異界の魔術士

ヘロー天気

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6巻

6-3

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 青白色に輝く一対の光の翼と、紫色に帯電するもう一対の漆黒の翼。四枚の翼を蝶を思わせる形状に展開させた朔耶が、群集の前に立ちはだかるように浮いていた。ちなみに、新たな翼は余剰分の魔力を放出して発現させたモノだ。

「おお……サクヤ様だ」
「サクヤ様……」

 そのあまりに幻想的で、この世のものとは思えない姿を目の当たりした神官戦士達は、恍惚こうこつとした表情で片膝を突き頭を垂れる。民衆もそれにならい、通りを埋め尽くす群集が一斉に朔耶に向かってかしずくという壮観な光景が広がった。
 一方、傅かれた朔耶は『ここからどうすりゃいいのよ?』と困っていた。彼らが未だ興奮状態にある事は傍目はためにも分かる。となると、何か決定的に目を覚まさせる切っ掛けが必要だ。

『ど、どうしよ? 何言えばいいの?』
 カレラニ サクヤハフレグンスト テキタイシテイナイコトヲ ツタエレバヨイノデハ ナイカ?
『……どうやって?』

 演説もご神託も無理だと訴える朔耶に、神社の精霊は『自分らしく在れば良い』という便利な励ましでアドバイスを避けた。ここは自身で切り開くべき関門だと判断したためである。
 朔耶はどうすべきか迷った挙句、兄の言っていた『拳で語り合う』を思い出し、実力行使に出た。
 帯電する漆黒の翼からいきなり雷撃が放たれ、民衆が掲げていた看板を吹き飛ばす。
 夜の闇を切り裂くように飛び交う稲妻と閃光の嵐。
 その様子に恐れおののく民衆は、何か『精霊の使い』の怒りに触れてしまったのかと動揺した。神官戦士達の旗も吹き飛ばされ、そこでようやく自分達の持つモノの内容が原因だと理解する。

「も、もしや……我々はとんでもないあやまちを……?」
「やっぱりあの噂って、嘘だったんじゃないか?」

 民衆に交じって扇動していた神官達は『精霊の使い』の怒りに触れる事を恐れ、あわてて神殿に駆け戻ると、中に掲げている看板や横断幕等を処分して回った。
 エバンスの騎士達は、神殿勢力や民衆と激突しての暴動鎮圧という事態はギリギリのところで回避されたとひとまず安堵する。

「やれやれ、なんとか収まったか」
「ですね、それにしても……」

 若い騎士サム・クリッツはその存在に視線を向ける。
 終始無言で稲妻を放ちながら、大通りに張られた看板や旗などを片っ端から『処理』していく朔耶。そのむすっとした表情は、幻想的な姿と相俟あいまって非常に『怖い』印象を与えていた。

「サクヤ様、無茶苦茶怒ってませんか?」
「……違うな、アレは照れだ」

『精霊の使い』を演じる事を恥ずかしがっているのだと見抜くアンバッス。
 一方朔耶は、先程から反乱をあおる看板や張り紙を処分する度に、街の人から膝を突いてお祈りを捧げられているのだが、無視する訳にもいかず、無下に止めさせるのもなんだか忍びない。
 しかも彼らはお祈りが終わるとうかがうように見上げてくるので、適当に頷いてみたり微笑んだりして応じるものの、これが無性に恥ずかしい。コスプレ巫女みこな自分の姿と、大真面目に祈りを捧げられているという状況の、あまりのギャップに噴き出しそうになっていた。
 それをこらえているが故のむっつり顔なのである。
 朔耶が大通りの看板やら張り紙やらを処理し終える頃には、集まっていた民衆が手分けして残りのものを片付けるべく街中に散らばっていた。それらを確認して、もう大丈夫そうだと判断した朔耶は騎士団本部前にやって来る。

「アンバッスさん」
「おう、よく来てくれたな」

 世界は違えど神聖な存在を表す衣装には通ずるモノがあるようで、アンバッスは巫女衣装をまとった朔耶を眩しそうに目を細めて迎えた。他の騎士達はその神秘的な雰囲気にただただぼーっと魅入られている。

「それにしても、まるで聖女みたいな装いだな。民族衣装にも見えるが、それはお前の世界の神官服か何かか?」
「いや~、確かにしん関係の服なんだけど、ただのコスプレなのよね」

 アンバッスと話しているうちに、近くに来ていた神官が『サクヤ様の神官服は〝コスプレ〟といふ』などとメモを取っていたので即刻訂正に入る朔耶。変な知識を植えつける訳にはいかないと、衣装について説明をする。

「なるほど、巫女衣装ですか。するとやはり、サクヤ様は精霊の巫女様だったのですなっ」
「違うんだけど、もうそれでいいわ……」

 どうあっても『精霊の御使みつかい』として崇拝したがる精霊神官に、ちょっと投げり気味になる朔耶だった。


 その後、騎士団本部内に入った朔耶は食堂で一息つきながら、今回の騒動の発端についてアンバッスに語った。一連の詳しい事情を聞いて「レイスがやらかしたか」と笑うアンバッスに、朔耶は『自分にも非があった』と反省しつつ苦笑してみせる。
 巫女みこ衣装をまとった朔耶は、魔力のオーラや翼こそ収めているが、その姿のかもし出す雰囲気は、ただでさえ神秘的な印象を与えていた黒髪とも相俟あいまって一層幻想的になり、騎士団本部に詰める職員や騎士達は近寄りがたいモノを感じていた。
 だが、あまりにも自然にアンバッスと話している『ごく普通の少女』な姿を見るうち、朔耶の持つ生来の親しみやすさもあってか、いつしか彼らの心からも心理的な壁は取り払われていくのだった。

「今日はもうかえるのか、王都にも行くのだろう?」
「うん、レイス達ともちゃんと話しておかないとね」

 さすがにこの格好で王都には行けないと今回の騒動でりた朔耶は、着替えて落ち着いてから、後日改めて出向くと話す。
〝サクヤ崇拝〟が過ぎるのも色々と問題がある。自分はあくまでも庶民なのだと、あまり説得力の無い主張をした。


 エバンスでの騒動と顛末てんまつは直ちに王都に伝えられた。その際の朔耶の行動が反フレグンス勢力を敵対勢力と見做みなすようなものだったため、フレグンスへの非難はすぐに鳴りを潜める。
 代わりに、今回の件はキトから逃げ出した魔族組織の残党がフレグンスで混乱を起こすために画策したものだとの噂が広まった。これらの噂はフレグンス王室からの依頼により、秘密裏に王都へ派遣された帝国の密偵によって広められたものである。
 また後に、『サクヤと見解の相違によるトラブルがあったのは事実だが、今回の騒動はそれを利用した魔族組織の陰謀であった』と、王室から正式に発表がなされた。
 同時にカイゼル王は先日起きた王都での『魔物襲撃事件』の事も絡め、フレグンスに対する魔族組織の工作が活発化している事を挙げ、『こういう時こそ互いに力を合わせ、魔族の策略に惑わされる事のないように』と国民に結束をうながすのだった。



   第三章 進軍準備


 アーサリムのスンカ山中腹付近。魔族組織の本拠地施設前には、数十体もの魔物が隊列を組み、ふもとに向かってぞろぞろと移動を始めていた。
 少しでも時間稼ぎになればと、先日ヨールテスが列強国に仕掛けたサクヤ派勢力を扇動する策略は、予想以上の効果をもたらした。
 ポルモーンに駐留する連合部隊を約三日間、足止めすることが出来たのだ。
 わずか三日、されど三日である。ヨールテスはこの間に調整中だった魔物を仕上げ、新たに編成した魔物部隊をアーレクラワに展開し、戦術を教え込む時間を得た。

「よし、流れは我々が掴んだぞ。このいくさ、勝機はこちらにある」
「それでは、あの計画は中止なさいますか?」

 キルトの問いに、少し考えを巡らせるヨールテス。

「いや……戦女神いくさめがみが現れないとも限らん。念のためだ、進めておこう」
「……分かりました、準備しておきます」

 スンカ山の本拠地施設に集結する魔物の軍団を眺めながら、ヨールテスは戦女神サクヤ対策の準備を指示するのだった。


    * * *


 エバンスの騒動が収まった日から一日置いての正月休み明け。
 学校から戻った朔耶は、レイス達との事をいつまでも先延ばしにする訳にはいかないと、夕方の早い時間から王都に転移して城に出向いた。
 朔耶が吹き飛ばしてしまった王宮区画の街灯は、半分ほど修理が進んでいるようだ。


「……」
「……」

 フレグンス城の二階、通路の四隅に設けられているひらけたサロンの一つにて。
 テーブルを挟み、向かい合う二人。互いに無言で見つめ合っていたレイスと朔耶は、やがてどちらからともなく笑い出してしまう。

「ちょ……ちょっとっ、笑ってどうすんのよ!」
「いや失礼……しかし、サクヤも笑ってますが」
「だって、しょーがないじゃん」
「ええ、仕方ありませんね」

 妙な緊張感と気まずさと照れが入り混じった状況の中、場を支配していた厳正な雰囲気が崩れた時、お腹の内側から笑いが込み上げてしまう時がある。

「つーか、あたしらが真面目な顔して向かい合うって状況が変なのよっ」
「まあ確かに、僕達はいつもくだけた調子で接していましたからねぇ」

 ぺしぺしとテーブルを叩く朔耶にレイスは苦笑しながら同意する。そうして一区切り付いたところで、彼はおもむろに切り出した。

「僕の判断で配慮したつもりが、サクヤを傷つけてしまった事、おびしますよ」
「ううん、配慮しなきゃいけないような印象持たせたのは……あたしにも非があったと思うし」

 互いの非をゆるし合う事で、またこれまで通りよろしくお願いし合う朔耶とレイス。
 少し下がって控えていたフレイも、二人が笑い出した時は何事かと固まっていたが、ようやくホッとした表情を見せるのだった。

「お話は付いたようですね」
「サクヤ……良かった」

 しばしの談笑をしていた朔耶達の所へ、レティレスティアをともなったアルサレナがやって来た。
 レイスとの和解によって、朔耶がこちらでの在り方と今後の来訪に責任を持つ覚悟をしている事が明確になったので、「これでサクヤにも国政関係の仕事を頼みやすくなりました」等としたたかな事を口にするアルサレナ。

「では、さっそく仕事を押し付けようと思うのですが」
「ちょっ、いきなりですか。あたし学校始まったから、また数日おきくらいにしか来れないんですけど」
「そうですね……破損した街灯は修理も進んでいるようですので、別の事を頼みましょうか」
「容赦ないですね、アルサレナさん……」

 今回の騒ぎは、意思のれ違いによる不和を魔族組織に付け込まれた形で引き起こされたモノだが、ここまで拡大したのは精霊神殿のサクヤ派勢力が特に活発に動いた事が一因である。彼らに対するおとがめは見送る方針で収める代わりに、朔耶の方から自省をうながしておいてほしいとアルサレナは要請した。朔耶も「これはもう仕方が無いね」と了承する。
 神殿側にとって朔耶が単なる資金源や力の象徴でしかなかったのならば、ここまでの事態には至らなかったであろうが、朔耶の在り方は名実共に『精霊の使い』と言えるものになっている。
 高い経済力に加えて精霊そのものとも言える交感能力を備え、類稀たぐいまれなる発明で人々の生活をうるおし、王族や皇帝とも親しく実権も権威も持っている。その上、民に多くのほどこしを与えながら徴発する事は一切無い。そんな朔耶に対する傾倒が、崇拝や信仰レベルになったとしても無理からぬ事。
 それだけの影響力を持つ朔耶が、もしフレグンスの政策が原因で来訪を止めるような事があれば、それを知った神殿側が反政府行動に出る等して国が乱れる恐れもあった、とアルサレナは話す。
 朔耶は、こちらの世界で良かれと思うことをしつつ適当に過ごしていたつもりが、その間に立場が随分と大層なものになっていたことに驚愕し、本当に自覚が足りてなかったのだなぁと、改めて実感したのだった。

