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5巻
5-2
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キトの奴隷商人と通じていたエバンスの孤児院の運営を正常化し、スラムの壊滅に貢献した事など、朔耶の活動とその功績についても語られる。
朔耶の働きかけによって見る見る活気づいていくサムズの街々を目の当たりにした彼等の話には、ルティレイフィアも知らなかった多くの情報が含まれていた。ちゃっかり酒場の主人も耳を傾けているが、そこは見逃す。
「我等一同、改めてフレグンスの騎士としての本懐を遂げるため、ルティレイフィア様の剣となりたく参上した次第であります」
ルティレイフィアは少し考え、剣を収めた。そしてヴィンスの口上に出て来た名前を思い起こす。
『アンバッス中隊所属――』
その騎士の名前には覚えがあった。朔耶を王都まで護送した騎士であり、朔耶からも信頼されていると姉の話に聞いている。
「お前達を鍛えたのは、アンバッスという騎士か?」
「ハッ、全員が隊長に鍛えられております」
「いいだろう。叩き上げの元騎士の力、見せてもらおう」
「ハッ、存分にお使い下さい」
こうして、ヴィンス傭兵騎士団はルティレイフィアの私兵として仕える事になったのだった。
キトが制圧されてから七日目、王都フレグンスの一般区に〝銀月の牙〟ことパーシバル傭兵団の馬車が到着した。
王都の衛兵達には、朔耶の滞在中に彼等が訪ねて来た場合は工房へ案内するよう、あらかじめ話が通されていたので、傭兵達は衛兵に案内されて開放区にある朔耶の工房までやって来た。
「ブラット団長、ツヅキはここに住んでるんですかねー?」
「サクヤ部隊の本部とか」
「そんな訳はないだろう。しかし、サクヤ式か……やはりサクヤ部隊とサクヤ式には、何か関連があったのか?」
工房にいた朔耶は、衛兵からパーシバル傭兵団の来訪を告げられると、作業の手を止めて彼等を迎えに外へ出た。
「やほーブラットさん、元気だった?」
「それなりにな。……ここは、サクヤ式の工房か?」
「うん、今ランプの部品作ってたとこ。報酬の残りはすぐ用意するから、中でお茶でもどうぞ~」
朔耶は今日も朝からこちらへ転移して来て、一人で工房に籠もっていた。工房はそれなりに広く、ゴツイのが二十人ほど入っても手狭になる事は無い。二十人分のお茶を用意した朔耶はそのまま工房でブラット達を待たせ、報酬の金貨を受け取りに城まで飛んだ。
「おっはよーレイス。ブラットさん達が来たから、例の報酬の金貨、ちょうだい」
キト制圧前、現地を探るため単独潜入していた朔耶は、闇市通りで偶然再会したブラット達に極秘調査の協力を求め、金貨三百枚で請け負ってもらった。彼等の働きにより、調査はかなりスムーズに運んだのだ。
「ああ……おはようございます。例の彼等ですか……ええーと、フレイ」
「はい。どうぞサクヤ様、重いですよ?」
「うおっ重!……それはそうと、なんかレイス疲れてない?」
金貨の詰まったズッシリと重い袋を、どっこらせーと気合いで担いだ朔耶は、レイスからお疲れ気味な雰囲気を感じ取って訊ねた。
キトの統治に派遣する官僚等の選定や、未開地鉱山の調査に同行させる人材の手配など、ここ最近は仕事に忙殺されているらしい。心なしか頬が痩けているように見える。
フレイはとても元気だったが。
「フレイはなんかテカテカしてるね」
「はいっ、サクヤ様の湯浴み道具、洗髪液や湯浴み用洗剤のおかげです!」
サラサラの赤毛に艶々の肌。満ち足りた表情のフレイ。
何か察しなくてはいけない気がした朔耶は、それじゃあまたねとレイスの執務室を後にした。今度、父の栄養剤でも差し入れてあげようかなどと考える朔耶だった。
「おっまたせー。残りの報酬、金貨二百枚でーす」
おおー、と団員達がテーブルの上にどすんと置かれた金貨の袋に寄って来た。わいわいと金貨の手触りを愉しむ彼らを横目に、朔耶は肩と首を回しながら作業台に戻り、放置してある作りかけの部品を一旦仕上げる。それを見ていたブラットが声をかけた。
「そいつは、魔力石の加工品か?」
「そうだよー?」
「もしかして、サクヤ式ってのはお前達が作ってたのか」
「うん? あたし達っていうか、あたしが作ったのがほとんどかなー」
元々コッチの活動がメインだという朔耶に、ブラットは怪訝な表情を浮かべて考え込んだ。
更新されたブラットの認識によれば、朔耶は――『フレグンスの特殊精鋭精霊術部隊サクヤのメンバーで素人のエリート学生、名はツヅキ、王室所縁の身でありながら自身の持つ特異能力故に、危険な任務を単独で任されるサクヤ式の考案者』となる。
さすがに色々と無理が出て来た人物像に、ブラットは聞いても無駄と思いつつ、朔耶に対し自分の把握している人物像を語って確かめた。
一瞬の揺らぎも見逃さないよう、その黒い瞳をじっと見つめながら。
朔耶は爆笑した。
テーブルに突っ伏し、自らの長きにわたる勘違いにヘコんでいるブラットを余所に、朔耶は団員達から未開地についての話を聞き出していた。
未開地アーサリムには、他の地域ではほとんど見かける事の無くなった魔物が今も多く出没する。
アーサリムの入り口となる街、『ササ』の近辺に現れる事は滅多に無いが、同地方の中部に広がる『ポルモーン渓谷』などは、人狩りが放った魔物や野良魔獣が徘徊する危険地帯だ。
そのポルモーン渓谷には、規模の小さい街を中心にいくつか村も点在している。危険な地域にもかかわらずそこに住む人々は、先祖代々暮らしてきた土地を離れようとはしない。
ちなみに、『魔獣』とは普通の動物が何らかの原因によって怪物のごとく変貌したモノで、たまに大人しいモノもいるが、大抵は凶暴だ。
『魔物』は元から怪物として生まれたとしか思えないような、獣などとは似ても似つかない異形の生物を指す。中には魔術を使う個体も確認されており、知性を持つ分、魔獣より厄介な存在だ。
