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5巻
5-1
しおりを挟む序章
商人国家キトの中央通り広場。
キトの政府組織と思しき屋敷を制圧した、グラントゥルモス帝国、フレグンス、ティルファの三国同盟は、各自帰還のため出発準備を整えている最中である。周囲にチラホラと野次馬が見える中、竜籠の前で言葉を交わす朔耶とフレグンス辺境騎士団中隊長のアンバッス。
「アンバッスさんはしばらくキトに残るの?」
「ああ、正式に街を統治する者が決まるまで駐留する事になる」
屋敷とそこから繋がる地下施設、街中に点在する政府関連施設も大体の調査を終えた。キトの街には、以後フレグンス騎士団と帝国密偵部隊、それにティルファ魔術団が残って当面の統治を行う。
帝国皇帝バルティアは、政務のほとんどを秘書アネットと側近のダンクルに任せてきたので早く戻らねばならず、精鋭騎士団と共にキトを発った。
ティルファ中央研究塔所長ブラハミルトも、地下施設で発見された書類により、自国の中枢にいる人物が魔族と繋がっている事が発覚したため、その調査をすべく既に帰国の途についている。
フレグンス王国派遣騎士団に所属するガリウス小隊長の部隊は、アンバッスの指揮下に入って居残り。精霊神殿所属のフューリ達聖騎士団は、ガリウスの部隊が乗ってきた竜籠で一旦フレグンスの衛星国家サムズ国のエバンスに移動して、一日休んだのち王都フレグンスへ。
朔耶はアンバッス達と乗ってきた竜籠で宮廷魔術士長のレイス、その補佐官フレイと共に王都まで直行便で帰る事になる。
これは今回の作戦で長距離を飛んで来た竜達の体力を考えての振り分けだった。十人以上の大所帯かつ完全装備の聖騎士団員達を運ぶのに比べて、軽装の朔耶達三人なら速度も出せるという訳だ。
竜の体力は朔耶の精霊の癒しで回復させる事も可能だが、あまり無理はさせない方が良いと判断された。
キトから王都フレグンスまでは約九時間、到着は深夜になる見通しだ。竜籠の操舵をレイスに任せ、朔耶とフレイは籠の隅で丸くなって仮眠を取る。
「うーん、フレイの身体あったかい……」
「サクヤ様……」
帰国の道中、レイスはそんな二人に微笑ましさを懐くべきか嫉妬を懐くべきか、少し悩んだ。
「なんとも悩ましいですね」
「キュ」
レイスの呟きに竜が答えた。
第一章 アーサリムの傭兵騎士団
フレグンスに到着したのは深夜。朔耶の腕時計は二時過ぎを示している。二人を起こしたレイスは、とりあえず城の客間で休むよう促すと、報告書を纏めに自分の執務室へ急ぐ。
キトの地下施設で見つかった書類からは、キトの最高指導者がサムズの動乱の折に暗躍していたヨールテスだった事や、彼が魔族であった事なども明らかになった。さらには彼が率いる魔族組織の本拠地が未開地アーサリム地方にあり、そこには希少な精霊石の鉱山がある事なども記されていた。
その他にも、キトが各国に忍び込ませている密偵の情報や、協力関係にあった有力貴族の名簿など重要な証拠が見つかっている。
今回の事はキトへの今後の対応や、協力者達への処断も含めて、素早い政治的判断が求められる。特に精霊石鉱山については、他の二国も採掘権を欲して動き出す事が予測されるため、出来る限り迅速な調査が必要だ。
レイスはこの度得られた情報をもとに、キト政府の実態と魔族組織との関係、国内に潜むキトの密偵や、彼の国の息が掛かった有力貴族の存在、アーサリムへの調査部隊派遣案と、三つの要点を押さえた報告書を作成。そこで疲労も限界に達し、執務室のソファーで仮眠を取るのだった。
早朝――
王の間ではカイゼル王、アルサレナ王妃、レティレスティア第一王女の他、宰相をはじめとする側近官僚数人が集まり、難しい顔でレイス宮廷魔術士長の報告書を前に唸ったり囁き合ったりしている。
この場には朔耶とフレイ、イーリス近衛騎士団長も同席していた。ちなみに皆に配られた報告書は、朔耶が地球世界でコピーしてきたモノだ。出席者はやたら手触りの良い上質な紙にも興味を惹かれるところだったが、そこに書かれた内容はそれ以上に衝撃的なモノであった。
