赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

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第五章 桐生祥三郞

第一話

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 板塀に囲まれた小さな一軒家が並んでいる一角に夕輝は立っていた。

 椛の家の前である。
 夕輝は枝折しおり戸の前で迷っていた。
 聞きたいことがあってがあって訊ねてはきたものの、そんなに親しい仲でもないのに、と思うと図々しい気がするのだ。

 しかし、このままでは……。

「夕輝さん? どうしたんですか?」
 不意に後ろから声をかけられて、振り返ると風呂敷包みを手にした椛が立っていた。
 どこかからの帰りのようだ。
「私に御用ですか?」
「うん、その……」
「中に入りますか?」
 椛が家の方に手を振った。

「ご家族がいるんだよね?」
 椛の家族に聞かれたくないのだとすぐに察してくれ、
「では、歩きながら話しましょう」
 そう言って歩き出した。
 夕輝が隣に並んだ。

「それで? どうされたんですか?」
 椛が促した。
「今、頼まれて用心棒をやってるんだけど……」
「橋本屋ですね」
「知ってるの? もしかして、俺のこと調べた?」
 ならず者に取り囲まれてやり返した後、太一が夕輝を「兄貴」と言ったにもかかわらず、仲間じゃないと言ったときすぐに信じてくれたことを思い出した。
 あれは自分を探って知っていたからではないのか。

「初めて助けていただいたとき、狂言ではないかと思って念のため後を尾けました。その結果、天満の一族の方だと分かったので、改めて……」
 やはり、と言う思いがあったので腹は立たなかった。
 夕輝には後ろ暗いところはないので、むしろ探って潔白を確かめてくれて良かった。

「じゃあさ、お里ちゃんを狙ってる奴にも心当たりある?」
「私を狙っているのと同じ相手です」
「え、でも……」
 椛を狙ってるのは望のはずだ。
「もしかして、未月の一族って言うのと関係あるの?」
「残月……は説明という柄ではないですね。朔夜ですか」
 やっぱり、天満の一族について何か知っているのだ。
「繊月丸」
 夕輝の答えに椛は納得したように頷いた。

「どうして、未月の一族は狙われてるの?」
「一つは天満の一族が滅んでも未月の一族がいる限り凶月の望みは達成されないから」
「もう一つは?」
にえとして最も適しているから」
「贄!? 贄って、生贄いけにえのこと!?」
 椛は頷いた。

 生贄なんて何に使うんだろう……。

「でも、お里さんは未月の一族ではありません」
「え?」
「似ているんです。お里さんと……あのお唯って言う子」
「お唯ちゃんも!?……って、何が?」
「匂いが」
「なんの?」
「血の匂いです」

 それも贄って言うのと関係があるのだろうか。

「でも、そもそも天満の一族って何? 凶月って言うのは何をしたいの?」
「それを話す権限は私にはありません。朔夜か繊月丸に訊いて下さい」

 朔夜には聞いても無駄だろう。
 繊月丸なら話してくれるかな。

「じゃあ、お里ちゃんのことはどうすればいいの?」
「似てはいても、二人は未月の一族ではありません。向こうがそれに気付けば狙われなくなるはずです」
「どうすれば分かってもらえるの?」
「一番簡単なのは血を舐めさせることなんですが……」
「それは無理」
「でしょうね」
 二人は一時、黙り込んだ。

「私にもどうすればいいか分かりません。父と兄に相談してみます。何か分かればお知らせします」
「面倒かけてごめんね」
「夕輝さんには助けていただきましたから」
「助けられたのは俺の方だよ」
「最初に助けていただいたのは私です」
「でも、結局俺の方が……」
 そう言いかけた夕輝に椛が微笑んだ。

「よしましょう。どちらが助けたとか、助けられたとか言うのは」
「そうだね」
 椛の笑みにつられて夕輝も笑った。
「有難う」
 夕輝はそう言うと椛と別れた。

 やっぱり、当分はお里の護衛を続けなければいけないのか。
 お里が未月の一族と間違われて狙われてるからと言って、狙ってくるヤツに「違う」と言っても無駄だろう。
 繊月丸は雇われてるヤツだと言っていたし、そう言うのは違うと言われても引き下がるわけにはいかないはずだ。
 夕輝はうんざりした。

「兄貴、お里さんの使いが待ってやすぜ」
「兄貴って言うな。分かった」
「女将さんにはもう言ってありやすので」
「そうか、サンキュ」
「さんきゅ?」
「ああ、いや、ありがとって事だよ」
「兄貴の国では有難うのことをさんきゅって言うんで?」
「う~ん、俺の国って言っていいのかなぁ」

 thank you.は英語だが、サンキュだと、和製英語だし……。

 説明したいが、日本は鎖国中のはずだ。
 イギリスとは国交がなかったはずだから、英語はまずいだろう。
 だからお唯にも口止めをしたわけだし。
 どう説明すればいいのか考え込みながら歩き出した。
 太一が後からついてくる。

「夕輝さん、遅かったですね」
 お里が非難がましく言った。
「ちょっと行くところがあってね」
「私だって出掛けるところがあるんです。出掛けるのが遅くなったら、帰りも遅くなるじゃないですか」
 君の為に行ったんだよ、と言いたかったが黙っていた。
 どうせ言い訳にしか聞こえないだろう。
 やっぱりお里は苦手だ。
 夕輝は、腹立たしげなお里の後について歩き出した。

 帰り道、あと少しで橋本屋に着く、と言うとき、
「すみません、この辺で女の子を見ませんでしたか!」
 二十代半ばくらいの女性が必死の形相で訊ねてきた。

「子供がいなくなったんですか?」
 夕輝の脳裏にこの前の異形のものがよぎった。
「この辺に神社かお寺はありませんか?」
「神社ならそこに……」
「太一、お里ちゃんを送って行ってくれ。俺は神社に行ってくる」
「ちょっと待って下さい。ちゃんと送ってもらわなければ困ります」
「もう見世は見えてるだろ」
「でも、ちゃんと送り迎えしてくれる約束じゃないですか!」
「じゃあ、ついてくれば? 行きましょう」
 夕輝は女性を促して走り出した。
 お里は少し迷った後、ついてきた。

 そこは小さな神社だった。
 鳥居をくぐるとすぐに祠があった。
 その祠が血に染まっている。

「おまさ!」
 女性が祠の前に倒れている女の子に走り寄った。
 女の子は首から血を流して倒れている。
 女性が抱き起こすと、女の子の首が変な方向にねじ曲がった。
「―――――!」
 お里が少女の遺体を見て悲鳴を上げた。

 女の子の遺体の近くにあの異形のものが立っている。

「な、なんだ!? 兄貴! 化け物でやす!」
 異形のものが振り返った。
「十六夜」
 いつの間にか繊月丸が横にいた。

 夕輝は刀の姿になった繊月丸を掴んだ。
 異形のものの腕は血で染まっていた。
 夕輝は刀を鞘から抜く。
 左手に鞘を持ったまま、右手で青眼に構えた。
 異形のものが右手を振りかぶる。
 振り下ろされた右手を鞘で弾くと、左腕を払ってきた。
 屈んで左腕をかいくぐると、踏み込んで刀を横に払った。
 頭が胴体から離れると同時に粉になって消えた。

「き、消えた……、兄貴、今のは一体……」
「おまさ! 起きておくれ、おまさ!」
 太一の問いを母親の悲痛な叫びが遮った。

 夕輝達は女性の方を見た。女性は子供にすがって泣き叫んでいる。
 三人は言葉もなく女性と女の子を見つめていた。
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