異界の魔術士

ヘロー天気

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1巻

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    * * *


 まだ夜も明けきらない早朝。険しい岩山の頂にそびえる巨大な城の中、極秘任務の報告の為、主のもとへと向かう数人の男達。
 偽装用の安っぽい帷子かたびら姿のまま城内を行く彼等は、正式な謁見の間ではなく、下層階の一角にある隠し部屋を目指す。彼等が通路脇にある小部屋の壁から隠し部屋に入ると、この国の一般的な街服姿をした銀髪の若者が、部屋の中央に一人たたずんでいた。
 帷子姿の集団が一斉に片膝をついて敬意と忠誠を示すと、若者が静かに振り返る。

「遅くなりました、陛下」
「よい。して、レティレスティア姫は……の花嫁はどこか」
「それが……申し訳ございません」
「ふむ、失敗したと?」

 頭を垂れる集団の隊長に『陛下』と呼ばれた若者はつまらなそうに鼻を鳴らして「やはりな」とつぶやいた。初めから期待はしていなかったのだ。

「フレグンスのり込みも、計画の内という訳か……ここも勘付かれたようだし、当分使えんな」
「陛下?」

 しばし虚空こくうに視線を向けていた若者は、用は済んだとばかりに部屋を出ていく。

「ご苦労であった。ゆっくり休むがよい」
「は、ははっ」

 若者が去った後、残された帷子姿の集団は『陛下』の期待に応えられなかった事を悔やみながらも、本来の姿に戻るべく城の上層階へと足を向けるのだった。



   第一章 異世界の生活


 ゆっくりと意識が浮上する。暖かい陽射しが風と共に頬を撫で、心地良いまどろみの中、シーツの肌触りを全身で感じながら――

「……ん? 全身?」

 はたと目を覚ました朔耶は、首を動かして自分の現状を確認する。
 自分は今、お日様の匂いがするシーツにくるまり、ベッドに横たわっているようだ。――全裸で。
「もしかして本当に夢オチか」と思ったのも束の間、見回せば知らない天井と壁と窓とベッドと床と机と椅子と……要するに知らない部屋で目覚めたという事だ。――全裸で。
 とりあえずムクリと身体を起こすと、左肩にチクリと痛みが走った。見ると包帯が巻いてある。誰かが手当てしてくれたらしい。

「そっか……あたし刺されて川に落ちたんだっけ……」

 あの時は色々あって気もたかぶっていた為「あのイケメン殴る!」とか思っていたが、今更ながら槍で刺されるなどという非日常的な体験をしてしまった事に背筋が冷たくなった。下手をしたら死んでいたかもしれない。

「非日常的なのは未だに続いてるんだけどね……」

 包帯の巻かれた肩をそっとさすりながら部屋を見渡す。木の匂いに満ちた、山小屋のような素朴な部屋。窓にはガラス等はめられておらず、木のふたをつっかえ棒で支えている。
 そこからぼ~っと景色を眺めつつ心地良い風と暖かい陽射しを浴びていると、どこかで扉の開く音がした。続いて木の床を歩く足音が近付いてくる。
 やがてこの部屋の扉が開き、手にかごを持った青年が姿を見せた。栗色の髪に純朴そうな顔立ちをし、布と毛皮を縫い合わせた簡素な服を着た彼は、ベッドで身を起こしている朔耶に気付いて、驚いたように動きを止めた。
 ――見つめ合う事しばらく。

「や、やぁ」
「ど……どうも」

 青年は軽く手を上げて挨拶し、朔耶も首をすぼめるように会釈えしゃくした。はらりと朔耶の黒髪が揺れる。

「あーえっと……気が付いたんだね 大丈夫? どっか痛いとことか無い?」
「あ、はい、大丈夫です。肩がちょっと痛いだけで……」
「そっか、良かった……。そのくらいの傷ならすぐに治るよ」

