9 / 40
第二章 花曇り
第三話
しおりを挟む
紘彬が考え込んでいる間、如月は窓辺によって外の様子を窺っていた。
「もう二度も襲われかけたのよ!」
「襲われかけた?」
「人気のないところを通っているとき、近付いてくる足音が聞こえたのよ」
「それで? 何かされたの?」
「二度とも人が通りかかったらどこか行っちゃったわ」
紘彬は、とりあえず女性の名前を聞くと――片山紀子と名乗った――、自分のスマホの番号を教えてお引き取り願った。
「如月、誰かいたか?」
「いえ、それらしい人物は特に」
「念のためだ。あの女性を家までつけてみろ。尾行してるやつがいたらとりあえず職務質問だ。課長には俺から言っておく」
「はい」
如月は素早く出て行った。
三十分ほどで如月が戻ってきた。
刑事部屋にいた全員が如月の方を振り返った。
団藤はホワイトボードを背に事件の捜査方針を話していた。
強盗事件は未だに解決していなかった。
コンビニ強盗が連続して起きており、上からは早く解決しろとせっつかれている。
もっともここしばらくは起きてないのだが。
「どうだった?」
紘彬の問いに首を振った。
「警察に来たことで警戒したのか、それらしい人物はいませんでした」
「そうか。じゃあ、席に着け。先を続けるぞ」
団藤はそう言うとホワイトボードに向き直った。
「紘兄、如月さん、紘一、ご飯よ」
いつものように紘一の部屋でゲームをしていると、花耶が呼びに来た。三人はコントローラーを置いて立ち上がった。
如月が初めて藤崎家に来た日、紘彬、紘一とともにゲームをやっていると、
「ご飯できたわよ」
花耶がドアを開けて顔を出した。
「あ、じゃあ、自分はこれで」
如月は慌ててコントローラーを置くと腰を上げた。
「如月さんの分も用意してあるから大丈夫よ」
花耶は微笑みながら言った。
「いえ、お邪魔した上にご馳走にまでなるわけには……」
如月は手を振った。
「遠慮しないで食ってけよ。ここんちの飯うまいぜ」
「しかし……」
「いいからいいから」
「如月さん、まだ俺との勝負ついてないし、食っていきなよ」
「如月さん、もう用意してあるから食べていって」
紘彬は遠慮している如月を引っ張るようにしてダイニングルームへと向かった。
テーブルの上には六人分の料理が用意されていた。
今日はハンバーグらしい。ソースと肉汁の混じった匂いがおいしそうで、如月は改めて腹が空いていたことに気付いた。
「すみません、お邪魔した上に……」
「気にすんなって」
「そうよ。五人も六人も手間は同じなんだから」
「有難うございます」
如月は恐縮したように肩をすぼめて頭を下げた。
如月が勧められて席に着くと、紘彬、紘一と花耶、その両親がそれぞれの席に着いた。
紘彬はいつもここで食べてるのか、当たり前のような顔をして座っていた。
食事の席は和やかだった。
「如月君だったね.紘一にはもう会ったね」
「お父さん、如月さんは紘一と遊んでくれてたのよ」
「紘一は高一って知ってたかい?」
「は、はい」
「紘一は高一なんだよ」
紘一の父晃治はもう一度そう言うと、面白くてたまらないというように大きな声で笑った。
その様子が微笑ましくて如月は思わず微笑みを浮かべた。
「お父さん、それやめてよ」
花耶が顔を赤らめて言った。
「そうだぜ、叔父さん。笑えない親父ギャグはやめろって」
「親父、如月さんがあきれてるだろ」
「いえ、そんな事は……」
如月は慌てて箸を持ってない方の手を振った。
「笑えないかなぁ」
晃治は頭をかきながら言った。
「如月さん、ごめんなさいね」
蒼沙子が笑いながら謝った。
「いえ……」
まるで絵に描いたような家族団欒の図である。
赤ん坊の頃から祖母と二人暮らしだった如月にとっては憧れていた世界と言ってもいい。
「如月さん、口に合わなかった?」
「え?」
「箸が止まってるけど……」
「あ! すみません! おいしいですよ、ホントにすごく。洋食って家で食べたことなかったものですから」
