかを最優先確保だな。レミは何か知らないか?」
「グリント様は帳簿を、神官長は名簿を管理してるって聞いた」

 慈の問いに、実に有益な情報をもって答えるレミ。

「なるほど、そういう役割分担もしてたのか。じゃあ――……そっちにも人を回すとしよう」

 一旦宿の大広間に戻った慈は、六神官とレミ、広場の片付けを終えたパークスを集めて、今日これからの予定を話し合う。
 グリント支配人の屋敷には、荒事にも対処出来るセネファスとアンリウネを向かわせる事になった。彼女達には、護衛の騎士二人にパークスとレミにも付いて行ってもらう。
 レミには引き続き『宝珠の外套』で姿を隠しながらの隠密行動を。パークスには突破力役として、『宝珠の大剣』を貸し出した。使い方は難しくはないので口頭で教える。

「こ、こいつを俺に……?」
「信頼出来ると見込んで貸し出すんで、アンリウネさん達の事よろしくお願いします」

 多少強引でも証拠を隠滅されないよう屋敷を押さえる指示も出す。もし素直に通さないようなら、宝珠の大剣の力を使って強行突破するようにと。その為の貸与でもあった。

「レミも皆が入り口で足止めされたら、隠密で先行して証拠集めしてくれ」
「ん」

 慈は、今自分が思い付く必要な指示は概ね出し終えたと判断して一息吐いた。そんな慈の様子に、何か違和感を覚えたアンリウネが声をかける。

「シゲル様、大丈夫ですか?」
「ああ、そろそろ反動が来そうだから、ちょっと部屋で休ませてもらうよ」

 その言葉にハッとなったアンリウネは、他の六神官に視線を向けた。それに頷いて応える彼女達。慈の言う『反動』とは、一種のショック状態とも言える急激な精神疲労を指す。
 廃都での半年間の修行で身に付けた、『付け焼き刃の悟りの境地』によって、一時的にあらゆる恐怖や忌避感に強力な耐性を持ち、戦闘を含む様々な問題に冷静に対処する事が出来るが、後からその反動が来るのだ。
 パルマム奪還後に慈が陥った状態については、既に六神官の間で情報や対処法を共有している。

 今回、アンリウネとセネファスは、不正の帳簿を押さえるべくグリント支配人の屋敷へ向かう。シャロルは全体の指揮を勤め、フレイアはその補佐。精神操作系の魔術を使うレゾルテは、神官長を始め襲撃者の生き残りの尋問などに忙しい。

「リーノ、貴方がシゲル様に付いていなさい」
「え? は、はいっ」

 結果、リーノが今回の慈の慰め役に抜擢された。慈が召喚された五十年後の世界では、六神官の中で一番若かったリーノが世話係をやっていたとの事なので、多分問題無いであろうと。

「悪いな、とりあえず部屋に行こう」
「が、頑張ります」

 緊張気味に答えるリーノを伴い、慈は広場の襲撃者を虐殺した嫌悪感という、押し寄せる感情の反動を解消するべく、二階の与えられた部屋へと向かうのだった。


 部屋に戻った慈は、宝具の詰まった鞄を下ろして宝剣フェルティリティも立て掛けると、胸の奥からじわじわ這い上がって来る気持ちの悪さを抑えながらベッドに腰掛ける。
 真剣な面持ちで慈の前に立ったリーノは、手をモジモジさせながらここからどうすれば良いのかと戸惑っている。シャロルからは優しく抱擁すれば良いと聞いているが、具体的にどんな事をするのかはまだ教わっていなかった。

「え、えと……あの……」
「ああ、一先ずこっちに」

 何をすればいいのか分からず、立ち尽くしているリーノの様子を察した慈は、ぽむぽむと自分の隣を指定して座らせる。
「あの……別にエロい事する訳じゃないから、そう構えないでね?」
「わ、わひゃいっ」

 身を寄せた慈に対して、カチコチに緊張しているリーノがビクリと肩を震わせ、テンパった声で応えた。これはこれで癒される気もするなと、少し和んだ慈は、そのまま横になってリーノの膝に頭を乗せた。
 廃都生活では、気持ちが参った時はリーノ婆さんの膝枕で癒されていたのだ。

「っ! む、これは……」
「ど、どうされました?」

 むくりと身体を起こした慈は、思わぬ誤算があった事を告げる。

「しまった、サイズが合わない」
「え?」

 まだ成長途中にあるリーノは、身体が小さ過ぎて想定していた膝枕効果を満たせていなかった。膝枕が狭い。少々予想外だったが、少し考えれば分かる事かと思い直した慈は別の手段に出る。

「すまん、こっちで頼む」
「え、わっ、ひゃっ」

 後ろからそっと抱き締めると、そのまま一緒に横になる。所謂抱き枕スタイルだ。
 リーノの柔らかい髪が頬を撫で、神殿で焚かれる香が微かに交じった髪の匂いと、両腕から伝わる体温は、ここに護るべき命がある事を強く思い起こさせる。

(よし……これなら落ち着ける)

 しばらく横になっていれば気持ちも治まるだろうと、ゆっくり息を吐いた慈は静かに目を閉じた。一方、抱き枕要員にされたリーノは、慈から寝息が聞こえると、緊張が解れて徐々に身体から力が抜けていく。

(こ、これで良いんでしょうか? わたし、ちゃんと勇者様をお慰めできてる?)

 ただ一緒に横になっているだけなのだが、これで本当に自分の役割を果たせているのか、疑問が浮かぶ。

(……ふわ……なんだか、わたしも……ねむくなって、きちゃいました……)

 リーノにとって、自分より大きい男性に後ろから抱きすくめられている状況は未知の経験ながら、信頼出来る相手の腕の中は、想像以上の安心感に満たされていた。
 そうして静かに横たわっていた二人は、やがて一緒に寝息を立て始めるのだった。



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