アホホスト借金地獄の末に漁船か臓器か性奴隷か、もちろん性奴隷です

犬っころ

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一章

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翌朝、蓮は布団の中で目を閉じたまま、仁に肩を叩かれても動こうとしなかった。「腹が痛ぇ」と低く呟き、無理やり身体を丸める。嘘だ。けれど、どうしても今日は真城の顔を見たくなかった。昨夜の言葉が、まるで刃のように頭にこびりついて離れない。仁がしばらく様子を伺っていた気配はあったが、やがて何も言わず部屋を出ていった。

再び眠りに落ちたのは、ただ現実を見たくなかったからだ。だが、そのまどろみも昼過ぎには終わりを迎える。布団の近くで、スマホの着信音が執拗に鳴り続けた。拒絶したいのに、音だけが耳を叩いてくる。しばらく無視を決め込んでいたが、やがて蓮はうんざりしたように布団から手を伸ばし、スマホを手に取る。画面を伏せたまま、誰からかの名前を見ることを恐れながら、蓮は微かに息を呑んだ。

蓮は、無意識のうちにスマホを手にしていた。画面に指が触れる寸前、「……まさか、真城じゃないよな」と、嫌な予感が脳裏をかすめる。

スマホの着信画面を見た瞬間、蓮の心臓がどくんと跳ねた。

──真城じゃない。

安堵のような、しかしそれ以上に不吉な沈黙が背中を這い上がってくる。表示されていたのは、雅也が入院している病院の名前。緊急連絡用に仁の番号を登録しておこうと思いながら、それを後回しにしていたことを、今さらながらに悔やんだ。

昨日泣き腫らした目は熱を持ち頭も痛い。
こんな時に限って。

何度もかかってきている理由も、今なら分かる。緊急連絡先を登録していないのだから当たり前だ。

──嫌な予感がする。最悪の言葉を、これから耳にする気がする。

スライドして応答ボタンを押す指先が、かすかに汗ばんでいた。

「……天城です」

『天城蓮様ですね。病院の松岡と申します。雅也くんの主治医です』

一言一言が、ナイフのように鋭く胸に突き刺さってくる。優しい声色なのに、空気は異常に冷えていた。

「お世話になっております、…何かありましたか?」

声がかすれた。口は開いたのに、喉が締めつけられるようで息がうまく通らない。目の前の景色が、じわじわとにじんで歪む。

『結論から申し上げます。現在、雅也くんの背中の骨に腫瘍の転移が確認されました』

世界が止まった。

──え? なんで。治ったはずじゃ──。

『最近の定期検査でも初期兆候は見られなかったのですが、本人がかなりの痛みを我慢していたようで、我々も気づくのが遅れてしまい……本当に、申し訳ありません』

申し訳ありません──その言葉が、氷のように冷たく脳に沈んでいく。

肺が裂けそうなほど呼吸が乱れ、目の前の景色は涙でにじんでいる。

──昨日、腰を痛がってたのに。

──あの時、なんで看護師を呼ばなかった?
なんで、すぐにナースコールを押さなかった?
何度も何度も自分にそう問いかけているのに、答えなんて出るわけがなかった。

「ちょっと様子見よう」なんて、自分に言い訳して──いや、本当は怖かっただけだ。
「また再発だったらどうしよう」って、どこかで見て見ぬふりをしていた。

すべて自分のせいだ。

脳の奥でその言葉がぐるぐると回り始めると、心臓がドクン、ドクンと音を立てて脈打ち始めた。
胸を握り潰されるような痛みに、息が詰まる。呼吸が浅くなる。冷や汗が額から滴り、手足の感覚が遠のいていく。

──手が、震える。

まるで指先が氷に浸されたかのように冷たく、思うように動かない。
拳を握ろうとしても力が入らず、足元までぐらついてくる。

自分がもっとしっかりしていれば。
自分が怖がらずに、もっと早く対応していれば──。

──転移。

もうその言葉だけで、頭の中が真っ白だった。

だが医者は無慈悲に続ける。

『現在、急ぎ精密検査を進めております。ですが、今回の転移は治療方針を根本的に見直さねばならないもので、早急な話し合いが必要です』

「……っ」

呼吸が浅くなる。喉が焼けるように熱いのに、身体の芯は氷のように冷たい。指先が震えているのを止められない。

『お手数ですが、可能な限り早く来院いただけますでしょうか』

「……すぐ行きます」

口にするのがやっとだった。声に出した途端、全身の力が抜けていく。

電話を切ると同時に、全ての音が戻ってきた。雑踏の気配、遠くで鳴る車のクラクション、自分の心臓の音──どれもが現実を突きつけてくる。

もう一度、来る。あの悪夢が。
やっと手に入れたと思った穏やかな日常が、音を立てて崩れていくのが分かる。

蓮は、拳をぎゅっと握りしめ、走り出した。

「柴、柴……っ!」

声が裏返りそうになるのを必死に抑えながら、蓮は屋敷の廊下を駆けた。いつもなら、背後にぴたりと張りついてくる柴の気配がない。振り向いても、いない。声をかけても、応えない。

焦燥が胸の奥を焼く。喉が張りついて呼吸がうまくできない。普段は目をやればすぐそこにいるのが当然で、睨んでも文句を言っても、守るという使命だけは絶対に手放さなかった男の姿が──今日に限って、ない。

「柴っ、どこ……!」

居間、渡り廊下、食堂、風呂場。どこにもいない。足音が大理石の床に激しく鳴り響く。スリッパも履かず、裸足のまま。裾が乱れていることにも気づかず、蓮は屋敷中を走り回った。

真城は? 仁は? 森内は? 柳は?
一人でも見つかれば、車を出してもらえる──それだけなのに。

だが、どの部屋も不自然なほど静まり返っていた。重たい扉の向こうには誰もおらず、応接室の椅子もきちんと揃ったままだ。焦る気持ちに反して、世界はまるで時間を止めてしまったかのように静かだった。

「……っどこだよ、あいつら……!」

もう気が狂いそうだった。肩で息をしながら、階段の踊り場で壁にもたれていると、通りがかった若い組員が、ちらりと視線を向けてきた。

「幹部の皆様揃われて先代がご隠居されてる施設に行きました。」

「……は?」

「今朝から組長含めて幹部の皆様全員、先代の組長がご隠居されてる施設に行きました。……ちょっと遠くて、だから夕方頃まで戻らないそうです」

その言葉が耳に届いた瞬間、血の気が引いた。

なんで今日に限って──。

いや、そんなことを考えている場合じゃない。
ポケットの中のスマホが、震えた。
ディスプレイには、また「雅也の病院」の文字。

もういい。

蓮の頭の中にはタクシーしか思いつかなかった。











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