ひとすじの想い

月夜野 すみれ

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第五章

第五章 第五話

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 流は女を探るように見た。
 女の方も怪訝そうな表情で流を見返している。

 話し方は馴れ馴れしいが警戒している素振りが見え隠れしている。
 水緒はもちろん、桐崎や小川もこういう態度は取らなかった。
 つまりこの女は流を身方だと思っていないのだ。

 この女は鬼だ。
 それも最可族とやらの。
 まだ水緒の話を全て聞いたわけではないが、今までに聞いたことを考え合わせると流は鬼の中でも特に最可族に狙われているらしい。
 だとしたら物忘れのことは知られない方が賢明だろう。
 流が歩き始めても女はそこに突っ立ったまま様子を窺っていた。

 水緒と人通りの多いところ――盛り場と言うらしい――を歩いていると男とすれ違った。
 その瞬間、男が水緒の懐から何かを抜き取る。
 流が即座に腕を掴んでひねり上げた。

「いででで……」
 男の手から小さな袋が落ちて鈴の音がした。
 地面に目を落とすと袋には小さな青い鳥のようなものと鈴が付いている。

 あれは……。

「あ、私のお財布」
 水緒が自分の懐に手をやって無くなっているのを確認すると財布を拾い上げる。
「こいつはどうすればいいんだ?」
 流の質問に水緒が答える前に別の男が駆け寄ってきた。
「あんちゃん、お手柄だったな」
 男がそう言って財布を盗ろうとした男のもう一方の腕を掴む。
 流が訊ねるように水緒に視線を向けると、水緒が頷いたので手を放した。
 男が男を連れていく。

「流ちゃん、ありがと」
「今のは?」
「え、ああ」
 流が捕まえたのが掏摸すり、それを連行したのは御用聞きという罪を犯した人間を取り締まる役目の者だと教えてくれた。
 掏摸は人の財布を盗むという罪を犯したから御用聞きに掴まったと言う事らしい。

 家に戻ると台所に行く前に自分の部屋に戻った。
 机の上の財布を手に取る。
 中に入っているのは以前、水緒が教えてくれた金というものだが持ち歩く必要はないと思っていたので置きっぱなしにしてあったのだ。
 金が無いと買い物が出来ないと言われたが飯は食わせてくれるし、着物が破れるような目にもわないのに何枚もある。

 何故何枚もあるのか聞いたら、洗ったり、ほつれたりしているのをつくろっている時の替えだという。
 そう言われてみればどれも綺麗で汚れが付いていない。
 記憶を失う前に流が着ていた着物は破れたり布と布のつなぎ目の糸がほどけたりしていたがここにはそんな状態の物はない。
 良く見ると裂け目のあるものもあるが、裏に布を当てて目立たないようにってある。

 だから金は必要ないと思って部屋に置いていた。
 その財布にはさっき水緒の財布にあったのと同じ青い鳥が付いている。
 互いに同じ物を持ち歩いていたのだ。

 夕餉の席で桐崎が、
「流、明日の夕方は出掛けるなよ」
 と告げた。

「なんで?」
「お仕事だよ、流ちゃんの」
 水緒が言った。
「仕事?」
「化物退治が流ちゃんのお仕事なの。流ちゃんはそれでお金を稼いでるんだよ」
「水緒が水茶屋で働いてるようなものか?」
「うん、私は水茶屋。流ちゃんは化物退治がお仕事」
 と水緒が教えてくれた。

 つまり台の下にあった金はそれで貰った金だったということか……。

 水緒の話を聞くのが楽しみになっていたのだが仕方ない。

「流、お前、水緒の送り迎えをしておるようだが……」
 討伐先に向かっている途中で桐崎が言った。
「午前中は稽古だし、午後は水緒は働きに行ってていないんだから話を聞きたかったら一緒に行くしかないだろ」
「話?」
「俺の記憶が無くなってからのだ。師匠と会う前のことは水緒に聞かないと分からないだろ。それとも水緒から聞いてるか?」
「いや、詳しいことは……」
 桐崎が知らないなら水緒に聞くしかない。
 家にいる時間が合わないのだから話を聞くためには水茶屋への往き来を一緒にするくらいしかない。
 桐崎では教えられないことだからめろとは言えなかったようだ。

 広い庭のある屋敷で流と桐崎、小川は依頼人と一緒にいた。

「ど、どうしても儂はここにいなければならないのか?」
 依頼人が震える声で言った。
 それはさっきから流も疑問に思っていた。
「化物はあなた様のところに来ます。離れたら襲われても助けられませぬがよろしいですかな」
 小川がそう言うと依頼人は小声で何やら呟いていた。
 流が首を傾げる。
 屋敷には結界が張ってあると言っていた。
 それなら屋敷の中では襲われないのではないだろうか。
 討伐をしなければならない流達は中に入ってしまうわけにはいかないだろうが。

 不意に気配を感じて流は柄に手を掛けた。
 次の瞬間、怨念の塊が依頼人目掛けて突進してくる。
 依頼人の周囲に張った結界にぶつかる寸前、流は抜刀と同時に剣を一閃させた。
 怨霊がちりとなって消える。

「流! 何をしておる!」
「何って、これが仕事なんだろ」
「そうなんだが……」
 桐崎は迂闊だったという表情で溜息をいた。
「よくやった。家の者から金を受け取ってくれ。もう帰って良いぞ」
 依頼人はそう言うと上機嫌で屋敷に戻っていった。

「何がマズかったんだ?」
「あれは依頼人に死に追いやられた者達の怨念の塊だ」
「きちんとりさせないと何度でも同じ事をやってもっと被害者が増えるだろう」
「今のは被害者の怨念なんだろ。なら被害者がいなくなったら仕事が無くなるだろ」
「物忘れをしてもやはり鬼は鬼か……」
 小川が呆れ顔で言った。

「わざわざ怨霊など生み出さずとも化物はいくらでもおる。仕事には困らん」
「依頼人が他の者を苦しめるのを止められるならその方が良い。次からはそれがしが良いと言うまで手を出すなよ」
「分かった」
「嫌な仕事であったな」
「今日は飲んで帰ろう」
「流、行くぞ」
 桐崎と小川の言葉に流は素直にいていった。
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