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しゅうそくの章
第百二十四話:テューマの憂鬱
しおりを挟む『勇者シゲル』の活躍で危なげなくパルマムの街を占拠したテューマ達独立解放軍の指揮部隊。
精鋭レーゼム隊や討伐隊など、当初の計画からは想定外の戦いを経た行軍となったが、勇者の力がこれまた想定外に強力だった事もあり、ここまで無傷で辿り着けた。
パルマムで戦力を整えるまでは、なるべく被害を抑えるという目標だけは計画通りに進んでいた。
「皆、配置に付いたわ」
「りょーかい。それじゃ始めるか」
現在、慈とテューマ達は、街の外壁近くに構築した選定会場の前で打ち合わせをしていた。
先日から独立解放軍に参加する人員を募集し始めたのだが、思いのほか集まりが良く、街長の屋敷で十数人ずつ面会していたのではとても捌ききれないと判断。
急遽、外壁沿いの使われていない空き家や瓦礫の山を『勇者の刃』でさっくり撤去して、一度に大勢の選定をこなせる舞台を造ったのだ。
義勇兵扱いとなる人員募集にこれほど多くの希望者が集まった背景には、やはり『独立解放軍がレーゼム隊を撃ち破った』という喧伝が効いているようだった。
――実際は『独立解放軍が撃ち破った』どころか、ただ『勇者が処理した』という表現が正解のような有り様だったが。
真相や過程はともかくとして、現在の魔族の繁栄に貢献した英雄レーゼム将軍を独立解放軍が打ち倒した事実こそが、多くの義勇兵希望者を集める結果に繋がっていた。
大勢の希望者がひしめく選定会場。ざっと見て三百人は下らない大集団を前に、テューマ達は気を引き締めて挨拶の口上を述べる。
「皆、良く集まってくれた! 我が名はテューマ。独立解放軍を率いる者であり、正統なる魔王の後継者である!」
テューマの指導者たる堂々とした立ち振る舞いは中々板についており、宝珠の魔槍を掲げての演説は、集まった人々の興奮を煽る。
選定会場の雰囲気が十分に盛り上がったところで、勇者の登場である。
「えー、ではこれから皆さんを選定するので、その場から動かないようにお願いしまーす」
おもむろに杖を掲げた慈が、遅延光壁型勇者の刃を放って一帯を包み込んだ。まずは暗示の類を全て消し去る。
思考の束縛や誘導効果のある催眠系の術などは、自己暗示も含めて全て解除された。
会場の空気に煽られる形で膨らんでいた高揚感も消え失せ、ふと我に返る人々。この時点で、「あれっ?」となって慌てる者が何人か出ている。
この時代、呪印の運用技術が向上しており、重ね掛けによって諜報員が自分を諜報員だと完全に認識せず、それでいて無意識に必要な情報を集めに動くような使い方がされていた。
独立解放軍の監視役になっていたレミは雑に重ね掛けされたケースだが、専門の術士が丁寧に組み上げた諜報用の多重呪印は偽装も複雑で、熟練の神官や魔術士でも見抜くのは難しい。
もっとも、丸ごと消し飛ばす慈の刃には、どれほど高度な術式であっても然程意味は無かったが。
(っ!)
重ね掛けされていた呪印が消えた事で、自分が任務でこの場に居る事を思い出した諜報員は、今直ぐここから離脱すべきか迷う。
「はい、では次に敵対者の炙り出しをしまーす。我々に敵対している人は怪我をする事になるので、注意してくださーい」
具体的には、死なない程度に身体の一部が消えるという慈の説明に、少しざわめく会場。
先程からこの選定会場一帯を包み込んでいる光が、敵対者を見分ける『勇者の刃』であると説明されて驚く。
(これは、ここに居てはマズいのでは……?)
何人か顔色を悪くした者達が会場から立ち去ろうとしている。
彼等が魔王軍側に属する敵対者なのか、気持ちの昂りが消えて冷静になったが故に解放軍への参加を考え直したダケなのかまでは分からない。
なので、去る者は一旦身柄を確保して詳しく尋問する事になる。選定会場の舞台は独立解放軍の兵士達によって完全に包囲されているので、逃げ場はない。
敵対意思があれば怪我をするとの通告は、解放軍参加の意志が固い者達にも不安を抱かせる。暗示系の術で自身が諜報員である事を忘れていた者には、かなりの恐怖を与えていた。
自己判断で任務の放棄が出来ない何人かはそれでも選定に挑み、突如指や耳など身体の一部を欠損して悲鳴を上げる羽目になった。
「今日はこんなもんだな」
「お疲れ様。思ったより大変だったわね」
「結構な人数の諜報員が釣れたからな。明日からはもっと楽になると思うぞ」
初日は募集に応じた大勢の中から凡そ三百五十人を選定し、その内の六十人程が敵対者判定を受けて弾かれた。
概ね三回に分けて選定したのだが、最初のグループで二十人以上の敵対者が燻り出されると、次のグループからは辞退する者が出始めた。
辞退した者達を尋問してみたところ、十数人が魔族軍側の諜報員と判明。
その後も選定に挑んで負傷した諜報員が多数燻り出されて、この日はお開きとなった。拘束した諜報員達には再生の治癒術を施し、街の地下牢に収容してある。
十日ほど掛けて人員の募集と選定を繰り返し、敵対者を完全に排除した新たな解放軍の同志候補が、最終的に1500人まで増えた。
仲間に加えて問題無しのお墨付きが出た人員は、面接や訓練を通じて得手不得手などの適性を調べた後、指揮部隊や到着した大遠征部隊の各部隊に振り分けられる。
そうして、テューマ達指揮部隊は250人。大遠征部隊は1850人規模の大きな部隊となった。
「はぁ~~疲れたよぉ……」
連日の部隊編成と作戦会議や打ち合わせでヘロヘロになったテューマが、慈達が泊まっている宿の一室にやって来てはテーブルに突っ伏して融けている。
慈は苦笑しながら労った。
「お疲れさん」
「このところ特に忙しかったようだな」
ルイニエナが慣れた動作でお茶の用意を始めると、テューマに付いて来たレミがさり気なくそれを手伝う。
ここ最近の、慈の周囲で見られる光景であった。
「今朝は急に呼び出されてたみたいだけど、何かあったのか?」
「うん――味方の、三つの街で決起した反ヴァイルガリン派の部隊の一つがアガーシャの一部を占拠したんだって」
淹れて貰ったお茶をふーふーしながら、今朝速くに届いた一報について話すテューマ。
合流した独立解放軍の大遠征部隊が出撃の準備を整えている間、パルマムには前線の情報も逐一入って来る。
カルマール、メルオース、バルダームで決起した味方の武装勢力は、旧クレアデス国領の王都アガーシャに進軍し、今のところ優勢に進めているようだ。
アガーシャに配備されている魔族軍は、レーゼム隊の留守を預かる小勢の取り巻き部隊ばかりと聞くが、それでもカルモアやクレッセンの警備兵とは比べ物にならない実力を持つ正規兵。
そんな敵軍を相手に怯む事無く攻める決起軍勢力だが、実は彼等の大半が先の戦争で魔族軍に所属していた元魔族兵達であった。
なので人間の多いテューマ達独立解放軍より基本的な戦闘力は高い。
「この分だと、彼等だけでアガーシャは落とせるだろうから、ルナタスで合流する事になるかも」
テューマは、勇者の威光に頼り切りな自分達と違って、自前の実力で進軍を続けている決起軍勢力に、ちょっと気後れしそうだと本音を吐露した。
「まあ、反攻の切っ掛けはテューマ達だけど、実態は反ヴァイルガリン派のクーデターみたいなもんだって話だったからなぁ」
ベセスホード要塞でタルモナーハ族長と対談した時にも、そういう突っ込んだ話をしていた。が、慈としては、どの勢力がこの戦いの中心的存在になろうと特に思う所は無い。
「俺はテューマちゃんの味方だし、やる事は変わらんな」
元の世界に還る手立てとして、ヒルキエラ国の首都ソーマに住む有力穏健派魔族の協力を得る。召還魔法の再起動や『遍在次元接続陣』の再現には、相当な労力が掛かると思われる。
テューマが魔王をやってくれれば、その辺りの便宜も図って貰えるので帰還活動が捗るというものだ。その為にも、勇者としてヴァイルガリンを下す必要がある。
「お前はブレないな」
「分かり易くていいだろ?」
「シゲルが味方してくれるのは頼もしいんだけどね~」
優秀な味方が多いのは良い事だが、簒奪者打倒の旗印として立った自分自身があまりにもお飾り過ぎるのは、指導者として立つ瀬がないと、テューマは首を窄める。
「御輿になる事は始めから計画として決まっていたのだろう? ならばどっしり構えていればいい」
必ずしも導き手が最強である必要は無いし、最高の功績を上げる必要も無い。戦場を征く者達にとっての戦う理由、其処に立つ意義、揺るぎない根拠として、象徴は存在するだけで良い。
「私が見る限り、お前は自分の役割をちゃんと果たしているよ」
ルイニエナはそう言って、少し弱気になっているテューマを励ましたのだった。
旧クレアデス国の王都アガーシャ。現在はアガーシャの都としてレーゼム将軍の一族が統治していたのだが、独立解放軍の『決起声明』に呼応したそれぞれの武装勢力によって、今まさに陥落の時を迎えていた。
反ヴァイルガリン派として、ヒルキエラ国の外で活動していた武闘派や穏健派の魔族組織が手を組んだ決起軍勢力は特に強力で、レーゼム隊が抜けたアガーシャの守備軍など相手にならない。
隠密で潜入した精鋭斥候部隊が瞬く間に街の一画を占拠すると、そこを拠点に味方を呼び寄せ、タイミングを計ってアガーシャの都全体を一斉攻撃。
分散していたレーゼム隊の取り巻き部隊は各個撃破されていった。
「街の方はこれで全部片付いたな。城に籠もった連中はどうなってる?」
「あちらは非戦闘員が大半なので、捨て置いて大丈夫かと」
返り血だらけの凄惨な姿を曝す武闘派魔族組織の族長が得物の血糊を掃いながら訊ねると、身体のラインも艶めかしい斥候スタイルの側近が、スケジュールを確認する秘書の如く応える。
都の制圧を全て完了した後で降伏を呼び掛ければ、それで終わると。
「ふ~ん、でもそれじゃあ少し物足りねぇな。景気付けに派手な処刑でもするかぁ?」
男は磔と斬首。女どもは兵達の慰労に下賜するのはどうだと提案するも、斥候スタイルの側近は首を振って却下する。
一般民や非戦闘員への虐待は、独立解放軍の掲げる理念に反する。
「彼の決起声明に呼応して此度の戦いに参加したという我々の正統性が担保できなくなります」
多少羽目を外した者達を目こぼしするくらいなら許容されるであろうが、明確に組織の活動としてやらかしてしまうと、今は共闘している周りの武装集団や組織が全て敵になり兼ねない。
「ちっ、つまらねぇな。どうせ御輿に担ぐなら穏健派みてぇな腰抜けじゃなく、もっと骨のある奴が良かったぜ」
「何処に耳があるか分かりません。発言にはお気を付けを」
血の気の多い主の乱暴な物言いはいつもの事。側近は表情も変えず、手慣れた様子で諫言する。
「しゃーねぇなぁーったく……そういや、独立解放軍には伝説の勇者がいるとかいう話、あれマジなのか?」
「ベセスホードのタルモナーハ族長からは、本物との回答を頂いております」
「ほ~ん、あのガイエスとイルーガを退けたってのもマジなのか……」
「一応言っておきますが、ラギ様から手合わせなど申し込まないようお願いします」
噂に聞く人間勢力の最終兵器。召喚されし異界の勇者に関しては、謎が多い。
側近がタルモナーハ族長や独立解放軍回りから集めた情報でも、その実態がハッキリしない。
かなり誇張されていると思われる荒唐無稽な逸話が多く、正確な戦闘スタイルや具体的な実力の程が測れないのだ。
タルモナーハ族長の私兵団長が力試しを仕掛けて、腕一本を失う重傷を負ったという話も、どのようにしてそうなったのかよく分からない。
「重ねて言いますが……」
「あーあー、わぁーってるよぉ! 俺の方からは仕掛けねーよっ」
「……」
斥候スタイルの側近は、そんな己の主――ラギ族長の信用ならない返答にジトリとした目を向けて、密かに溜め息を吐いた。
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