 青年は「綺麗な傷口だったから痕も残らないと思う」と言って笑うと、手に持っていた籠をテーブルの上に置いた。中にはパンらしき物体と果物のようなモノが入っている。

「俺はクィス。この村で猟師をやってる。君は?」
「あたしは朔耶……。ね、クィスが助けてくれたの?」
「う、うん、驚いたよ。水みに行ったら川岸かわぎしに君が倒れててさ。最初、死んでるのかと思ったよ」

 朔耶に名前で呼ばれたクィスは、少し頬を赤らめながら答えた。

「そっか、ありがとね」

 素っ裸でシーツ一枚にくるまりながら、見ず知らずの男と一つ屋根の下で会話するという状況に、朔耶は内心かなりハラハラしていた。人の良さそうな青年とはいえ、こっちは怪我を負ったか弱い乙女で、身一つ。最初の見つめ合いでは「貞操の危機ですか?」と心の中でつぶやいたくらいだ。
 しかし少し話してクィスの人となりを感じとった朔耶は、肩の力を抜いた。彼は信頼できる。

「……ところで、あたしの服は? ……なんで、裸にされてるの?」

 シーツを口元まで上げて顔を半分隠しつつ素足をシーツの端から出し、うるうるした瞳で上目遣いに睨むという、ちっとも怖くないとがめ方、というかむしろ可愛いとしか思えないねた仕草――というのを試してみた。
 以前、『萌え』とやらを追求し始めた上の兄がちょっとやってみてくれと事細かに指定したポーズだったりする。もちろん、兄には可愛い妹のこぶし(しかもコークスクリュー)で応えてあげたが。

「あ、いやその! ずぶ濡れだったし、それに怪我してたから! 運んだのは俺だけど脱がしたのはデイジーだからっ! あっと、デイジーってのは幼馴染の女の子で……。だ、だから大丈夫だよっ! えっと君の服は、い、今は外に干してあるよ」 

 面白いくらいうろたえてくれたので朔耶は思わず噴き出してしまった。キョトンとするクィスにからかった事を謝りながらこの場所について聞くと、ここはクルストスという街のハズレにある狩猟村の一つで、アマガという村だそうだ。フレグンス王国の王都から随分と離れているらしい。クィスは村の近くを流れる川をもう少し下れば海に出るとも付け加えた。

(どのくらい流されたんだろう? あたし……)

 クィスが用意してくれた食事を済ませた頃、彼が乾いた服を持ってきてくれたので早速下着とシャツだけ身につける。ハンカチ等、上着のポケットの中身はそのままになっていた。

「他の荷物は……落ちてなかったよね?」
「俺がサクヤを見つけた時は、周りに何もなかったよ?」
「そっか……やっぱあのままかなぁ、レティが預かってくれてればいいけど」

 さすがにまだ身体がだるくてベッドから降りられそうになかったので、クィスに勧められるまま休ませてもらう。

「怪我が治って元気になるまで、ゆっくり身体を休めると良いよ」
「ありがとう、クィス。しばらくお世話になるね」


 翌日、朔耶はクィスが廊下を歩くコトコトという足音で目が覚めた。おけを鳴らす水の音も聞こえたので、水を汲みに出かけていたのかもしれない。

「ん~~~~~~……っっっ、はふぅ……」

 朔耶はベッドの上で仰向けに転がったまま伸びをする。そしておもむろに起き上がると、思いの外身体が軽く感じられた。左肩の包帯はまだ外せないものの、少しくらいは歩き回れそうだ。
 素足にスニーカーを履いて部屋を出ると、そこは広いリビングになっていた。中央に長方形の大きな木のテーブルが置かれ、周りには背もたれの無い丸い木の椅子が三脚程並んでいる。
 左側の壁には二階に昇る階段があって、右の壁には所々補強した跡のある丈夫そうな扉があった。恐らく玄関だろう。その他にも他の部屋に繋がる扉がいくつかある。そして正面には少し奥まった空間があって、そこにクィスの背中を見つけた。
 近付いてみると、小部屋のような空間に調理用具らしきものや、パンや肉の切れ端が載った台があり、かまどのような石の台に大きなお鍋が載っていた。どうやらキッチンのようだ。