人狩り達はどうやってか、この魔物や魔獣を手懐けており、猟犬のように使っている。
魔物や魔獣を討伐すると稀に『魔力の結晶』が拾えるので、腕に覚えのある者が一攫千金を狙って未開地まで赴いたりする事もあるらしい。
「魔力の結晶?」
「ああ、希少性なら精霊石とどっこいの、高値で売れる石さ」
聞き慣れない言葉に朔耶が訊き直すと、団員の一人がそう教えてくれた。
どのような過程で魔物の体内に精製されるのかは分かっていないが、純粋な魔力の塊なので魔術の触媒として非常に有用で、かなりの高値ながらもすぐに買い手が付く。
同じ魔力の籠もった石でも、ポピュラーな魔力石は元々その辺に転がっている自然石が様々な要因を受けて、空中を漂う魔力を蓄積する入れ物と化したものである。
魔力の溜まり方からして不規則なので、石から放出される魔力にしろ、石の内部を巡る魔力にしろ、その流れ方にムラがあるのだ。そのため、魔力に特定の流れを与える事で諸現象を起こす魔術において触媒にしようとしても、魔力の流れが乱れやすい。
「その点、魔力の結晶は魔力の流れが綺麗に整ってる上に、含まれる魔力量も多いのさ」
「へ~」
ただしその魔力の結晶を得ようとしても、魔物の討伐には相当な危険を伴う上に、苦労して討伐したところで必ずしも手に入るとは限らない。安全を考慮して大所帯で行けば確実に赤字。少数精鋭でも儲かるかどうか微妙なので、アーサリム地方は傭兵団にもあまり人気が無い。
「ふーん。それじゃあ、結晶狙いで魔物の討伐とかやってる人達って……」
「ああいう連中は、それこそ化け物みたいな奴等だよ」
「まあ、ツヅキほどじゃないけどな」
「ちょっ! なにソレ、失敬な!」
工房内に笑い声が響く。団員達とそんな話を続けながら朔耶は、近く列強三国から未開地へ部隊を派遣する動きがあると前置きし、少し突っ込んだ質問を投げかけた。
ポルモーン渓谷よりさらに奥には何があるのかという事についてだ。
「ポルモーンより奥になると、スンカ山の麓にアーレクラワって街があるな」
「あの辺りは特にやべぇ。スンカ山は魔物と魔獣の巣窟だからな」
「ああ、あの街もよく持ちこたえてるもんだよ」
ポルモーン渓谷を抜けた先には『スンカ山』という大きな山があり、その麓には『アーレクラワ』という街がある。だが、その一帯はスンカ山から湧いてくる魔物や魔獣が跋扈しており、危険度はポルモーン渓谷の比ではないそうだ。
スンカ山とは、まさしくキトの地下施設の書類に記されていた精霊石鉱山である。朔耶は鉱山の事は伏せつつ、アーレクラワの街とスンカ山についてもう少し詳しく聞き出そうとしたが、復活したブラットが待ったを掛ける。
「情報は俺達にとっても商売道具だからな。これ以上はタダで教える訳にはいかないぞ?」
「ぶー、ブラットさんのケチー」
「団長のケチー」
「おいコラっ、お前ら懐柔されてんじゃない! むざむざ飯の種を棄てる奴があるか」
どうやら団員達は、破格の報酬を得た事で随分と口が軽くなっているようだった。
「ったく……、これもツヅキの能力なのか?」
「なによそれ?」
結局、それ以上目ぼしい情報は引き出せなかったので一旦諦め、朔耶もキト制圧の話を聞かせたりして適当な時間を過ごした。
その後、パーシバル傭兵団は一般区で宿を取ると言って朔耶の工房を後にした。
ブラット達を見送った朔耶は、彼等から得た情報を昼食がてら知らせに行こうと城に向かう。今日の昼食は、レティレスティアにお呼ばれしているのだ。
いつものように城のテラスの窓から廊下に入ったところで、アルサレナと鉢合わせした。
「あ、アルサレナさん」
「まあサクヤ。窓から出入りするなんて……フフッ」
てっきり『はしたない』などと叱られるかと思い身構えていた朔耶は、『フフッ……ってなにー!』と逆にうろたえた。
「私も昔よくやっていたのですよ。もっとも、一階か二階の窓からですが」
「さいですか……」
ちょうどいいやと朔耶は、アルサレナにも未開地アーサリムについて得た情報を報告する。彼の地についてはアルサレナもルティレイフィアが帰国した折によく話を聞いていたので、ポルモーン渓谷やその奥の危険地帯の事は知っていた。
「精霊石の鉱山であるスンカ山の攻略は、アーレクラワに兵を置く事が前提になりますね」
「でも魔物の巣窟って言ってましたよ? 採掘なんて出来るのかなぁ」
アルサレナは魔族組織の本拠地がスンカ山付近だという事から、何か魔物を手懐ける手段があり、組織の者達はそれを使って魔物を退けているのだろうと推測していた。さらに、魔族組織はキトにおける商売全般や税収のみならず、鉱山から採れる精霊石をも大きな資金源にしていると見ている。
「人狩りの組織が魔物を使っているという事は、彼等もまた魔物を使役するような方法を知っているのでしょう」
「……それって、人狩り組織も闇業者と同じで、魔族組織と深い繋がりがあるって事ですよね?」
アーサリムから攫われて来た人々は、キトの闇市で闇業者によって売られていた。
闇業者のバックには、キトの政府として君臨していた闇ギルドの存在。その正体は、アーサリムに本拠を構える魔族組織だった。
魔族組織は魔物の徘徊する地域で活動しており、人狩りは魔物を使役している。
「むしろ、人狩りと闇業者は、魔族組織の一部と考えた方が自然ですね」
「確かに……」
いずれにしてもアーサリムに兵を送るならば、魔物対策として相応の装備や、慣れない土地を案内する人材も必要になるとアルサレナは溜め息を吐いた。優秀な騎士や必要な装備はすぐにでも揃える事が出来るが、案内人については交流の無い未開地だけになかなか難しい。
ルティレイフィアを呼び戻して案内をさせながら、派遣する騎士団の指揮を執らせようという案も挙がっているという。しかし、娘は簡単には応じないだろうとアルサレナは語った。
「もしかして、ルティって頑固者?」
「ええ、頑固ですとも。そもそもあの子が未開地を飛び回っているのは、私やゼルへの当て付けのようなモノですからね」
普段は身内の前でしか口にしない、夫カイゼル王の愛称などをポロッと零しながら、アルサレナは愚痴気味に嘆く。それを聞いて『ゼルさんって呼んでるのか~』とさり気無くチェックする朔耶。
『父上母上が王国を維持するために動けぬと言うなら、わたしが王族たる在り方を知らしめるべく、民のために剣を振るいましょう』
王都内を犯罪組織に食い荒らされながらも、国内の安定のため積極的な対策を打てぬ両親にそう言い放って王都を飛び出したルティレイフィアは、お忍びで領内各地を旅しては彼方此方で盗賊団などを潰して回っていた。
ある時彼女は、領内を横断中だった犯罪集団から、人狩りに攫われて売られて来たという奴隷達を救い出した。そして彼等を故郷へ送り届けるべく未開地へ踏み入った際、その地に住む人々の窮状を知り、少しでも彼等に安全な暮らしをと奮闘し始めて今に至っている。
何度かルティレイフィアから、アーサリムをフレグンス領に組み入れるよう提案された事もあったが、得るモノも無く、出資が増えるだけだとの理由で聞き入れられる事は無かった。
クリューゲルやサムズに派遣している騎士団の運営や、街道の整備などにも結構な資金が掛かっているのに、この上アーサリムのような未開地を抱える事など出来ないと。
ルティレイフィアもそこには理解を示していたが、納得はしていない様子だったという。今更、鉱山が見つかったから領土に組み入れるために指揮を執れと言われて素直に頷く娘ではないと、母親は溜め息を吐いた。
「他にも理由はあるのですけどね。まったく、あの子の身勝手な行動はジャバールの次男に唆されたモノと思っていますよ」
「あはははー……」
朔耶は以前ルティレイフィアから聞いた話を思い出す。
その昔、一人で城を抜け出して下街へとやって来たルティレイフィアが、王都に巣食う犯罪組織に攫われるという事件があった。その組織は一部の上流貴族達によって活動を黙認されていたものの、これを切っ掛けに存在を国王や王妃に知られる事となり、壊滅に追いやられた。
この一連の事件の裏には、先述の上流貴族達の暗黙の了解や上司の命令を無視して動いていた一人の騎士の存在があった。彼は、ルティレイフィアが一人で城を抜け出せるよう手引きして囮に使うというなかなかに物騒な手段を使ったのだ。
それが、現在カースティアの派遣騎士団で小隊長を務めるジャバール家の次男、ガリウス・ツィット・ジャバールである。ちなみに、囮にされたにもかかわらずルティレイフィアのガリウスに対する評価は「強い男だ」であったから、唆されてはいなくとも影響を受けているのは間違いない。
アルサレナの愚痴に付き合っていた朔耶は、不意の閃きにポムッと手を叩く。腕のいい案内役に心当たりがある事に気づいたのだ。それも今、物凄く身近な場所に居る。朔耶はアルサレナに、彼等の事を話した。
「精鋭の傭兵団、ですか」
「うん、信頼できる人達ですよ。団長はエロイ人だけど」
本人が聞けば両手と膝を突いて項垂れそうな紹介をする朔耶だった。
その頃、話題になっていた件の姫君は――
「まずは、お前たちの装備からどうにかしなくてはならんな」
「申し訳ありません……」
ササの街の露天商が集まる広場にて、一つに結んだ赤み掛かった金髪を頭の後ろで揺らして颯爽と歩く美貌の傭兵剣士、別名『紅獅子』。そしてその後ろを若干覇気の無い様子で俯き加減にゾロゾロと付いて歩く体格の良い男達が八人。
ルティレイフィアの配下となったヴィンス達だったが、装備の貧弱さも含む諸問題によりポルモーン渓谷方面まではとても連れて行けないと判断され、武具を整えるためにこうしてやって来たのだ。
ここ数日、ササの街周辺を巡って魔獣との戦闘を経験したヴィンス達は、その苛烈さに疲弊しており、装備も既にボロボロで破棄寸前という有り様である。その上仕えるべき主に面倒を掛けてばかりという醜態に、ちょっと落ち込み気味でもあった。
そんな男達にルティレイフィアは、馬車を改造した簡易店舗の武具屋で、キャリゴル以下だがそれなりに良いモノを一人当たり数点揃えさせる。
キャリゴルとは、オルドリアの三大名工の手による武具の中では一番下になる星三つクラスのモノである。三大とつくだけあって過酷な環境でも壊れにくく長持ちするため信頼性は高い。
剣にせよ鎧にせよ、武具の消耗が激しいこの地ではせめてそのぐらいのものが欲しいところだが、販売経路も整っていないこの地方ではそれも叶わない。やむなくキャリゴル以下を使うなら、良い物でも予備を含めて最低三セットは必要になる。
装備一式を三セット、それも八人分となれば、武具屋にとっては在庫も捌いての大儲けになる。
だが、武具屋の店主はこの辺境も辺境である未開地の街でそれほどの資金を持ち歩けるような者が居るのか、と懐疑的な視線を客人集団に向けた。
「うん? 代金の心配をしているのか? それなら心配するな」
ルティレイフィアは商人のこういった対応にも慣れたモノで、懐の袋から一粒の鉱石を取り出して見せる。
「それは……っ、魔力の結晶!」
「これを代金として渡そう。換金はそちらでやってもらえるか? 十分な値段になると思うが」
「も、もちろんでさぁ! ウチの一番マシな武具を全部出してもお釣りが来るってモンですぜっ」
希少な鉱石に目の色を変えた武具屋の店主は、馬車の奥に仕舞ってあった商品を片っ端からカウンターに並べていく。ヴィンス達はそれを受け取って装備を整え、予備の分はオマケで付けてくれたベルト付きの旅袋に入れて担ぐ事にした。
「しかし、よろしかったのですか? あのような高価な物を」
「魔力の結晶の事か? アレならまだ幾つか手元にあるからな、気にするな」
ルティレイフィアの返答に驚くヴィンス。魔力の結晶は魔物や魔獣を討伐すれば採取できるという事は知っている。だが一つ手に入れるだけでも相当数の討伐をこなさなくてはならないはずだ。にもかかわらず彼女はそれをまだ幾つも持っていると言う。