今後のキトについては、三国共同で統治する事で話が纏まっている。実務者については、キトを統治していたのは魔族組織という実態を知らなかった者も多かったため、ほぼそのまま留任させる事が決まった。それにより三国共にキトの商人達とはこれまで通り円滑な取り引きが行われると推測されている。
そして未開地を本拠地とする件の魔族組織についてだが、これは三国共通の敵性脅威勢力と見做して対処する。また、見つかった名簿をもとに、各国上層部に潜む魔族組織と関わりのある人物の処分も行い、早急な浄化と人事の再編を進める予定だ。
ちなみに、キトの政府施設の厨房で見つかった限定販売用の魔力石コンロは、名簿にあったような上層部の貴族達ではなく、中層から下層に属する、いわゆる弱小貴族達に売られたモノである。その事から、魔族組織と直接関わりがある大貴族の配下か、その派閥に属する末端の貴族などから献上されるなり、巻き上げられるなりしたモノではないかと判断されていた。
最優先案件である未開地アーサリムの鉱山については、フレグンス領に組み込む方向で検討中だ。そのためには何よりもまず現地の情報が求められる。
それらの情報収集においても、第二王女ルティレイフィアが現地で人道的活動、魔物退治や集落防衛などを行い、人望を集めているため、他の二国より多少有利に事を運べるだろうと期待されている。
「あの子は複雑な顔をするでしょうけどね」
アルサレナの言葉には、母親としての気持ちと王妃としての責任が入り混じっていた。
大陸南東部に広がる未開地は、大陸のほぼ中央から北東全域を領地とするフレグンス、南のサムズ、その中間に位置するクリューゲルに半ば囲まれる形になっている。一方大陸北西部を支配する帝国は、間にティルファやキトなども挟むため最も遠い。アーサリム攻略にあたって地理的にはフレグンスが有利だが、帝国には竜籠がある。安定した資金源を欲する帝国は、たとえ飛び地になっても領土に組み込みたいところだろう。
これから三国で取り分の交渉に入る事になるが、朔耶の存在があるので帝国とティルファの二国はフレグンスに遠慮せざるを得ない。
今回の件で最も重要な働きをしたという事実も然ることながら、その並外れた力を見せつけた事で十分な抑止力となっているのだ。朔耶本人にその気があるかどうかはともかくとしてだが。
ティルファはキト制圧の協力への見返りとしてだけでなく、自国への研究支援という名目でも精霊石の三国共同採掘を提案してくると予想される。そうでなくとも何らかの形で採掘権の要求はあるだろう。
帝国とは交渉前に、鉱山を自国領に組み込むための工作合戦も起こり得る。その上軍事力に長けた帝国の場合、直接アーサリムに攻め込む事で鉱山を手に入れる可能性さえあるのだ。竜籠の持つ輸送力はやはり大きい。
「ここは先に交渉の席を設けて牽制しておく方が良いかもしれませぬな」
「協力して採掘するなら運搬方法や採掘技術も考慮して、取り分は4:4:2というところか」
フレグンスが4、帝国が4、ティルファが2という割合である。利益を計算し経済効果を謳うカイゼル王や側近達に、それまで黙って聞いていた朔耶が一言呟く。
「〝取らぬ狸の皮算用〟ね」
「サクヤ様?」
朔耶の呟きの意味が分からず小首を傾げるフレイ。朔耶はこの異世界で『狸』に当たる動物が分からなかったので、『取らぬ獲物の皮算用』と言い換えて説明する。
「手に入るかどうかも分からないモノを当てにして計画を立てる事の喩えだよ」
相変わらず的確で洗練された『サクヤ』の国の賢者の言葉に、感嘆しつつもばつが悪そうなカイゼル王と側近達。珍しくアルサレナも自省するような表情を浮かべると、ぽや~っとした雰囲気で鎮座している娘に目をやる。
「本当に、娘とは大違いですね」
「母様……ひどいです」
思わぬとばっちりを受けたレティレスティアが拗ねた。
