東京綺譚伝―光と桜と―

月夜野 すみれ

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第七章 罠と疑惑と

第八話

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 放課後、
「六花ちゃん、民話研究会行こ」
 教室の戸口から五馬が声を掛けて来た。

「綱さんが迎えに来るんじゃないの?」
「今日は遅くなるって言ってたよ」
「行ってこいよ」
 季武が六花に言った。
いの?」
「どうせ綱が来るまでは帰れない」
「一人で退屈じゃない?」
「休んでた間の宿題がたまってる」
 季武が苦笑した。
「そっか。じゃあ、行ってくるね」
 六花は五馬と連れだって図書準備室に向かった。

 教室に誰もなくなると季武は隠形おんぎょうになった。
 この学校の見鬼は六花と五馬だけのはずだから二人が図書準備室にる間は見られる心配は無い。
 廊下に出ると六花のロッカーを開いた。
 鍵の番号は六花が開けているのを見ていたから覚えている。
 手前の物を退かして奥に有った体操服を見付けた。
 切られている。
 三枚も。

 体育を休んでいたのは所為せいか……。

 体操服の内の二枚は切られてから時間がっているようだ。
 破いてしまったから新しいのを買って欲しいと言って「破れた物を見せろ」と言われても見せられない。
 特にそれが初めてではないとなれば尚更だ。
 だから親に買ってもらう事も出来ず、かと言って中学生の小遣いでは何度も買うのは無理だから仮病を使って休んでいたのだろう。
 季武が六花の身体を心配したから無理して小遣いをはたいて買ったのだ。
 迂闊うかつだった。
 余計な事を言ったせいでかえって負担を掛けてしまった。
 金が無くて新しい体操服を買えないからまた体育を休んでるのだ。

 こう言う事が有るから自分から話を振るのが嫌なのだ。
 他に壊されたりしている物は見当たらない。
 ロッカーの中を見たのは初めてだから無くなったものが有っても分からないが、六花も馬鹿バカではないから学用品以外で盗られたり壊されたりしたら困る物は持ってこないだろう。
 気付かれないように動かした物の位置を戻してから扉を閉めて教室に戻った。
 机や制服など目に付くものは無事だ。

 ……誰が犯人にしろ俺にバレないようっているのか。

 鞄が隠された時、季武が怒ったのを見ていた者――と言うより季武が怒鳴り付けた連中の仕業だろう。
 六花が内緒にすれば季武には分からない事だけをっていたから今まで気付けなかったのだ。
 六花を傷付けないように対処する方法が思い付かず頭をかかえた。
 六花に対する嫌がらせもだが何故なぜ誰も六花と口をかないのかその原因を綱から聞いた。

 それも悩みの種だ。
 季武達の予想通り六花がらかしていた訳では無かったが、まさか友達がない理由が見鬼だからだとは思わなかった。
 昔から見鬼は珍しかったが昭和初期くらいまで怪異かいいは普通に信じられていたから鬼が見えても誰もおかしいと思わなかった。

 早逝そうせいしてしまった綾はともかく、それより前は見鬼だからと言って奇異の目で見られる事が無かった時代だったから誰も仲間外れの理由を思い付かなかったのだ。
 民話研究会のメンバーが普通に接しているのも民話には狐狸妖怪こりようかいたぐいく出てくるし、そう言う話が好きだったり信じてたりする人間の集まりだから見鬼でも受け入れられてたのだ。

 季武は人間の姿をしていても異界の者だ。
 異界で生まれたし、異界の者には親もなければ子供時代も無い。
 誕生してすぐ人間界へ来て以来ずっと人間の振りをして暮らしてきてはいるが季武は人付き合いをしないので人の感情にはうとい。
 付き合いが悪すぎてその地域の人間の反感を買う事も珍しくなかったが、そうなったら姿を変えて別の場所に移っていた。
 どうせ寿命が無いから定期的に住む場所を変えなければならないのだ。
 それなら面倒な付き合いなど必要ない。
 命じられたのは人間を喰ってるぐれ者の討伐であって人に愛想良あいそよくする事では無い。
 だからイナ以外の人間には関わった事が無い。

 しかし人は群れで生きる動物だ。
 群れの中に入れないのはつらいだろう程度の見当は付く。
 実際、友達がなくてさびしかったから五馬と仲良くなったとき嬉しくてあれだけはしゃいでたのだろう。
 とは言え、こればかりは季武にもどうしてやる事も出来ない。

 保育園の頃となると十年も前だ。
 それだけ昔の話が拡散しているのでは知ってる人間はかなりの人数に上るだろうし、それだけ大勢の人間を一人残らず捜し出して暗示で忘れさせるのは至難しなんわざだ。
 人間同士の事だから小吏に頼む事も出来ない。
 学校の生徒くらいなら季武一人でなんとかなるだろうが、おそらく家族や、場合によってはその知人達も知ってるかもしれないから生徒だけに暗示を掛けたら他の人間と話した時に齟齬そごが生じる可能性が有る。
 手っ取り早いのは知ってる人間がない場所に移住させる事だが、なまじ仲のい友達が出来てしまった今となってはそれも出来ない。
 転校させたら五馬と引き離す事になる。
 季武は密かに溜息をいた。

 宿題でもるか……。

 全く手を付けないと六花に嘘をいた事になってしまう。

 課題を見て再度溜息をいた。
 宿題やテストの正解は教科書に書いてある事だ。
 学説が変わったりすると教科書の内容も変わる。
 いつも学生の振りをしている訳では無いから数年振りに教科書を見ると違う事が書いてある。
 その度に一々覚え直さなければならないから面倒だ。
 あくまで〝振り〟をしているだけなので成績はどうでもい。
 情報収集のために人間が集団でる所にもぐり込んでるだけだから頼光が成績に文句を付ける事は無い。
 最悪、転校してしまえばむ。
 だが六花が学生の間は同じ学校に通っていたいし、そうなるとある程度の成績は維持しなければならない。

「季武君、お待たせ」
 季武が教科書を見ながら宿題をっていると六花が戻ってきた。
「八田は?」
「校門の所に綱さんがるの見て走ってっちゃった」

 その言葉に季武は別の意味で溜息をいた。
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