ヴィンス達の表情からその胸の内を読み取ったルティレイフィアは、少し呆れつつも笑みを見せた。
「お前たち、わたしを侮っているな? これでも単独でアーサリムを旅して来た身だぞ?」
ルティレイフィアが兵を募るのはアーレクラワまで遠征する時や、ポルモーン渓谷に点在する村々を警備する時がほとんどで、自身の護衛として雇う事は滅多にない。大抵は一人で行動している。
ルティレイフィアはそれだけの実力を備えているし、彼女自身も一人の方が動きやすいと思っていた。
「わたしの剣になりたいのなら、その程度の実力は身につけてもらうぞ」
「ハッ、精進いたします!」
ヴィンス達を引き連れて今夜の宿を取るべく街の中心部に来たルティレイフィアは、そこでブレブラバントの率いる街の巡回兵と鉢合わせした。あからさまに嫌な顔をするブレブラバントをヴィンスが睨み付けた事で、双方の間に不穏な空気が漂う。
「意外に血の気の多い奴だな。わたし達の敵は彼等ではないぞ?」
「ハッ……申し訳ありません」
苦笑しながら諭すルティレイフィアに、恐縮するヴィンス。そのやり取りを見たブレブラバントが鼻で笑った。
「ふっ、随分と青いのを連れているな。紅獅子の国は人手不足なのか?」
「お前も族長の自覚があるなら、無闇に人を挑発するモノではないぞ? ブラ」
「名を略すな! オレはブレブラバントだっ! つか、ブラってなんだ! 変な略し方するな!」
彼等の部族では名がその者を表し、バランス良く長く、難しい名前ほど立派であるとされている。長くて難しい名前を正しく呼ばれれば、それがそのまま尊称となり、名前が略されるのは半人前扱いに相当するのだ。
ちなみにルティレイフィアはその事を分かっていて略している。ブレブラバントの実父であった今は亡き前族長の、凄まじい蛮族戦士ぶりを知る彼女からすれば、息子のブレブラバントは、図体はともかくその中身はまだまだ未熟に見えるのだった。
肩を怒らせてノシノシ巡回路を歩いて行く若き族長の後を、部族衣装であるカラフルな戦衣を纏った巡回兵が笑いを堪え肩を震わせながら付いて行く。それを見送ったルティレイフィアはヴィンス達に向き直ると、真面目な表情になって忠告した。
「いいか、ここは彼等の『国』だ。それを忘れるな」
ササ自体は小さな街ではあるが、街周辺には特定の部族ごとに集まった集落が幾つも存在する。それらの部族を一つに纏め上げているのが、ブレブラバントを族長とするブブ族である。
「わたし達から見れば蛮族でも、彼等はこの土地を治める、謂わば王族のような立場にある。それなりの敬意は持て」
未開地を知らないヴィンス達に対し、少しずつこちらの常識について教育していくルティレイフィア。
彼女はアーサリムの人々にササのような安定した街をポルモーンやその先のアーレクラワにも築かせ、いずれはこの地方に祖国と同等、すなわち列強国並みの大国を興させようと目論んでいた。
かつては、フレグンスの領土に組み込む事でこの地方の安定を図ろうと父王達に提案した事もあったが、アーサリムに住む人々を知るに従い『ここは彼等の土地である』との認識を深め、彼らが力を合わせて国家を運営する事を望むようになっていたのだ。
そんなルティレイフィアのもとに、王都からアーサリムへ向けての部隊派遣の報が届いたのは、この日から五日後の事だった。
第二章 アーサリムの部族会議
放課後、冬休みを前に浮き立つクラスメイト達の姿をボンヤリと眺めていた朔耶は、友人である藍香と実穂に声をかけられて振り向いた。
「朔ちゃん、冬休みの予定どうする?」
「冬休みかー……」
パーシバル傭兵団が王都に訪ねて来た翌日も、朔耶は工房で部品作りに勤しみ、城でレティレスティアと昼食を共にし、キトの統治と精霊石鉱山の事で忙しい官僚達を尻目に静かな時間を過ごした。そしてこちらの世界に戻って来た今、改めて未開地の事を考えていた。
朔耶は先日、オルドリアの二つの列強国において奴隷制廃止と人身売買の禁止政策の発令を実現させた。その事がキトの制圧作戦、さらにはアーサリムへの部隊派遣という事態にまで発展した事を、割と重く受け止めているのだ。事の切っ掛けが自分にあるだけに、この平和な時間の中でもクラスメイト達のように浮かれた気分にはなれない。
「もう来週末には休みに入るしさ、今からどこに行くか決めとかないと!」
「どこか行くのは決定事項かいっ……んー、でもあたし用事があるかも」
「朔耶ちゃん……例のアレ?」
この前の昼休みの事を思い起こしながら控えめに問う実穂に、朔耶は頷いてみせた。
それはキトの制圧作戦について詳細が詰められていた頃。
朔耶は学校が終わるとオルドリア大陸へ転移して極秘会議の状況を確認していた。キト側にこちらの動きを悟られないよう、本当に信頼できる者だけで対キト政策が練り上げられていたのだ。
そんなある日、昼休みの教室にて。
「朔耶ちゃん、最近わたし達に何か隠してない?」
「えっ!」
いつものように三人でお弁当を突き合っていたところ、実穂から唐突にそんな言葉を投げかけられて、朔耶は驚く。
「朔ちゃ~ん、その反応はイエス・サーだよ?」
「いや、サーは無いと思うけど……」
「……やっぱり、わたし達には言えない事?」
「え、え~~と……」
珍しく口籠もる朔耶に、実穂と藍香は心配そうな表情を向けた。朔耶も向こうの世界の事であるだけに、どう説明したモノかと困った表情を返す。
レティレスティアとイーリスの仲を取り持ちたいというような内容なら、「友達の話だけど――」で始めて身分の違いや仕事の忙しさなどを現代風に変換しつつ、割と簡単にごく普通の恋愛相談として話が出来る。
しかし、キト制圧作戦の進行具合というような事になると、なかなかそんな風には変換できない。ましてや一介の女子高生が悩みそうな内容になど。
「うーーん、なんて言ったら良いんだろう?」
「それって凄く言いにくい事?」
「まさか……! とうとう朔ちゃんにも誰か気になる男とか出来て、でも今までそんな経験無かったからどうしたらいいか分か……もぐもぐ」
朔耶の働きかけによって見る見る活気づいていくサムズの街々を目の当たりにした彼等の話には、ルティレイフィアも知らなかった多くの情報が含まれていた。ちゃっかり酒場の主人も耳を傾けているが、そこは見逃す。
「我等一同、改めてフレグンスの騎士としての本懐を遂げるため、ルティレイフィア様の剣となりたく参上した次第であります」
ルティレイフィアは少し考え、剣を収めた。そしてヴィンスの口上に出て来た名前を思い起こす。
『アンバッス中隊所属――』
その騎士の名前には覚えがあった。朔耶を王都まで護送した騎士であり、朔耶からも信頼されていると姉の話に聞いている。
「お前達を鍛えたのは、アンバッスという騎士か?」
「ハッ、全員が隊長に鍛えられております」
「いいだろう。叩き上げの元騎士の力、見せてもらおう」
「ハッ、存分にお使い下さい」
こうして、ヴィンス傭兵騎士団はルティレイフィアの私兵として仕える事になったのだった。
キトが制圧されてから七日目、王都フレグンスの一般区に〝銀月の牙〟ことパーシバル傭兵団の馬車が到着した。
王都の衛兵達には、朔耶の滞在中に彼等が訪ねて来た場合は工房へ案内するよう、あらかじめ話が通されていたので、傭兵達は衛兵に案内されて開放区にある朔耶の工房までやって来た。
「ブラット団長、ツヅキはここに住んでるんですかねー?」
「サクヤ部隊の本部とか」
「そんな訳はないだろう。しかし、サクヤ式か……やはりサクヤ部隊とサクヤ式には、何か関連があったのか?」
工房にいた朔耶は、衛兵からパーシバル傭兵団の来訪を告げられると、作業の手を止めて彼等を迎えに外へ出た。
「やほーブラットさん、元気だった?」
「それなりにな。……ここは、サクヤ式の工房か?」
「うん、今ランプの部品作ってたとこ。報酬の残りはすぐ用意するから、中でお茶でもどうぞ~」
朔耶は今日も朝からこちらへ転移して来て、一人で工房に籠もっていた。工房はそれなりに広く、ゴツイのが二十人ほど入っても手狭になる事は無い。二十人分のお茶を用意した朔耶はそのまま工房でブラット達を待たせ、報酬の金貨を受け取りに城まで飛んだ。
「おっはよーレイス。ブラットさん達が来たから、例の報酬の金貨、ちょうだい」
キト制圧前、現地を探るため単独潜入していた朔耶は、闇市通りで偶然再会したブラット達に極秘調査の協力を求め、金貨三百枚で請け負ってもらった。彼等の働きにより、調査はかなりスムーズに運んだのだ。
「ああ……おはようございます。例の彼等ですか……ええーと、フレイ」
「はい。どうぞサクヤ様、重いですよ?」
「うおっ重!……それはそうと、なんかレイス疲れてない?」
金貨の詰まったズッシリと重い袋を、どっこらせーと気合いで担いだ朔耶は、レイスからお疲れ気味な雰囲気を感じ取って訊ねた。
キトの統治に派遣する官僚等の選定や、未開地鉱山の調査に同行させる人材の手配など、ここ最近は仕事に忙殺されているらしい。心なしか頬が痩けているように見える。
フレイはとても元気だったが。
「フレイはなんかテカテカしてるね」
「はいっ、サクヤ様の湯浴み道具、洗髪液や湯浴み用洗剤のおかげです!」
サラサラの赤毛に艶々の肌。満ち足りた表情のフレイ。
何か察しなくてはいけない気がした朔耶は、それじゃあまたねとレイスの執務室を後にした。今度、父の栄養剤でも差し入れてあげようかなどと考える朔耶だった。
「おっまたせー。残りの報酬、金貨二百枚でーす」
おおー、と団員達がテーブルの上にどすんと置かれた金貨の袋に寄って来た。わいわいと金貨の手触りを愉しむ彼らを横目に、朔耶は肩と首を回しながら作業台に戻り、放置してある作りかけの部品を一旦仕上げる。それを見ていたブラットが声をかけた。
「そいつは、魔力石の加工品か?」
「そうだよー?」
「もしかして、サクヤ式ってのはお前達が作ってたのか」
「うん? あたし達っていうか、あたしが作ったのがほとんどかなー」
元々コッチの活動がメインだという朔耶に、ブラットは怪訝な表情を浮かべて考え込んだ。
更新されたブラットの認識によれば、朔耶は――『フレグンスの特殊精鋭精霊術部隊サクヤのメンバーで素人のエリート学生、名はツヅキ、王室所縁の身でありながら自身の持つ特異能力故に、危険な任務を単独で任されるサクヤ式の考案者』となる。
さすがに色々と無理が出て来た人物像に、ブラットは聞いても無駄と思いつつ、朔耶に対し自分の把握している人物像を語って確かめた。
一瞬の揺らぎも見逃さないよう、その黒い瞳をじっと見つめながら。
朔耶は爆笑した。
テーブルに突っ伏し、自らの長きにわたる勘違いにヘコんでいるブラットを余所に、朔耶は団員達から未開地についての話を聞き出していた。
未開地アーサリムには、他の地域ではほとんど見かける事の無くなった魔物が今も多く出没する。
アーサリムの入り口となる街、『ササ』の近辺に現れる事は滅多に無いが、同地方の中部に広がる『ポルモーン渓谷』などは、人狩りが放った魔物や野良魔獣が徘徊する危険地帯だ。
そのポルモーン渓谷には、規模の小さい街を中心にいくつか村も点在している。危険な地域にもかかわらずそこに住む人々は、先祖代々暮らしてきた土地を離れようとはしない。
ちなみに、『魔獣』とは普通の動物が何らかの原因によって怪物のごとく変貌したモノで、たまに大人しいモノもいるが、大抵は凶暴だ。
『魔物』は元から怪物として生まれたとしか思えないような、獣などとは似ても似つかない異形の生物を指す。中には魔術を使う個体も確認されており、知性を持つ分、魔獣より厄介な存在だ。
人狩り達はどうやってか、この魔物や魔獣を手懐けており、猟犬のように使っている。
魔物や魔獣を討伐すると稀に『魔力の結晶』が拾えるので、腕に覚えのある者が一攫千金を狙って未開地まで赴いたりする事もあるらしい。
「魔力の結晶?」
「ああ、希少性なら精霊石とどっこいの、高値で売れる石さ」
聞き慣れない言葉に朔耶が訊き直すと、団員の一人がそう教えてくれた。
どのような過程で魔物の体内に精製されるのかは分かっていないが、純粋な魔力の塊なので魔術の触媒として非常に有用で、かなりの高値ながらもすぐに買い手が付く。
同じ魔力の籠もった石でも、ポピュラーな魔力石は元々その辺に転がっている自然石が様々な要因を受けて、空中を漂う魔力を蓄積する入れ物と化したものである。
魔力の溜まり方からして不規則なので、石から放出される魔力にしろ、石の内部を巡る魔力にしろ、その流れ方にムラがあるのだ。そのため、魔力に特定の流れを与える事で諸現象を起こす魔術において触媒にしようとしても、魔力の流れが乱れやすい。
「その点、魔力の結晶は魔力の流れが綺麗に整ってる上に、含まれる魔力量も多いのさ」
「へ~」
ただしその魔力の結晶を得ようとしても、魔物の討伐には相当な危険を伴う上に、苦労して討伐したところで必ずしも手に入るとは限らない。安全を考慮して大所帯で行けば確実に赤字。少数精鋭でも儲かるかどうか微妙なので、アーサリム地方は傭兵団にもあまり人気が無い。
「ふーん。それじゃあ、結晶狙いで魔物の討伐とかやってる人達って……」
「ああいう連中は、それこそ化け物みたいな奴等だよ」
「まあ、ツヅキほどじゃないけどな」
「ちょっ! なにソレ、失敬な!」
工房内に笑い声が響く。団員達とそんな話を続けながら朔耶は、近く列強三国から未開地へ部隊を派遣する動きがあると前置きし、少し突っ込んだ質問を投げかけた。
ポルモーン渓谷よりさらに奥には何があるのかという事についてだ。
「ポルモーンより奥になると、スンカ山の麓にアーレクラワって街があるな」
「あの辺りは特にやべぇ。スンカ山は魔物と魔獣の巣窟だからな」
「ああ、あの街もよく持ちこたえてるもんだよ」
ポルモーン渓谷を抜けた先には『スンカ山』という大きな山があり、その麓には『アーレクラワ』という街がある。だが、その一帯はスンカ山から湧いてくる魔物や魔獣が跋扈しており、危険度はポルモーン渓谷の比ではないそうだ。
スンカ山とは、まさしくキトの地下施設の書類に記されていた精霊石鉱山である。朔耶は鉱山の事は伏せつつ、アーレクラワの街とスンカ山についてもう少し詳しく聞き出そうとしたが、復活したブラットが待ったを掛ける。
「情報は俺達にとっても商売道具だからな。これ以上はタダで教える訳にはいかないぞ?」
「ぶー、ブラットさんのケチー」
「団長のケチー」
「おいコラっ、お前ら懐柔されてんじゃない! むざむざ飯の種を棄てる奴があるか」
どうやら団員達は、破格の報酬を得た事で随分と口が軽くなっているようだった。
「ったく……、これもツヅキの能力なのか?」
「なによそれ?」
結局、それ以上目ぼしい情報は引き出せなかったので一旦諦め、朔耶もキト制圧の話を聞かせたりして適当な時間を過ごした。
その後、パーシバル傭兵団は一般区で宿を取ると言って朔耶の工房を後にした。
ブラット達を見送った朔耶は、彼等から得た情報を昼食がてら知らせに行こうと城に向かう。今日の昼食は、レティレスティアにお呼ばれしているのだ。
いつものように城のテラスの窓から廊下に入ったところで、アルサレナと鉢合わせした。
「あ、アルサレナさん」
「まあサクヤ。窓から出入りするなんて……フフッ」
てっきり『はしたない』などと叱られるかと思い身構えていた朔耶は、『フフッ……ってなにー!』と逆にうろたえた。
「私も昔よくやっていたのですよ。もっとも、一階か二階の窓からですが」
「さいですか……」
ちょうどいいやと朔耶は、アルサレナにも未開地アーサリムについて得た情報を報告する。彼の地についてはアルサレナもルティレイフィアが帰国した折によく話を聞いていたので、ポルモーン渓谷やその奥の危険地帯の事は知っていた。
「精霊石の鉱山であるスンカ山の攻略は、アーレクラワに兵を置く事が前提になりますね」
「でも魔物の巣窟って言ってましたよ? 採掘なんて出来るのかなぁ」
アルサレナは魔族組織の本拠地がスンカ山付近だという事から、何か魔物を手懐ける手段があり、組織の者達はそれを使って魔物を退けているのだろうと推測していた。さらに、魔族組織はキトにおける商売全般や税収のみならず、鉱山から採れる精霊石をも大きな資金源にしていると見ている。
「人狩りの組織が魔物を使っているという事は、彼等もまた魔物を使役するような方法を知っているのでしょう」
「……それって、人狩り組織も闇業者と同じで、魔族組織と深い繋がりがあるって事ですよね?」
アーサリムから攫われて来た人々は、キトの闇市で闇業者によって売られていた。
闇業者のバックには、キトの政府として君臨していた闇ギルドの存在。その正体は、アーサリムに本拠を構える魔族組織だった。
魔族組織は魔物の徘徊する地域で活動しており、人狩りは魔物を使役している。
「むしろ、人狩りと闇業者は、魔族組織の一部と考えた方が自然ですね」
「確かに……」
いずれにしてもアーサリムに兵を送るならば、魔物対策として相応の装備や、慣れない土地を案内する人材も必要になるとアルサレナは溜め息を吐いた。優秀な騎士や必要な装備はすぐにでも揃える事が出来るが、案内人については交流の無い未開地だけになかなか難しい。
ルティレイフィアを呼び戻して案内をさせながら、派遣する騎士団の指揮を執らせようという案も挙がっているという。しかし、娘は簡単には応じないだろうとアルサレナは語った。
「もしかして、ルティって頑固者?」
「ええ、頑固ですとも。そもそもあの子が未開地を飛び回っているのは、私やゼルへの当て付けのようなモノですからね」
普段は身内の前でしか口にしない、夫カイゼル王の愛称などをポロッと零しながら、アルサレナは愚痴気味に嘆く。それを聞いて『ゼルさんって呼んでるのか~』とさり気無くチェックする朔耶。