会議は、他二国と情報交換をしつつ連携し、ルティレイフィアとも連絡を取って未開地の情報を集めるところから始めよう、という事で一応の結論を見た。そう遠くない内に、未開地へ向けての部隊派遣が発表されるだろう。
王の間を出て官僚達の執務室が並ぶ廊下を歩きながら、朔耶は隣を歩くレイスに話しかける。
「レイスはまだこれから仕事?」
「ええ、人事処分の書類を纏めなくてはいけませんから」
「あー……そっか」
「あの、レイスさま」
ふいにフレイが湯浴みに行って来たいと申し出る。それを聞いた朔耶も、昨夜はお風呂に入っていなかった事を思い出した。せっかくなので自分の屋敷のお風呂に入ろうとフレイを誘う。レイスも、書類作成は一人で出来るので、今日は昼からの出勤で構わないと許可を出した。
「よーし、それじゃあお風呂入りに行こー! シャンプーとかも置いてあるからね」
「それはサクヤ様の国の湯浴み道具でしたね」
「うん、なんかコッチの男共は石鹸とかシャンプーの匂いとかに弱いっぽいから、レイスもメロメロになっちゃうかもよ」
「えっ! そ、そう……なんですか?」
さっと頬を染めるフレイがちらりとレイスの様子を窺う。朔耶もニヤリとレイスの様子を窺う。レイスは溜め息を吐きながら、執務室に籠もる前に食堂で食事をとっておこうと決めるのだった。
「お帰りなさいませ、サクヤ様。ようこそいらっしゃいました、フィレイヤ様」
フレイを連れて王都の開放区に立つ自分の屋敷にやって来た朔耶は、早速お風呂と食事の準備を頼んだ。屋敷の主たる朔耶が初めて訪れて以来、実に二十二日ぶりの帰宅と初来客に、使用人達も張り切って出迎えた。
軽く食事を済ませた後、朔耶とフレイは湯が張られたお風呂場にやって来た。プチ銭湯と言えるほどの広さを設けた日本式のお風呂場で、浴槽も腰まで浸かれるよう深い造りにしている。
「空気がちょっと冷たいかな」
「温めましょうか?」
広さゆえにお風呂場はやや肌寒かったが、フレイが攻撃魔術の形になる前段階で発現させた火属性の魔術によって、室内の空気は快適な温度まで上昇する。
「便利だねーそれ」
「ふふ、乾燥にも使えるんですよ」
フレイの魔術に感心する朔耶に対し、フレイはといえば地球世界から持ち込まれた湯椅子や洗面器に感嘆し、身体を洗うスポンジの手触りにも驚いていた。
「凄いですねー……サクヤ様の美しい肌や髪の秘訣がここに!」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないけど……それよかフレイの方が凄いというか」
朔耶は『フレイは脱ぐと凄かった』という感想をまず持った。
以前にもバーリッカムの温泉や『夢内異世界旅行』で見た事はあったのだが、温泉では皆薄い湯浴み着を纏うし、夢の中で見る時はシチュエーションが過激すぎてすぐに退散するので、ここまでハッキリくっきり目にするのは初めてだ。
とりあえず朔耶は、フレイにシャンプーの使い方を教えたり、ボディソープを付けたスポンジで洗いっこするなどして、しばしゆったりと入浴を楽しむ。
「ふう……湯浴み着も無しでお湯に浸かるなんて、不思議な感じですね」
「あたしのトコじゃこれが普通なんだけどねー。……それにしても」
広い浴槽の縁に背を預けながら、手足を伸ばしてお湯に浸かる心地好さを満喫していた朔耶は、改めてフレイの豊満なバストに目をやる。
「でかい」
「え?」
朔耶はおもむろに、むにむにと揉み上げた。
「ふーむ……レイスはこれを毎日好きにしてるのか」
「えっ? えっ? ええ~っ!?」
むにむにむにむに
「フレイって確か、あたしと一つしか歳違わなかったよね……クラスにもこのサイズの子は居なかったよなぁ」
「あ、あ、あの……っ、さ、サクヤ様……っ……んんっ」
湯にノボせたのとは明らかに違う理由で身体を紅潮させていくフレイ。朔耶は『何故これで型崩れしないのか』とか『この張りは外国人補正か』とか呟きながら、心地好い柔らかさと重み、そして温かさを愉しんでいたのだが――
サクヤヨ
『ん? なーに?』
スゥイッチ トヤラガ ハイッタノデハ ナイカ?
