ZERO〜訳ありオメガ、軍人アルファに囲われて幸せになります〜

犬っころ

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四章

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 その日は珍しく、クレインが仮眠をとっていた。夜勤明けでようやくベッドに倒れ込んだばかりのはずだった。眼球の裏が焼けつくように熱く、指先に残るアルコール綿の匂いだけが、“勤務が終わった”というかすかな現実感を支えていた。

 ――だが、そのわずかな安らぎは、スマホの着信音で引き裂かれる。

 「……っ、うるさい……」

 枕元で震える端末に手を伸ばし、液晶をぼんやりと睨む。登録名のない番号。こんな時間に? 脳が反応するより先に、胸の奥に不快な予感がじわりと染み込んでいった。

 通話ボタンを押すと、予想通りの焦燥を孕んだ声が耳に突き刺さる。

 『……クレイン中佐、申し訳ありません。夜勤明けでご休息中のところ、誠に恐れ入ります。』

 声の主は、日勤帯に配属されている若手の看護師だった。緊張に引きつった声が、報告の深刻さを物語っていた。

 『W03病室、御影奏さんですが──本日14時55分、ベッド上にて失神状態で発見されました。点滴は刺入されたまま、意識応答は一切なし。呼吸は浅く、不規則なパターンで、体温上昇も確認。さらに、アルコール臭が強く認められます。』

 寝ぼけ眼だったクレインの意識が、その一文で一気に覚醒した。

 『現在はストレッチャーにて処置室へ搬送中です。嘔吐、痙攣、失禁などの急性症状は見られておりません。当直医が初期対応中ですが、状況の重大性を鑑み、緊急で中佐の判断を仰ぎたく──』

 「……分かった。今すぐ向かう」

 短くそう返したクレインの声は、ほとんど噛み殺したような低さだった。感情が先に噴き出すのを必死で押し込めた結果だった。

 スマホをベッドに放り投げ、掛け布団を蹴るように跳ね除けた。

 目が血走っているのが分かる。呼吸が浅くなる。だがそれでも、今すぐ向かわなければならない。

 ──奏が、失神している。アルコール臭と共に。

 その情報だけで、クレインの中の何かが激しく軋んだ。

 白衣をパジャマの上から羽織り、靴も履き間違えそうになるのを足で蹴り直し、クレインは車のキーを乱暴に握りしめた。

 ドアを開けた瞬間、真夏の終わりを思わせる濃密な湿気が肌を打つ。だが、その熱気すらも、頭の芯を冷やすには至らなかった。

 車に乗り込むと同時に、もう一度スマホを握り直す。指先でノアの番号を探し、躊躇なく通話ボタンを押す。

 ──繋がらなければ終わりだ。だが、奇跡的に数秒後、ノアの低い声が応答した。

 『…どうした。勤務中だ』

 「おい、ノア……あのバカガキ、今日の14時55分。点滴中に酒飲んで失神してたらしい。ストレッチャーで処置室に搬送されてる。私も向かっているから今すぐ病院に来い」

 ノアの反応は早かった。『了解、すぐに向かう』その一言に、抑えきれない苛立ちと焦燥が混ざるクレインは一瞬だけ息を吐き、通話を切った。

 エンジンをかけた瞬間、クラウンの車体が唸るように応える。

 アクセルを踏み込む。タイヤがアスファルトを鳴かせ、基地内の道を爆走する。制限速度など知ったことか。クレインは目を見開いたまま、後部ミラーに映る青空すら視界に入れていなかった。

 クラクションを鳴らす間も惜しみ、病院職員用の駐車場に車を滑り込ませる。ブレーキの音が鳴り、車体が斜めに止まる。

 ここまで、ドアから病棟まで、所要時間は13分26秒。

 白衣の下には寝巻きのまま。だがそんなことはどうでもよかった。

 廊下を走り、処置室の灯りを見つけた瞬間、クレインの心臓が“仕事”に戻った。

 扉を開ける。そこには、自分がたしかに守ると決めた少年の姿が、まるで空気のように薄い表情で横たわっていた。
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