赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

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第二章 太一

第七話

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 太一、嘉吉、正吾と共に寺に先回りして物陰に隠れた。
 平助と伍助はお唯の跡を尾けて、他に尾けつけてるヤツがいないか目を光らせていた。
 お唯は頭に頭巾を被っていた。
 地震の避難訓練の時に使う防災頭巾を薄くしたようなものだ。
 御高僧頭巾おこそずきんと言うらしい。

 お里の着物を着ていても、頭にいつもつけている簪をしていなければ怪しまれるとお花が言ったのだ。
 幸い今日は風が強いから頭巾を被っていても怪しまれないだろう、とお花が言っていた。

 江戸の道は舗装されていないので、乾燥して風が強い日は砂埃が舞い上がる。
 だから、髪が汚れないように女性は頭巾を被ったりするらしい。
 着物を持ってきたお米は、汚したりしないようにとしつこいくらい言って帰っていった。

 着物一枚くらい、五百両に比べれば安いものだろうに。

 遠いところで鐘が三回鳴った後、この寺の鐘が九回鳴った。
 九つになったのだ。

 最初の三回は鳴らすタイミングを合わせるためだそうだ。
 それでも鐘はズレて鳴った。
 全ての寺が同時に鳴るわけではないのだ。
 時を告げる鐘がそんないい加減でいいのかと思うが、『えど』の人達は気にも止めていなかった。

 確か九つって十二時のことだったよな。

 お唯は風呂敷包みを大事そうに抱えていた。
 そのすぐ後ろにお花がやはり御高僧頭巾を被って包みを持って立っていた。
 五百両を女一人で持つのは無理なので、お里の使用人の振りをしたお花も包みを持っているのだ。
 大金に見せる為に石が詰め込まれていた。
 だから、かなり重そうだった。
 しかし、重いからと言って足下に置いたら怪しまれてしまう。

 吉次はなかなか現れなかった。
 九つ、と約束した場合、八つになるまでに来ればいいらしい。
 一刻いっこくと言えば約二時間だ。
 大雑把過ぎるような気がしたが、この時代、理不尽なことはいくらでもある。

 例えば時間だ。
 明け六つから五つ四つと来て次が九つだ。そこからまた一つずつ減っていって暮れ六つになる。
 明け方から夕暮れまでを六等分するなら何故一つから六つまでにしないのか。
 これのおかげで時間を覚えるのに随分かかった。

 どれくらい待っただろうか。

「来やした!」
 太一が小声で言った。
 見ると、着物を尻っぱしょりした男が、懐手ふところでをして近付いてくるところだった。

 あんまりいい男だと思えないのは、お里がのぼせ上がっていて実際より良く見えたのか、江戸時代のいい男の基準が現代とは違うのか、どちらかだろう。
 吉次は一人ではなかった。
 後ろから三、四人の男がついてくる。
 吉次がいつものお里と違う様子に違和感を覚えて立ち止まったところで、夕輝は隠れていた木陰から出た。

「なんだ手前ぇ! お前ぇも里じゃねぇな!」
 その言葉を合図に、平助達が一斉に出てきて吉次達を取り囲んだ。
「お花さん、お唯ちゃん、もういいですよ。怪我しないように離れてて下さい」
 夕輝はお唯の前に出て言った。
「くそ!」

 吉次の仲間達が匕首で平助達に突っ込んでいった。
 平助達が十手を出して男達と戦い始めた。
 吉次は一番弱そうな太一に向かって走り出した。
 夕輝は素早く吉次の前に立ちふさがった。

「野郎!」
 吉次は懐に呑んでいた匕首を出した。
 それを腰だめにして突っ込んでくる。
 体を開いてよけると吉次は匕首を横に振り払った。
 それを後ろに跳んでよけた。
 吉次はそのまま夕輝の横を通り過ぎた。
 そこへ太一が脇から飛びついた。

「放せ!」
 太一と吉次が揉み合ってるところに、平助がやってきて素早く縄をかけた。
 夕輝は、後ろ手に縛られた吉次の懐を探った。
 紙のような手応えがあった。
 それを引っ張り出す。

「あ! 返せ!」
 吉次がもがいたが、平助に押さえられていて動けなかった。
 夕輝は畳まれていた紙を広げた。
 紙には黒い鳥が沢山書かれていた。
 そこに字が書いてある。

 …………読めない。

 紙を平助に渡した。

「これですよね?」
 平助は紙に目を落とすと、
「間違ぇねぇな。お里って娘に返してやんな」
 と言って夕輝に渡した。
 夕輝はそれを懐に入れると、吉次に向き直った。
「お前、ホントに最初から金目当てだったのか?」
「たりめぇだろ」
 吉次が夕輝を睨み付けて答えた。

 夕輝はお花とお唯を長屋まで送っていってから、借りた着物と起請文を持ってお里の店に向かった。
 表から行っては迷惑だろうと考え、裏に回った。

 ちょうど裏口のそばにある台所にお米がいたので渡して帰ろうとすると、
「お嬢さまが上がっていただくようにと申してましたので」
 と言って夕輝を中へ案内した。

 中は峰湯とも、お花の長屋とも違っていた。
 通されたのは、どうやら客をあげる部屋らしい。

 まぁ、女の子の部屋に男を案内するわけにはいかないしな。

 お米がお茶を運んできてしばらくするとお里がやってきた。

「これで間違いないかな」
 夕輝が起請文を見せると、お里はひったくるようにして受け取り、中身を改めるとそれを細かく破った。
「有難うございました。お礼は何がいいですか?」
「いいよ、俺は大したことしてないし」
「後で法外な要求をされても困りますから今しておきたいんです」

 お里を助けたのは自分ではない。
 平助や伍助、正吾やお花、お加代、お唯達だ。それと太一。
 自分だけ貰うわけにもいかないし、かといって全員に礼をしろというのも無理だろう。

 少し考えてから、
「……それじゃあ、簪を一つ買ってくれるかな」
 と言った。

「簪……ですか」
「君の身代わりになってくれた子にあげたいんだ」
「ああ」
 お唯を知らないお里は、訳知り顔で頷いた。
 夕輝が恋人にでも渡すと思ったらしい。
 面倒なので説明はしなかった。
「分かりました。後で峰湯に届けさせます」

「これ、私に?」
 お唯は目を見開いて、夕輝から手渡された赤い玉のついた簪を見つめていた。
「代わりをしてくれたお礼だってくれた物だよ」
「ホントに貰っていいんですか?」
「お唯ちゃん、遠慮なく貰っておきなよ」
 お花が言った。

「でも、私だけ貰うなんて……」
「いいからいいから」
「ほら、夕ちゃん、お唯ちゃんにさしてあげなよ」
「え、でも、俺、簪の挿し方なんて知らないから……」
「しょうがないねぇ」
 お花は笑いながらお唯の髪に簪を挿した。

「お唯ちゃん、よく似合ってるよ」
「夕輝さん、有難うございます」
 お唯が頭を下げた。
「いや、俺からじゃないから」
 夕輝は慌てて手を振った。
「それじゃあ、俺、峰湯を手伝わなきゃいけないから」

 夕輝は逃げるようにその場を離れた。
 後ろからお花達の弾けるような笑い声が聞こえた。
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