赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

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第三章 未月椛

第一話

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「親分! 殺しだ!」
 朝餉を食べ終えたとき、兵蔵が息を切らせて飛び込んできた。
 平助はすぐに立ち上がった。
「場所はどこでぇ!」
「へい、諏訪町の大川端です」
「よし! 行くぞ!」
 平助は兵蔵を連れて飛び出していった。

 夕輝が稽古場へ行くために峰湯を出ると太一が待っていた。

「兄貴! おはようございやす」
「おはよ。兄貴はやめろ」
「親分さんが飛んでいきやしたぜ。兄貴は行かないんですかい?」
「俺は御用聞きでも下っ引きでもないからな」
 夕輝はそう言うと歩き出した。
「稽古場に行くんでやすよね。お供しやす」
 太一がついてくる。

「お前、稽古場に来てもすることないだろ」
「兄貴の稽古が終わるまで待ってやす」
「もっと他に出来ることがあるだろ。そんな暇があるなら真面目に働け」
「それじゃあ、峰湯を手伝いやす」
 太一はそう言って峰湯の方に走っていった。
「あ……」
 今日は風が強いから休みだ、と言う前に行ってしまった。

 風呂は火を使うので風の強い日は火事を起こさないように湯屋は休みになるのだそうだ。
 ちなみに、庶民の家に風呂がないのも火事を起こさない為だそうだ。
 なので、『えど』の町には湯屋が多い……らしい。

 実際、火事はよく起きた。
 夕輝がここへ来てから一月の間に数回は火事があった。
 だから長屋などは三年で元が取れるような安っぽい作りなのだとか。
 この地震大国日本の建築物として耐震構造的な問題はどうなってるのかと心配になったが敢えて聞かなかった。

 初めて半鐘はんしょうを聞いたときは、近くだったこともあって本当にびっくりした。
 読売よみうりにも火事のことはよく書かれていて、お峰やお花はそれを見て、知り合いが被害に遭っていると見舞いに行ったりしている。
 それはともかく、休みでも雑用くらいはあるだろう。
 夕輝はそのまま稽古場へ向かった。

 稽古場から帰ってくると、お峰に呼ばれた。

「夕ちゃん、あの子、知り合いだろ?」
 お峰がお茶をすすっている太一を指して訊ねた。
「えっと……知り合いっていうか……」
「今朝からうちで仕事してるけど……」
「あ、すみません。ご迷惑でしたか? 俺から言って……」
「いや、逆だよ。助かったからさ。これからもやってくれるなら正式に雇ってもいいんだけど、あの子の方はどうかと思ってさ」
「じゃあ、訊いてきます」
 夕輝がお峰の言葉を太一に告げると、
「兄貴はどう思いやすか?」
 と訊ねてきた。

「俺は関係ないだろ。お前はどうしたいんだよ」
「あっしみてぇなのを雇ってもらえるんなら喜んでやらせていただきやす」
 太一はそう言うと、お峰に向かって、
「よろしくお願いしやす」
 頭を下げた。

「え? 一件じゃなかったんですか?」
 夕輝が聞き返した。
 夕餉の席だった。
 平助が説明したところによると、女は大川端の土手に倒れていた。
 格好からしてどこかの女中らしいがまだ身元が割れてないという。
 身元がすぐに割れなかったのはそれほど珍しいことではないが、問題は殺され方だった。
 腹を切り裂かれ、内臓が残らず引っ張り出された上で食い散らかされていたのだ。
「経験の少ない下っ引きの中には吐いちまったヤツもいるくらいひどかったぜ」

 見に行かなくて良かった。

 これまでにも三回、同じような死体が見つかったそうだ。
 いずれも十四、五歳くらいの若い女の子だという。

 事件はそれだけではない。
 平助は直接探索に当たってないらしいが、ここのところ神社や仏閣で子供が殺され、その血で神域を穢す事件が多発しているのだという。

「お前さん、同じ目に遭わないように気を付けておくれよ」
 お峰が心配そうに言った。
「今んとこ狙われてんのは女子供ばかりだからな。その心配はねぇよ」
「俺に出来ること、ありますか?」
「捕り物の時ぁは頼むぜ」

 夕餉の後、夕輝が素振りをしようと繊月丸を持って裏庭に出ると、赤い満月が出ていた。

「望だよ」
 繊月丸が少女の姿になって言った。
「え?」
『ぼう』と聞いてもすぐには分からなかった。

 そういえば、繊月丸に連れられていった寺で襲ってきた連中が、望がどうのとか言ってたっけ。

「凶月になった望がやったの」
 繊月丸は辛そうな顔をしていた。
「……さっきの話のこと?」
「そう。止めてあげて。望は泣いてる。助けてあげて」
「助けるってどうやって……」
 そう聞いたときには繊月丸は刀の姿に戻ってしまっていた。

「夕ちゃん、ちょっと待っとくれ」
 稽古場に出かけようとしていた夕輝をお峰が呼び止めた。
「これを持っておいき」
 お峰は小さな巾着を夕輝の手に乗せた。
「これは……?」
「少ないけどお小遣いだよ」
「そんな、いただけません」
 夕輝は巾着を返そうとした。
「いいから、いいから。稽古場の帰りはお腹すくだろ。これでなんか買ってお食べ」
 そう言って強引に夕輝に押しつけると、
「気を付けて行っておいで」
 巾着を返す間を与えずに家の中に戻っていった。

 ただでさえ居候してるのに、この上小遣いまで貰ってしまうなんて申し訳なかった。

 金を稼ぐ方法があればなぁ。

 この時代にアルバイト的なものはあるのだろうか。
 そのとき、向こうから太一がやってきた。

 そうだ! 太一なら知ってるんじゃないか?

 そう思って立ち止まった。

「兄貴、おはようございやす」
「兄貴はやめろ。おはよ。ちょっと訊きたいことがあるんだけどいいか?」
「なんでやすか?」
「なんかこう、短い時間で金を稼げる方法ってないか?」
「短い時間で、でやすか」
「稽古場と峰湯の手伝いの合間に出来るようなのがいいんだけど。小遣い程度でいいんだ」

「兄貴の腕なら賭場とばの用心棒とか、喧嘩でいりの助っ人とか出来ると思いやすが」
「真っ当な仕事で、だよ」
「それなら宮戸川辺りでウナギを捕るとか」
「川にウナギがいるのか!?」
「兄貴の住んでた所にはいなかったんで?」
 驚いている夕輝を見て、太一の方がびっくりしたようだ。

「で、宮戸川ってどこ?」
「大川でやすよ」
 隅田川は場所によって呼び名が違うそうだ。

 この時代って隅田川でウナギが捕れたのか。

「そのウナギ捕りって俺にも出来るか?」
「出来ると思いやすよ」
「じゃあ、今度教えてくれ」
「分かりやした」
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