『父上母上が王国を維持するために動けぬと言うなら、わたしが王族たる在り方を知らしめるべく、民のために剣を振るいましょう』
王都内を犯罪組織に食い荒らされながらも、国内の安定のため積極的な対策を打てぬ両親にそう言い放って王都を飛び出したルティレイフィアは、お忍びで領内各地を旅しては彼方此方で盗賊団などを潰して回っていた。
ある時彼女は、領内を横断中だった犯罪集団から、人狩りに攫われて売られて来たという奴隷達を救い出した。そして彼等を故郷へ送り届けるべく未開地へ踏み入った際、その地に住む人々の窮状を知り、少しでも彼等に安全な暮らしをと奮闘し始めて今に至っている。
何度かルティレイフィアから、アーサリムをフレグンス領に組み入れるよう提案された事もあったが、得るモノも無く、出資が増えるだけだとの理由で聞き入れられる事は無かった。
クリューゲルやサムズに派遣している騎士団の運営や、街道の整備などにも結構な資金が掛かっているのに、この上アーサリムのような未開地を抱える事など出来ないと。
ルティレイフィアもそこには理解を示していたが、納得はしていない様子だったという。今更、鉱山が見つかったから領土に組み入れるために指揮を執れと言われて素直に頷く娘ではないと、母親は溜め息を吐いた。
「他にも理由はあるのですけどね。まったく、あの子の身勝手な行動はジャバールの次男に唆されたモノと思っていますよ」
「あはははー……」
朔耶は以前ルティレイフィアから聞いた話を思い出す。
その昔、一人で城を抜け出して下街へとやって来たルティレイフィアが、王都に巣食う犯罪組織に攫われるという事件があった。その組織は一部の上流貴族達によって活動を黙認されていたものの、これを切っ掛けに存在を国王や王妃に知られる事となり、壊滅に追いやられた。
この一連の事件の裏には、先述の上流貴族達の暗黙の了解や上司の命令を無視して動いていた一人の騎士の存在があった。彼は、ルティレイフィアが一人で城を抜け出せるよう手引きして囮に使うというなかなかに物騒な手段を使ったのだ。
それが、現在カースティアの派遣騎士団で小隊長を務めるジャバール家の次男、ガリウス・ツィット・ジャバールである。ちなみに、囮にされたにもかかわらずルティレイフィアのガリウスに対する評価は「強い男だ」であったから、唆されてはいなくとも影響を受けているのは間違いない。
アルサレナの愚痴に付き合っていた朔耶は、不意の閃きにポムッと手を叩く。腕のいい案内役に心当たりがある事に気づいたのだ。それも今、物凄く身近な場所に居る。朔耶はアルサレナに、彼等の事を話した。
「精鋭の傭兵団、ですか」
「うん、信頼できる人達ですよ。団長はエロイ人だけど」
本人が聞けば両手と膝を突いて項垂れそうな紹介をする朔耶だった。
その頃、話題になっていた件の姫君は――
「まずは、お前たちの装備からどうにかしなくてはならんな」
「申し訳ありません……」
ササの街の露天商が集まる広場にて、一つに結んだ赤み掛かった金髪を頭の後ろで揺らして颯爽と歩く美貌の傭兵剣士、別名『紅獅子』。そしてその後ろを若干覇気の無い様子で俯き加減にゾロゾロと付いて歩く体格の良い男達が八人。
ルティレイフィアの配下となったヴィンス達だったが、装備の貧弱さも含む諸問題によりポルモーン渓谷方面まではとても連れて行けないと判断され、武具を整えるためにこうしてやって来たのだ。
ここ数日、ササの街周辺を巡って魔獣との戦闘を経験したヴィンス達は、その苛烈さに疲弊しており、装備も既にボロボロで破棄寸前という有り様である。その上仕えるべき主に面倒を掛けてばかりという醜態に、ちょっと落ち込み気味でもあった。
そんな男達にルティレイフィアは、馬車を改造した簡易店舗の武具屋で、キャリゴル以下だがそれなりに良いモノを一人当たり数点揃えさせる。
キャリゴルとは、オルドリアの三大名工の手による武具の中では一番下になる星三つクラスのモノである。三大とつくだけあって過酷な環境でも壊れにくく長持ちするため信頼性は高い。
剣にせよ鎧にせよ、武具の消耗が激しいこの地ではせめてそのぐらいのものが欲しいところだが、販売経路も整っていないこの地方ではそれも叶わない。やむなくキャリゴル以下を使うなら、良い物でも予備を含めて最低三セットは必要になる。
装備一式を三セット、それも八人分となれば、武具屋にとっては在庫も捌いての大儲けになる。
だが、武具屋の店主はこの辺境も辺境である未開地の街でそれほどの資金を持ち歩けるような者が居るのか、と懐疑的な視線を客人集団に向けた。
「うん? 代金の心配をしているのか? それなら心配するな」
ルティレイフィアは商人のこういった対応にも慣れたモノで、懐の袋から一粒の鉱石を取り出して見せる。
「それは……っ、魔力の結晶!」
「これを代金として渡そう。換金はそちらでやってもらえるか? 十分な値段になると思うが」
「も、もちろんでさぁ! ウチの一番マシな武具を全部出してもお釣りが来るってモンですぜっ」
希少な鉱石に目の色を変えた武具屋の店主は、馬車の奥に仕舞ってあった商品を片っ端からカウンターに並べていく。ヴィンス達はそれを受け取って装備を整え、予備の分はオマケで付けてくれたベルト付きの旅袋に入れて担ぐ事にした。
「しかし、よろしかったのですか? あのような高価な物を」
「魔力の結晶の事か? アレならまだ幾つか手元にあるからな、気にするな」
ルティレイフィアの返答に驚くヴィンス。魔力の結晶は魔物や魔獣を討伐すれば採取できるという事は知っている。だが一つ手に入れるだけでも相当数の討伐をこなさなくてはならないはずだ。にもかかわらず彼女はそれをまだ幾つも持っていると言う。
ヴィンス達の表情からその胸の内を読み取ったルティレイフィアは、少し呆れつつも笑みを見せた。
「お前たち、わたしを侮っているな? これでも単独でアーサリムを旅して来た身だぞ?」
ルティレイフィアが兵を募るのはアーレクラワまで遠征する時や、ポルモーン渓谷に点在する村々を警備する時がほとんどで、自身の護衛として雇う事は滅多にない。大抵は一人で行動している。
ルティレイフィアはそれだけの実力を備えているし、彼女自身も一人の方が動きやすいと思っていた。
「わたしの剣になりたいのなら、その程度の実力は身につけてもらうぞ」
「ハッ、精進いたします!」
ヴィンス達を引き連れて今夜の宿を取るべく街の中心部に来たルティレイフィアは、そこでブレブラバントの率いる街の巡回兵と鉢合わせした。あからさまに嫌な顔をするブレブラバントをヴィンスが睨み付けた事で、双方の間に不穏な空気が漂う。
「意外に血の気の多い奴だな。わたし達の敵は彼等ではないぞ?」
「ハッ……申し訳ありません」
苦笑しながら諭すルティレイフィアに、恐縮するヴィンス。そのやり取りを見たブレブラバントが鼻で笑った。
「ふっ、随分と青いのを連れているな。紅獅子の国は人手不足なのか?」
「お前も族長の自覚があるなら、無闇に人を挑発するモノではないぞ? ブラ」
「名を略すな! オレはブレブラバントだっ! つか、ブラってなんだ! 変な略し方するな!」
彼等の部族では名がその者を表し、バランス良く長く、難しい名前ほど立派であるとされている。長くて難しい名前を正しく呼ばれれば、それがそのまま尊称となり、名前が略されるのは半人前扱いに相当するのだ。
ちなみにルティレイフィアはその事を分かっていて略している。ブレブラバントの実父であった今は亡き前族長の、凄まじい蛮族戦士ぶりを知る彼女からすれば、息子のブレブラバントは、図体はともかくその中身はまだまだ未熟に見えるのだった。
肩を怒らせてノシノシ巡回路を歩いて行く若き族長の後を、部族衣装であるカラフルな戦衣を纏った巡回兵が笑いを堪え肩を震わせながら付いて行く。それを見送ったルティレイフィアはヴィンス達に向き直ると、真面目な表情になって忠告した。
「いいか、ここは彼等の『国』だ。それを忘れるな」
ササ自体は小さな街ではあるが、街周辺には特定の部族ごとに集まった集落が幾つも存在する。それらの部族を一つに纏め上げているのが、ブレブラバントを族長とするブブ族である。
「わたし達から見れば蛮族でも、彼等はこの土地を治める、謂わば王族のような立場にある。それなりの敬意は持て」
未開地を知らないヴィンス達に対し、少しずつこちらの常識について教育していくルティレイフィア。
彼女はアーサリムの人々にササのような安定した街をポルモーンやその先のアーレクラワにも築かせ、いずれはこの地方に祖国と同等、すなわち列強国並みの大国を興させようと目論んでいた。
かつては、フレグンスの領土に組み込む事でこの地方の安定を図ろうと父王達に提案した事もあったが、アーサリムに住む人々を知るに従い『ここは彼等の土地である』との認識を深め、彼らが力を合わせて国家を運営する事を望むようになっていたのだ。
そんなルティレイフィアのもとに、王都からアーサリムへ向けての部隊派遣の報が届いたのは、この日から五日後の事だった。
第二章 アーサリムの部族会議
放課後、冬休みを前に浮き立つクラスメイト達の姿をボンヤリと眺めていた朔耶は、友人である藍香と実穂に声をかけられて振り向いた。
「朔ちゃん、冬休みの予定どうする?」
「冬休みかー……」
パーシバル傭兵団が王都に訪ねて来た翌日も、朔耶は工房で部品作りに勤しみ、城でレティレスティアと昼食を共にし、キトの統治と精霊石鉱山の事で忙しい官僚達を尻目に静かな時間を過ごした。そしてこちらの世界に戻って来た今、改めて未開地の事を考えていた。
朔耶は先日、オルドリアの二つの列強国において奴隷制廃止と人身売買の禁止政策の発令を実現させた。その事がキトの制圧作戦、さらにはアーサリムへの部隊派遣という事態にまで発展した事を、割と重く受け止めているのだ。事の切っ掛けが自分にあるだけに、この平和な時間の中でもクラスメイト達のように浮かれた気分にはなれない。
「もう来週末には休みに入るしさ、今からどこに行くか決めとかないと!」
「どこか行くのは決定事項かいっ……んー、でもあたし用事があるかも」
「朔耶ちゃん……例のアレ?」
この前の昼休みの事を思い起こしながら控えめに問う実穂に、朔耶は頷いてみせた。
それはキトの制圧作戦について詳細が詰められていた頃。
朔耶は学校が終わるとオルドリア大陸へ転移して極秘会議の状況を確認していた。キト側にこちらの動きを悟られないよう、本当に信頼できる者だけで対キト政策が練り上げられていたのだ。
そんなある日、昼休みの教室にて。
「朔耶ちゃん、最近わたし達に何か隠してない?」
「えっ!」
いつものように三人でお弁当を突き合っていたところ、実穂から唐突にそんな言葉を投げかけられて、朔耶は驚く。
「朔ちゃ~ん、その反応はイエス・サーだよ?」
「いや、サーは無いと思うけど……」
「……やっぱり、わたし達には言えない事?」
「え、え~~と……」
珍しく口籠もる朔耶に、実穂と藍香は心配そうな表情を向けた。朔耶も向こうの世界の事であるだけに、どう説明したモノかと困った表情を返す。
レティレスティアとイーリスの仲を取り持ちたいというような内容なら、「友達の話だけど――」で始めて身分の違いや仕事の忙しさなどを現代風に変換しつつ、割と簡単にごく普通の恋愛相談として話が出来る。
しかし、キト制圧作戦の進行具合というような事になると、なかなかそんな風には変換できない。ましてや一介の女子高生が悩みそうな内容になど。
「うーーん、なんて言ったら良いんだろう?」
「それって凄く言いにくい事?」
「まさか……! とうとう朔ちゃんにも誰か気になる男とか出来て、でも今までそんな経験無かったからどうしたらいいか分か……もぐもぐ」
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