『スイッチ?』
神社の精霊からの指摘に小首を傾げた朔耶は、ふいに視線を感じて顔を上げる。フレイが熱い吐息混じりの浅い息遣いをしながら、潤んだ瞳でじぃっと見つめていた。なんだか目つきが危ない。
フラグガ タッテオルゾ
『……もっと早く教えてね』
昨今少しずつ覚え始めた横文字と、少しずつ覚えてしまった兄語(?)で警告を発する神社の精霊に、朔耶は抗議する。
「……サクヤさま」
「ちょっとまった! ストップ、ストップ!」
ずずいっとにじり寄って来るフレイを押し止めようとした朔耶は、うっかりその豊満な胸を押し上げて余計に相手を刺激してしまう。フレイは朔耶の手を取ると、そっと握って愛しそうに指に舌を這わせ始めた。
「ぎゃーーっ、指舐めとかエロ過ぎる!」
「んん……はぁ……サクヤさまぁ」
これはイカンと焦った朔耶は、風呂場の隅にある水桶に意識の糸を伸ばす。そして水を操り、フレイの顔を目がけて浴びせかけた。
「精霊ビーム!」
「ひゃんっ!」
文字通り『冷や水』を浴びせられたフレイは、しばしキョトンとしていたが、やがて見る見る顔を紅潮させると、湯船から飛び出そうとした。
今この状態で逃亡されたら後で顔を合わせる時の恥ずかしさたるやいかばかりかと、咄嗟に腕を掴んで引きとめる朔耶。
「は、放して下さい!」
「待ってってば、落ち着いてフレイ」
「後生ですから! 後生ですから!」
「恥ずかしいのはあたしも一緒だってばっ、そもそもの原因はあたしなんだから!」
二人して真っ赤になりながらお風呂場で騒ぐことしばし。ようやくフレイが落ち着いた頃には二人揃って湯冷めをしていたので、もう一度温まり直してからお風呂を出た。
「フレイをそんな身体にしたレイスが悪い!」
「さ、サクヤ様……それは」
そう力説してレイスに責任を擦り付ける朔耶と、戸惑うフレイ。
結局今日の事は二人だけの秘密という事で収め、それにはフレイも同意した。
アルジドノハ ソノキニナレバ ダンジョコンゴウノ ハアレムデモ ツクレソウデ アルナ
『いらないわよ、んなハイブリッドハーレム』
お風呂上りのお茶など口にしながら、神社の精霊の冷やかしに突っ込む朔耶なのであった。
オルドリア大陸南東部、未開地とも呼ばれるアーサリム地方。
その入り口の街『ササ』は、この地方で唯一街道によって他国と繋がる街である。そして中小規模の部族が多数乱立するアーサリムにおいて唯一の中立地帯でもあり、最も強い勢力を誇る部族の族長が周辺の部族戦士を率いて治めていた。彼等は絶対的な中立を謳い、いかなる勢力にも肩入れしない。
さらに街中では一切の諍いが禁じられている。たとえ人狩りによって他の街から奴隷が攫われてこようと関知せず、それを取り返そうと動く者にも、相手との話し合いによる解決以外は認めない。
未開地の奥から度々奴隷商人を追ってこの街まで来るルティレイフィアも、ここでは直接的な手出しが出来ないので、情報収集や傭兵の手配にのみ止めている。
その代わり街を出た商人の馬車がフレグンス領を通る場合は、積荷を検査して攫われた者を見つけ出し、救出していた。が、そんな風に攫われた人々を取り戻せた例は多くない。
形の崩れかけた石造りの建物に、看板が括りつけられた古い酒場。見てくれは今にも潰れんばかりだが造りはしっかりしており、壁の厚みなどちょっとした砦並はある。客足も多い。
この馴染みの酒場に立ち寄ったルティレイフィアは、店に入るなり少し奥まった位置のテーブルに着く大男から声をかけられる。