如月は慌ててハンバーグを一口サイズに切った。
「焦って食べて喉に詰まらす、なんてお約束するなよ」
紘彬が言った。
「はい」
「そう言えば、如月さんの嫌いなもの訊いてなかったわね.食べられないものはなかった?」
「大丈夫ですよ」
「アレルギーとかは?」
「ありません」
「そう、なら良かった」
「これからもこいつ連れてくるから夕食よろしくな」
「え!?」
「なんだ、嫌か?」
「そうじゃないですけど、毎回ご馳走になるなんて……」
「だから気にすんなって」
「ちゃんと如月さんの食器も用意するから大丈夫よ」
「そんな、自分は……」
戸惑っている如月をよそに花耶はどんどん話を進めていった。
「如月さん、お皿は花柄とハート柄、どっちがいい?」
「え……」
花柄とハート柄。
究極の選択のような気がする。
「花柄なら、バラの柄とチューリップの柄と……」
「花耶ちゃん、武士の情けだ。せめて葉っぱ柄にしてやれ」
「じゃあ、クローバー柄でいい?」
「はい」
恐縮しつつも、初めて家族団欒に加われると思うと胸の奥が暖かくなってきた。
それ以来、如月は紘彬とともに紘一の家に行くとご馳走になるようになった。
今日はカレーだった。
「あ、花耶ちゃんこれ」
「あ、俺も」
紘彬と如月は花耶に食費を入れた封筒を差し出した。
「はい、確かに。さ、座って」
全員が席に着くと、晃治が早速、
「華麗なカレーは辛ぇなぁ……なんてどうかな、如月君」
駄洒落を披露した。
「えっと……」
「この像は象だぞう」
「うわ、親父ギャグ」
「しかもベタ。親父、それ、昔からあったから」
「そうかぁ」
晃治が頭をかいた。
「如月さん、早く食って勝負の続きしようぜ」
「紘一、せかしちゃダメでしょ」
花耶が注意する。
「いいんですよ」
藤崎家の夕食はいつも通りの家族団欒だった。
この平和を守るためなら何でも出来る、と如月は思った。
きっと紘彬もそう思っているに違いない。
「もう二度も襲われかけたのよ!」
「襲われかけた?」
「人気のないところを通っているとき、近付いてくる足音が聞こえたのよ」
「それで? 何かされたの?」
「二度とも人が通りかかったらどこか行っちゃったわ」
紘彬は、とりあえず女性の名前を聞くと――片山紀子と名乗った――、自分のスマホの番号を教えてお引き取り願った。
「如月、誰かいたか?」
「いえ、それらしい人物は特に」
「念のためだ。あの女性を家までつけてみろ。尾行してるやつがいたらとりあえず職務質問だ。課長には俺から言っておく」
「はい」
如月は素早く出て行った。
三十分ほどで如月が戻ってきた。
刑事部屋にいた全員が如月の方を振り返った。
団藤はホワイトボードを背に事件の捜査方針を話していた。
強盗事件は未だに解決していなかった。
コンビニ強盗が連続して起きており、上からは早く解決しろとせっつかれている。
もっともここしばらくは起きてないのだが。
「どうだった?」
紘彬の問いに首を振った。
「警察に来たことで警戒したのか、それらしい人物はいませんでした」
「そうか。じゃあ、席に着け。先を続けるぞ」
団藤はそう言うとホワイトボードに向き直った。
「紘兄、如月さん、紘一、ご飯よ」
いつものように紘一の部屋でゲームをしていると、花耶が呼びに来た。三人はコントローラーを置いて立ち上がった。
如月が初めて藤崎家に来た日、紘彬、紘一とともにゲームをやっていると、
「ご飯できたわよ」
花耶がドアを開けて顔を出した。
「あ、じゃあ、自分はこれで」
如月は慌ててコントローラーを置くと腰を上げた。
「如月さんの分も用意してあるから大丈夫よ」
花耶は微笑みながら言った。
「いえ、お邪魔した上にご馳走にまでなるわけには……」
如月は手を振った。
「遠慮しないで食ってけよ。ここんちの飯うまいぜ」
「しかし……」
「いいからいいから」
「如月さん、まだ俺との勝負ついてないし、食っていきなよ」
