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第九章 涙と光と
第十二話
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頼光達が残心の構えのまま足場の残骸に近付いていく。
季武が矢をつがえて援護の態勢を取る。
四人が近くまで行ったとき残骸の中から土蜘蛛が飛び出してきた。
四人が斬り付けるのと複数の矢が脇腹に突き立つのは同時だった。
それでも土蜘蛛は糸を吐いていたが致命傷を負っているのは明らかだった。
「エリの仇!」
綱が斬り掛かろうとした時、
「綱、待て!」
いつの間にか側に来ていた季武が止めた。
「季武!」
綱が横目で睨んだ。
季武は土蜘蛛に顔を向けると、
「八田、異界へ帰れ」
と言った。
「季武! 此奴が異界へ行った所で見逃す気は無いぞ!」
「見逃せとは言ってない」
綱にそう言うと、土蜘蛛に顔を向けた。
「お前は六花の友達だ。初めてで、唯一人の」
――…………。
「六花は見鬼だ。お前が人間界で死んだら六花は気付くかもしれない。だが異界なら……」
季武は一旦言葉を切った。
「お前は散々人を傷付けてきた。責めて友達の――六花の心だけは此以上傷付けないでくれ」
そう言うと頼光を振り返った。
「頼光様、お願いします」
季武が頭を下げた。
それから綱の方を向いた。
「綱、頼む」
綱は髭切を構えたまま頼光に視線を向けた。
頼光が頷く。
綱は僅かに躊躇ってから髭切を降ろした。
「行け」
綱が低い声で言うと土蜘蛛は黙って姿を消した。
綱がその後を追った。
「頼光様、俺達も……」
「もう動けまい。止めだけなら綱一人で十分だ」
頼光はそう言うとマンションに向かって歩き始めた。
金時と貞光が後に続いた。
異界の草原に土蜘蛛の姿の五馬が横たわっていた。
綱はそこへ歩み寄っていくと一瞬の逡巡の後、髭切を突き立てた。
土蜘蛛の姿が消え、核が地面に転がった。
綱はそれを拾い上げた。
これは反ぐれ者の核だ。
自分が砕かなくてもすぐに役人がやってきて砕く。
それなら自分が手を下す必要が有るだろうか。
綱が躊躇っている時、自分の気配が足下を通り過ぎた。
五馬が身体に貼り付けていた皮膚片だ。
エリ!
その瞬間、核を握り潰していた。
核が粉々になる。
綱は唇を噛み締めたまま風に吹かれながら立っていた。
頼光達が居なくなった後も季武はその場に立ち尽くしていた。
今頃は綱が核を砕いてるだろう。
八田五馬はこの世から消えた。
六花が再び五馬と会う事は無い。
八田がエリを喰わなければ……。
エリを殺したと知られなければ……。
責めてエリの振りをしなければ……。
季武は頭を振った。
どう考えても無理だ。
エリを殺した事を知らず、綱が核を砕かなかったとしても討伐されて異界へ戻れば上の者が砕く。
どうした所で六花は二度と八田五馬とは会えなかった。
季武に出来るのは八田五馬はどこかで生きてると思わせる事だけだ。
二度と会えないのは同じでも、死んだと知らなければいつかどこかで、また会えるかもしれないと希望を持っていられる。
それとも、そんな期待を抱かせる方が残酷なのだろうか。
季武にはどちらが正しいのか良く分からない。
ただ、他に方法が思い付かなかった。
「毎日違うお料理作るのって難しいね」
六花はベッドの上で丸くなっているシマの隣に座り、スマホで料理を検索していた。
不意に何かの気配を感じて六花はベランダの方を振り返ったが何も見えなかった。
シマが六花を見上げる。
その時、右の手の平が熱くなった。
五馬と握手した時に熱を感じた所だ。
「五馬ちゃん……」
季武は綱が核を再生出来ないように砕くだろうと言っていた。
もう、二度と会えないんだ……。
六花の頬を涙が伝った。
シマは黙って声もなく涙を流している六花を見上げていた。
月曜日、六花と季武は学校帰りに四天王のマンションに遣ってきた。
そこには貞光と金時だけが居た。
「綱さんは……」
「五馬ちゃん追ってる」
「逃げられちゃったからね」
貞光と金時が答えた。
「酒呑童子達は捜さなくて良いんですか?」
六花が訊ねた。
酒呑童子と茨木童子の核がまた奪われたという話は季武から聞いていた。
貞光達によると、核の状態だと見鬼以外の人間には見えないし、異界の者も偶々近くに行かない限り気付かない。
核の状態なら意識は無いから気配を消したりする事も無いが、何も出来ないからこそニュースになるような事を仕出かしたりもしない。
反ぐれ者は核を見付けても再生はさせないだろう。
復活させても酒呑童子達の手下にされるだけだ。
かと言ってそこらの雑魚に酒呑童子や茨木童子の核を砕けるだけの力は無い。