「おはよう、クィス」
「やあ、おはよう、サクヤ。身体の方は大丈夫かい?」

 クィスは何やら鍋の下をごそごそしながら挨拶を返した。

「うん、大分回復したみたい。それ、何してるの?」
「石寄せだよ、毎度の事だけど新しい石を交ぜると調節が大変だよね」
「石寄せ? ……って何?」
「え? 石寄せは石寄せだけど……ああ、そうか。サクヤは石竈いしがまなんて見たことないよね」

 クィスは石竈の中から手の平サイズの石を一つ取り出すと、首を傾げる朔耶のてのひらに載せた。

「あ、ちょっと温かい」

『魔力石』というこの石には自然の魔力が含まれていて、一度火であぶったり水にけたりすると、特定の属性を付与する事ができる。例えば火属性の石を鍋を置く部分にたくさん敷き詰めて湯を沸かしたり、或いは水の中に水属性の石を入れて冷たくしたりするのだ。庶民の間ではかなり一般的なモノらしい。
 ただ、しばらく使っていると魔力が無くなって普通の石に戻ってしまうので、定期的に入れ替える必要がある。また石の並べ方によっては効果にムラが出てしまう為、火属性の石の場合、最も効率的に熱を得られる配置に調整しなくてならない。それが『石寄せ』と言われる作業だった。

「やっぱり貴族の家ともなると魔術式のかまどを使ってるんだろうなぁ……あ、サクヤは厨房とかには入らないかな?」
「あたしだってたまには料理とかするわよ? さすがに竈とかは家に無いから使った事ないけど」
「へぇ、それは意外だなぁ。でも竈が無いなんて、最近の貴族の家の厨房は一体どんな風になってるんだろう?」

 朔耶は「ん?」と首を傾げる。何か会話が噛み合っていないような気がする。

「ねえ、その貴族って……」

 そうしてよくよく聞いてみると、クィスは朔耶の事をどこかの貴族の令嬢だと思っていたらしい。クィスだけではなくこの村の住人は皆そう思っていると聞かされ、リアクションに困った朔耶が理由を尋ねると――

「だって、サクヤの手とか肌とか全然荒れてなくて綺麗だし……髪もさらさらだし」

 クィスの言葉に不覚にも赤くなる朔耶。

「それにその指輪。精霊石の指輪なんて、よほど身分の高い人じゃなきゃ身につけられないからね」

 そう言われて朔耶は、自分の指にまるレティレスティアの指輪を見た。「精霊の加護を永続させる指輪」と彼女が言っていたのを思い出す。

「ああ~そっかぁ……レティって王女さまだもんなぁ」

 その時ふと思い至って、恐る恐る尋ねてみた。

「ねぇ、あたしに親切にしてくれるのって……もしかしてそのせい?」
「それは、その……」

 言いよどんだクィスを見て、朔耶は少しだけ哀しい気分になった。彼の親切の裏には、何かしら打算があったのかもしれないと。
 とはいえ、川岸かわぎしに倒れていたらしいどこの誰とも知らない自分を助けて、怪我の手当てだけでなく寝床や食事の世話までしてくれているのは紛れも無い事実。感謝こそすれ不満を言う道理は無い。

「そっかぁ。ん~でもどうしよう、あたし別に貴族とかじゃなくて普通の庶民だし、大したお礼もできそうにないしなぁ」
「……っ! い、いいんだよそんな事気にしなくてもっ。第一サクヤの身分の事を色々言ってるのって村長の息子だけだし、俺やデイジー達はサクヤが何者かとか考えてないし、ただ……なんか訳ありなのかと思って……でも、あんまり聞いちゃ悪いし……」
「……ううん、ありがとね、クィス。確かに訳ありといえば訳ありなんだけど、これは話しても仕方がないからね」

 自分はこの世界の人間ではなく、別の世界から精霊にばれてきました。
 なんて『訳』を語ったところで、そんな突拍子も無い話で誤魔化さなくてはならない程の事情があるんだとか誤解されそうだし、もし信じてもらえたとしても、余計に気を使わせてしまうだけになりそうだ。
 少し気まずい雰囲気の中、二人で朝食を済ませた後、クィスから狩猟に出かけるので夜まで家を空ける旨を伝えられた。

「こっちの戸棚に干し肉と果物があるから、お腹が空いたら適当にかじっててよ。水はこっちのかめに溜めてあるからね。夕飯はデイジーが持ってきてくれる事になってるから……デイジーもサクヤの事どこかの令嬢だと思ってるからさ、アイツ遠慮して遊びに来ないんだ……だからサクヤさえ良ければ、話し相手になってくれないかな?」
「うん、その子も傷の手当てしてくれたんでしょ? お礼も言わなくちゃね」

 そうして普通に接する事でいつしか気まずさも消え、朔耶は弓を背負って出かけるクィスを見送る。お留守番の間、朔耶はこの世界に来て初めて一人でゆっくり考える時間を得た。

「ふぅ……」

 閑散としたリビングで丸椅子にぽつんと座り、朔耶はこちらに来てからの事、これからの事を考えながら、手の中で先程の魔力石をもてあそぶ。
 あの時の精霊の声は、今は聞こえない。勝手にんでおいて、その後は放ったらかしとかどうよ? と悪態をつきつつ、これからどうすれば良いのだろうかと考える。
 怪我が治って元気になっても、行く宛が無い。いつまでもクィスの温情に甘えるわけにもいかないだろう。レティレスティアの事を思い浮かべるが、相手は王女様だ。さすがに面倒見てくれと押し掛ける勇気は無かった。

「あ、でも事情を話せば住む所とか仕事とか工面くめんしてくれるかも……そのくらいはいいよね?」

 誰にともなく同意を求める。この村を出た後はフレグンスの王都に向かい、そこでレティレスティアにちょこっと生活支援を頼む。当面の目標を定めたところで一つ重要な事に気付いた。

「先立つモノが無い……」

 王都に行くにしても旅費が無い。何せ荷物の大半はリュックの中で、着の身着のまま流されてきたのだ。この世界の通貨も分からないし、旅のノウハウにもあまり自信が無かった。

「野盗とか出そうだしなぁ……魔法とか精霊とかが居るんだから、魔物とかも居たりして……」

 考えれば考えるほど、どうにかできる気がしない。思った以上に非力な自分に愕然がくぜんとする。旅をするにも生活をするにも、まずはこの世界の知識が必要だ。そしてお金。
 自分の持ち物で売れそうなモノといえば、ポケットに入っていたハンカチくらい。貰った『精霊石の指輪』は高価たかそうだが、これを外せば恐らく言葉が通じなくなる。それはもっとマズい。

「何か稼ぐ手立てを考えないとね。まずは色々知る事からかな」

「よし!」と椅子から立ち上がった朔耶は、厨房に入って石竈いしがまを覗き込んだ。ひとまず朝方クィスから教えてもらった『石寄せ』の事を調べる事にした。どこかで働くにしても、女の身でできる真っ当な仕事といえば、飲食店のアルバイトとかそのあたりになる。そうでなくとも食事すら満足に作れないようでは話にならない。
 石竈いしがまの中に敷き詰められた火属性の魔力石を観察すると、たくさんの石の表面がぼんやりと赤く発光し、熱を発しているのが分かる。まるでストーブのような感じだ。
 先程クィスに渡された石を見つめる。これ一つでは、自分の体温が移っただけ? という程度の熱しか感じないが、たくさん集めて並べる事で、それなりの熱を持つ性質であるようだ。
 厨房の隅の方には予備らしき石が、板で仕切られて積んである。使わない時は熱を発しないよう、そうやって保管しているのだろう。石はどれもその辺りに落ちている石ころと変わりなく、川原によく落ちているような滑らかで丸っこい石から、岩を砕いたようなゴツゴツしたモノまで色々だ。

「これは全部火属性の石かぁ……」

 積んである石を幾つか手に取ってくっつけたり離したりすると、確かに温度が変化したような気がする。

「あっ」

 うっかり手を滑らせて一つ床に落としてしまった。ガサガサした平たい石が、真ん中辺りから割れている。

「あちゃ~」

 やってしまった……と砕けた石を拾い上げようとした時、脳裏にひらめくモノがあった。三つに割れたその石は細長い二等辺三角形のような鋭利な形になっており、どこかダイヤ等の宝石のカッティングを思わせた。その宝石が最も美しく映えるように削り出す技術。
 魔力石の『石寄せ』は並べ方次第で効果にムラが出るからこそ生まれた調整技術。何故並べ方で効果にムラが出るのか、その部分がボンヤリ引っかかる。
 この世界の人間ならば特に疑問にも思わない、ごく当たり前の事。だが朔耶はこの世界とは異なる世界の、情報が氾濫はんらんする社会から来た現代人である。おまけに幼馴染や兄弟の影響で機械いじりや物作りを好み、弟と一緒に廃品のテレビやラジオを分解したり、幼馴染が趣味で集めていたエアガンを弄ったりと、およそ同年代の女の子達とは毛色の違った遊びをしていた。そのため、『魔力石の組み合わせ』などという未知なるシステムには、知的好奇心と改造魂と創作意欲を刺激されるのだ。
 朔耶は砕けた石の破片と予備の石を幾つかテーブルに運び、割ったり削ったりしながら、何をどんな風にすればどうなるのか、と細かく分析しながら効果の検証を始めた。


 夢中になって調べている内に、空はすっかり夕焼け色に染まり、気が付くと作業をしていたテーブル付近以外は薄暗くなっていた。

「おっとと、すっかり夢中になってたよ」

 朔耶は天井から吊るされたランプに火を灯そうと、作ったばかりの魔力石ライターを試す。尖った石の先端に小さな火が生まれ、それを種火にしてランプが点灯した。
 予想通りの結果に満足気な表情を浮かべながら、朔耶は製作課程を振り返る。
 予備の石とは別にまきも積まれていたので、そこから木材を適当に拝借。戸棚の中をあさって見つけたノミたぐいの工具を使い、削り出した石を固定する型を作ったりと、夢中になると行動がかなり大胆になるという悪癖(?)を発揮してしまったが、その成果はなかなかのモノだった。


 特定の形に削り出した石をある配列に組み合わせると、石に含まれる魔力を比較的簡単にコントロールできる事が判明した。
 そうしてまず作ってみたのがこの試作ライターだ。木の型に削り出した石をめ込んだだけというシンプルな構造だが、火打ち石を使うよりもずっと楽に火を灯せる。
 実に画期的な道具である――と、そこまで考えて、ふとある事に思い至る。

「う~ん、作ってから気が付いたけど……もしかしてこのくらいの事はみんな知ってたりして……」

 元いた世界には存在しない『魔力石』だが、この世界では特に珍しくもない石ころなわけで、夢中になって色々実験してみたものの、こちらの世界にも当然研究者くらいは居るだろう。もしや自分の世界で言うところの小学生レベル、或いは幼稚園レベルの事の解明に半日も費やしていたのでは? と、急に不安と恥ずかしさが込み上げてきた。

「……まあ、いいじゃん。あたしこっちの常識とか知らないし~」

 等と自分に言い訳しつつ、とりあえず散らかったテーブルを片付けようとしたところで、コンコンッと、この家のごつい扉が控えめにノックされる。

(あ、クィスの言ってたデイジーって子かな?)

 自分の傷の手当や着替えをしてくれた子だと聞いている。ちょうどお腹も空いていた朔耶は「はいはーい」と軽く返事をしながら扉を開ける。

「え、えと……デイジーといいます。サクヤ様にお食事を……」
「『様』ぁっ!?」
「は、はいぃ!?」

 頓狂とんきょうな声を上げる朔耶に、デイジーは何か粗相そそうをしてしまったかとおびえたが――

「あっはっはっ、『様』はやめようよ『様』は。あたしは別にエライ人とかじゃないんだから、ね?」

 デイジーの肩をぽんぽん叩きながら「普通に呼んでくれていいよ」と朔耶が笑うと、デイジーは緊張を解いたようだった。そのタイミングで、朔耶のお腹が「くうぅぅ……」と切なそうに鳴く。

「あ、あはははは。お昼食べてなかったから……」

 それが決め手となって完全に緊張がすっ飛んだデイジーは、クスクス笑いながら、

「……お腹空いてたんですね、すぐ用意しますね」

 と、さっそくバスケットの中身を取り出そうとする。そこで彼女はテーブルの惨状に目を見張った。
 そこにはまだ、小石や木片がノミなどの道具と一緒に散乱していたのだ。

「ちょっと待ってね、こっちに寄せるから」

 手早く片付けられたテーブルに並べた素朴な料理を、美味しい美味しいと褒めながらパクつく朔耶に、デイジーは照れながら材料や作り方を教えたり、後日持ってくる薬や包帯について相談したりする。そんな穏やかなひとときを経て、二人は自然に打ち解けたのだった。


「へぇ~デイジーのお父さんは大工さんなのかぁ~」
「といっても、ちゃんとした職人さんじゃないんですけどね」
「日曜大工みたいなもんか……」
「ニチヨウ?」
「ああ、えっと趣味の範囲で、空いた時間にそういう作業をする人の事ね」

 デイジーとおしゃべりをしながら、朔耶はある推論を立てていた。
 朔耶の世界にあってこちらの世界に無いモノ――物でも概念でも――は、言葉の響きは伝わってもその意味までは翻訳されない。
 先程の会話で言えば、こちらには『大工』は存在するが『日曜日』が存在しない。なので『日曜大工』に似た概念はあっても、そういった言葉に翻訳されて伝わるわけではなく、意味が分からない言葉『ニチヨウ』と、分かる言葉『大工』とに分割されて伝わる仕組みだ。

「ふ~~~む……」
「サクヤさん? どうかしました?」

 腕を組んで考え込む朔耶に小首を傾げるデイジー。その可愛い仕草に表情を崩した朔耶は、デイジーのフワフワした髪を撫でながら言った。

「ね、デイジーに頼みたい事があるんだけど、いい?」
「え、あ、あたしにできる事なら……」

 こういうスキンシップには慣れていないのか、デイジーはちょっと頬を赤らめながら頷く。朔耶は一言礼を言ってから頭の中を整理し、色々な質問をぶつけた。
 それは子供でも知っているような事から、大人でなければ分からないといった事にまで及んでいたらしい。デイジーは不思議そうな顔をしたが、朔耶が「あたし世間知らずだから」と笑って誤魔化すと納得したらしく、それ以上の理由は尋ねず答えてくれたのだった。
 やがて質問の内容は魔法にまで至ったが、さすがに魔法関係ともなると一般の人々の知識では限界がある。
 だが朔耶はその答えからも、この世界における『常識』を読み取っていく。そして、一般の人々が知る範囲内ではあるが、ある程度の魔法の知識を得ることができた。
 この世界の魔法は、大きく分けて二種類。『精霊術』と『魔術』。レティレスティアが使っていたような、精霊に力を借りて諸現象しょげんしょうを起こすのが『精霊術』で、これは精霊との交感能力がなければ修得する事は不可能とされている。
 一方『魔術』はもう少し難易度が低く、個人の持つ魔力の大小は関係するものの、習えば誰でも修得できる技術とされている。
 精霊術では諸現象を起こす為の工程が『精霊との交感』一つきりであるのに対し、魔術はいくつかの系統はあるものの使い手がそれぞれ独自のやり方を持っている。十人『魔術士』がいれば十通りのやり方があるというわけだ。ぶっちゃけ、統一されていない。
 独自のやり方の術を創り上げた使い手は、開祖として『魔術師』と呼ばれ、世間で魔術師と認められた者は、国や領主に自分の流派の魔術道場を開くなどの権限を申請できる。その流派が流行はやれば名が上がり、優れた流派の魔術師は王宮に召し抱えられる場合もあるそうな。一つの流派の魔術士が一人前となり、各地にその流派を伝える為、『魔導師』となって諸国を旅する事も珍しくない。
 魔術の行使には主に詠唱型えいしょうがた触媒型しょくばいがたがあり、詠唱型は魔力を込めた特定の言葉、すなわち『力ある言葉』を組み合わせて唱えることで、様々な現象を具現させる。この方法は集中力とその現象を具体的にイメージする力が重要になる為、個人の能力の差がはっきり現れる。
 触媒型は『力ある言葉』を、木簡や羊皮紙、武具などに刻んで効果を得る方法。手近なモノにもほどこせる上に長く効果を得られるため、詠唱型と比べると使い勝手が良いが、効力や柔軟性等は劣る。
 つまり詠唱型は攻撃魔術等の戦闘に向いており、触媒型はランプや暖炉の火を灯すといった日常行為に向いた、生活密着型の魔術と言える。ただし、魔術式のランプや暖炉、かまどなどは財力のある貴族や、豪商でもなければ手にする事ができない高級品である。