「また揉め事を起こしに来たのか?」
「ふっ、今日は兵を募りに来ただけだ」
勇ましい部族衣装を纏う大男にそう返すと、ルティレイフィアはカウンターの席に着いた。もそっとした髭の店主にいつもの地酒を注文して銅貨を置くと、すぐに椀型のカップが出て来た。それに口を付けながら店主と話をする。
「使えそうな傭兵はいるか」
「…………特に」
「向こうの情勢はどうなってる」
「…………キトが落ちた」
「ほう?」と、ルティレイフィアは目を細める。さらに銅貨を三枚置く。店主はそれを静かに拾うと、続きを話し始めた。
グラントゥモス帝国、フレグンス、ティルファ、キトの列強四国の和平会談にキトの代表として参加していたヨールテスがサムズの反乱に加担していた件で、他三国はキトに抗議文を出していたが、いずれも無視され続けていた。
商人国家キトは政府の実態が掴めず、交渉の窓口も分からない特殊な国。また帝国もフレグンスもティルファも、必要な物資の大半をキトとの交易に頼っているので、なかなか制裁処置に出られない。
しかしフレグンスの密偵がキトの中枢を探り出した事で、フレグンスは戦女神サクヤを大使としてキトに派遣。キト政府に対してヨールテスの身柄引き渡しや奴隷制廃止の受け入れ等を要求し、従わない場合は武力行使も辞さないと、最後通告を突きつけた。
キト側はそれらの要求を拒否。さらにはフレグンス大使一行への敵対行為に出たため、一行はキトの制圧に乗り出した。その制圧作戦には帝国やティルファも加勢したという。
「…………帝国、フレグンス、ティルファの三国は、秘密裏に協力し合っていたようだ」
三国連合軍によるキトの街の制圧。事実上、キトの政府は解体されて三国共同統治となる。
これら一連の動きの裏には、戦女神の暗躍があったとも囁かれている――髭の店主はそう言って話を締めくくった。
「列強四国が三国になった訳か……。他に台頭する国が出てくれば四国のままだが」
そう言ってちらりと、奥の大男に視線を向けるルティレイフィア。男はその視線を受け流し、捻った干し肉を齧っては酒を喉に流し込む。
「族長が昼間から飲んだくれていて良いのか?」
「要らん世話だ」
先程の意趣返しをしたルティレイフィアは軽く笑うと、酒場を出るべく席を立とうとする。
そこへ新たな客が団体でやって来た。
この酒場の客達は、新顔の客に対しては警戒を示す。ルティレイフィアは色々な意味ですっかり馴染みの顔であるため目を付けられる事はないが、初めて訪れた者は傭兵、商人、一般人――滅多に居ないが――問わず、しっかり顔を覚えられる。
安物の武具で身を固めた傭兵団らしき集団。腕は立ちそうだが、魔物の多いこの地域でやって行けるような装備とは思えない。かといってそれが分からないような素人にも見えず、何とも言えないアンバランスさを纏った集団だった。
その集団のリーダーらしき男が酒場の中を一通り見渡す。何人か人相の悪い客がガンを飛ばしてみるが、鋭く睨み返す男の眼光に格の違いを感じて、皆視線を外した。
やがて男はカウンターの前に立つルティレイフィアに視線を向けると、一瞬ピタリと動きを止める。そして真っすぐ彼女に向かって歩き出した。男の仲間もその後ろに続く。
客達はヒソヒソと「また紅獅子の揉め事か?」とか「今日は族長が居るから決闘は無いだろう」などと囁き合う。一方、族長と呼ばれた奥のテーブルの大男、『ブレブラバント・アッサム』は、何かあればすぐに動ける態勢を取りつつ成り行きを見守った。
