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第五章 土蜘蛛と計略と
第二話
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日曜日、六花が夕食を作っている時に季武以外の三人が帰ってきた。
「お帰りなさい」
六花が三人に声を掛けた。
「うぉ! お帰りなさいとか言われたの凄ぇ久し振り」
「季武は必ず言って貰えるから良よなぁ。おれ、殆ど言われた事ないんだよね」
「キツい女ばっか選ぶからじゃん」
「お前の女達だって結構キツいだろ。特にキヨちゃんとか」
言い合いを始めそうになった金時と綱に、
「季武君は……」
と訊ねた。
「買い物。直ぐ帰ってくるよ」
「あの、教えて欲しい事があるんですけど……」
「良いよ、何?」
「二十年前に死んだ前世の私の事なんですけど……」
「前回か。前回って言うと亜美ちゃんだっけ?」
「美也ちゃんじゃね?」
「綾ちゃんだろ」
貞光が訂正した。
「そうだった。御免、季武と知り合った直後だったからおれ達、未だ紹介して貰ってなかったんだよね。綾ちゃんが如何かしたの?」
「季武君と一緒にいた時に死んだって聞いたんですけど、罪悪感持つような殺され方だったんですか?」
「え、聞いてないの?」
「ったく、彼奴本当、大事な事言わねぇよな」
「罪悪感は無いと思うよ。守れなかった悔しさは有るだろうけど」
金時が言った。
「季武が怒ったのは漸く再会出来たのに直ぐ殺されたからだよ」
「怒った?」
綱の言葉に自分に腹を立てたのかと動揺し掛けたが、
「凄ぇ激怒して綾ちゃん殺した鬼、異界まで追っ掛けてって倒して核砕ぇた」
と貞光が言った。
「異界には異界の担当者が居るから異界に逃げ込んだら俺達の担当じゃなくなるんだよ」
「核の事も、どうせ砕かれるって言ってもおれ達が決める事じゃないから越権行為なんだよね」
「痕を付けてる相手って言うのは特別なんだよ。生まれ変わっても見付けたいって事じゃん」
綱が言った。
「寿命まで生きられたとしても一緒に居られるのは長くて四、五十年じゃん。然も死んだら生まれ変わって再会出来るまでに同じくらい掛かるから一緒に居られる時間って言うのは一秒でも貴重なんだよ」
「お前、貴重っつってる割には他の女に手ぇ出してるよな」
そう言った貞光を綱がムッとした顔で睨んだ。
「じゃあ、何かと心配してくれるのは鬼から守れなかった負い目とかじゃ……」
「心配してるのは、又早死にされるのが嫌だからだろうね」
「前回は季武の巻き添えだったから早めて貰えたけど普通の死に方じゃ無理だから」
「早めて貰ったっつっても二十年も掛かってるから半分にも成ってねぇしな」
「綾ちゃんの前のイナちゃんが死んでから四十年近く経って、漸く綾ちゃんと会えたと思ったら死んじゃって、其処から二十年。ほぼ人間の一生分待ってた訳だからね」
「兎に角、綾ちゃんの事は気にしなくても良いよ」
「気にしてんじゃなくてウゼェんだろ。見付けた途端、学校移って同じクラスの隣の席……」
「あっ、馬鹿!」「わーーー!」
金時と綱が同時に貞光を遮った。
「え……それ……」
「あ、あははは……」
白々しい笑い声を上げた金時と綱を貞光が白い目で見ていた。
「じゃあ、心配掛けないようにするには……」
「あ~、其は無理」
「季武が勝手に付き纏ってるだけだかんな」
「鬱陶しいなら、はっきりそう言って良いよ。おれ達はキツいこと言われも傷付くとかそう言う感情は無いからね」
金時が言った。
「鬱陶しい訳では……それに、感情が無いって言いますけど季武君、怒った事ありますよ」
「傷付くって言うのは外側から斬り付けるようなもので、おれ達は言葉で攻撃されても何も感じないんだよ」
「人間だって其処らの犬に吠えられても傷付かねぇだろ」
「貞光、例えが悪いぞ」
綱が窘めた。
「人間を見下してる訳じゃないからね。其の手の差別感情も持ってないから。理由は分かっても其で傷付いたりはしないって意味だからね」
「向きが違うって言うのかな。外部からの攻撃で痛みを感じたりはしないけど、怒りは内部から沸いてくるものだから、大切な人を傷付けられたら腹が立つんだよ」
