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第五章 土蜘蛛と計略と
第一話
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粗末の服を纏った人間の男が頭から血を流しながら歩いてきたと思うと目の前で倒れた。
食料は狩猟採集に頼っているが森に囲まれ海も近い此の地では食うに困る事は殆ど無い。
食料に困らないので集団での戦いは起きなかった。
然し感情は有るので個人同士の喧嘩は起きる。
目の前で倒れた人間は近くの村で他の人間と諍いを起こしたらしい。
其処へ一人の少女が遣ってきた。
少女は倒れている男の頭の傷を見ると、草叢へと遣ってきた。
草を掻き分けて選んでいる所を見ると薬草を摘んでいるのだろう。
少女が顔を上げたとき目が合った。
少女が微笑んだ。
どうやら此の少女は〝見える〟人間らしい。
然して草を摘むと傷の手当てをした。
やがて男が意識を取り戻した。
「大丈夫? ね、謝りにいこう。私も一緒に行くから。此からはちゃんと働く様にすれば許してくれるよ」
「嫌だね。其より、此処へ村の食い物をありったけ持ってこい。其を持って他の場所へ行く」
「駄目だよ。食べ物は皆で集め……」
「うるせぇ!」
男が少女を思い切り殴り付けた。
少女が地面に叩き付けられた。
地面の石に頭部をぶつけたのだろう。
少女は声もなく息絶えた。
「ちっ」
男は舌打ちすると其の場から立ち去った。
大方彼の男は乱暴な上に怠け者だったから村を追い出されたのだろう。
村を追い出される様な男を助けたりするからこんな目に遭わされたのだ。
馬鹿な人間。
少女に背を向けると其処から立ち去った。
朝、六花がマンションを出ると季武が居た。
「季武君、どうしたの?」
季武は六花のスマホはクローンが作られていると説明した。
「クローンって言うのがあると何か困るの?」
「LINEやメールを勝手に見たり出来る」
「ええ! どうしたら良いの?」
夕辺の電話を考えると恐らくクローンの悪用で季武に何か有ったのだ。
「クローンスマホは壊したが他にもクローンが有るかもしれないから番号も含めて別の機種に変えて欲しいんだ」
「う、うん」
どうしよう……。
季武に迷惑が掛かるなら変えない訳にはいかないが流石に小遣いでスマホは無理だ。
何より未成年では親が一緒でないと買えないはずだ。
お母さんになんて言おう……。
「お前のスマホは補償に入ってるから壊れた事にすれば大した金額じゃない」
六花の考えを見抜いた季武が言った。
「私のお小遣いで払える?」
「来月の使用料と一緒に引き落とされるからお前は払わなくて良い。親に暗示を掛けて変えた事は気付かれない様にしておく」
季武の言葉に六花は頷いた。
昼休み、六花と季武はいつものように屋上に居た。
「異界の人同士で恋愛感情は持たないって事は頼光様の奥さん達も人間だったの?」
「ああ。其が?」
「頼光様の血を引いてる人は強いのかなって思って」
「鵺退治の事なら彼は都の討伐員だ」
「でも頼政さんって、頼光様の子孫じゃ……」
「異界の者と人間の間に出来た子供は普通の人間だ。鵺退治の時だけ暗示を掛けて入れ替わったんだ。人間に鵺退治は無理だからな」
「そうだったんだ」
そう言えば『平家物語』には最初、頼政は化物退治は武士の役目ではないと断ったと書いて有った(それでも命令されて仕方なく引き受けた)。
それに『源平盛衰記』では頼政の前に命じられた石川秀廉が断って面目を失ったと有った。
昔の人でも化物と戦おうなんて考えないのが普通だったんだ……。
民話研究会で頼光から始まる家系は化物担などと言っていたのだが誤解だったようだ。
頼光は化物担で間違いないが。
放課後、六花は民話研究会に出ていた。
「他に、鬼の事で何か意見がある人は?」
鈴木の言葉に六花は手を上げた。
「あの、意見じゃないんだけど……」
「どうぞ」
「茨木童子が酒呑童子の腹心だったって言うのは聞いた事あるけど、他に酒呑童子の部下にそう言う鬼っていたの?」
「資料は少ないけど酒呑童子にも茨木童子とは別に四天王と呼ばれる鬼がいたよ」
鈴木によると、金童子、熊童子、星熊童子、虎熊童子だそうだ。
「それとは別に『いくしま童子』って言うのもいたよね」
「『いしくま童子』でしょ」
「色んな説があるんだよ。『いくしま童子』ってなってるのもあれば『いしくま童子』ってなってるのもある」
「そうなんだ」
「じゃあ、今日はこの辺でお開きにしようか」
鈴木がそう言うと、皆は立ち上がってそれぞれ自分が座っていたパイプ椅子を畳んで片付けた。
都心から離れた場所で土蜘蛛達が集まっていた。
「仲間に成ってくれそうな奴は見付からないのか?」
サチの問いに皆いちように首を振った。
「どうせ討伐員は倒した所で異界で再生されるんだし、其なら危険を冒すだけ無駄だからって……」
ギイが答えた。
「仮に核を砕いたとしても新しい討伐員を送ってくるだけだと」
「此方も」
土蜘蛛達が口々に言う。
討伐員は核になって異界へ戻った所で再生してすぐ戻ってこられる。
それに対し、反ぐれ者は倒されて異界へ戻ったら核を砕かれて二度と再生出来ない。
返り討ちに遭う危険を冒して討伐員を倒した所で利益は一つも無いのだ。
「然も相手が頼光四天王って聞くと皆びびっちまうんだ」
「態々獲物が多い東京を避けてるのも頼光四天王が居るからだし」
「脈が有りそうな奴が居るよ」
皆の視線がメナに集まった。
「説得すれば仲間に成ってくれるかもしれない」
「人数が増えるなら怖じ気付いてる連中の中にも仲間に成ってくれる奴が出てくるかもな」
「何方にしろ此の人数では敵わないんだ。もっと捜すしかない」
サチがそう言うと皆散っていったが、エガはその場に立ち尽くしていた。
「エガ? 迷ってるの?」
いつもエガと一緒に居るカズが訊ねた。
「ギイが言った通りだ。討伐員なんて倒した所で異界で再生するだけだ」
「抜ける気?」
「まさか」
「じゃあ……」
「少し卜部の様子を探る」
エガはそう言うと歩き出した。
食料は狩猟採集に頼っているが森に囲まれ海も近い此の地では食うに困る事は殆ど無い。
食料に困らないので集団での戦いは起きなかった。
然し感情は有るので個人同士の喧嘩は起きる。
目の前で倒れた人間は近くの村で他の人間と諍いを起こしたらしい。
其処へ一人の少女が遣ってきた。
少女は倒れている男の頭の傷を見ると、草叢へと遣ってきた。
草を掻き分けて選んでいる所を見ると薬草を摘んでいるのだろう。
少女が顔を上げたとき目が合った。
少女が微笑んだ。
どうやら此の少女は〝見える〟人間らしい。
然して草を摘むと傷の手当てをした。
やがて男が意識を取り戻した。
「大丈夫? ね、謝りにいこう。私も一緒に行くから。此からはちゃんと働く様にすれば許してくれるよ」
「嫌だね。其より、此処へ村の食い物をありったけ持ってこい。其を持って他の場所へ行く」
「駄目だよ。食べ物は皆で集め……」
「うるせぇ!」
男が少女を思い切り殴り付けた。
少女が地面に叩き付けられた。
地面の石に頭部をぶつけたのだろう。
少女は声もなく息絶えた。
「ちっ」
男は舌打ちすると其の場から立ち去った。
大方彼の男は乱暴な上に怠け者だったから村を追い出されたのだろう。
村を追い出される様な男を助けたりするからこんな目に遭わされたのだ。
馬鹿な人間。
少女に背を向けると其処から立ち去った。
朝、六花がマンションを出ると季武が居た。
「季武君、どうしたの?」
季武は六花のスマホはクローンが作られていると説明した。
「クローンって言うのがあると何か困るの?」
「LINEやメールを勝手に見たり出来る」
「ええ! どうしたら良いの?」
夕辺の電話を考えると恐らくクローンの悪用で季武に何か有ったのだ。
「クローンスマホは壊したが他にもクローンが有るかもしれないから番号も含めて別の機種に変えて欲しいんだ」
「う、うん」
どうしよう……。
季武に迷惑が掛かるなら変えない訳にはいかないが流石に小遣いでスマホは無理だ。
何より未成年では親が一緒でないと買えないはずだ。
お母さんになんて言おう……。
「お前のスマホは補償に入ってるから壊れた事にすれば大した金額じゃない」
六花の考えを見抜いた季武が言った。
「私のお小遣いで払える?」
「来月の使用料と一緒に引き落とされるからお前は払わなくて良い。親に暗示を掛けて変えた事は気付かれない様にしておく」
季武の言葉に六花は頷いた。
昼休み、六花と季武はいつものように屋上に居た。
「異界の人同士で恋愛感情は持たないって事は頼光様の奥さん達も人間だったの?」
「ああ。其が?」
「頼光様の血を引いてる人は強いのかなって思って」
「鵺退治の事なら彼は都の討伐員だ」
「でも頼政さんって、頼光様の子孫じゃ……」
「異界の者と人間の間に出来た子供は普通の人間だ。鵺退治の時だけ暗示を掛けて入れ替わったんだ。人間に鵺退治は無理だからな」
「そうだったんだ」
そう言えば『平家物語』には最初、頼政は化物退治は武士の役目ではないと断ったと書いて有った(それでも命令されて仕方なく引き受けた)。
それに『源平盛衰記』では頼政の前に命じられた石川秀廉が断って面目を失ったと有った。
昔の人でも化物と戦おうなんて考えないのが普通だったんだ……。
民話研究会で頼光から始まる家系は化物担などと言っていたのだが誤解だったようだ。
頼光は化物担で間違いないが。
放課後、六花は民話研究会に出ていた。
「他に、鬼の事で何か意見がある人は?」
鈴木の言葉に六花は手を上げた。
「あの、意見じゃないんだけど……」
「どうぞ」
「茨木童子が酒呑童子の腹心だったって言うのは聞いた事あるけど、他に酒呑童子の部下にそう言う鬼っていたの?」
「資料は少ないけど酒呑童子にも茨木童子とは別に四天王と呼ばれる鬼がいたよ」
鈴木によると、金童子、熊童子、星熊童子、虎熊童子だそうだ。
「それとは別に『いくしま童子』って言うのもいたよね」
「『いしくま童子』でしょ」
「色んな説があるんだよ。『いくしま童子』ってなってるのもあれば『いしくま童子』ってなってるのもある」
「そうなんだ」
「じゃあ、今日はこの辺でお開きにしようか」
鈴木がそう言うと、皆は立ち上がってそれぞれ自分が座っていたパイプ椅子を畳んで片付けた。
都心から離れた場所で土蜘蛛達が集まっていた。
「仲間に成ってくれそうな奴は見付からないのか?」
サチの問いに皆いちように首を振った。
「どうせ討伐員は倒した所で異界で再生されるんだし、其なら危険を冒すだけ無駄だからって……」
ギイが答えた。
「仮に核を砕いたとしても新しい討伐員を送ってくるだけだと」
「此方も」
土蜘蛛達が口々に言う。
討伐員は核になって異界へ戻った所で再生してすぐ戻ってこられる。
それに対し、反ぐれ者は倒されて異界へ戻ったら核を砕かれて二度と再生出来ない。
返り討ちに遭う危険を冒して討伐員を倒した所で利益は一つも無いのだ。
「然も相手が頼光四天王って聞くと皆びびっちまうんだ」
「態々獲物が多い東京を避けてるのも頼光四天王が居るからだし」
「脈が有りそうな奴が居るよ」
皆の視線がメナに集まった。
「説得すれば仲間に成ってくれるかもしれない」
「人数が増えるなら怖じ気付いてる連中の中にも仲間に成ってくれる奴が出てくるかもな」
「何方にしろ此の人数では敵わないんだ。もっと捜すしかない」
サチがそう言うと皆散っていったが、エガはその場に立ち尽くしていた。
「エガ? 迷ってるの?」
いつもエガと一緒に居るカズが訊ねた。
「ギイが言った通りだ。討伐員なんて倒した所で異界で再生するだけだ」
「抜ける気?」
「まさか」
「じゃあ……」
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エガはそう言うと歩き出した。
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