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第二章 出会いと再会と
第三話
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放課後、六花が帰り支度をしていると、
「お前、何で体育休んでたんだ?」
季武が訊ねてきた。
「あ、体調が……」
「昼休みは元気だっただろ」
「あの、女の子の身体の……」
「そうか」
季武は納得して自分の鞄を手にした。
また季武君に嘘吐いちゃった……。
季武君、ごめんなさい。
心の中で季武に手を合わせる。
六花は罪悪感で胸が痛んだ。
折角あの後も普通に話してくれてるのに、また嘘吐くなんて……。
でも嫌がらせって知ったら怒りそうだし……。
向こうも季武を怒らせたくないらしく、彼に気付かれないような嫌がらせをしてくる。
だから六花が季武に隠せばバレない。
自分に対してではなくても他人が誰かに怒るのは嫌だし季武にも腹を立てて欲しくなかった。
私が我慢すれば済むんだし……。
季武と仲良くしている以上、妬まれるのは仕方ない。
「貞光と待ち合わせしてるんだ。中央公園まで一緒に帰らないか?」
六花はその誘いに一も二もなく頷いた。
季武に嘘を吐いてしまった後ろめたさは有ったものの一緒に下校出来るのは嬉しかった。
季武と六花は校門を出て並んで歩きながら中央公園へ向かった。
「お前、鬼が怖いんだろ」
季武が訊ねた。
「うん」
「俺は平気なのか? 俺も同じ異界の者だぞ」
「季武君は良い人だって分かってるから」
「若し俺が鬼みたいな姿に成ったら?」
「そうなっても中身は変わらないでしょ」
六花が当然のように言った。
口先だけではない。
六花は本当に鬼の様な姿に成っても今までと同じ態度で接してくれる。
分かってはいたが其でも嫌われなくて安心した。
「ホントはそう言う姿なの? 茨木童子も女の人に化けてたって言うし」
六花が疑問を口にした。
「一条戻橋で綱を騙した鬼なら茨木童子じゃなくて宇治の橋姫だ。茨木童子は男だからな。後世の創作で色々混同されてるんだ」
「そうなんだ」
「俺は生まれた時から此の姿だ。見た目は変えられるが」
「どう言う意味?」
「人間と同じ外見って事だ。顔や体型を変える事は出来るし、定住してる時は少しずつ年を取った見た目に変えてるが」
討伐員は人間と同じ見た目をしている。
違う姿に成れないからこそ意識を失っても外見が変化しないので人間では無いと発覚する心配が無い。
「そうなんだ」
六花は興味深そうに季武を見ていたがその瞳に恐怖や嫌悪は浮かんでいなかった。
季武の言う事を素直に受け入れている。
「其じゃ、俺は此処で」
中央公園の前で季武が別れを告げると、
「気を付けてね」
と六花が言った。
其の言葉に心からの気遣いを感じて季武は六花に微笑み掛けた。
其の途端、六花の顔が真っ赤に成った。
「又明日な」
季武は片手を上げて六花と別れた。
「六花! 六花! チャーハンが焦げてるわよ!」
母の声で六花は我に返った。
「あっ!」
六花は慌てて火を止めた。
六花は母親と一緒に台所で夕食と明日の分の弁当を作っていた。
フライパンを覗き込んで被害状況を確かめた。
これくらいなら焦げた部分を自分用に回せば何とかなりそう。
今日は失敗ばかりしていた。
理由は分かっている。
季武の笑顔だ。
今まで多少機嫌良さそうな笑みを浮かべる事はあっても、まともに六花に向かって微笑んでくれた事は無かった。
季武の笑顔の破壊力は凄まじかった。
あの笑顔の為なら何でも出来る。
また微笑ってくれるかな。
何をすれば良い?
どうしたら、もう一度あんな風に微笑ってくれるの?
