アホホスト借金地獄の末に漁船か臓器か性奴隷か、もちろん性奴隷です

犬っころ

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一章

39

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仁は、片膝をつくようにして蓮と目線を合わせ、低い声でぽつりと口を開いた。
その声音には、いつもの厳しさとは違う、どこか苦いものが混ざっていた。

「……悪かったな。あの状態で風呂場まで歩かせるのは、正直ちっとキツイだろうし……」

一拍置き、視線をわずかに逸らす。

「……それに、ここだけで話したいことがあったから、俺たちでここまで来たんだ。」

仁の声は落ち着いていたが、その奥底には迷いと責任感が滲んでいた。
森内も柳も、無言のまま立っていたが、二人の視線が一瞬だけ蓮に向けられる。
どちらの顔にも、申し訳なさや気まずさがはっきりと浮かんでいた。
森内は軽く顎を引き、柳はわずかに眉を寄せて視線を伏せる――その仕草だけで、二人の胸中が痛いほど伝わってくる。

蓮は、布団に沈み込んだ身体をゆっくりと動かした。
全身の筋肉が鉛のように重く、まるで自分の体が自分のものではないような感覚があった。
それでも意地で、腕に力を込め、上半身を起こそうとする。

「……ぅ、っ……!」

腰に力を入れた瞬間、砕けるような鋭い痛みが背骨を走った。
思わず布団の端を握りしめ、歯を食いしばる。
背中から腰にかけての鈍い痛みが、波のように何度も押し寄せてくる。
昨夜の無茶な体勢と、容赦のない行為の記憶が、痛みと共に鮮明に蘇る。

やっとのことで上体を起こした蓮は、額にじわりと浮かんだ汗を袖で乱暴に拭った。
喉は焼けるように乾き、呼吸のたびに腫れた粘膜がひりつく。
唾を飲み込もうとしても、ごくりと喉が鳴るだけで、痛みが先に走る。

「……とりあえず、飲み物……下さい。」

かすれた声は弱々しく、けれどわずかに残る意地が、言葉の端々に滲んでいた。
目の奥には、必死に気丈であろうとする光が揺れている。

森内と柳は一瞬だけ目を合わせ、互いに何も言わずに視線を落とした。
二人の沈黙は、同情と無力さを同時に孕んでいる。実は器用そうに見える柳が一番不器用で森内もそれに次ぐ不器用なのだ。必然的にこの場で茶を入れるのが一番上手いのは仁だった。現在、豪華な高級老人ホームで余生を過ごしてはいるがまだまだ元気な先代組長も仁の入れる茶やコーヒーを楽しみにしていた。

仁は「そういやそうだった」と言わんばかりに無言で立ち上がる。
畳の上で静かに足音を殺しながら、部屋の隅に置かれていた漆塗りの盆へと向かう。
そこには、檜の香りをほのかに纏った急須と、陶器の湯呑みが並べられていた。
光沢を放つ深緑の急須は、持ち手や注ぎ口まで精巧な細工が施され、手に取るだけで高級感が伝わる。

仁は無駄のない動作で急須を持ち上げ、湯の温度を確かめるように軽く傾けた。
指先から伝わる重みや質感――どれもが桐生会本家ならではの贅沢さを感じさせた。
2次団体の事務所ではまずお目にかかれない代物だ。全て一見さんお断りの気難しい主人が一つ一つ作り上げている。

仁の背中からは、緊張と責任の重さがにじみ出ているようで、森内と柳はただ静かに立ち尽くし、何も言わずにその様子を見守っていた。

仁は湯の温度を確かめるように急須を軽く傾け、深緑の釉薬が艶やかに光る湯呑みに静かに茶を注いだ。
注がれるお茶は、上品な香りと共に淡い緑色の湯気を立て、部屋の空気をわずかに和らげる。

茶を受け取った森内は、一度だけ小さく息を吐き、視線を落としたまま膝でにじるように蓮の前へと進む。
その仕草は、仁や柳と同じく、真城にそっくりだった。

差し出された湯呑みは、漆塗りの盆に置かれた時よりも、なぜかずしりと重く感じられる。
森内は湯呑みを持ったまま、蓮の目を一度だけ見て、言葉を選ぶように口を開いた。

「……真城の兄貴を、嫌わないでくれ。」

声は驚くほど低く、けれど真剣で、迷いがなかった。

「……あの人、不器用なだけなんだ。」

それだけを言い切ると、森内は湯呑みをそっと蓮の手元に差し出した。

顔には余計な感情を出さず、ただひたすらに言葉を届けるためだけの真剣な表情だった。

蓮はわずかに躊躇しながらも、震える指先で湯呑みを受け取った。
陶器の温もりがじんわりと掌に伝わり、乾いた喉が一層その熱を求める。

横で立っていた柳は、森内の言葉に頷くでもなく、ただ視線を落とし続けている。
だが、その沈黙が、同じ思いを共有していることを雄弁に物語っていた。

蓮は湯呑みを両手で包み込み、少し視線を落としたまま口を開いた。
掠れた声には、疲労と決意が入り混じっている。

「……そんな事、気にしてないっすよ。
俺は――弟の治療費のために、ここにいるだけですから。」

短く、しかしはっきりとした言葉だった。
森内と柳、そして茶を注いでいた仁は、一瞬だけ顔を見合わせる。

やがて森内が低い声で続けた。

「……ここ最近、立て込んでて真城さんの機嫌が悪いんだ。」

柳も頷き、迷うようにしながら口を開く。

「だから……もし、また同じようなことがあったら、俺たちの部屋に逃げてこい。…庇ってやる。」

その言葉には、重い覚悟が滲んでいた。
桐生会という組の中で、真城という絶対的な存在に逆らうことが、どれほどの意味を持つか――蓮は痛いほど理解していた。

――親が黒と言えば、白でも黒になる世界だ。
その親を裏切る行為を、目の前の三人にさせたくない。

だから、蓮は軽く笑って見せ、わざと肩の力を抜いた調子で言った。

「……そん時は、一緒に怒られましょうね。」

声の端に冗談めいた響きを混ぜ、頼る気など全くないことを示すように。
その言葉に、三人は返事をせず、ただ小さく息を吐いた。
彼らの表情には、諦めと、それでも放ってはおけないという複雑な感情が同居していた。

仁、森内、柳――三人は、互いに重い視線を交わした。
その目には、普段の無表情や強張った態度からは見えないほどの、深い葛藤と迷いが滲んでいた。
全員が、同じことを考えている。だが、その言葉を口にするのはあまりにも重い。

やがて仁が、深く息を吸い込んだ。
胸の奥から吐き出すように、静かだが決して揺るがない声で口を開く。

「……そして、ここからは――俺たち三人からの、頼みだ。」

その一言だけで、部屋の空気がさらに張り詰める。
森内も柳も、背筋を伸ばし、黙ったまま仁の言葉を待った。

仁は一度だけ瞼を閉じ、まるで覚悟を固めるように短く息を吐く。
そして、蓮をまっすぐに見据えて言った。

「……真城さんを、眠らせてほしい。」

蓮は、その言葉の意味を理解できず、息を止めたまま固まった。
森内と柳は、仁の言葉を肯定するように小さく頷く。

仁は視線を落とし、唇を噛みしめるようにして続けた。

「……1年くらい前から、不眠で――ほとんど寝ちゃいねぇんだ。」

声は淡々としている。だが、その響きには焦燥と無力感が滲んでいた。
森内が仁の言葉を引き継ぐように、低く落ち着いた声で付け加える。

「ここ最近は、特にだ。立て込んでて、仕事も……あの人自身の負担も、もう限界に近い。」

柳は膝の上で手を握りしめ、伏せた視線のまま短く吐き出した。

「……薬で無理やり眠らせるなんて、絶対したくねぇ。そんな真似は、あの人が一番嫌がる。」

「だから――」仁が静かに言葉を重ねる。「頼む。お前から説得してくれ。」

三人の声は、どれも決して強いものではなかった。
だが、その弱々しさがかえって、この頼みの重さを突きつけていた。

桐生会という組で、誰よりも恐れられ、誰よりも尊敬される男――真城暁臣。
その男の弱さを、ここまで切実に口にするのは、彼らにとってどれほどの覚悟がいることか。

蓮は、手に持った湯呑みをじっと見つめたまま、黙り込んだ。
湯気が細く立ち上る。湯の中で揺れる影を見ながら、心の奥底で渦を巻くものを抑えきれない。

そして妙に納得出来るものがあった。
やっぱりか、という感じだ。毎朝、隣に真城の気配は無い上に眠った痕跡もない。
どこかでここは真城本人の部屋だと聞いていた。なのに肝心の部屋の主人はほとんど帰ってこない。
もし仮に夜中に眠れなくて散歩でもして部屋に戻ってくるとしたらいくら蓮でも気がつく

「三人も説得したんすよね。……それで無理なら、もう薬しか方法ないと思いますよ。」

蓮がそう口にし、言葉を継ごうとした瞬間だった。
「だから、無理です」と告げる前に、仁の低い声がそれを遮る。

「――雅也の面会謝絶が、四日後に終わる。もし真城さんが眠れたら、俺たちが責任持って真城さんを説得する。護衛も、俺たち三人で交代で付く。……だから、頼む。」

その「頼む」という言葉に合わせるように、仁と森内、柳が同時に深々と頭を下げた。
畳に額が付きそうなほどの、決死の願いだった。

兄貴思いのいい弟分だ。
ここまで尽くしてくれる身内がいることに蓮は少し羨ましくなった。

蓮は三人の姿を見下ろし、湯呑みを手の中で転がす。

――今のままじゃ、面会謝絶が解けたって、雅也に会いに行けやしない。そもそも勝手にこの屋敷から出たら雅也が危ない。
でもこの三人が協力するってんなら、利用しない手はない。

蓮の中で答えはもう決まっていた。

急須を手に取り、湯呑みいっぱいに茶を注ぐ。
一口含んで喉を湿らせ、口元を着流しの袖で雑に拭った。

そして、その湯呑みを仁へと突き出す。

「……仁さん、これ受け取ってパチこいたらマジで許さん――暁臣に、今あったこと、ぜーんぶチクるっすからね。森内さんも柳さんも一緒です。ついでに、あることないことも吹き込みます。」

にやりと笑う蓮の顔は、どこか挑発的で、肝の据わった色をしていた。

仁は目を細め、鼻で笑った。

「……っ、本物のヤクザと杯交わそうってか。お前……思ったより肝が座ってんな。いいぜ、やってやる。」

仁が湯呑みに手を伸ばしそれを受け取るとそれをごくりと一口飲んだ。
そしてそれを蓮に突き返す。

蓮は再びそれを受け取り、また一口。
次に森内が一口含み、再び蓮へ。
最後に柳が飲み、また蓮の手に戻る。

ヤクザにとってどんなにちゃっちぃ盃でもそれは単なる酒のやり取りではない、極めて重い意味を持つ。
蓮は最近この事を学び、約束事を取り付けるならこれが一番手っ取り早いと判断した。

三三九度にしてはお粗末極まりない。
酒でもなければ、盃の数すら足りない。
だが――この場にいる四人にとって、それで十分だった。

蓮は最後の一滴を飲み干すと、口元を袖で拭い、仁、森内、柳の顔を順番に見た。
三人の視線には、それぞれ違う色の決意が宿っている。

――利用し合ってやる。

でも、それだけじゃない。
ここで交わしたこの茶の味だけは、一生忘れないだろうと、蓮はぼんやりと思う。











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