綱が言った「大切な人」と言う言葉にドキッとしてしまったが、仮に綾の事が大事だったとしても六花も同じように思われてるとは限らない。
でも、わざわざ同じクラスに来たって……。
六花は平静を装いつつ料理を続けた。
放課後、民話研究会が終わると、
「六花ちゃん、今日も季武君と帰るの?」
五馬が声を掛けてきた。
「ううん、季武君は用事あるから」
「じゃあ、一緒に帰ろ」
「うん!」
六花は嬉しくて勢いよく頷いた。
季武と一緒に下校するのも嬉しいが五馬と帰るのも楽しい。
六花と五馬は並んで校門を出た。
「ね、何処かでお喋りしてかない?」
五馬がそう誘ってきた。
「ベンチで良い?」
体操服でお小遣いを叩いてしまったので飲食店に入れるだけの金が無い。
「良いよ、コンビニでお茶買って近くのベンチ行こ」
五馬が快諾してくれてホッとした。
幸いゴールデンウィーク明けで季候も良い。
コンビニから出てきた六花をエガとカズが見ていた。
「エガ?」
カズが物問いたげな視線をエガに向けた。
エガは都内に残ったまま季武を見張っていた。
カズはいつもエガと行動を共にしているので必然的に一緒に監視する事になった。
サチやメナほど上手く気配を消せない二人は遠くのビルから見張る事しか出来なかったが。
「ハシの事は聞いてる?」
エガが唐突に訊ねてきた。
「討伐員に殺されたって事だけ……」
ハシが遣られたのはカズが群れに加わる前だから会った事は無い。
「あたしもハシとは親しかった」
ミツはハシを慕っていたようだが、エガとミツは特に親しくない。
「ミツはハシが連れてきた。ミツはハシを凄く慕ってた」
不思議そうな表情をしたカズにエガはそう説明すると一旦言葉を切って唇を噛んだ。
「ミツが討伐員に遣られそうに成った時、ハシとあたしが助けに入った。ハシはあたしとミツを逃がす為に戦って遣られた」
「…………」
異界の者同士が恋愛感情を抱く事は無い。
だが仲間との連帯感は生まれるし絆も出来る。
だから失えば喪失感を抱くし奪った者には憎しみを覚える。
討伐された者は核を砕かれて再生出来なくなるから二度と会えないのだ。
一緒に居た期間が長ければ長いほど討伐した者に対する恨みは深くなる。
突然エガが屋上から飛び降りた。
「エガ! 何処に行くの!」
カズが声を掛けたがエガはそのまま走っていってしまった。
カズは慌ててエガの跡を追い掛けた。
「お帰りなさい」
六花が三人に声を掛けた。
「うぉ! お帰りなさいとか言われたの凄ぇ久し振り」
「季武は必ず言って貰えるから良よなぁ。おれ、殆ど言われた事ないんだよね」
「キツい女ばっか選ぶからじゃん」
「お前の女達だって結構キツいだろ。特にキヨちゃんとか」
言い合いを始めそうになった金時と綱に、
「季武君は……」
と訊ねた。
「買い物。直ぐ帰ってくるよ」
「あの、教えて欲しい事があるんですけど……」
「良いよ、何?」
「二十年前に死んだ前世の私の事なんですけど……」
「前回か。前回って言うと亜美ちゃんだっけ?」
「美也ちゃんじゃね?」
「綾ちゃんだろ」
貞光が訂正した。
「そうだった。御免、季武と知り合った直後だったからおれ達、未だ紹介して貰ってなかったんだよね。綾ちゃんが如何かしたの?」
「季武君と一緒にいた時に死んだって聞いたんですけど、罪悪感持つような殺され方だったんですか?」
「え、聞いてないの?」
「ったく、彼奴本当、大事な事言わねぇよな」
「罪悪感は無いと思うよ。守れなかった悔しさは有るだろうけど」
金時が言った。
「季武が怒ったのは漸く再会出来たのに直ぐ殺されたからだよ」
「怒った?」
綱の言葉に自分に腹を立てたのかと動揺し掛けたが、
「凄ぇ激怒して綾ちゃん殺した鬼、異界まで追っ掛けてって倒して核砕ぇた」
と貞光が言った。
「異界には異界の担当者が居るから異界に逃げ込んだら俺達の担当じゃなくなるんだよ」
「核の事も、どうせ砕かれるって言ってもおれ達が決める事じゃないから越権行為なんだよね」
「痕を付けてる相手って言うのは特別なんだよ。生まれ変わっても見付けたいって事じゃん」
綱が言った。
「寿命まで生きられたとしても一緒に居られるのは長くて四、五十年じゃん。然も死んだら生まれ変わって再会出来るまでに同じくらい掛かるから一緒に居られる時間って言うのは一秒でも貴重なんだよ」
「お前、貴重っつってる割には他の女に手ぇ出してるよな」