「六花! お鍋が吹いてるわよ!」
「きゃーっ!」
その日の夕食は惨憺たる有様だった。
弁当用の料理で失敗したものを夕食に回し、夕食用で上手く出来たものを弁当用にしたからだ。
「母さん、これ、タイヤみたいな味がするぞ」
父が奇妙な物体を箸で摘まんで言った。
「お父さん、タイヤ食べた事あるんですか?」
母は不機嫌な声で答えると、
「六花、この醤油味の塊は何?」
箸で塊を突きながら冷たい声で訊ねた。
「……多分、肉じゃが、だと……」
六花が消え入りそうな声で答えた。
如月一家が、人間がどこまで悲惨なものを食べられるかの限界に挑戦している時、シマは自分の餌を美味しく平らげていた。
同じ頃、季武は貞光と中央公園のベンチでコンビニ弁当を食べていた。
「今日は空振りか」
季武がそう言うと、
「中央公園で出てくれっと有難てぇんだけどな。火以外は全属性揃ってっし」
と貞光が答えた。
火属性はライターで補っている。
「東口も土以外は何とか成るけどな」
「都会は緑が少ねぇっつーけど、木より土の方が少ねぇよな」
貞光がレジ袋に入れた土を掲げた。
水はペットボトルを持ち歩いていた。
土属性の武器をレジ袋から取り出すのは情けないものを感じる。
桜の花びらが雨の様に降りしきっている。
地面を桜色に染め、ひっきりなしに降り注ぎ、其でも未だ樹には沢山の花が咲いている。
「此方は終わった。今日は帰るぞ」
懐に入ってるスマホから綱の声がした。
「オレ達も帰ろうぜ」
貞光の言葉に頷くと季武は立ち上がった。
夕食を済ませ風呂も宿題や予習、復習も終えると六花はベッドの上のシマの隣に寝転んだ。
「シマ、今日ね、季武君が微笑ってくれたの。すごく嬉しかった」
シマを優しく撫でながら呟くように言った。
「でも今頃鬼退治に行ってるんだよね。季武君、大丈夫かな。ケガしないと良いけど」
シマは、そっぽを向いたまま大人しく撫でられていた。
お洒落な服装の若い女性が夜道を急いでいた。
「遅くなっちゃった」
肩に掛けた白いバッグが女性の足取りに合せて揺れる。
女性は広い公園の入り口で足を止めた。
近道をするか、安全を取って遠回りするか考えて、早く帰れる方を選んで公園に足を踏み入れた。
道の両側に植わっている木々の枝の下を足早に歩いていると、不意に何かが首に巻き付きそのまま引っ張り上げられ足が宙に浮いた。
苦しさに顔を上げた。
え!?
目の前のものが何か、すぐには分からなかった。
大きな黒っぽいものに視界を塞がれている。
それが巨大な蜘蛛の顔だと気付いて思わず目を疑った。
樹の上に巨大な蜘蛛が居る。
真正面から見ているから正確な大きさは分からないが顔だけでも横幅が一メートル近くある。
叫ぼうと口を開けたが掠れた声しか出てこなかった。
巨大な蜘蛛が糸を引き寄せる。
蜘蛛の牙が近付いてくるのを見て再び叫ぼうとしたが、やはり声は喉に張り付いて出なかった。
首に巻き付いた糸が絞まり女性は意識を失った。
巨大な蜘蛛は糸を引き寄せて女性の頭を噛み砕こうとした。
が、直前で動きを止め、女性を咥えるとどこかへと姿を消した。
「お前、何で体育休んでたんだ?」
季武が訊ねてきた。
「あ、体調が……」
「昼休みは元気だっただろ」
「あの、女の子の身体の……」
「そうか」
季武は納得して自分の鞄を手にした。
また季武君に嘘吐いちゃった……。
季武君、ごめんなさい。
心の中で季武に手を合わせる。
六花は罪悪感で胸が痛んだ。
折角あの後も普通に話してくれてるのに、また嘘吐くなんて……。
でも嫌がらせって知ったら怒りそうだし……。
向こうも季武を怒らせたくないらしく、彼に気付かれないような嫌がらせをしてくる。
だから六花が季武に隠せばバレない。
自分に対してではなくても他人が誰かに怒るのは嫌だし季武にも腹を立てて欲しくなかった。
私が我慢すれば済むんだし……。
季武と仲良くしている以上、妬まれるのは仕方ない。
「貞光と待ち合わせしてるんだ。中央公園まで一緒に帰らないか?」
六花はその誘いに一も二もなく頷いた。
季武に嘘を吐いてしまった後ろめたさは有ったものの一緒に下校出来るのは嬉しかった。
季武と六花は校門を出て並んで歩きながら中央公園へ向かった。
「お前、鬼が怖いんだろ」
季武が訊ねた。
「うん」
「俺は平気なのか? 俺も同じ異界の者だぞ」
「季武君は良い人だって分かってるから」
「若し俺が鬼みたいな姿に成ったら?」
「そうなっても中身は変わらないでしょ」
六花が当然のように言った。
口先だけではない。
六花は本当に鬼の様な姿に成っても今までと同じ態度で接してくれる。
分かってはいたが其でも嫌われなくて安心した。
「ホントはそう言う姿なの? 茨木童子も女の人に化けてたって言うし」
六花が疑問を口にした。
「一条戻橋で綱を騙した鬼なら茨木童子じゃなくて宇治の橋姫だ。茨木童子は男だからな。後世の創作で色々混同されてるんだ」
「そうなんだ」
「俺は生まれた時から此の姿だ。見た目は変えられるが」
「どう言う意味?」
「人間と同じ外見って事だ。顔や体型を変える事は出来るし、定住してる時は少しずつ年を取った見た目に変えてるが」
討伐員は人間と同じ見た目をしている。
違う姿に成れないからこそ意識を失っても外見が変化しないので人間では無いと発覚する心配が無い。
「そうなんだ」
六花は興味深そうに季武を見ていたがその瞳に恐怖や嫌悪は浮かんでいなかった。
季武の言う事を素直に受け入れている。
「其じゃ、俺は此処で」
中央公園の前で季武が別れを告げると、
「気を付けてね」
と六花が言った。
其の言葉に心からの気遣いを感じて季武は六花に微笑み掛けた。
其の途端、六花の顔が真っ赤に成った。
「又明日な」
季武は片手を上げて六花と別れた。
「六花! 六花! チャーハンが焦げてるわよ!」
母の声で六花は我に返った。
「あっ!」
六花は慌てて火を止めた。
六花は母親と一緒に台所で夕食と明日の分の弁当を作っていた。
フライパンを覗き込んで被害状況を確かめた。
これくらいなら焦げた部分を自分用に回せば何とかなりそう。
今日は失敗ばかりしていた。
理由は分かっている。
季武の笑顔だ。
今まで多少機嫌良さそうな笑みを浮かべる事はあっても、まともに六花に向かって微笑んでくれた事は無かった。
季武の笑顔の破壊力は凄まじかった。
あの笑顔の為なら何でも出来る。
また微笑ってくれるかな。
何をすれば良い?
どうしたら、もう一度あんな風に微笑ってくれるの?
「六花! お鍋が吹いてるわよ!」
「きゃーっ!」
その日の夕食は惨憺たる有様だった。
弁当用の料理で失敗したものを夕食に回し、夕食用で上手く出来たものを弁当用にしたからだ。
「母さん、これ、タイヤみたいな味がするぞ」
父が奇妙な物体を箸で摘まんで言った。
「お父さん、タイヤ食べた事あるんですか?」
母は不機嫌な声で答えると、
「六花、この醤油味の塊は何?」
箸で塊を突きながら冷たい声で訊ねた。
「……多分、肉じゃが、だと……」
六花が消え入りそうな声で答えた。
如月一家が、人間がどこまで悲惨なものを食べられるかの限界に挑戦している時、シマは自分の餌を美味しく平らげていた。
同じ頃、季武は貞光と中央公園のベンチでコンビニ弁当を食べていた。
「今日は空振りか」
季武がそう言うと、
「中央公園で出てくれっと有難てぇんだけどな。火以外は全属性揃ってっし」
と貞光が答えた。
火属性はライターで補っている。
「東口も土以外は何とか成るけどな」
「都会は緑が少ねぇっつーけど、木より土の方が少ねぇよな」
貞光がレジ袋に入れた土を掲げた。
水はペットボトルを持ち歩いていた。
土属性の武器をレジ袋から取り出すのは情けないものを感じる。
桜の花びらが雨の様に降りしきっている。
地面を桜色に染め、ひっきりなしに降り注ぎ、其でも未だ樹には沢山の花が咲いている。
「此方は終わった。今日は帰るぞ」
懐に入ってるスマホから綱の声がした。
「オレ達も帰ろうぜ」
貞光の言葉に頷くと季武は立ち上がった。
夕食を済ませ風呂も宿題や予習、復習も終えると六花はベッドの上のシマの隣に寝転んだ。
「シマ、今日ね、季武君が微笑ってくれたの。すごく嬉しかった」
シマを優しく撫でながら呟くように言った。
「でも今頃鬼退治に行ってるんだよね。季武君、大丈夫かな。ケガしないと良いけど」
シマは、そっぽを向いたまま大人しく撫でられていた。
お洒落な服装の若い女性が夜道を急いでいた。
「遅くなっちゃった」
肩に掛けた白いバッグが女性の足取りに合せて揺れる。
女性は広い公園の入り口で足を止めた。
近道をするか、安全を取って遠回りするか考えて、早く帰れる方を選んで公園に足を踏み入れた。
道の両側に植わっている木々の枝の下を足早に歩いていると、不意に何かが首に巻き付きそのまま引っ張り上げられ足が宙に浮いた。
苦しさに顔を上げた。
え!?
目の前のものが何か、すぐには分からなかった。
大きな黒っぽいものに視界を塞がれている。
それが巨大な蜘蛛の顔だと気付いて思わず目を疑った。
樹の上に巨大な蜘蛛が居る。
真正面から見ているから正確な大きさは分からないが顔だけでも横幅が一メートル近くある。
叫ぼうと口を開けたが掠れた声しか出てこなかった。
巨大な蜘蛛が糸を引き寄せる。
蜘蛛の牙が近付いてくるのを見て再び叫ぼうとしたが、やはり声は喉に張り付いて出なかった。
首に巻き付いた糸が絞まり女性は意識を失った。
巨大な蜘蛛は糸を引き寄せて女性の頭を噛み砕こうとした。
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