東京の空の下 ~当節猫又余話~

月夜野 すみれ

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第四章

第四章 第二話

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「雨月の言うことは聞くんだな」
 十六夜が言った。
「無月って言うのは私にちなんで名付けられたのよ。無月が生まれる前、朔夜と私は付き合ってたから」
 となると、おそらく〝望〟や〝十六夜〟もだろう。

 もしかして朔夜は祖母ちゃんに未練たらたらなんじゃ……。

「じゃあ、無月さんのお母さんはお祖母さん?」
 雪桜が訊ねた。
「いいえ、無月の母親は大天狗の暁よ」
「あ、そっか。無月さんは完全な大天狗って言ってたんでしたね」
「祖母ちゃんってどれくらい生きてるんだ?」
「化生になる前のことは覚えてないわね。化生になったのは江戸城が造られ始める少し前よ」

 という事は四百年くらいか。
 広大な関東平野の真ん中にいても冬になれば遠くの山が見えた時代だ。
 春から秋に掛けては木々の葉で目隠しされてしまうので丘の上に登っても見るのは難しいと言っていた。

 あれは昭和の話ではなく明治時代より前のことだったのか……。

「あれ? じゃあ、もしかして蛍を見たって言うのも戦後じゃなくて……」
「源蔵さんと知り合った頃にはもういなかったから終戦よりもずっと前ね。大正とか明治とか」
 現代でも地平線の辺りというのは建物に遮られてない場所でも木々の葉で隠れてしまってビルの高層階に登らないと関東山地は見えない。

 俺は、狐の雨月が俺の祖母ちゃんになる前の長い歳月を思った。
 その中には朔夜や無月との交流もあったのだろう。

 その時、
「こら!」
 大声に驚いて振り返った。
 壮年の和服の男性が腕組みをして険しい顔で立っていた。

「ああ、根岸の」
 祖母ちゃんがそう言ったということはこの男性も人間ではないのだ。
「十六夜! こんなところで何をしておる!」
「な、何って兄に会いに……」
 十六夜がたじろいだ様子で答えた。
 どうやら十六夜は根岸の化生には頭が上がらないらしい。

何用なにようか」
「あ、山の長になったから異論はないかぼうに聞きに……」
「異論ないか」
 根岸の化生が高樹に訊ねた。
「ない」
 高樹が即答する。
「その言葉に偽りはないな」
「ない。俺に父親はいないし、『ぼう』なんて名前でもない。俺の名前は『のぞむ』だ。こいつらも山も俺とは無関係だ。この先も一生関わる気はないし、こいつらにも関わってきて欲しくない」
 高樹がきっぱりと言い切った。
 男性は十六夜の方を向いた

「聞いたとおりだ。ぼうはこの土地の人間だ。山とは関係ない。分かったらさっさと帰れ」
 化生の言葉に十六夜が反論し掛けたが、
「十六夜、無月にも言ったけどここはあんた達の土地じゃない。ここの天狗が出ていけというなら従いなさい」
 祖母ちゃんが言った。

「天狗!?」
「新宿に天狗が!?」
「孝司、綾さんが根岸って言ってたよ」
 秀が冷静に突っ込んできた。

 相変わらず動じないヤツだな……。

 根岸って上野の辺りだから東京の、それも二十三区内だぞ。

 高尾山ならまだしも二十三区内に天狗がいるとは……。

飯綱権現いづなごんげん様のお顔に泥を塗るような真似はつつしめ!」
 根岸の天狗に叱り付けられた十六夜は渋々帰っていった。
 十六夜がいなくなると天狗の姿も消えた。
 文字通り消えたのだ。

 さすが天狗……。

「飯綱権現って言うのは……」
「山岳信仰の対象ね。大天狗は飯綱権現の使いだから。今の根岸の天狗も大天狗なのよ」
「都内に天狗がいたんですね」
 雪桜も驚いた様子で言った。
「天狗って言うのは高い木に住むから大木があるところには割といるわよ」
「東京でも?」
「昔は今よりも大きな樹が沢山あったから。街中をそまが歩いていたくらいだし」
「そま?」
「今で言うきこりよ」
 祖母ちゃんの答えに雪桜が感心したような表情を浮かべていた。

 みんなと別れた後、俺は家に帰る気にはなれず近くの公園へ行った。
 何をするでもなくブランコに座り込んでいた。
 俺は無月に手も足も出なかった。
 友達が襲われてたのに。

 無力感にさいなまれていると、
「こーちゃん」
 と言う声がした。
 顔を上げると雪桜が立っていた。

「なんだ。どうした?」
「ほら、これ」
 雪桜はそう言うと古びた下手くそな木の箱を差し出した。
 昔、俺が作ってやった小物入れだ。
 まだ小学生の時だったからすごく不格好だ。
 作るのにかなり苦労したことだけはよく覚えている。
 釘を打つ時に何度も指を叩いてしまった。
 あれは痛かった。
 雪桜のためでなかったら途中で放り出してただろう。

「まだこんなの持ってたのかよ。いい加減捨てろ。今度もっと可愛いの買ってプレゼントするよ」
 俺が手を出そうとすると、雪桜は箱を引っ込めた。
「ダメ。これはこーちゃんが作ってくれたんだから私の宝物だよ」
 雪桜はそう言って手の中の箱を見た。
「落ち込んだ時はね、これを見るの。そうすると元気になれるんだよ」
「雪桜……」
 俺が落ち込んでるのに気付いて励ましに来てくれたのか。
「サンキュ、雪桜。元気になったよ」
「ホントに?」
「ああ」
 俺がそう言って笑みを浮かべると、雪桜も笑顔を見せた。
 雪桜が心配してわざわざ来てくれたことが嬉しかった。

 雪桜がブランコに座る。

「ブランコ、こんなに低かったんだね」
「スカートの中が見えるぞ」
 俺が笑って言うと、
「嘘!」
 雪桜が慌てて立ち上がる。
「もうっ!」
 雪桜が怒った振りで拳を振り上げた。
 俺は雪桜を家に送ってから自分の家に帰った。
 雪桜のおかげで大分気が楽になった。

四月十六日 木曜日

「僕さ、今シナリオ書いてるんだ」
 登校途中で秀が言った。
「シナリオ? なんの?」
「自主制作映画の」
「あれは口実だろ」
「そうだけど、シナリオがあった方が信憑性しんぴょうせいが増すかなって思って」
 確かに演技だと思ってもらえれば少々おかしな振る舞いをしても変な目で見られることはないだろう。
『芝居だ』と言ってシナリオを見せれば何もないところに向かって何かしていても納得してもらえるはずだ。
 やはり秀としてもまた仲間外れにされるのは嫌なのだ。
 いくら一人ではないと言っても周囲から孤立しなくて済むならその方がいい。
「どんな話なんだ?」
「怪物を退治する話だよ。実際とあんまり掛け離れた話書いたら、演技とあわなくて困るでしょ」
「そうだな」
 そんな話をしてるうちに学校に到着した。

 学校に着くと秀は書き掛けのシナリオを見せてくれた。
 秀は戦えないことを気にしているのだろう。
 こうして、せめてフォローだけでもしてくれようとしているのだ。
 戦えないのが普通なのだが、戦えないのが秀だけでは肩身が狭いのだろう。
 雪桜も戦えないが、彼女はそもそも戦闘に参加していない。させるつもりもないが。
 秀は秀なりに俺達を支援する方法を考えてくれているのだ。

「面白い。続きが気になる」
 本心だった。
 ホントに面白い。
 秀に文才があるとは知らなかった。
「ありがと」
 俺がシナリオを返すと、秀は続きを書き出した。
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