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第一章
第一章 第五話
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「流様、その傷は……!」
家で流の帰りを待っていた保科が驚いて立ち上がった。
「山の上で鬼と戦った」
「その娘を奪うためですか?」
「そうだが」
なんで分かったんだ……?
保科は流を座らせると傷の手当てを始めた。
「旨そうな娘ですね。その娘を喰えば傷などたちまち……」
「何言ってんだ! 俺は人間なんか喰ったことないぞ!」
「しかし、その娘は供部でしょう」
保科は流の傷の手当てをしながら言った。
「くべ?」
「贄です」
「確かに生贄にされそうにはなってたが……」
訊ねるように水緒を見たが、水緒も知らないらしく不思議そうな顔をしていた。
「供部は、生贄にもっとも適した人間ですよ。普通の人間より旨く、僧侶や神官を喰ったときと同じくらいの力も得られるという……」
「誰が人間なんか喰うか! お前も喰うなよ」
「それでは何のためにわざわざ戦ったんですか? あの鬼とかち合わないようにと結界を張っておいたのですが」
保科は理解できない、と言う顔をしていた。
「水緒とずっと一緒にいたけど喰いたいなんて思ったことないぞ」
流は水緒に聞かせるように言った。
「今はどうです? 旨そうでしょう」
「いいや」
流は首を振った。
水緒にしろ他の人間にしろ喰いたいなどとは思わない。
「贄の印がどこかに付けられてるはずですが」
その言葉に水緒が胸元を押さえた。
どうやらそこに印とやらが付けられているようだ。
「供部に贄の印?」
「念のためでしょう。間違えて他の人間を襲わないように」
「この山に鬼がいることは知ってたのか?」
「勿論です」
保科が当然、と言う顔をした。
「なんであの鬼は村を襲わなかったんだ?」
「贄がいたからですよ。何年かに一度贄を喰わせる代わりに村を守らせていたんです。だからあの村には他の化け物もいなかったでしょう」
その言葉に、ようやく村人の言動の理由が分かった。
保科が人間を喰っているところを見たことのなかった理由も。
村人を喰いたければ先にあの鬼と戦わなければならないから面倒だったのだ。
それ以外の人間を喰おうにもここは山奥だから人が通り掛からない。
だから保科は人間を喰わずに兎などを捕まえていたのだ。
「流ちゃん、どうしよう。あの鬼がいなくなったら村は襲われるの?」
水緒が青くなった。
「どうしたらいいんですか!? 教えてください!」
水緒が保科に勢い込んで訊ねた。
「心配しなくても他の鬼を連れてきますよ」
保科が事も無げに言った。
その口振りからすると、よくあることのようだ。
それでまた贄と引き替えの平和を得るのか。
「帰った方がいいのかな」
「馬鹿なこと言うな!」
「でも私が贄にならなかったら他の人が贄にされちゃうんでしょ」
「その通りですが、どちらにしろ贄が必要なのは一度きりではありませんから、あなたが喰われた後も別の人間が贄にされますよ」
保科が平然とした表情で答えた。
「痛っ!」
流が声を上げると薬を塗っていた保科が手を止めた。
「流ちゃん、大丈夫?」
「これくらい、いつものことだ。水緒も傷痕見ただろ」
「私のせいで、また傷が増えちゃったね」
「気にしなくていい」
そう言うと保科の方を向いた。
「保科、魚獲ってきてくれ」
「食料なら兎が……」
「水緒の分だよ」
「え! 私は……」
「分かりました」
保科はすぐに立ち上がって出ていった。
「お前だって飯食わなきゃなんないだろ。ここには米がないし」
「迷惑掛けてごめんね」
「気にするな」
「ありがと」
「流様、何故あの娘が家の中で食事をして、我々が外で喰わなければならないのですか!」
「水緒に聞こえる。もっと小さな声で話せ」
「これだけ離れてたら人間には聞こえません!」
保科が珍しく憤慨していた。
流と保科は家から離れた場所で兎を食っていた。
無論、生のまま丸囓りである。
そんな姿を水緒には見られたくないので家の外で喰っているのだ。
鬼でも受け入れてくれた水緒なら気にしないかもしれないが流の方が気になってしまって食えない。
「流様は夕辺ケガをして帰ってこられたばかりではありませんか。本来ならまだ寝ていた方が……」
保科はしつこくぶつぶつ言っていた。
今朝、流が水緒のために魚を獲りに行ったことも気に入らないらしい。
兎を食い終えると二人は家に戻った。
家に入ると、中が綺麗になっていた。
二人がいない間に掃除をしたらしい。
「お帰りなさい」
桶を拭いていた水緒が顔を上げて微笑んだ。
やはり水緒がいるだけで全然違う。
「流様、私は出掛けてきます。何か必要なものはありますか?」
「鍋」
「は?」
保科は流の言葉がすぐには理解出来なかったらしい。
困惑した表情浮かべた。
「だから、鍋。あと、包丁と米。あ、それと茶碗。水緒は?」
「え!? あ、針と糸があれば流ちゃんの着物が繕えるけど……」
「……畏まりました」
保科はむすっとした顔で出ていった。
「保科さん、怒ったんじゃない?」
「何か要るかって聞かれたから答えただけだろ」
「そうだけど……」
「気にするな。それより俺も出掛けるけど、お前は外に出るなよ。化物に襲われるかもしれないからな」
保科がこの家は結界が張ってあると言っていたから中にいれば化物は襲ってこないはずだ。
「家の周りも駄目? 食べられる草を取りに行きたいんだけど」
「家からあまり離れなければ」
多分大丈夫だろう。
「分かった。行ってらっしゃい」
家で流の帰りを待っていた保科が驚いて立ち上がった。
「山の上で鬼と戦った」
「その娘を奪うためですか?」
「そうだが」
なんで分かったんだ……?
保科は流を座らせると傷の手当てを始めた。
「旨そうな娘ですね。その娘を喰えば傷などたちまち……」
「何言ってんだ! 俺は人間なんか喰ったことないぞ!」
「しかし、その娘は供部でしょう」
保科は流の傷の手当てをしながら言った。
「くべ?」
「贄です」
「確かに生贄にされそうにはなってたが……」
訊ねるように水緒を見たが、水緒も知らないらしく不思議そうな顔をしていた。
「供部は、生贄にもっとも適した人間ですよ。普通の人間より旨く、僧侶や神官を喰ったときと同じくらいの力も得られるという……」
「誰が人間なんか喰うか! お前も喰うなよ」
「それでは何のためにわざわざ戦ったんですか? あの鬼とかち合わないようにと結界を張っておいたのですが」
保科は理解できない、と言う顔をしていた。
「水緒とずっと一緒にいたけど喰いたいなんて思ったことないぞ」
流は水緒に聞かせるように言った。
「今はどうです? 旨そうでしょう」
「いいや」
流は首を振った。
水緒にしろ他の人間にしろ喰いたいなどとは思わない。
「贄の印がどこかに付けられてるはずですが」
その言葉に水緒が胸元を押さえた。
どうやらそこに印とやらが付けられているようだ。
「供部に贄の印?」
「念のためでしょう。間違えて他の人間を襲わないように」
「この山に鬼がいることは知ってたのか?」
「勿論です」
保科が当然、と言う顔をした。
「なんであの鬼は村を襲わなかったんだ?」
「贄がいたからですよ。何年かに一度贄を喰わせる代わりに村を守らせていたんです。だからあの村には他の化け物もいなかったでしょう」
その言葉に、ようやく村人の言動の理由が分かった。
保科が人間を喰っているところを見たことのなかった理由も。
村人を喰いたければ先にあの鬼と戦わなければならないから面倒だったのだ。
それ以外の人間を喰おうにもここは山奥だから人が通り掛からない。
だから保科は人間を喰わずに兎などを捕まえていたのだ。
「流ちゃん、どうしよう。あの鬼がいなくなったら村は襲われるの?」
水緒が青くなった。
「どうしたらいいんですか!? 教えてください!」
水緒が保科に勢い込んで訊ねた。
「心配しなくても他の鬼を連れてきますよ」
保科が事も無げに言った。
その口振りからすると、よくあることのようだ。
それでまた贄と引き替えの平和を得るのか。
「帰った方がいいのかな」
「馬鹿なこと言うな!」
「でも私が贄にならなかったら他の人が贄にされちゃうんでしょ」
「その通りですが、どちらにしろ贄が必要なのは一度きりではありませんから、あなたが喰われた後も別の人間が贄にされますよ」
保科が平然とした表情で答えた。
「痛っ!」
流が声を上げると薬を塗っていた保科が手を止めた。
「流ちゃん、大丈夫?」
「これくらい、いつものことだ。水緒も傷痕見ただろ」
「私のせいで、また傷が増えちゃったね」
「気にしなくていい」
そう言うと保科の方を向いた。
「保科、魚獲ってきてくれ」
「食料なら兎が……」
「水緒の分だよ」
「え! 私は……」
「分かりました」
保科はすぐに立ち上がって出ていった。
「お前だって飯食わなきゃなんないだろ。ここには米がないし」
「迷惑掛けてごめんね」
「気にするな」
「ありがと」
「流様、何故あの娘が家の中で食事をして、我々が外で喰わなければならないのですか!」
「水緒に聞こえる。もっと小さな声で話せ」
「これだけ離れてたら人間には聞こえません!」
保科が珍しく憤慨していた。
流と保科は家から離れた場所で兎を食っていた。
無論、生のまま丸囓りである。
そんな姿を水緒には見られたくないので家の外で喰っているのだ。
鬼でも受け入れてくれた水緒なら気にしないかもしれないが流の方が気になってしまって食えない。
「流様は夕辺ケガをして帰ってこられたばかりではありませんか。本来ならまだ寝ていた方が……」
保科はしつこくぶつぶつ言っていた。
今朝、流が水緒のために魚を獲りに行ったことも気に入らないらしい。
兎を食い終えると二人は家に戻った。
家に入ると、中が綺麗になっていた。
二人がいない間に掃除をしたらしい。
「お帰りなさい」
桶を拭いていた水緒が顔を上げて微笑んだ。
やはり水緒がいるだけで全然違う。
「流様、私は出掛けてきます。何か必要なものはありますか?」
「鍋」
「は?」
保科は流の言葉がすぐには理解出来なかったらしい。
困惑した表情浮かべた。
「だから、鍋。あと、包丁と米。あ、それと茶碗。水緒は?」
「え!? あ、針と糸があれば流ちゃんの着物が繕えるけど……」
「……畏まりました」
保科はむすっとした顔で出ていった。
「保科さん、怒ったんじゃない?」
「何か要るかって聞かれたから答えただけだろ」
「そうだけど……」
「気にするな。それより俺も出掛けるけど、お前は外に出るなよ。化物に襲われるかもしれないからな」
保科がこの家は結界が張ってあると言っていたから中にいれば化物は襲ってこないはずだ。
「家の周りも駄目? 食べられる草を取りに行きたいんだけど」
「家からあまり離れなければ」
多分大丈夫だろう。
「分かった。行ってらっしゃい」
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