東京綺譚伝―光と桜と―

月夜野 すみれ

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第九章 涙と光と

第十三話

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「綱さんは五馬ちゃんを見付けるまで帰ってこないんですか?」
 五馬、と言う時、必死で声が震えないようにした。
 季武は黙って六花を見ていた。
「俺達は任地から離れんの禁止されてっから」
し任地の外に出られちゃったらそれ以上は追い掛けられないからね。帰ってくるよ」
「そうですか」
 六花は頷くと料理を始めた。

 季武に送られてマンション前に帰ってきた六花は、
「季武君、これから鬼退治に行くんだよね」
 と言った。
「ああ」
「綱さんがなくて鬼退治、大変なんでしょ。早く行ってあげて」
 六花が微笑んでそう言うと、
「……まない」
 季武はそう言って戻っていった。
 六花はその背を見送るとマンションに入った。

 季武はマンションに戻った。
 居間リビングで綱達が待っていた。

「綱、明日からは隠れなくてい」
「え?」
「六花は気付いてる。俺達が嘘をいてたら、六花もそれに合わせなきゃいけなくなる。だから、もうい」
「…………」
「六花は分かってる。仕方なかったって」
 見逃す事は出来なかった。
 六花もそれを理解してるから季武達の嘘に合わせたのだ。
「バレてるなら嘘をいても意味は無い。余計悲しい思いをさせるだけだ」
「…………」

 六花は部屋に入るとベッドの上に乗ってシマを抱き上げた。

「五馬ちゃん、逃げちゃったんだって」
 シマは身動みじろぎ一つしなかった。
「綱さん、まだ五馬ちゃんを捜してるって言ってた。でも、ホントは……」
 六花の目からあふれた涙がシマの上に落ちる。
 六花はシマの背中に顔を押し付けた。

「ごめんね、シマ。でも、季武君達の前では知らない振りしないといけないから……。私のために捜してる振りしてくれてるのに、気付いてるなんて知られる訳にはいかないから……。季武君達の前では笑ってないといけないから、だから……」
 六花はシマを抱きめながら声を殺して泣いた。

 六花が泣き疲れて眠ってしまうまで、シマは大人しく抱かれていた。

 馬鹿な六花。
 土蜘蛛は四天王に近付く為に六花を利用したのだ。
 利用されたのだから腹を立てればい。
 うらんで、憎んで、ののしればい。
 優しくする必要など無い。
 ゆるしてる価値など無いのに、六花は怒る事さえしない。
 ただの死をいたんで涙を流すだけ。

 愚かな異界の者達。
 四天王も土蜘蛛も、下手な嘘をくから六花も偽りの笑顔を作らなければらない。
 騙しきれないなら最初から事実を教えればい。
 どれだけ残酷な真実でも、本当の事を聞かされれば堂々と泣けるのに。

 けれど、嘘の笑顔も何時いつかは本当の微笑ほほえみに戻るだろう。
 土蜘蛛の友情が本物にったように。

 イナは何時いつもそうだ。
 何度踏み付けられ、騙され、裏切られ、傷付けられても、の相手に優しい手を差し伸べる馬鹿な人間。
 多分これからもそれは変わらない。
 何が有ろうと、何度生まれ変わろうと。

 季武は何時いつも必ずイナの生まれ変わりを見付け出していた。
 だから四天王が一番長く見ている人間はイナだ。
 季武以外の三人もイナの優しさに救われた事が何度も有った。
 ため、綱も知らない内にイナの影響を受けていた。

 綱自身は自覚していなかったが、土蜘蛛の核を砕くときほんわずかな躊躇ためらいが生じた。
 自分でも認識出来ないほど小さな迷い。
 些細ささい躊躇ちゅうちょで核を砕く力がかすかにゆるみ、欠片が一つだけ残った。
 綱が見落としてしまうほど微小な片鱗。

 上の次元の者はの欠片を人間の魂に変えた。
 土蜘蛛はいずれ人間として生まれてくる。
 何時いつか頼光もそれを聞かされるだろう。
 綱に話すかどうかは分からないが季武には告げるかもしれない。
 し聞かされれば季武が六花に教えるだろう。
 聞いた所で土蜘蛛の生まれ変わりを知るすべは無いが。

 目印の無い人間を見分ける能力ちからは頼光ですら持ってない。
 当然、綱にも分からない。
 仮に見付けられたとしても人間は殺せないし、殺そうとも思わないだろう。

 いくら愚かでも、核を砕ききれなかったのは六花イナの友達だと言う躊躇ためらいの所為せいだった事くらいは気付くはずだ。

 六花が今世で土蜘蛛と再会出来るかは分からない。
 知り合ったとしても年の差が大き過ぎて友達にはらないかもしれない。
 出会えたとしても土蜘蛛の生まれ変わりだと言う事は分からないから、そう言う意味では二度と会えない事に変わりはない。

 だが土蜘蛛もの辺りの人間として転生し続けるから、生まれ変わりを繰り返している内に何時いつまた、知り合い、今度は人間同士の友達にるだろう。
 の時のイナの名前は六花では無いが。
 シマはゆるんだ腕の中から抜け出すと六花の身体に背を押し付けて丸くなった。
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