四天王の任務は反ぐれ者討伐だから五馬がどこに隠したかも分からない核を探し回っている暇は無い。
だから核を探す任務を帯びた者が派遣されたらしい。
季武が矢をつがえて援護の態勢を取る。
四人が近くまで行ったとき残骸の中から土蜘蛛が飛び出してきた。
四人が斬り付けるのと複数の矢が脇腹に突き立つのは同時だった。
それでも土蜘蛛は糸を吐いていたが致命傷を負っているのは明らかだった。
「エリの仇!」
綱が斬り掛かろうとした時、
「綱、待て!」
いつの間にか側に来ていた季武が止めた。
「季武!」
綱が横目で睨んだ。
季武は土蜘蛛に顔を向けると、
「八田、異界へ帰れ」
と言った。
「季武! 此奴が異界へ行った所で見逃す気は無いぞ!」
「見逃せとは言ってない」
綱にそう言うと、土蜘蛛に顔を向けた。
「お前は六花の友達だ。初めてで、唯一人の」
――…………。
「六花は見鬼だ。お前が人間界で死んだら六花は気付くかもしれない。だが異界なら……」
季武は一旦言葉を切った。
「お前は散々人を傷付けてきた。責めて友達の――六花の心だけは此以上傷付けないでくれ」
そう言うと頼光を振り返った。
「頼光様、お願いします」
季武が頭を下げた。
それから綱の方を向いた。
「綱、頼む」
綱は髭切を構えたまま頼光に視線を向けた。
頼光が頷く。
綱は僅かに躊躇ってから髭切を降ろした。
「行け」
綱が低い声で言うと土蜘蛛は黙って姿を消した。
綱がその後を追った。
「頼光様、俺達も……」
「もう動けまい。止めだけなら綱一人で十分だ」
頼光はそう言うとマンションに向かって歩き始めた。
金時と貞光が後に続いた。
異界の草原に土蜘蛛の姿の五馬が横たわっていた。
綱はそこへ歩み寄っていくと一瞬の逡巡の後、髭切を突き立てた。
土蜘蛛の姿が消え、核が地面に転がった。
綱はそれを拾い上げた。
これは反ぐれ者の核だ。
自分が砕かなくてもすぐに役人がやってきて砕く。
それなら自分が手を下す必要が有るだろうか。
綱が躊躇っている時、自分の気配が足下を通り過ぎた。
五馬が身体に貼り付けていた皮膚片だ。
エリ!
その瞬間、核を握り潰していた。
核が粉々になる。
綱は唇を噛み締めたまま風に吹かれながら立っていた。
頼光達が居なくなった後も季武はその場に立ち尽くしていた。
今頃は綱が核を砕いてるだろう。
八田五馬はこの世から消えた。
六花が再び五馬と会う事は無い。
八田がエリを喰わなければ……。
エリを殺したと知られなければ……。
責めてエリの振りをしなければ……。
季武は頭を振った。
どう考えても無理だ。
エリを殺した事を知らず、綱が核を砕かなかったとしても討伐されて異界へ戻れば上の者が砕く。
どうした所で六花は二度と八田五馬とは会えなかった。
季武に出来るのは八田五馬はどこかで生きてると思わせる事だけだ。
二度と会えないのは同じでも、死んだと知らなければいつかどこかで、また会えるかもしれないと希望を持っていられる。
それとも、そんな期待を抱かせる方が残酷なのだろうか。
季武にはどちらが正しいのか良く分からない。
ただ、他に方法が思い付かなかった。
「毎日違うお料理作るのって難しいね」
六花はベッドの上で丸くなっているシマの隣に座り、スマホで料理を検索していた。
不意に何かの気配を感じて六花はベランダの方を振り返ったが何も見えなかった。
シマが六花を見上げる。
その時、右の手の平が熱くなった。
五馬と握手した時に熱を感じた所だ。
「五馬ちゃん……」
季武は綱が核を再生出来ないように砕くだろうと言っていた。
もう、二度と会えないんだ……。
六花の頬を涙が伝った。
シマは黙って声もなく涙を流している六花を見上げていた。
月曜日、六花と季武は学校帰りに四天王のマンションに遣ってきた。
そこには貞光と金時だけが居た。
「綱さんは……」
「五馬ちゃん追ってる」
「逃げられちゃったからね」
貞光と金時が答えた。
「酒呑童子達は捜さなくて良いんですか?」
六花が訊ねた。
酒呑童子と茨木童子の核がまた奪われたという話は季武から聞いていた。
貞光達によると、核の状態だと見鬼以外の人間には見えないし、異界の者も偶々近くに行かない限り気付かない。
核の状態なら意識は無いから気配を消したりする事も無いが、何も出来ないからこそニュースになるような事を仕出かしたりもしない。
反ぐれ者は核を見付けても再生はさせないだろう。
復活させても酒呑童子達の手下にされるだけだ。
かと言ってそこらの雑魚に酒呑童子や茨木童子の核を砕けるだけの力は無い。
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