アホホスト借金地獄の末に漁船か臓器か性奴隷か、もちろん性奴隷です

犬っころ

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二章

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 「……だからこそ、“今”の判断が大事なんです」

 

 森内の言葉は、あくまで静かだった。

 しかし、そこにはもう迷いはなかった。

 

「──雅也くんが治った後でも、構いません」

 

 組が今、戦の最中にあることは、もちろん森内も知っている。
 日々、報告が山積みになり、決裁書類に追われ、各地の枝組と交渉しながらこの屋敷を守っているのが誰か──それが組長である真城暁臣であることは、重々承知している。

 

「全部が落ち着いたそのときで構わないんです」

 

 その言い回しには、真城の立場への深い理解が込められていた。

 けれど──

 

「それでも……もし、蓮を“愛せない”のなら」

 

 一拍置いたあと、森内は最後の言葉を投げた。

 

「……どうか、“離して”あげてください」

 

 すぐそばの湯飲みから、ぽたりと一滴の湯がこぼれた。

 わずかに揺れる茶の表面。

 

「──あんまりにも、可哀想ですから」

 

 森内の声が、そこでかすかに震えた。

 それは怒りでも、悲しみでもなかった。
 長く“耐えてきた者”が、ほんのわずかだけ感情を漏らしたときの声だった。

 不器用で、頑なで、決して自分の言葉を人に押しつけない男が、今、ようやく“私情”を言葉にしたのだった。

 

 静寂が調理場に戻る。

 

 風も、音もない。
 ただ、湯気だけがふたつの湯飲みの間で揺れていた。

 

 真城は、微動だにしなかった。
 視線も下げたまま、眉一つ動かさずにそこに立っていた。

 

 けれど、森内にはわかった。

 ほんの一瞬、真城の肩が上下する。

 浅い呼吸。
 それが、すべてを物語っていた。

 

 ──彼は、今、揺れている。

 

 森内は、それ以上何も言わずに、ただ湯飲みに手を添えて座ったままだった。

 だが、もう一つ──どうしても伝えねばならない言葉が、彼の中に残っていた。

 

 それは、この男に向けて。
 かつて誰も、はっきりと口にしなかった言葉。

 

「……あなたは、“人を愛せない”のではないと思います」

 

 その瞬間、真城のまぶたがかすかに動く。

 けれど、それだけだった。

 

 森内は続ける。
 今度は、ほんの少しだけ声に熱がこもっていた。

 

「“愛すること”が怖いんです。──“失うこと”が、怖いんでしょう」

 

 あのとき。
 あの事故のあと。
 七歳だった少年が、何もかも飲み込んで、笑うことも泣くこともなくなったあの日から。

 

 誰にも本心を見せず。
 誰にも寄りかからず。
 誰にも、感情を預けなかった。

 

 それは強さじゃない。
 ただの、生き延びるための癖だった。

 

「……そうやって、突き放すことで、自分を守っている」

 

 蓮の想いに、耳を塞ぎ。
 蓮の言葉に、目を伏せた。
 蓮の体温に、触れることを避けた。

 それは、“拒絶”ではなかった。

 

 ──ただ、怖かっただけだ。

 

 「けど、今のあなたの顔……自分で、分かってますか?」

 

 森内の目が、ゆっくりと真城の表情を見つめた。

 いつもの仮面のような無表情。
 だが、その下にあったのは──

 

「……泣きそうな顔、してますよ」

 

 その一言は、空気を震わせた。

 森内は、その言葉に皮肉も嘲笑も込めなかった。

 ただ、淡々と“見たまま”を口にしただけだった。

 

 けれど、それは──
 真城にとって、生まれて初めて投げかけられた言葉だった。

 誰にも見破られたことのない、感情の奥底。

 

 頬が、わずかに引き攣る。
 眉が揺れる。

 それでも、真城は何も言わない。

 

 否定の言葉すら、出てこない。

 

 その沈黙が、何より雄弁だった。

 

 ふたつの湯飲みのあいだに、湯気がゆっくりとたなびく。

 森内は、それをじっと見つめたまま、何も続けなかった。

 

 言うべきことは、すべて言った。
 それ以上の言葉は、必要ない。

 

 ──ただ、背中を押しただけ。

 選ぶのは、あくまでこの人自身だ。

 

 だから森内は、それ以上詰め寄らず、座ったまま静かに湯飲みを手に取った。

 

 真城は──

 そのままの姿勢で、動けなかった。

 

 けれど、もう“無表情”ではなかった。

 眉間には深い皺が寄り、口元は結ばれている。
 けれどその目の奥には、怒りとも、悲しみともつかない、強い感情が宿っていた。

 

 ──誰かに、見透かされた。

 それが、たまらなく悔しい。
 けれど同時に、ほんのわずかに──救われた気がした。

 


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