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番外編
吾輩は猫である、名前はうどん
しおりを挟む吾輩は猫である。名前は――うどん。
なぜうどんかは、いまだによく分からない。けれどこの屋敷で誰もが俺をそう呼ぶし、気がつけばそれが俺の名前になっていた。
俺がこの屋敷に辿り着いたのは、母親とはぐれたことがきっかけだった。ほんの子猫のころ、母親に咥えられてどこかへ引っ越す途中だったはずだ。だが気がつけば縁側の下に取り残され、一人きり。凍えるほど寒い朝で、二日も乳にありつけず、鳴くしかできなかった。声が枯れるまで泣きわめき……正直、そのまま死ぬと思った。
けれど、そこに現れたのが蓮と柴だった。
廊下を掃除していた二人が俺の声を聞きつけ、拾い上げてくれたのだ。あの日の温もりを、今でも覚えている。あれがなければ、俺はここにいない。
それからなんやかんやで俺は「組猫」としてこの屋敷に住むことになった。名前は、蓮が付けた。ダサすぎて泣きそうだが弟分のラーメンの方がダサいので我慢してる。拾ってくれたのはありがたいんだかふざけた名前を付けやがってと今でも根に持っている。
飼育責任者は蓮と柴。だが実際は屋敷の誰もが俺を世話してくれる。
正直に言うと、一度だけ屋敷の柱で爪を研いだことがある。だが硬すぎて手応えが悪く、やっぱり庭の木が一番だった。トイレも一度だけ畳の上でやった。これが想像以上に気持ち悪くて、それ以来はやめた。常に足音が響く屋敷の中じゃ、落ち着いて踏ん張れる気もしない。
その点、庭は最高だ。四季折々の景色に、池では大ぶりの鯉が悠々と泳ぐ。鹿威しもあれば、手入れされた植木もある。俺がそこに用を足しても、すぐに組員が掃除してくれる。まさに猫天国である。
ここから少し歩けば猫の集会所があるのだがそこで俺はいつも羨ましがられる存在なのだ。正に貴族猫、暮らしはもはや王族だ。
食事も困らない。
飯時に大広間や調理場に顔を出せば、必ず何かしら貰える。調理場に柴がいる日は皆がピリついて何もくれないが、そのときは蓮がこっそりおやつを差し出してくれる。もっとも、すぐ柴にバレて小言を浴びる羽目になるのだが。
俺が特に目をつけているのは、スキンヘッドで大柄な森内だ。見た目は一番いかついが、実は一番甘い。俺にとってはカモそのもの。森内の部屋にはいつもおやつが用意されていて、「うどん、お前は可愛いなぁ」と鼻の下を伸ばしながら缶詰を開けてくれる。缶を開けるパチンという音、あれを聞くと条件反射で尻尾が揺れる。
幹部の部屋は東西南北の棟に分かれていて、それぞれが本家の中央棟に繋がる廊下近くに配置されている。その性質上、森内のいる東棟は國松組出身の組員が多く住んでいる。シノギで居ないやつも多いが常に50人はいるはずだ。
蓮と暁臣の部屋は一番日当たりが良く、庭も見える上等な場所だ。その上階には暁臣の執務室がある。たまに忍び込むが、基本タバコ臭いし、彼が不機嫌な時は本気で怖い。先日は血塗れの組員が床に転がっていて、その背中の上に暁臣が腰をかけ、煙草を吸っていた。道理に外れたことをしたのでお仕置後だったらしい。あの光景を見て、俺は「だから暁臣ら蓮をこの部屋に入れたがらないのか」と妙に納得してしまった。
俺の一日はだいたい、缶詰をどれだけ効率よく手に入れるかで動いている。今日だけで四つ目だ。
朝は雅也の部屋で一缶。昼は柴から一缶、わざとラーメンの餌を奪うフリをするのがコツだ。
三つ目は蓮の部屋。あそこに暁臣が入って三十分くらい過ぎると近づくだけで生臭ぇ匂いが漂い始める。
タイミングを見計らって襖をこじ開けると、大抵は暁臣に組み敷かれた蓮がへたり込んでいる。俺はそこで思い切り鳴いてやるのだ。
鳴くタイミングも大事だ。可愛く甘えてる声で「んん、っ、暁臣、きもちぃ、もっと」と鳴いてるうちはまだ身を潜めて待て。だが蓮が「ィ゛く゛、ぁああああっ゛ゃ、も、むりぃ゛」って顔で小便を巻き散らかしながら白目をむきそうになってきたら――合図だ。
蓮は「うどんに餌やるから!」と叫んで、快楽に溺れた状態から逃げ出せる。俺はちゃっかり缶詰をもらえる。こっちは腹を満たし、向こうは体裁を保てる。まさに持ちつ持たれつってやつだ。
正直言って、蓮は昔の“綺麗なお兄さん”って雰囲気はどこへやら。今じゃ屋敷一のだらしないニートで、金と色気だけは垂れ流してる。俺からすりゃ、うまく利用できるカモでしかない。
そして今、四つ目の缶詰を森内の部屋で平らげている――これぞ俺の生存戦略だ。
この後は柳のところに行くつもりだ。
間違っても仁の部屋には行かない。
あそこは高確率で柴がいる危険地帯だ。
しかも、ただいるだけじゃない日がある。同じく生臭い匂いがする時は柴は仁に押し倒されて、緩みきった顔をする。
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