351 / 366
SECOND:太陽のような男
24 しーちゃんと誠ちゃん
しおりを挟む
「しーちゃん、何かあった? 泣きそうな顔してる」
滑り台の下から誠太郎の声がした。
その声音は、昔の“誠ちゃん”のままだった――優しくて、真っ直ぐで、馬鹿みたいに純粋で。
けれど今の柴には、それがどうしようもなく苦しかった。
「……てめぇには関係ねぇだろ」
吐き捨てるように言い、柴は滑り台を滑り降りた。
砂を巻き上げる音とともに足が地面に着いた瞬間、目の前に誠太郎が立っていた。
息を切らし、頬を赤らめ、道着の胸元からはかすかに湯気が上がっている。
夕暮れの街灯に照らされたその姿が、やけに大人びて見えた。
「しーちゃん……この匂い、オメガでしょ」
誠太郎の声は震えていた。けれど、その瞳はまっすぐ柴を見つめている。
「いい匂いする。……俺、ずっとしーちゃんのこと大好きだった。でもベータだから諦めた。しーちゃんの事が大好きなのはそれは今も変わらない」
その言葉に、柴の呼吸が止まった。
喉が音を立てて動く。胸の奥で、鼓動が速くなる。
風が吹き抜けるたびに、空気の中に甘い匂いが広がっていく――自分のフェロモンだ。
分かっているのに、止められない。
「っ……俺は、お前のことを性的対象として見てねぇ」
絞り出すような声だった。
けれど誠太郎は怯まない。
むしろその瞳は、幼い頃に泣きながら拳を握りしめていたあの頃と同じくらい真剣だった。
「うん、知ってるよ」
穏やかに笑い、誠太郎は柴のポケットに手を伸ばした。
「とりあえず薬、飲もう? 今は……飲んでる?」
「……飲んでねぇよ」
その答えを聞いた瞬間、誠太郎の動きは早かった。
ためらいもなく、柴の右ポケットに手を突っ込み、抑制剤の小瓶を取り出す。
そして、手慣れた動作で錠剤を一粒、柴の唇の隙間に押し込んだ。
「っ……お前、何勝手なこと……!」
「知ってるんだ、しーちゃんが“隠したいもの”はいつも右ポケットだって」
誠太郎は微笑んだ。
その笑顔は優しいのに、どこか切実で、懐かしい匂いがした。
柴は反射的に誠太郎の手を払いのけたが、遅かった。
薬は舌の上で苦く溶けていく。
身体の熱がわずかに鎮まる気がして、同時に心の奥がざらついた。
「……泣き虫誠太郎はどこ行った」
「だって……俺、今でもしーちゃんのこと――お嫁さんにしたいんだ」
誠太郎はまっすぐにそう言った。
それは冗談でも、懐かしさでもない。
目の奥に宿る熱が、それを証明していた。
風が止まり、世界が一瞬、静止したように思えた。
街灯の光が二人の間を照らし、漂う甘い匂いだけが現実を繋ぎ止めている。
柴は何も言えなかった。
ただ、息を吸うたびに、誠太郎の声と体温と――“しーちゃん”という呼び名が胸の奥で疼いた。
「……俺は、お前の気持ちには答えらんねぇ」
ようやく絞り出した言葉だった。
それを口にした瞬間、柴の胸の奥で何かが小さく軋む音がした。
目の前の幼馴染――間宮誠太郎は、昔と同じように“しーちゃん”と呼んだ途端、まるで時間を巻き戻したような顔をした。
どこか拗ねたようで、懐かしい。けれど、もうあの頃には戻れない。
道場の方から、子どもたちのにぎやかな声が響いてきた。
練習が終わったらしい。
掛け声と笑い声が重なり、夕焼けに溶けていく。
「……じゃあな。俺、チビどもの迎えに来てんだ。お前と喋ってる暇はねぇ」
柴はそう言って、ママチャリのハンドルを掴んだ。
押し歩こうとした瞬間、背後から誠太郎の足音が追いかけてくる。
「ねぇ、連絡先だけ交換してよ! 消えちゃったんだ」
振り返らずに柴は短く答える。
「違ぇよ。俺がブロックしたんだよ」
「……そっか。でもさ、もう一回だけ交換しよう?
もう“好き”とか言わないから。
ただ……また会いたい時に、ちゃんと連絡取れるようにしたいだけなんだ」
その声が少し震えていた。
夜風が吹き抜け、道着の裾がかすかに揺れる。
それでも誠太郎は一歩も引かなかった。
子どもの頃、泣きながらも絶対に諦めなかったあの時と同じ顔で、まっすぐに柴を見つめている。
柴は舌打ちをし、ポケットからスマホを取り出した。
「……ほんっとにしつけぇな」
画面に映る誠太郎の指が、かすかに震えていた。
連絡先を交換する音が、小さく“ピッ”と鳴る。
それだけの行為なのに、やけに心臓の音が大きく響いた。
「……これで最後だ。二度と“好き”なんて言うなよ」
柴が言うと、誠太郎は少しだけ笑った。
その笑顔は、あの頃と何一つ変わっていなかった。
「うん。約束するよ、しーちゃん」
そう言ったその声は、どこか切なく、少しだけ大人びていた。
街灯の光の下、二人の影が長く伸びて重なり――そしてすぐに離れた。
誠太郎はいつも柴の太陽だ。それも弱くてどうしようも無い太陽だった。
滑り台の下から誠太郎の声がした。
その声音は、昔の“誠ちゃん”のままだった――優しくて、真っ直ぐで、馬鹿みたいに純粋で。
けれど今の柴には、それがどうしようもなく苦しかった。
「……てめぇには関係ねぇだろ」
吐き捨てるように言い、柴は滑り台を滑り降りた。
砂を巻き上げる音とともに足が地面に着いた瞬間、目の前に誠太郎が立っていた。
息を切らし、頬を赤らめ、道着の胸元からはかすかに湯気が上がっている。
夕暮れの街灯に照らされたその姿が、やけに大人びて見えた。
「しーちゃん……この匂い、オメガでしょ」
誠太郎の声は震えていた。けれど、その瞳はまっすぐ柴を見つめている。
「いい匂いする。……俺、ずっとしーちゃんのこと大好きだった。でもベータだから諦めた。しーちゃんの事が大好きなのはそれは今も変わらない」
その言葉に、柴の呼吸が止まった。
喉が音を立てて動く。胸の奥で、鼓動が速くなる。
風が吹き抜けるたびに、空気の中に甘い匂いが広がっていく――自分のフェロモンだ。
分かっているのに、止められない。
「っ……俺は、お前のことを性的対象として見てねぇ」
絞り出すような声だった。
けれど誠太郎は怯まない。
むしろその瞳は、幼い頃に泣きながら拳を握りしめていたあの頃と同じくらい真剣だった。
「うん、知ってるよ」
穏やかに笑い、誠太郎は柴のポケットに手を伸ばした。
「とりあえず薬、飲もう? 今は……飲んでる?」
「……飲んでねぇよ」
その答えを聞いた瞬間、誠太郎の動きは早かった。
ためらいもなく、柴の右ポケットに手を突っ込み、抑制剤の小瓶を取り出す。
そして、手慣れた動作で錠剤を一粒、柴の唇の隙間に押し込んだ。
「っ……お前、何勝手なこと……!」
「知ってるんだ、しーちゃんが“隠したいもの”はいつも右ポケットだって」
誠太郎は微笑んだ。
その笑顔は優しいのに、どこか切実で、懐かしい匂いがした。
柴は反射的に誠太郎の手を払いのけたが、遅かった。
薬は舌の上で苦く溶けていく。
身体の熱がわずかに鎮まる気がして、同時に心の奥がざらついた。
「……泣き虫誠太郎はどこ行った」
「だって……俺、今でもしーちゃんのこと――お嫁さんにしたいんだ」
誠太郎はまっすぐにそう言った。
それは冗談でも、懐かしさでもない。
目の奥に宿る熱が、それを証明していた。
風が止まり、世界が一瞬、静止したように思えた。
街灯の光が二人の間を照らし、漂う甘い匂いだけが現実を繋ぎ止めている。
柴は何も言えなかった。
ただ、息を吸うたびに、誠太郎の声と体温と――“しーちゃん”という呼び名が胸の奥で疼いた。
「……俺は、お前の気持ちには答えらんねぇ」
ようやく絞り出した言葉だった。
それを口にした瞬間、柴の胸の奥で何かが小さく軋む音がした。
目の前の幼馴染――間宮誠太郎は、昔と同じように“しーちゃん”と呼んだ途端、まるで時間を巻き戻したような顔をした。
どこか拗ねたようで、懐かしい。けれど、もうあの頃には戻れない。
道場の方から、子どもたちのにぎやかな声が響いてきた。
練習が終わったらしい。
掛け声と笑い声が重なり、夕焼けに溶けていく。
「……じゃあな。俺、チビどもの迎えに来てんだ。お前と喋ってる暇はねぇ」
柴はそう言って、ママチャリのハンドルを掴んだ。
押し歩こうとした瞬間、背後から誠太郎の足音が追いかけてくる。
「ねぇ、連絡先だけ交換してよ! 消えちゃったんだ」
振り返らずに柴は短く答える。
「違ぇよ。俺がブロックしたんだよ」
「……そっか。でもさ、もう一回だけ交換しよう?
もう“好き”とか言わないから。
ただ……また会いたい時に、ちゃんと連絡取れるようにしたいだけなんだ」
その声が少し震えていた。
夜風が吹き抜け、道着の裾がかすかに揺れる。
それでも誠太郎は一歩も引かなかった。
子どもの頃、泣きながらも絶対に諦めなかったあの時と同じ顔で、まっすぐに柴を見つめている。
柴は舌打ちをし、ポケットからスマホを取り出した。
「……ほんっとにしつけぇな」
画面に映る誠太郎の指が、かすかに震えていた。
連絡先を交換する音が、小さく“ピッ”と鳴る。
それだけの行為なのに、やけに心臓の音が大きく響いた。
「……これで最後だ。二度と“好き”なんて言うなよ」
柴が言うと、誠太郎は少しだけ笑った。
その笑顔は、あの頃と何一つ変わっていなかった。
「うん。約束するよ、しーちゃん」
そう言ったその声は、どこか切なく、少しだけ大人びていた。
街灯の光の下、二人の影が長く伸びて重なり――そしてすぐに離れた。
誠太郎はいつも柴の太陽だ。それも弱くてどうしようも無い太陽だった。
29
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
分厚いメガネ令息の非日常
餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」
「シノ様……素敵!」
おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!!
その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。
「ジュリーが一番素敵だよ」
「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」
「……うん。ジュリーの方が…素敵」
ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい
「先輩、私もおかしいと思います」
「だよな!」
これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
若頭の溺愛は、今日も平常運転です
なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編!
過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。
ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。
だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。
……俺も、ちゃんと応えたい。
笑って泣けて、めいっぱい甘い!
騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー!
※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる