東京綺譚伝―光と桜と―

月夜野 すみれ

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第五章 土蜘蛛と計略と

第三話

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 六花と五馬はコンビニで買ったお茶を持って歩いていた。

「六花ちゃん、彼処あそこのベンチ、空いてるよ」
 五馬がそう言った時、六花の背筋を悪寒が走った。
 振り返った六花は恐怖で凍り付いた。
 道路の先に巨大な蜘蛛がてこちらに顔を向けていた。

「六花ちゃん……」
 五馬の声で我に返った。

 六花はなんとか震える手を動かした。
 スカートのポケットに手を入れスマホを取り出すと季武に言われたアイコンを押した。
 巨大な蜘蛛がこちらに向かって歩き出した。
 蜘蛛が近付いてくる。
 逃げなければ季武が来る前に喰われてしまう。
 そう思っても身動き出来ない。

「六花ちゃん?」
 再度声を掛けてきた五馬に、なんとか手を動かして自分のスマホを押し付けた。
 逃げたくても足が動かなかった。
「逃げて」
 六花が小さな声で五馬に言った。
「え?」
 五馬は戸惑った様子で六花を見た。

「それ、持って逃げて。早く……」
 声がかすれているのが分かった。
「え、これ? なんで?」
「GPSで場所が分かるから……。スマホがある所に季武君が助けに来てくれる……」
「六花ちゃんは?」
 そう言ったものの聞くまでもなかった。
 足がすくんでるのだ。

 六花が、躊躇ちゅうちょしている五馬を再度逃げるようにうながそうとした時、近くの建物から幼児が出てきた。
 子供は蜘蛛の進路上に歩いていく。
 このままでは蜘蛛に喰われるかつぶされてしまう。
 六花は咄嗟とっさに駆け出した。

「六花ちゃん!?」
 五馬が驚いて声を上げた。
 六花は子供に駆け寄ると抱き上げた。
 蜘蛛に背を向けて走り出す。
 子供はさらわれると思ったのか大声を上げて暴れ出した。
 六花は構わずかかえて走った。

「五馬ちゃん、早く逃げて!」
 六花が子供をいたまま叫んだ。
「早く!」
 六花にかされた五馬も走り出したが子供をいている六花は速く走れない。
 少し走っただけで距離が空いてしまった。
 五馬は立ち止まって六花の方を向いた。

「五馬ちゃん、早く逃げて!」
「でも、六花ちゃん……」
 蜘蛛は六花のすぐ真後ろまで迫っていた。
 蜘蛛が脚を振りかぶった。
 六花は気付かずに走っている。

 蜘蛛の狙いは六花だ!
 六花を殺そうとしている!

「六花ちゃん、危ない!」
 五馬が叫んだ。
 六花が振り返った。

 振りかざされた脚を見た六花も自分が狙いだと悟った。
 六花は急いで子供を降ろすと蜘蛛と反対側の方へと背中を強く押した。
 子供がよろめきながら数歩前に進んだ。

 六花が、
「逃げて!」
 と叫ぶ前に子供は走り出していた。
 蜘蛛の脚が振り下ろされる。

「伏せろ!」
 季武の声と共に飛んできた矢が蜘蛛の目の一つに突き立った。
 蜘蛛が叫び声を上げた。
 蜘蛛の脚に次々と矢が刺さり軌道をずらした。
 狙いをれた脚が六花をかすめてすぐ脇に突き立った。

 矢が立て続けに飛んでくる。
 蜘蛛が後ろに跳んだ。
 着地した瞬間、貞光の刀が一閃して蜘蛛の左脚を二本同時に斬り落とした。
 金時も鉞で胴に斬り付けた。
 六花の横を駆け抜けた綱が大きく跳んで髭切ひげきり太刀たちで頭を真っ二つにした。
 蜘蛛が断末魔の声を上げて消えた。

 季武がどこからか飛び降りてきて六花の隣に着地した。

「季武君、ありがとう」
 他の三人も駆け寄ってきた。
「六花ちゃん、大丈夫?」
「はい、皆さん、ありがとうございました」
 六花は四天王に頭を下げた。

「六花! 伏せろと言われたら伏せろ!」
「季武!」
「ご、ごめんなさい」
 六花が季武に頭を下げた。

ちいせぇのでさえこえぇ六花ちゃんがんなデケェの見て動けるわきゃねぇだろ! ちったぁ、考えろ!」
「いえ、言うとおりにしないと邪魔になるんですから……」
「怖い時に動けないのなんか普通じゃん」
「そうそう、気にしなくていよ。無事で良かったね」

 その時、さっきの子供を連れた女性が二人の警官と一緒にやってきた。

「この子がうちの子をさらおうとしたんです!」
「え! ち、ちが……」
 六花が慌てて否定しようとした。

「あれ、しかしての子助けた?」
またか~」
 季武以外の三人が一斉に笑った。
 どうやら過去にも似たような事が有ったらしい。

 それも多分何度も……。

 六花は赤面した。

 でも見殺しにするなんて出来ないし……。

 綱達は隠形おんぎょうらしい。
 警官は笑っている三人には目もくれなかった。

「君……」
 警官の一人が六花に声を掛けた。
 季武は警官達の前に立つと手をかざして何か呟いた。
 すると警官達も女性と子供も何事も無かったかのように立ち去った。

「一応、警察の方も手を回しておいた方がいな。訴えを受け付けた記録が残ってると面倒だ」
「お手間を掛けさせてしまってすみません」
 六花が申し訳なさそうに頭を下げた。

これがオレ達の仕事だから」
「仕事って言っても小吏しょうりに連絡するだけだしね」
「しょうり?」
「係って言うか担当者って言うか……」
「役人って意味だよ。こう言う時に辻褄合つじつまあわせする役目の者だね」
 六花は納得してうなずくと辺りを見回した。

如何どうかした?」
 金時が声を掛けた。
「五馬ちゃんと一緒だったんですけど……。逃げてくれたのかな」
「…………」
 季武は周りの気配を探ったが近くにはないようだ。

「送る。あと明日からは送り迎えする」
「……うん」
 六花は咄嗟とっさに断りかけたがもしかしたら再度狙われるかもしれないと思って承諾した。
 綾が再会直後に死んだ上に六花までとなったら嫌われてしまうかもしれない。
 生まれ変わったら覚えていないとは言え、それはイヤだった。
 次に生まれてきた時また好きになるかもしれないのだ。

「それでは皆さん、失礼します」
 六花は綱達に再び頭を下げると、もう一度周囲を見て五馬がないのを確かめてから季武にいて歩き出した。
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