「失礼。フレグンス第二王女、ルティレイフィア様とお見受けする」
「はて。わたしは此処では一介の傭兵に過ぎぬのでな」
ルティレイフィアは油断無く男を見つめながら、惚けたような言葉で肯定する。すると男は片膝を突いて騎士の礼を執り、背後の集団も一斉にそれに倣う。その動作にはフレグンス騎士団を彷彿とさせる統制感が滲んでいた。
「お初にお目に掛かります。当方、元サムズ駐在辺境騎士団クルストス支部アンバッス中隊所属、ヴィンス・フロッソと申します」
「サムズのクルストス支部……だと?」
サムズの動乱の折、クルストス支部では大勢の騎士が寝返ったと聞いた。朔耶の奇跡の力によって少なからず被害は抑えられたが、それでも五十名以上の騎士が討ち死にしたという。
ヒュッとかすかな風の音を立てて、ヴィンスの首筋に〝シュベルコーの剣〟が当てられた。
最高級クラスの証であるシュベルコーの銘が入った見事な刀身。
その輝きも然ることながら、いつ剣が抜かれたのか誰の目にも捉えられないほどの神速には、大族長ブレブラバントですら割って入る間も無かった。ブレブラバントは、紅獅子の実力に計り知れないモノを感じながら警告を発する。
「おい、街の中での揉め事は許さんぞ」
「……少し黙っていろブラバント、この男に訊かねばならない事がある」
「名を略すなっ、オレはブレブラバントだ!」
その抗議を無視して、ルティレイフィアはヴィンスと名乗った男に質問をぶつけた。
「元騎士と言ったな? 何故騎士を辞めたのだ」
「離反を致しました」
ピクリ、と頬をわずかに引きつらせたルティレイフィアは、ヴィンスの首筋に当てていた剣をスッと返し、弓を引き絞るように構えた。
ルティレイフィアの突きは竜の鱗を砕くほどの威力があるのだ。このまま一突きすれば、ヴィンスを一瞬で葬る事が出来る。
「何故、わたしの前に現れた?」
「一つは償いのため。もう一つは借りを返すため」
「借り?」
「サクヤ殿に助けられ、自らの過ちを見せつけられました」
ヴィンスは騎士団を離反して放逐されてから、傭兵として自分の目で見てきた事を話した。
フレグンスの辺境騎士団に所属していても、ヴィンス達の気持ちは母国サムズにあった。和平会談の時期に合わせてサムズがフレグンスに反旗を翻した事は寝耳に水だったが、同僚の騎士の中にはその計画を知っていた者が数名いた。彼等から『我等が母国をオルドリアの列強国に』と誘われ、ヴィンス達は迷った末に反乱に加わった。
エバンスから辺境騎士団の本隊が逃げ込んで来た事も、決断の後押しになった。一気に人が増えた事でクルストス支部内は混乱し、密かに同志を募る事が容易になったのだ。
支部の参謀役になっていたアンバッス隊長には相談できなかったが、事を起こせば必ずこちら側に付いてくれると思っていた。だが、彼は自分達の決起を否定した。
仲間の半数を失いながらもアンバッス隊長と剣を交え、倒したと思った矢先、黒と白の光の翼を広げた朔耶が神の使いのごとく現れ、あっさりと彼を蘇生させてしまった。内心の動揺を抑えながら戦闘を続けようとしたものの、裁きの雷を受けて昏倒。目が覚めた時は全てが終わっていた。
懐に忍ばされていた路銀を手に、生き残った仲間と着の身着のままクルストスを脱出し、近くの集落に身を寄せるなどして、しばらくサムズの周辺を彷徨う内に、色々なモノを見聞きした。
「自らの偏狭さを思い知らされました……」
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