「実際、今回のようにあおられれば今後も暴発してしまう恐れがありますからね。その意味では、帝国に借りを作ってしまいました」

 帝国の密偵達は今もなおフレグンス王家と戦女神いくさめがみの不仲説を打ち消す工作をしている。
 帝国は皇帝に権威も権力も一極集中させているが、フレグンスは王の権威の下、貴族達へ権力を分散させている。思想統制されていないフレグンスの統治面における脆弱ぜいじゃくさが浮き彫りになってしまったと、レイスがアルサレナの話を補足した。

「あー、帝国の借りについてはあたしからバルにバシッとお礼言っとく」
「申し訳ありませんね、何だか催促したみたいで」

 しれっとそんな事を言うレイスだが、皇帝の朔耶に対する懇意こんいで借りをチャラにしようという画策が見え見えの『いつもの微笑』だった。今回の和解によって、そういった部分をつくろう気も無くなったようだ。もっとも、朔耶にはいつもアッサリ内面を見抜かれていたので、元より変わりはなかったりするのだが。
 こうして王妃に王女、戦女神いくさめがみと宮廷魔術士長が揃って議論している様子は、和気わき藹々あいあいとしつつもなかなかに近寄りがたい雰囲気を漂わせる。通りかかった中堅貴族や侍女達がそんなサロンを迂回うかいする中、フレイは一人、使用人時代のたしなみで皆にお茶をれる役をしていた。


 騒動の処理についての話し合いを終え、話題はアーサリムの事に移る。
 現地の部隊は本国やサムズの混乱を受けてアーレクラワ方面への進軍を中止し、ポルモーンの街で待機中。その間、アーレクラワ付近に魔物の軍勢が現れた事などが確認されている。近くアーレクラワへの進軍を再開するにあたって、帝国とも足並みを揃えつつ援軍を送る予定なのだそうだ。
 朔耶はメリルー導師に教わった呪いばらいの事を話し、一度アーサリムに向かう事にした。

「呪い祓いですか……。確かに、サクヤ程の力であれば、あるいは可能かもしれませんが」
「やるだけやってみるよ。助けられる力があって、助けられるなら助けるってのが、あたしのモットーだしね」

 四ヶ月前、帝都城の地下より地球世界に帰還したのち、兄と共に再びこちらオルドリアへやって来た時の決意は、今も朔耶の行動のじくとなっている。
 アーサリムへの援軍にはフューリ団長が聖騎士団を率いて向かう事になっていた。彼女らが竜籠りゅうかごで移動する途中、エバンスで辺境騎士団の精鋭部隊とその指揮を一任されたアンバッス中隊長を拾って行く。それから数日かけてポルモーンの街に向かい、そこに駐留する連合部隊と合流する予定だ。
 城の窓から、聖騎士団を乗せた二頭立て竜籠が夜空へと飛び立って行く様子を見送った朔耶は、連絡や現状把握を兼ねて一足先にポルモーンへ向かうため、一旦帰還する。
 数日間心を悩ませていた問題が片付き、スッキリした気分で庭にかえって来ると、同時に朔耶のお腹が鳴った。

「まずは腹ごしらえからね、お腹空いちゃった」


 夕食を終えてすぐに転移しようと準備を始めた朔耶は、居間のテーブルに箱を積み上げている母を見かけて声をかけた。

「なにこれ?」
羊羹ようかん

 お歳暮の中身が被りまくった結果、羊羹がたくさん余っているらしい。
 捨てるのも忍びないし、近所へのお裾分けも既に二回ほど行っている。同じモノで三回目ともなるとさすがに少々気兼ねするのだそうだ。どれも賞味期限ぎりぎりのモノばかりなので余計に。
 そういえば最近のオヤツはずっと羊羹だったなぁと思い出した朔耶は、せっかくなので持って行くと言って羊羹の処理を引き受けた。

「じゃあ、いってきまーす」
「休みじゃないんだし、もう夜も遅いから早く帰って来なさいね?」
「はーい」

 羊羹の箱と魔導砲まどうほうの弾丸が収まった箱を持って、朔耶はオルドリア大陸へと転移した。
 都築家の居間では、朔耶に魔法少女の格好をさせようとしてどつかれた重雄が転がっていた。衣装を持ったまま。


