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第五章
第五章 第三話
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朝は夜明けに起こされた。
桐崎から木刀の持ち方から教わったが、剣術はすぐに出来るようになった。
「身体の方は覚えているようだな」
桐崎が言った。
型を教わっただけで打ち込まれた時、どう動けば良いかは聞かなくても分かった。
これは流が五年間掛けて稽古してきた成果で、習い始めたばかりの頃にはこんなに上手く出来なかったらしい。
「となると、やはり頭の中の記憶だけが無くなったのだな」
桐崎が考え込むように言った時、水緒がやってきた。
目が赤い。
だが、桐崎はそれを見ても何も言わなかった。
夕辺はかなり水緒の身体を心配していたような感じだった。
だとすると目が赤いのは体調とは関係ないのだろうか。
記憶を失う前は人間と関わったことが無かったから判断が付かない。
「おじ様、流ちゃん、朝餉の仕度が出来ました」
水緒はそう言うとすぐに俯いて母屋に戻ってしまった。
「よし、流、飯にするぞ」
桐崎に言われて稽古場に木刀を置きに行くと母屋に向かった。
やがて水緒と加代が朝餉の膳を持ってきた。
朝餉が終わると桐崎に言われて庭で素振りをしていると水緒がやってきた。
「流ちゃん、そろそろお稽古の時間だよ」
と言って手拭いを差し出した。
流が受け取ると水緒は何も言わずに戻っていった。
稽古場に入ると桐崎に呼ばれた。
「お前と水緒は許嫁という事にしてあるから誰かに聞かれたら話を合わせろよ」
と桐崎に言われた。
「許嫁ってなんだ?」
「将来夫婦になるという約束をしたものと言うことだ。だがそれは縁談を断るための口実だからな」
「なんで断るのに理由が必要なんだ?」
「承諾出来ないのはお前が鬼だからだ。向こうはお前を人間だと思って申し込んできてるんだからな」
鬼だとバレてしまったら街では暮らしていけなくなる。
人間の中で生きていくには鬼だということは隠しておかなければならない。
鬼は人間より寿命が長いから頃合いを見計らって住み家を変えなければならない。
同じ家に住み続けるわけにはいかないから人間と家族になるわけにはいかないのだ。
それは子供も同じである。
縁談による縁組みをするような家は跡継ぎを作らなければいけないが流の子供は半分鬼である。
つまり子供も人間より寿命が長いから流の血を引く子を跡継ぎにするわけにはいかないのだ。
だから跡継ぎとなる子供が必要な相手と縁組みさせるわけにはいかない。
理由も無く縁談を断ると揉めることになるからもう相手がいるということにしてあるとのことだった。
「それだと水緒はどうなるんだ?」
「水緒が嫁ぐような年頃になったら他の口実を考える」
桐崎の言葉に流はあっさり頷いた。
稽古の後の片付けが終わり、母屋に戻ると水緒が布を手に何かをしていた。
「何してんだ?」
流の問いに水緒が驚いたように顔を上げた。
側に来ていたことに気付かなかったらしい。
「着物、仕立て直してるの」
「仕立て直す?」
首を傾げた流に水緒は古い着物を直してまた着られるようにすることだと教えてくれた。
「流ちゃん、この色、どう思う?」
水緒が仕立て直し中の着物を持ち上げて訊ねた。
「どうって?」
「こういう色、流ちゃんに似合いそうだと思って……」
水緒が俯いた。
「気に入るかどうか心配だったならなんで先に聞かなかったんだ?」
「記憶が無くなる前の流ちゃんはなんでも着てくれてたから」
着られればそれで十分なのだから当然だろう。
色に拘ったりはしない。
記憶が無くなったからと言って考え方や好みが変わるとは思えないのだが。
随分気を使ってくれているようだが祟名を呼んでしまったかもしれないことをそんなに気にしているのだろうか。
それとも本当は祟名を言ってしまったからそれが後ろめたいのだろうか。
しかし大ケガをするまで我慢した末に耐えかねて言ってしまったのなら仕方ないだろう。
流に対してそこまでしなければいけない義理はないはずだ。
普通なら脅されただけでも言ってしまうだろうし、我慢したとしてもそんなに酷いケガを負う前に言うのではないだろうか。
どちらにしろ流は無事だったのだからそこまで気にする必要はないと思うのだが。
記憶が無くなっても特に困ってもいない。
水緒が気を配ってくれているから不自由していないと言うのはあるにしても。
「聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
流は前夜のことを話した。
「もしかしてお前から学問を教わってたのか?」
「それは保科さんだよ」
「あの鬼の?」
その問いに水緒が頷く。
「流ちゃんと私に保科さんが教えてくれてたの」
「お前も一緒に教わってたのか? ならお前も分かるって事か?」
「保科さんが教えてくれてたところまでなら」
「…………」
保科は間違いなく鬼だった。
それなのに水緒を喰わずに学問を教えていたというのが謎だった。
流は人を喰ったことも、喰いたいと思ったこともないが、自分以外の鬼は皆人を喰ってた。
流が喰わないのだから保科が喰わなくてもおかしくないのかもしれないが、正直そんな鬼が自分以外にいるというのは信じ難い。
いつからの記憶が無くなったのかは分からないが、覚えている限り流は十歳くらいの見た目をしていた。
今は十五歳くらいの姿をしているようだ。
水緒もそれくらいの歳に見える。
度々〝五年〟という年数が出てくることから考えても知り合ったのは水緒が十歳くらいの頃。
