アホホスト借金地獄の末に漁船か臓器か性奴隷か、もちろん性奴隷です

犬っころ

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三章

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蓮は何も言わず、指示された椅子に腰を下ろした。
 人質のはずなのに、手錠はもう外され、身体を拘束する者は誰もいなかった。
 逃げようと思えば逃げられた。
 けれど、ここまでついてきたのは──“蓮自身の意志”だった。

 そう、まるでこれはもう交渉でも、取引でもない。

 ただ、終わらせに来た者同士の“語らい”に等しかった。

 

 対面に座る春助は、何の迷いもなくワインボトルを手に取り、優雅な手つきでグラスに注ぎ始めた。
 あまりに流麗で、まるで古い映画の一場面のようだ。

 

 「私はね、政治家の長男として生まれた」

 

 突然語られ始めた春助の過去。
 蓮は黙って聞いていた。

 

 「父方の本家はワインの輸入に力を入れていた。
  有名な雑誌でも何度も名前が並んでいたよ。
  君が今から飲むこのワインも、うちのルートから輸入されたものだ」



蓮の前に置かれたグラスに、深いルビーのような色の液体が注がれていた。
 その香りが空気を撫でる。

 ふと、春助が目を細めた。

 

 「ぜひ、味わってくれ」

 

 それは、強制でも命令でもなかった。
 ただ──死にゆくものに与える、最後の晩餐にも似た、静かな勧めだった。

 蓮はその色を見つめる。
 ──毒が入っていてもおかしくない。
 けれど、たぶん春助はそんな手を使わない。

 そう思えた。

 目の前の老人の、静けさの奥に潜む狂気と哀しみ。
 そのどちらも、蓮は肌で感じていた。

 

 だから蓮は、迷わず手を伸ばす。
 グラスを持ち、唇を寄せる。

 最初に感じたのは、熟れたベリーとスパイスのような香り。
 そのあとに来る、ほんの微かな渋みと、まろやかな甘さ。

 

 ──とても、綺麗な味だった。

 

 蓮は目を伏せ、喉を鳴らしながらゆっくりとワインを飲み下す。

春助もまた、何も言わずに自分のグラスを傾けた。

 

 静寂が広間を包む。

 花の香りと、ワインの香りと、死の匂いが交錯する異様な空間の中──


 「暁臣は……どうしているのかね? 元気かい」

 沈黙の中で、ふいに落とされた春助の声は、どこか遠くを眺めるような響きだった。
 まるでこの場にいながら、ずっと昔の記憶に手を伸ばしているような声音だった。

 蓮は、ワインの残り香がかすかに残るグラスを机に戻し、静かに頷く。

 

 「──暁臣は、元気だよ。
 でも、たまに……すごく疲れた顔をする。
特に女物の香水を身にまとってる時は機嫌が最悪だ」



その言葉に、春助はゆっくりと瞼を伏せた。
 グラスの脚を指先で軽く弾き、赤い液体が揺れる音に耳を傾けるようにして。

 

 「そうか……あの子は、疲れているか」

 

 まるで、それを聞くために今までの問いを重ねていたかのようだった。
 春助の口元に、ひとつ笑みが浮かぶ。
 だがそれは、どこか諦念を含んだものだった。

 

 「私はね……暁臣の人生を、子供の頃から見てきたよ。七つの頃、両親を失って泣くことも忘れた子供の頃、そして気がつけば暁臣が十四の頃には彼は人を殺す覚悟を身につけていた。」


蓮は、一瞬だけ視線を伏せた。
 春助の言葉が胸に突き刺さった。
 知らなかった。けれど──その予感だけはずっとあった。

 

 「幸せになれる見込みがあるのなら、私は……もう何も心配はいらないようだ」

 

 その声音が、あまりにも穏やかだった。

 まるで、もうこの世に未練はないとでも言うような。

 

 「──死ぬつもりなのか、お前」

 

 蓮の声が、かすかに震えた。

 冗談でも、軽口でもなく。
 明らかに、目の前の男は“自分がもう終わる”という前提で言葉を紡いでいる。

 

 春助は少し驚いたように、だがすぐに笑った。
 まるで、図星を突かれた子供のように、わずかに眉を下げたまま。

 

 「……晴代さんに対して、私が唯一できる“償い”だと思っているよ」

 

 その言葉は、深く沈んだ鐘の音のように響いた。

 「先ほど、君に……不貞を働いた男がいたな。
 あれは、大志連合の組長だ。名前を七瀬という。かつて“半グレの王”などと呼ばれていた下卑た男だよ。
 だが、あれがこの数年、私の庇護を受けていたことも事実だ。私の影で、あのような輩が成長してしまった。
 ……私は、それを止められなかった」

 

 春助は、自嘲気味に肩をすくめた。

 

 「君がどれだけ怒っても当然だ。まして、光一の孫である暁臣の──あの子の“心の支え”を穢したも同然。
 だが、もう遅いのだ。私が責任を取らねば、この因果は終わらん。
 ならば──この身ごと、大志連合もろとも、桐生会の“肥料”となるほうがマシというものだ」

 

 言葉には、冷たさがなかった。

 ただ、人生を終えようとする者の覚悟と静けさだけがあった。

 

 蓮は息を呑む。
 言葉が見つからなかった。

 

 桐生会の重鎮にして、政界にすら影響力を持つ“怪物”──
 その男が、まるで死ぬことを当然のように語っている。

 

 「蓮。君に会えてよかった」

 

 春助は、そう言った。

 その声の奥には、何かが終わろうとしている音があった。

 蓮は唇を噛んだ。
 涙は出なかった。だが、指先がかすかに震えていた。

 

 ──この戦いは、もう戻れないところまで来ている。

 その事実だけが、今はっきりと心に刻まれていた。
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