東京綺譚伝―光と桜と―

月夜野 すみれ

文字の大きさ
61 / 87
第七章 罠と疑惑と

第七話

しおりを挟む
 月曜の朝、六花は迎えに来た季武から折り畳まれた綺麗な淡い黄緑色の和紙を手渡された。

 すごく手触りがい。
 紙なのに絹みたい。

 形は時代物のドラマで見るてがみのような感じだ。

「頼光様からお前に」
「ええっ!」

 六花は震える手で紙を開き――――そのまま固まった。
 中に書かれていたのはミミズがのたくったような線だった。
 分かるのは筆で書かれていると言う事だけだ。

 ……………………。
 どうしよう……読めない。

「内容は今度教える」
「え、これ、日本語だよね?」
「そうだが、草書は読めないだろ」
 当然のように言われて六花は赤面した。
「でも、今度って? 急ぎじゃないの?」
「急用ならスマホで連絡する」
 それもそうだ。
「じゃあ、これは?」
「歌をんだだけだ」
「ええっ! あ、新しく詠んだ歌?」
「ああ」
 内容は「(六花の)料理をまた食べたい」と言うものなのだが、季武が告白する前に催促するような事を言うのは良くないだろうと、意味は告白して正式に付き合うまで口止めされていた。
 和紙に書いて贈ってきたのは六花なら頼光から直筆の和歌を貰ったら感激するのが想像にかたくないからだ。
 実際、六花は頬を紅潮させ、立ち止まったまま文に釘付けになっていた。

 頼光様からの文……。
 それも頼光様が新しくんだ歌……。
 すごい……。

 平安時代の人ってこう言うのり取りしてたんだ。
 頼光様から私宛のふみ……。
 こんな幸運が自分に舞い降りるなんて……。

 自分を鬼から助けてくれたのが頼光四天王だと知った時にまさるとも劣らないくらいの感動だった。

 一生大切にしよう……。

「おい、そろそろ行くぞ」
「あ、ごめん」
 六花は皺にならないように丁寧に鞄の中に入れると季武と一緒に歩き出した。

 校門の前で五馬が綱に手を振っていた。
 綱が去っていく。

「あ、綱さん。五馬ちゃんと一緒に来たんだ」
「新宿御苑で綱が襲われただろ。それに、六花が鵺に襲われたって聞いてしかしたら六花や八田が狙われるかもしれないからそばようにとの頼光様からの御命令だ」
「五馬ちゃんも狙われるかもしれないの?」
「綱と一緒にる所を茨木童子達に見られたからな。八田は綱が送り迎えする事にった」

 綱さんが送り迎えしてくれるなら五馬ちゃんも安全だよね。

 六花には話していないが季武はおとりでもある。
 今の所、茨木童子に襲われたのは季武と綱だけだ。
 五馬が鬼に目を付けられたという確証は無いし、六花はおそらく狙ってこないだろう。
 でなければスマホではなく六花自身をさらったはずだ。
 綱も襲われた事が有るから季武だけをうらんでいるのではなく四人全員が標的だと思われるが、貞光と金時の事はどの程度知られているか分からない。

 四人がそれぞれ違う学校へ行った場合、一人のところを多数のぐれ者に襲撃されたら人間達が巻き添えを食う。
 人間を殺させないための討伐員なのだから犠牲者を出してしまっては意味がない。
 そこで季武だけ登校する事になった。

 金時と貞光はそれぞれ季武と綱の数十メートル後ろを歩いていた。
 六花は姿が違えば気付かないようなので金時は見た目をスーツ姿の成人男性に変えていた。
 貞光は五馬が振り返ったとき見られないように距離を取っていていった。
 綱も五馬が学校に入った後は近くで金時達と合流し、季武が襲われたらすぐに掩護えんごに駆け付けられるように学校を休んで近くに待機している。

 六花が図書準備室に向かって歩いている時、廊下の隅に五馬が立っているのが目に止まった。
 五馬はてのひらに乗せた茶色い小石を見ていた。

 あ、あの巾着に入ってた……。
 声、掛けない方が良いかな。

 躊躇ためらっていると五馬が振り返った。

「あ、五馬ちゃん、その……民話研究会、行くよね?」
「うん」
 二人は並んで歩き出した。
の石、なんて言うか知ってる?」
 五馬が手に乗せた石を見せて訊ねてきた。
「ううん。なんて言うの?」
「スコリア。私が昔住んでた所に沢山落ちてたの。これも黒曜石と同じで火山から生まれる石なんだよ」
「そうなんだ」

 この近くの火山ってどこだろう。
 富士山かな?

「卜部君、学校に来るようったね。もう鬼はなくなったの?」
「あ、聞いてなかった。いなくなったんじゃないかな」
 六花は曖昧あいまいに答えた。
 綱が渡辺綱わたなべのつな本人だと聞いているなら鬼の事も教えてもらっているはずだ。
 知らないと言う事は話してないのだろう。
 それなら六花が答えてしまう訳にはいかない。
「そっか、鬼がなくなって良かったね」
「うん」

 昼休み、季武と六花はいつものように屋上にた。

「ね、綱さん、五馬ちゃんに話さないの?」
「え?」
「五馬ちゃんは鬼が見えるんだから綱さんが本物の『渡辺綱わたなべのつな』だって信じてくれるよ」
「八田は綱から聞いてないのか?」
「そうみたい」
 六花の言葉に季武は首をかしげた。

 その晩、見回りを終えてマンションに帰ってきた季武は、
「綱、お前、八田に何も話してないんだって?」
 と訊ねた。

「うん、言ってない」
「お前が話さないと六花も何も言えないって困ってたぞ。キヨかエリなんだろ」
「うん……あれは確かにエリに付けたあとなんだけど……。なんか変な感じがするって言うか……」
「そうか……」
如何どうした?」
 季武の考え込むような表情を見て綱が訊ねた。
「八田とは学校で初めて会ったはずなんだが……何か覚えが有るような……」
「あ、それ、俺も思った。五馬ちゃんと会った事は無かったはずなんだけど……」

 二人は頭をひねったが何が引っ掛かっているのかは、やはり分からなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...