そう言った貞光を綱がムッとした顔で睨んだ。
「じゃあ、何かと心配してくれるのは鬼から守れなかった負い目とかじゃ……」
「心配してるのは、又早死にされるのが嫌だからだろうね」
「前回は季武の巻き添えだったから早めて貰えたけど普通の死に方じゃ無理だから」
「早めて貰ったっつっても二十年も掛かってるから半分にも成ってねぇしな」
「綾ちゃんの前のイナちゃんが死んでから四十年近く経って、漸く綾ちゃんと会えたと思ったら死んじゃって、其処から二十年。ほぼ人間の一生分待ってた訳だからね」
「兎に角、綾ちゃんの事は気にしなくても良いよ」
「気にしてんじゃなくてウゼェんだろ。見付けた途端、学校移って同じクラスの隣の席……」
「あっ、馬鹿!」「わーーー!」
金時と綱が同時に貞光を遮った。
「え……それ……」
「あ、あははは……」
白々しい笑い声を上げた金時と綱を貞光が白い目で見ていた。
「じゃあ、心配掛けないようにするには……」
「あ~、其は無理」
「季武が勝手に付き纏ってるだけだかんな」
「鬱陶しいなら、はっきりそう言って良いよ。おれ達はキツいこと言われも傷付くとかそう言う感情は無いからね」
金時が言った。
「鬱陶しい訳では……それに、感情が無いって言いますけど季武君、怒った事ありますよ」
「傷付くって言うのは外側から斬り付けるようなもので、おれ達は言葉で攻撃されても何も感じないんだよ」
「人間だって其処らの犬に吠えられても傷付かねぇだろ」
「貞光、例えが悪いぞ」
綱が窘めた。
「人間を見下してる訳じゃないからね。其の手の差別感情も持ってないから。理由は分かっても其で傷付いたりはしないって意味だからね」
「向きが違うって言うのかな。外部からの攻撃で痛みを感じたりはしないけど、怒りは内部から沸いてくるものだから、大切な人を傷付けられたら腹が立つんだよ」
綱が言った「大切な人」と言う言葉にドキッとしてしまったが、仮に綾の事が大事だったとしても六花も同じように思われてるとは限らない。
でも、わざわざ同じクラスに来たって……。
六花は平静を装いつつ料理を続けた。
放課後、民話研究会が終わると、
「六花ちゃん、今日も季武君と帰るの?」
五馬が声を掛けてきた。
「ううん、季武君は用事あるから」
「じゃあ、一緒に帰ろ」
「うん!」
六花は嬉しくて勢いよく頷いた。
季武と一緒に下校するのも嬉しいが五馬と帰るのも楽しい。
六花と五馬は並んで校門を出た。
「ね、何処かでお喋りしてかない?」
五馬がそう誘ってきた。
「ベンチで良い?」
体操服でお小遣いを叩いてしまったので飲食店に入れるだけの金が無い。
「良いよ、コンビニでお茶買って近くのベンチ行こ」
五馬が快諾してくれてホッとした。
幸いゴールデンウィーク明けで季候も良い。
コンビニから出てきた六花をエガとカズが見ていた。
「エガ?」
カズが物問いたげな視線をエガに向けた。
エガは都内に残ったまま季武を見張っていた。
カズはいつもエガと行動を共にしているので必然的に一緒に監視する事になった。
サチやメナほど上手く気配を消せない二人は遠くのビルから見張る事しか出来なかったが。
「ハシの事は聞いてる?」
エガが唐突に訊ねてきた。
「討伐員に殺されたって事だけ……」
ハシが遣られたのはカズが群れに加わる前だから会った事は無い。
「あたしもハシとは親しかった」
ミツはハシを慕っていたようだが、エガとミツは特に親しくない。
「ミツはハシが連れてきた。ミツはハシを凄く慕ってた」
不思議そうな表情をしたカズにエガはそう説明すると一旦言葉を切って唇を噛んだ。
「ミツが討伐員に遣られそうに成った時、ハシとあたしが助けに入った。ハシはあたしとミツを逃がす為に戦って遣られた」
「…………」
異界の者同士が恋愛感情を抱く事は無い。
だが仲間との連帯感は生まれるし絆も出来る。
だから失えば喪失感を抱くし奪った者には憎しみを覚える。
討伐された者は核を砕かれて再生出来なくなるから二度と会えないのだ。
一緒に居た期間が長ければ長いほど討伐した者に対する恨みは深くなる。
突然エガが屋上から飛び降りた。
「エガ! 何処に行くの!」
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