「あたし達庶民が知ってるのはこのくらいです」
「なるほど~よく分かったわ。ありがとね、デイジー」

 他にも聞きたい事は山程あったのだが、随分遅くまで引き止めてしまったし、外はすっかり暗くなっている。今のところ、特に聞きたかった部分は聞けたのでよしとした。
 夕飯の後片付けを始めたデイジーを手伝いながら、情報を反芻はんすうし頭の中でそれらをまとめる。

「そうすると……魔力石を使った道具は触媒型の魔術って事になるのかな?」
「え? 魔力石ですか? 違いますよ」

 朔耶がつぶやくと、デイジーがキョトンとしてそれを否定した。あれはただ石の性質を利用しているだけで、デイジーいわく「魔力石の現象が魔術だなんてとんでもない」らしい。

「魔術ってもっと凄いんですよ~? 街で見た事ありますけど、こ~んな小さなランプに油も火打ち石も使わずに火が点くんですよ」

 そう言ってデイジーは両手でランプの大きさを示し、魔術式の道具の凄さを説明した。

「う~ん、でも魔力石でもお鍋かけて料理作ったりはできるじゃない?」
「そりゃあたくさん集めればできますけど、魔力石だと熱は起こせても火は起こせないですからね」
「え……そうなの?」
「はい、そうですよ? あ、でも……」

 わずかに神妙な顔つきになった朔耶に気付かず、デイジーは思い出し笑いをしながら、以前街で行われた見世物の事を話し始めた。

「お金持ちの好事家こうずかの人が、魔力石で魔術と同じ効果を得られる発明とか言って、大きな馬車の荷台に魔力石を一杯に詰め込んだ鉄の箱を載せて、そこにから細い鉄の芯を何本も伸ばして、その先を束ねて小さな火を灯すって仕掛けを見せてたんです」

 赤く焼けた鉄芯が焼き切れる直前、ちらっと火が灯って、歓声と笑いが巻き起こったのだと言う。

「魔力石で火を起こそうと思ったら、それこそ小屋一杯に火属性の石を集めないといけませんし、そんなにたくさんの石を集めたら小屋が燃えちゃいますしね」

 単に石を大量に集めても石寄せで調整しないと熱が分散してしまうし、石寄せで調整できるのは石竈いしがまの中のような狭い範囲が精々。最も温度が高くなるかたまりを並べるにしても、近くに燃えやすいものの無い所でないと危険という具合。
 つまり火を起こせなくはないが、それは火を『起こす』というより『起きてしまう』のであって、魔術式のように自在にコントロールはできないという事だった。
 そこまで理解した朔耶はじっと黙って考えた後、おもむろに口を開く。

「……デイジー、ちょっとコレを見てもらえる?」
「なんですか?」

 朔耶は先程の試作魔力石ライターを取り出し、火を灯した。

「え、えええ! これって魔術式のランプですか! 凄い……こんな小さいの初めて見ました」
「ううん、これは魔力石を使った道具だよ。昼間あたしが作ったんだけど……」
「……へ? サクヤさんが、作ったんですか?」
「うん」


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