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一章
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しおりを挟む真城 暁臣
桐生会二代目組長
最初にその名前を耳にしたとき、正直、全員が鼻で笑った。
「はいはい、お坊ちゃんのお披露目ね」と。
誰もが心のどこかで、そう冷笑していた。
先代が組を引退して以降、真城暁臣は“孫”という肩書だけで守られ続けてきた。
十にも満たぬ歳で引き取られ、蝶よ花よと甘やかされ、まるで極道の真似事を遊ばせるように若頭へ据えられた。
──そこまではまだ、百歩譲って“情”と“血縁”の話だと割り切れた。
だが、「二代目・組長」の座に正式に就いたと聞いたときには、流石に俺たちでも顔をしかめた。
三十路にも届かねぇ若造が、実戦の修羅場もろくに踏まず、長と名乗る。
血反吐を吐いて部屋住み時代を這いずり、蹴落とし合いの末にようやく椅子の端っこを掴んできた俺たちの道を、一足飛びに越えていく。
──そんなの、許せるかよ。
せめて一度、潰してから座れ。
そう思っていた。
あの日までは。
初めての本家の会議。
上座には、例の“若造”が座っていた。
一歩、座敷に足を踏み入れた瞬間──空気が、違った。
重い。
音も匂いも全部が淀んでいた。
例えるなら、血の匂いすら混じった濃密な静寂。
その中心に、真城暁臣が座していた。
あの眼光。
まっすぐに視線を向けられたわけでもないのに、背骨が凍る感覚に襲われた。
まるで、自分という個体の存在そのものを拒絶されるような、強烈な“圧”。
高濃度のグレア──それだけで一帯の空間を完全に制圧していた。
直前に中堅の幹部が“意見”を申し出ようとしたという話も耳に入っていた。
が、その姿はすでに見当たらず、部屋の空気だけが異常な静けさを孕んでいた。
まるで──殺されたかのように。
体が急に重くなる。
心臓が、何度も逃げ出せと警告を鳴らす。
だが一歩も動けない。生物としての格が違いすぎた。
──怖い、と思った。
あれが、上位のアルファ。
あれが、真城暁臣。
気づけば俺たちは、無言でその若き組長の一挙手一投足を見つめていた。
息をすることすら忘れそうなほどに。
もはや“若さ”や“血筋”を口にする余地など、どこにもなかった。
それまで誰もが「与えられた肩書」だと思っていたものは、
すべて──本人の実力によって裏打ちされていた。
あれは生まれつき人の上に立つ器だ。
血に生まれ、力を身につけ、鋼の意志で支配する者。
今は、命令一つあれば、喜んで死にに行く。
それが本家の傘下ってもんだ。
そう思わせる“本物”が──
真城暁臣だ。
代替わりは、いずれ来る──
それは分かっていた。頭では。
先代が静かに引退の意を表明したと同時に、長年重鎮として名を連ねていた幹部連中もまた、次々と盃を置いた。
それはまるで、時代そのものが一斉に幕を下ろすかのようだった。
空いた席には当然、若い世代が入る。
必然的に、組そのものが“若返った”。
だがその先頭に立ったのが、よりによって──真城 暁臣。
血筋だけで成り上がったと思っていた若造が、いつの間にか本物の“実力主義”を組に持ち込み、その牙を容赦なく全体へと突き立てていく。
能力のない者は、先輩だろうと、武勇伝を持っていようと容赦なく外される。
逆に、才能と胆力さえあれば、年齢や出自に関係なく要職に就く。
それが、真城のやり方だった。
最初は反発もあった。
俺たちのように這いつくばってきた人間からすれば、生意気な若い芽が自分たちの肩を悠々と飛び越えていく姿は、
決して面白いものではない。
──だが、気づけばその“若い芽”たちが、
組の屋台骨をしっかりと支え、
統率を取り、隙のない流れを作り、組そのものを巨大にしていた。
シマは拡大し、資金の流れも以前とは比べものにならないほど整った。
利権の分配も、従来の義理や情に頼ったものではなく、実力と成果に基づいて公平に割り振られる。
そこには「なぁなぁ」も「昔の義理」もなかった。
あるのはただ、合理と結果。
──それが、真城が作り出した“組の今”だった。
だからこそ、今さら若造が自分たちを飛び越えて直参入りしようとも、
口を噤むしかない。
それが、真城の“判断”であるなら──
どんなにやるせなくとも、どんなに腹の奥が煮え返ろうとも、俺たちは歯を食いしばって頭を下げるしかない。
それが今の桐生会。
それが“真城暁臣”が築き上げた世界。
従わなければ、切られるだけだ。
だから黙って従う。
それが、本家のルール。
それに──皆が、真城暁臣という男に惚れていた。
威圧じゃない、恐怖でもない。
もっと原始的で本能的な“支配”の匂いがあった。
ひと睨みで空気が変わる。
一声で場が静まる。
その若さに似合わない、どこまでも研ぎ澄まされた危険な眼差しと、理不尽を理屈ごとねじ伏せるだけの胆力とカリスマが、圧倒的な“格”としてそこにあった。
しかも、抜群に頭が回る。
冷静で、残酷なほど現実的。
だが同時に、筋を通し、仲間を見捨てない。
血が繋がっていようと無能は切る。
けれど、たとえ末端の若造でも目をかけ、拾い上げ、育てる。
俺たちは、気づいたら──
逆らうことを恐れるよりも、
この人のためなら命を投げ出してもいいと思っていた。
この人に認められたい。
この人の足を引っ張るような真似はしたくない。
この人の名の下で死ねるなら、本望だとさえ思っていた。
惚れてた。
男として、人として、組の頭として──
あまりにも綺麗で、あまりにも冷たくて、
それでいて、どうしようもなく強い人間だった。
だから、誰も逆らわなかった。
だから、誰も逃げなかった。
だから、今もこの桐生会は、ひとつにまとまっている。
俺たちは、真城暁臣に惚れてる。
ただそれだけで、命を預けられるんだ。
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