水緒が言っていたとおり、失ったのは水緒と知り合った頃からで間違いないだろう。
桐崎から木刀の持ち方から教わったが、剣術はすぐに出来るようになった。
「身体の方は覚えているようだな」
桐崎が言った。
型を教わっただけで打ち込まれた時、どう動けば良いかは聞かなくても分かった。
これは流が五年間掛けて稽古してきた成果で、習い始めたばかりの頃にはこんなに上手く出来なかったらしい。
「となると、やはり頭の中の記憶だけが無くなったのだな」
桐崎が考え込むように言った時、水緒がやってきた。
目が赤い。
だが、桐崎はそれを見ても何も言わなかった。
夕辺はかなり水緒の身体を心配していたような感じだった。
だとすると目が赤いのは体調とは関係ないのだろうか。
記憶を失う前は人間と関わったことが無かったから判断が付かない。
「おじ様、流ちゃん、朝餉の仕度が出来ました」
水緒はそう言うとすぐに俯いて母屋に戻ってしまった。
「よし、流、飯にするぞ」
桐崎に言われて稽古場に木刀を置きに行くと母屋に向かった。
やがて水緒と加代が朝餉の膳を持ってきた。
朝餉が終わると桐崎に言われて庭で素振りをしていると水緒がやってきた。
「流ちゃん、そろそろお稽古の時間だよ」
と言って手拭いを差し出した。
流が受け取ると水緒は何も言わずに戻っていった。
稽古場に入ると桐崎に呼ばれた。
「お前と水緒は許嫁という事にしてあるから誰かに聞かれたら話を合わせろよ」
と桐崎に言われた。
「許嫁ってなんだ?」
「将来夫婦になるという約束をしたものと言うことだ。だがそれは縁談を断るための口実だからな」
「なんで断るのに理由が必要なんだ?」
「承諾出来ないのはお前が鬼だからだ。向こうはお前を人間だと思って申し込んできてるんだからな」
鬼だとバレてしまったら街では暮らしていけなくなる。
人間の中で生きていくには鬼だということは隠しておかなければならない。
鬼は人間より寿命が長いから頃合いを見計らって住み家を変えなければならない。
同じ家に住み続けるわけにはいかないから人間と家族になるわけにはいかないのだ。
それは子供も同じである。
縁談による縁組みをするような家は跡継ぎを作らなければいけないが流の子供は半分鬼である。
つまり子供も人間より寿命が長いから流の血を引く子を跡継ぎにするわけにはいかないのだ。
だから跡継ぎとなる子供が必要な相手と縁組みさせるわけにはいかない。
理由も無く縁談を断ると揉めることになるからもう相手がいるということにしてあるとのことだった。
「それだと水緒はどうなるんだ?」
「水緒が嫁ぐような年頃になったら他の口実を考える」
桐崎の言葉に流はあっさり頷いた。
稽古の後の片付けが終わり、母屋に戻ると水緒が布を手に何かをしていた。
「何してんだ?」
流の問いに水緒が驚いたように顔を上げた。
側に来ていたことに気付かなかったらしい。
「着物、仕立て直してるの」
「仕立て直す?」
首を傾げた流に水緒は古い着物を直してまた着られるようにすることだと教えてくれた。
「流ちゃん、この色、どう思う?」
水緒が仕立て直し中の着物を持ち上げて訊ねた。
「どうって?」
「こういう色、流ちゃんに似合いそうだと思って……」
水緒が俯いた。
「気に入るかどうか心配だったならなんで先に聞かなかったんだ?」
「記憶が無くなる前の流ちゃんはなんでも着てくれてたから」
着られればそれで十分なのだから当然だろう。
色に拘ったりはしない。
記憶が無くなったからと言って考え方や好みが変わるとは思えないのだが。
随分気を使ってくれているようだが祟名を呼んでしまったかもしれないことをそんなに気にしているのだろうか。
それとも本当は祟名を言ってしまったからそれが後ろめたいのだろうか。
しかし大ケガをするまで我慢した末に耐えかねて言ってしまったのなら仕方ないだろう。
流に対してそこまでしなければいけない義理はないはずだ。
普通なら脅されただけでも言ってしまうだろうし、我慢したとしてもそんなに酷いケガを負う前に言うのではないだろうか。
どちらにしろ流は無事だったのだからそこまで気にする必要はないと思うのだが。
記憶が無くなっても特に困ってもいない。
水緒が気を配ってくれているから不自由していないと言うのはあるにしても。
「聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
流は前夜のことを話した。
「もしかしてお前から学問を教わってたのか?」
「それは保科さんだよ」
「あの鬼の?」
その問いに水緒が頷く。
「流ちゃんと私に保科さんが教えてくれてたの」
「お前も一緒に教わってたのか? ならお前も分かるって事か?」
「保科さんが教えてくれてたところまでなら」
「…………」
保科は間違いなく鬼だった。
それなのに水緒を喰わずに学問を教えていたというのが謎だった。
流は人を喰ったことも、喰いたいと思ったこともないが、自分以外の鬼は皆人を喰ってた。
流が喰わないのだから保科が喰わなくてもおかしくないのかもしれないが、正直そんな鬼が自分以外にいるというのは信じ難い。
いつからの記憶が無くなったのかは分からないが、覚えている限り流は十歳くらいの見た目をしていた。
今は十五歳くらいの姿をしているようだ。
水緒もそれくらいの歳に見える。
度々〝五年〟という年数が出てくることから考えても知り合ったのは水緒が十歳くらいの頃。
水緒が言っていたとおり、失ったのは水緒と知り合った頃からで間違いないだろう。
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