「如月さん、もう用意してあるから食べていって」
紘彬は遠慮している如月を引っ張るようにしてダイニングルームへと向かった。
テーブルの上には六人分の料理が用意されていた。
今日はハンバーグらしい。ソースと肉汁の混じった匂いがおいしそうで、如月は改めて腹が空いていたことに気付いた。
「すみません、お邪魔した上に……」
「気にすんなって」
「そうよ。五人も六人も手間は同じなんだから」
「有難うございます」
如月は恐縮したように肩をすぼめて頭を下げた。
如月が勧められて席に着くと、紘彬、紘一と花耶、その両親がそれぞれの席に着いた。
紘彬はいつもここで食べてるのか、当たり前のような顔をして座っていた。
食事の席は和やかだった。
「如月君だったね.紘一にはもう会ったね」
「お父さん、如月さんは紘一と遊んでくれてたのよ」
「紘一は高一って知ってたかい?」
「は、はい」
「紘一は高一なんだよ」
紘一の父晃治はもう一度そう言うと、面白くてたまらないというように大きな声で笑った。
その様子が微笑ましくて如月は思わず微笑みを浮かべた。
「お父さん、それやめてよ」
花耶が顔を赤らめて言った。
「そうだぜ、叔父さん。笑えない親父ギャグはやめろって」
「親父、如月さんがあきれてるだろ」
「いえ、そんな事は……」
如月は慌てて箸を持ってない方の手を振った。
「笑えないかなぁ」
晃治は頭をかきながら言った。
「如月さん、ごめんなさいね」
蒼沙子が笑いながら謝った。
「いえ……」
まるで絵に描いたような家族団欒の図である。
赤ん坊の頃から祖母と二人暮らしだった如月にとっては憧れていた世界と言ってもいい。
「如月さん、口に合わなかった?」
「え?」
「箸が止まってるけど……」
「あ! すみません! おいしいですよ、ホントにすごく。洋食って家で食べたことなかったものですから」
如月は慌ててハンバーグを一口サイズに切った。
「焦って食べて喉に詰まらす、なんてお約束するなよ」
紘彬が言った。
「はい」
「そう言えば、如月さんの嫌いなもの訊いてなかったわね.食べられないものはなかった?」
「大丈夫ですよ」
「アレルギーとかは?」
「ありません」
「そう、なら良かった」
「これからもこいつ連れてくるから夕食よろしくな」
「え!?」
「なんだ、嫌か?」
「そうじゃないですけど、毎回ご馳走になるなんて……」
「だから気にすんなって」
「ちゃんと如月さんの食器も用意するから大丈夫よ」
「そんな、自分は……」
戸惑っている如月をよそに花耶はどんどん話を進めていった。
「如月さん、お皿は花柄とハート柄、どっちがいい?」
「え……」
花柄とハート柄。
究極の選択のような気がする。
「花柄なら、バラの柄とチューリップの柄と……」
「花耶ちゃん、武士の情けだ。せめて葉っぱ柄にしてやれ」
「じゃあ、クローバー柄でいい?」
「はい」
恐縮しつつも、初めて家族団欒に加われると思うと胸の奥が暖かくなってきた。
それ以来、如月は紘彬とともに紘一の家に行くとご馳走になるようになった。
今日はカレーだった。
「あ、花耶ちゃんこれ」
「あ、俺も」
紘彬と如月は花耶に食費を入れた封筒を差し出した。
「はい、確かに。さ、座って」
全員が席に着くと、晃治が早速、
「華麗なカレーは辛ぇなぁ……なんてどうかな、如月君」
駄洒落を披露した。
「えっと……」
「この像は象だぞう」
「うわ、親父ギャグ」
「しかもベタ。親父、それ、昔からあったから」
「そうかぁ」
晃治が頭をかいた。
「如月さん、早く食って勝負の続きしようぜ」
「紘一、せかしちゃダメでしょ」
花耶が注意する。
「いいんですよ」
藤崎家の夕食はいつも通りの家族団欒だった。
この平和を守るためなら何でも出来る、と如月は思った。
きっと紘彬もそう思っているに違いない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる