東京綺譚伝―光と桜と―

月夜野 すみれ

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第二章 出会いと再会と

第二話

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 六花が学校から帰る途中、不意に物音がした。
 建物の角からだ。
 そこは細い横道になっている。

 まさか、鬼?

 六花はポケットの中のスマホを握りめた。
 季武が鬼を見たらすぐ連絡出来るように緊急連絡用のアプリを入れてくれたのだ。
 ホーム画面のアイコンをタップするだけでいと言われている。
 押すと季武のスマホに連絡が行くそうだ。
 GPSで位置を特定出来るからえず押せと言われていた。
 後は電源さえ切らなければいらしい。

 六花が怖々こわごわ路地をのぞくと長い黒髪の人が膝をいていた。
 華奢きゃしゃ体付からだつきからして女性のようだ。

「大丈夫ですか!?」
 六花が声を掛けながら近寄った。
 その人が驚いた表情で振り向いた。

 あ!
 この前の女の子だ!

 以前、横断歩道でれ違った少女だった。

「平気。つまづいただけだから」
 女の子が答えた。

 六花が手を差し出すと女の子はその手を取った。
 彼女の手が冷たかったからか一瞬、背筋がゾクッとした。
 女の子は六花の手から顔へ、ゆっくりと視線を上げた。
 それから、そろそろと立ち上がった。
 立った瞬間、女の子がよろけて六花に倒れ込んできた。
 六花は慌てて抱き留めた。
 同性とは言え頬と頬が触れそうになるくらい近付いたせいか心拍が跳ね上がった。

「だ、大丈夫? 具合悪いの?」
なんでも無い。有難う」
 女の子はそう言って体勢を立て直した。
「ね、この前、落とし物しなかった?」
 六花が訊ねた。

「……しかして小さい巾着?」
「やっぱり!」
 六花は鞄からハンカチを取り出して開いた。
 古い布だから他の物とこすれて痛まないようにハンカチに包んでおいたのだ。

「拾ったとき追い掛けたんだけど見失っちゃって……。そこの交番に届けようと思ってたんだけど、つい忘れちゃってて。ごめんね」
「交番に行こうなんて思い付かなかったから持っててくれて良かった。有難う」
 女の子は石と巾着を受け取った。

「わたし、八田やた五馬いつまって言うの」
 女の子が自己紹介した。
「私は如月六花」
 六花も名乗りながら内心で首をかしげた。

 八田……五馬?
 なんか聞き覚えがあるような……。

何処どこの学校?」
 五馬の問いに六花が学校の名前を言った。
「何年? わたし、其処そこに転入するの。知ってる人がたら心強いから」
「三年だよ」
「良かった、同じ学年だね。学校で会ったらよろしくね」
「うん!」
 六花は笑顔で頷いた。

 翌日、六花は屋上の階段室の横で季武の隣に座り昼食を食べていた。

「ね、鬼退治って人間には絶対無理なの?」
「え?」
 季武が弁当箱から顔を上げた。
渡辺綱わたなべのつなとか、源頼光みなもとのよりみつとか、昔話で鬼退治した人、出てくるけど」
それ、俺達」
 季武が事も無げに答えた。

「え!……〝達〟って、頼光四天王全員? もしかして頼光さんも?」
 季武が頷いた。
「なんで京都で活躍してたのに東京に来てるの? 東京に鬼が出るようになったから?」
「鬼は大昔から世界中にる。俺達の任地は元々此処ここだから。の時は酒呑童子が出たから一時的に頼光様がみやこに派遣されたんだ。俺達は直属の部下だからいてっただけだ」
「そうだったんだ……」
 季武によると頼光も四天王も名前は人間界用に付けたもので本当の名前は人間には発音出来ないそうだ。

「なんで頼光さんだけ貴族だったの?」
「綱も一応貴族だった」
「あ、ごめん」
「気にしなくてい。どうせ頼光様と同じで貴族に暗示を掛けて息子だと思わせただけだ」
 季武はどうでも良さそうに答えた。

 貴族にます必要が有ったので貴族でつ武官の役職にいていた源満仲みなもとのみつなかに暗示を掛けて頼光を長男だと思わせたのだ。

「貴族の振りをしたのは貴族じゃないと入れない場所が有ったから。最初は頼光様だけだったんだが散位さんいじゃなかったから忙しくて手が回らなくなったんだ」

 散位とは官位かんいは有るが官職かんしょくいてない者である。
 官職には限りが有ったから官位を持っているからと言って官職にけるとは限らなかったのだ。

 異界の者は意識して姿をあらわさない限り人間の目には映らないのだが、当時は修行で隠形の者が〝見える〟能力ちからを身にけた人間が大勢た。
 内裏だいりなど貴族でなければ入れないような場所には修行を積んで〝見える〟人間が多かったから貴族――と言うか人間――の振りをするしかなかったのだ。
 六花が季武達に鬼から助けてもらった時も彼らは隠形だった。
 だから他の人達には鬼だけではなく季武達も見えてなかったのだ。

「じゃあ、季武君って、卜部季武うらべのすえたけ本人?」
 季武が頷いた。

 酒呑童子がホントにいて頼光四天王がそれを討伐したのが実話だったなんて!
 てことは土蜘蛛とかの話もホントなんだ。
 なんか凄い秘密を知ってしまった気がする……。

 まぁ鬼がる時点で酒呑童子も実在したのではないかと思っていたが。

「じゃあ、鬼から助けてくれたとき一緒にいたのは……」
「貞光」
碓井貞光うすいのさだみつさん!? 頼光四天王の!?」
 季武が再び頷いた。

 すごい!
 信じられない!
 頼光四天王に鬼から助けてもらっちゃった!

 夢みたい……。

 こんな幸運が自分の身に起きるなんて。

 これが夢なら醒めないで……。

のオレンジの、何?」
 季武が、感動している六花に訊ねた。
「あ、カボチャのニョッキ」
美味うまい」
「ホント!?」
 六花は更に舞い上がった。
「じゃあ、また作ってくるね!」

 そうだ!

「ね、季武君は嫌いなものある? 好きなものは?」
 六花と季武が食べ物の話をしている内に昼休みは終わってしまった。

 次の時間は体育だった。
 ロッカーから取り出そうとして体操服が切られているのに気付いた。

 また……。
 季武君に知られないようにしなきゃ。

 既に一度、破いてしまったからと言って親に買ってもらっている。
 その時、母と一緒に買いに行って値段を見た。
 中学生の小遣いで買うのは躊躇ためらわれる金額だった。
 運動部でもないのにまたやぶけたと言ったら親にあやしまれるだろう。
 ましてやそれが何度も続けば嫌がらせをされているとバレてしまう。
 親も怒るだろうし季武に知られたら彼も腹を立てるだろう。
 それはけたかった。

 体操服をロッカーの奥に押し込むと授業を休む口実を考え始めた。
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