上 下
1 / 16

第1話「戦女神と地球の少女」

しおりを挟む
 俺の名はマルス。
 最近18歳になったばかりの、しがない冒険者だ。
 ちょっと思い込みが強いと人に言われるけど、俺はそんなこと無いと思ってる。

 今は森の中、一人で日課の早朝訓練をしているところだ。
 毎朝3時間の訓練を欠かさずやっているけど、いまいち強くなれないんだよな。

「フッ! ハッ!! フン!」
 
 俺は剣を振る。
 一振り一振り集中して素振りをする。

 ふう……。

 素振り1000回終了と……。

 他の冒険者よりも訓練の時間は多いと思うんだけどなあ。
 どうも剣技が向上しない。

 そんな俺はいまだにDランク冒険者だ。
 冒険者ランクは、上からS、A、B、C、D、Eの6ランク制だ。
 Eが初心者ランクだから、Dは実質一番下なんだよな。

 俺は、昇格試験も5回連続で落ちていて、周囲から万年Dランク冒険者と馬鹿にされることもある。

「俺、剣の才能無いのかなあ……」

 ついぼやいてしまった。

 一向に剣の技術が上がる気配は無いし、弓や槍もからっきしだ。
 最近は、年下の冒険者にも抜かれたりしてるから、なおさらへこむ。
 みんなが夜飲みに行ってるときも鍛えてるんだけどなあ。

「はぁ~…………。だめだめだな、俺……」

 冒険者の道はあきらめて、農家でも始めようかな……。

 ……いや、まだ諦められない。
 そんな簡単に諦められるなら、初めから冒険者を目指したりなんかしていない。

 訓練の時間が足りてないんだ!

 今の訓練量を倍にしてあと一年、あと一年だけ頑張ってみよう!

 その時、頭の中に女の子の声が響いてきた。

『才能が無いなんて、そんなことないのじゃ』

 その声は幼いのに、しゃべりかたはひどく歳を感じさせるものだった。

「ついに、幻聴がきこえるようになるとは……。いろいろとヤバいな……」

 いろいろと精神的に追い詰められてるのかもしれない。
 しかも女の子の声で、自分を慰める言葉を言わせるとか……、ヤバいな。

『幻聴ではないのじゃ! わらわは戦女神ミネルヴァじゃ』 

 周りに人は居ないし、ちょっと幻聴に付き合ってやるか。
 気分転換するのにちょうど良い。

「その戦女神様がどうしたのさ? 俺に剣の才能が無いことは、認めたくないけど……、事実だろ?」

 言ってて悲しくなる。
 それに見てる人がいたら、ブツブツ独り言を言ってる危ない男だ。

『むう……、妾の存在を信じないのは腹が立つがまあ良いのじゃ』

 こんな舌ったらずな戦女神がいてたまるかよ……。
 俺の不満をよそに女神ミネルヴァは続ける。

『お主はちょっと変わっててな、たくさん訓練しても剣の技術がほとんど上がらないのじゃ』

「ああ……、やっぱり才能ないってことじゃんか」

『そっちの方の才能はな。お主はそれを補って余りあるほど、ある才能を持ってるのじゃ』

 幻聴だと分かっていても、才能を持ってると言われると嬉しいものだ。

「それで、俺はどんな才能を持ってるんだ?」

『お主は、武器や道具の潜在力ポテンシャルを引き出す才能が超一流なのじゃ』

「武器や道具の潜在力ポテンシャルを引き出す才能?」

 どういうことだ?
 悔しいけど、俺は剣を上手く扱えてはいない。

『そうじゃな……。もし、魔剣とか聖剣とかを扱わせたら、お主は歴史に名を残すことになるじゃろう』

 その後、ミネルヴァから詳しく話を聞いて、彼女の言いたいことがやっと分かった。
 俺はミネルヴァとの話に夢中になっていて、いつの間にか幻聴とかそんなことはどうでも良くなっていた。

 どうやら、俺が今までやっていた訓練は、“アイテムの潜在力ポテンシャルを引き出す力”をひたすら鍛えるものだったらしい。
 それで剣技とか剣の技術・・の訓練には全くなっていなかったらしい。

 複雑な気分だ……。
 剣技の訓練をしていたつもりが、変な能力を鍛えることになっていたというのは。
 ミネルヴァが言うには、その変な能力を尋常じゃないほど鍛えていたらしい。
 彼女曰く「結果が出てないのに、よくまああそこまで過酷な訓練を続けられるものじゃ」とのことだ。

 剣の才能があったりする上位ランクの冒険者でも、俺ほど潜在力ポテンシャルを引き出す力はないらしい。

 俺がいつも使ってる普通の剣は、そもそも潜在力ポテンシャルが小さすぎて、力を引き出そうにも引き出すものが小さすぎて、強さを発揮できないという。

 俺と上位ランクの冒険者が、お互い同じ魔剣を持って戦ったら、俺が勝つらしい。
 魔剣という潜在力ポテンシャルの大きいものなら、その力を十分に発揮して戦えるとのことだ。
 
 いまいち信じられない。
 それに……。

「でも、結局は魔剣や聖剣なんか手に入らないんだから、何も変わらないだろ?」

 そんな希少で高価なものは、しがない冒険者の俺には手に入れられない。
 だったら、今までと何も変わらないのではないだろうか。
 
 ああ……、やっぱり農家になろうかな。

『それがじゃな……。これからちょうど良いことが起こるのじゃ』

「ちょうど良いこと?」

『まあすぐにわかる。そうじゃ! 妾はお主のことが気にいったから、加護をあげるのじゃ』

 ミネルヴァの言葉と同時に、俺の体が光に包まれる。
 光は俺の体に入っていくように、すぐに消えた。

「加護ってなんだ?」

『戦女神の加護じゃ。欲しがる人間は多いけど、なかなかあげないものじゃ。凄いじゃろ~? 敬えよ~』

「そうなのか? それでこれって何が変わるんだ?」

『ムッフッフ。お主の持つ“アイテムの潜在力ポテンシャルを引き出す力”が数段増すのじゃ。特に地球産のアイテムの潜在力ポテンシャルを引き出す力は、相性が良いゆえ恐ろしいほど強力になるのじゃ』

「ちきゅうさん?」

『そうじゃ。地球とは別の星……って言っても分からないな。別の世界のアイテムのことじゃ』

 ちょっと混乱してきた。
 別の世界って何だ?

「別の世界がどうしたんだ?」

『まあ、百聞は一見にしかずじゃ。妾の加護もあるし、見れば感覚的に分かるはずじゃ。それじゃ、またな~』

「ちょっと! お~い!!」

 勝手に声をかけてきて、勝手に去っていった。
 一体何だったんだ……。
 分からないことだらけだ。

 でも、今はもう幻覚では無かったと思う自分がいる。
 加護をくれたらしいけど、確かに体に力が湧いてくる気がする。

 その時、急に目の前の空間がグニャリとゆがんだ。
 俺が何も反応できないでいると、その空間のゆがみは少女を吐き出した。
 その後すぐに空間のゆがみは収まっていった。

「あれ? ここは??」

 目の前の空間から黒髪の少女が現れた。

 俺よりいくらか年下に見える少女は、キョロキョロと周囲を見回している。
 髪色が黒というのは珍しく、来ている服も見たことのないものだ。

 ただ、なぜかその少女には見とれてしまう可愛らしさがあった――。  
しおりを挟む

処理中です...