「わっと」
「うぉ! ……ツヅキか、相変わらず唐突に現れる奴だな」

 朔耶は、ポルモーンの街に築かれた連合部隊の拠点にある、パーシバル傭兵団の陣地に現れた。ブラットの持つ御守りを目印に転移しているため、どうしても彼の近くに現れる事が多くなる。
 ブラットは朔耶が現れる度にテントが壊されるので、今回もどこか壊れていないかとテントの端々を確認していた。

「もー、今日はおっきなモノ持って来てないから大丈夫よ」
「ああ……なんか本国の方で騒ぎがあったらしいが?」
「うん、ちょっとね。もう解決済みだから大丈夫だよ」

 朔耶はあまり詳しく語らなかったが、ブラットは「そうか」と言ってそれ以上は訊かなかった。解決したのなら根掘り葉掘り訊く必要もないと判断したからだ。
 余計な詮索はせず、報酬分の働きをしっかりとこなす。個人としての付き合いと、雇われた傭兵という立場との区別は厳格につける事が、顧客からの信用にも繋がるのだ。


 連合部隊の支援拠点は篝火かがりびで一定レベルの明かりを確保しているが、ポルモーンの街自体は点在する建物の明かりがわずかに見られるだけで、ササの街と同じく夜になれば結構暗い。この辺りにも簡易な街灯を立てようかと計画をりつつ、朔耶はブラットを荷物持ちにして拠点の中央に出向いた。
 帝国の工兵によって建てられた簡易宿舎は、帝国の遠征部隊とフレグンスの先発隊が一部共同使用している。外観は立派ながら、中身はまだテントの生地を間仕切りに使っただけの張りぼて状態だ。竜籠りゅうかごで輸送中の機材が届けば、ササの街に築いた拠点と同規模のモノが出来上がる予定である。

「あれ? なんか騒いでない?」
「ん? ああ、またか……」

 拠点を囲む柵に設けられた門の前に人垣が出来ていて、街の住人らしき数人と連合部隊の部族戦士とが睨み合いながら何事か怒鳴り合っている。そこからは先祖がどうの、魔族がこうの、との言葉が聞き取れた。
 事情を把握していそうなブラットにたずねると、アーサリムの部族間に横たわる因縁らしいと教えてくれた。ポルモーン渓谷に住む部族と、今回連合部隊に加わったササ方面に住む部族との関係は少々こじれており、この街に着いた翌日辺りから少数同士の喧嘩がちょくちょく起きて、怪我人も出ていると言う。

「あまり突っ込んだ事情は分からんが、人狩りや魔族組織の事が関係してるらしくてな」

 人狩りの操る魔物の脅威にさらされ続けたポルモーン渓谷の部族達は、人狩り達が落とす金によって繁栄したササ方面の部族に対して並々ならぬ恨みを持っているらしい。そこには逆恨みのたぐいとも言い切れない、込み入った事情があるようだ。
 アーサリムが平和になって、いずれ仲良く出来るよう期待するしかない――朔耶はそんな風に思った。
 だが帝国やフレグンスの騎士達にとっては、なかなかに困った事態だ。争っている一方は連合部隊の仲間として共に戦ってきた部族戦士達である。トラブルが起きれば仲裁に入る事もあるが、アーサリムの部族同士という身内での問題だけに、どちらかに肩入れすればいずれ内戦の火種となる遺恨を残しかねない。

「ハイハイ、喧嘩しない。今は仲間同士でいがみ合ってる時じゃないでしょっ」
「おお! これは、サクヤ様」
「サクヤ殿……」

 怒鳴り合いが掴み合いになりかけたところで、荷物持ちブラットをともなった朔耶が割って入った。騎士達やササの部族戦士達の間にはどこか安堵するような空気が流れたが、絡んでいたポルモーンの者達は『なんだこの子供は』といった怪訝けげんな表情を向ける。
 しかし彼らの一人が、八日前の夜、連合部隊到着の日に空を飛んでくる朔耶の姿を目撃しており、あわてて『精霊の乙女』である事を周りに耳打ちする。すると威嚇いかくするような視線を向けていた者達は一斉に顔色を変えた。

「皆で食べよう」

 殺伐さつばつとした現地に羊羹ようかんをご馳走しようとする朔耶。一方、何やら茶色くて水っぽい、見た目は油を固めたようなろうのごとき謎の物体を渡され、『食え』と言われて戸惑うその場の男達。
 だがブラットは『朔耶ツヅキの持って来た食い物は美味い』と知っているので、ひょいパクと口に放り込み咀嚼そしゃくする。朔耶もひょいパクと一切れ口にする。様子をうかがう部族戦士と騎士達を横目に、ブラットは生まれて初めて食べる羊羹の瑞々みずみずしい甘さに戦慄せんりつした。

「うめぇ! なんだこれっ、貴族の菓子か? こんな甘い物初めて食ったぜ!」

 その反応を見て顔を見合わせた部族戦士や騎士達は、おもむろに羊羹を口に含んだ。ひょいパク。
 一時いっときの平和が訪れた。


 拠点の仮設会議室にて、帝国軍、フレグンス軍の隊長と副隊長、パーシバル傭兵団のブラット団長、それに部族戦士の代表達が集まり、連合部隊の現状と今後の活動予定等について大まかに話し合う。
 不足している物資のリストや、怪我、病気等による脱落者を本国に輸送する手配といった細かい部分も詰めていった。魔導砲まどうほうの弾丸も、今回朔耶が持って来た二十発に加え、ティルファからも五発程届いている。乱射するタイプの武器ではないので、弾数はこれで問題ない。とりあえずフレグンス、帝国共に、後は本国からの援軍待ちである。

「援軍は三日後くらいには到着しそうだって話だよ」
「では、すぐに進軍の準備を始めておきましょう」
「ツヅキも来るのか?」
「次にあたしが来られるのは五日後くらいかなー」

 朔耶は「すぐに追いつくよ」と言って、アーレクラワ進軍には参加する事を告げた。そして魔物に呪いばらいをほどこす事も明かす。

「……なるほど、魔物にそのような秘密が……」
「ごめんね? 今言う事じゃないと思うんだけど、知っておいてほしかったから」
「いや、以前から噂で言われてた事だしな……」
「元に戻せるかどうか分からないけど、やれるだけやって見たいの」

 駄目だった場合は即座に殲滅せんめつするという事で、互いに行動方針を確認し合う。ブラットは対魔物戦について語る朔耶の瞳の奥に、成長と覚悟を見て取った。
 キトの闇市では、気丈に振舞いながらも迷いと動揺の色を浮かべていた少女。今の彼女からは、たとえ迷いがあろうと自ら選んだ道を邁進まいしんするという決意が感じられる。恐怖や葛藤を乗り越えた、勇気を持つ者の目をしている、と。
 ふっと笑みをたたえたブラットは、おもむろに朔耶の頭に手を伸ばし、なでなでなでなで……

「うん? 何故なでなで?」
「いや、ツヅキはいい子だな」

『フレグンスの戦女神いくさめがみ』と呼ばれ、あるいは『皇帝の黒后くろきさき』と呼ばれ、はたまた『精霊の乙女』とも呼ばれる少女。その頭を無遠慮にでるなど何とおそれ多い事を、と騎士や部族戦士達は思わず目をく。が、撫でられている本人が好きにさせているので、いきどおりながらも文句の言えない彼らだった。

「……ほんとにブラットさんは時々ワケわからんわ……」

 朔耶は撫でられる事は嫌ではなかったが、「理由が分からん」とひたすら困惑するのだった。


 その夜。帝都城へ転移した朔耶は、フレグンス王室特別査察官として皇帝バルティアに拝謁し、密偵部隊の協力に感謝の意を表した。
 皇帝の執務室で、部屋のあるじからの色々と略式な〝謁見〟やら親書の受け渡しやらを終えた朔耶は、そのままお茶に呼ばれてソファーでくつろぐ。

「何か、意見の行き違いがあったそうだな」

 ふと、先日の騒動について触れるバルティア。

「うん……ちょっとね」

 朔耶は、帝国にも迷惑をかけているので一応詳しく話しておくべきだろうと考え、公式発表では触れられていない詳細について明かした。


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