赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

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第五章 桐生祥三郞

第二話

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 やがて我に返った太一が、
「平助親分を呼んできやす!」
 と言って駆け出していった。

 しばらく待つと平助が兵蔵を連れてやってきた。
 それと前後して嘉吉と共に、供を連れた東も臨場した。

「ひでぇことしやがる」
 平助は怒りに声を震わせた。
「一体ぇ誰がこんな……」
「化け物よ!」
 お里が裏返った声で言った。
「化け物?」
「のっぺらぼうみたいなヤツでやした!」
 太一も言った。
 平助はお里と太一に目を向けた後、夕輝の方を見た。
「化け物ってな、なんだい」

 平助の問いに、太一とお里が代わる代わる説明した。
 この前女の子を助けたとき、夕輝は異形のもののことを平助には言わなかった。
 信じてもらえないと思ったからだ。
 しかし、今回は太一とお里も見ている。

 二人の説明が終わると、平助は確認するように夕輝を見た。
 夕輝は黙って頷いた。

「化け物ねぇ。しかも、消えちまったんじゃお縄にするわけにもいかねぇな」
 平助は、どうしやす? と言うように東に目を向けた。
「念のためだ。他に見たもんがいねぇか、辺りを聞き込んでこい」
 平助にそう指示した東は、女性に話を聞き始めた。
 平助は夕輝達の方を見た。
「お前ぇ達はもう帰ぇっていいぜ」
 その言葉に、夕輝と太一はお里を橋本屋に送っていくと、峰湯に帰った。

 翌日、稽古場の稽古から峰湯に戻った夕輝は、お里の使いが来ていなかったのでお花の長屋へ向かった。
 太一が当たり前のような顔をしてついてきた。
 椛が、お里だけではなく、お唯も未月の一族に似ていると言っていたことが気になっていた。
 お唯まで狙われないか心配で長屋に様子を見に行くと、何やら騒がしかった。

 長屋の一室の前に住人達が集まっていた。

「お花さん、どうしたんですか?」
 夕輝はお花を見つけて話しかけた。
「あ、夕ちゃん、お唯ちゃんの迎えがきたんだよ」
「迎え?」
「吉原から……」
「吉原!? 吉原って遊郭の!?」
「そうだよ」
 それではお唯は遊女になるのか!?

「だって、お唯ちゃんは奉公だって……」
「吉原の遊女は年季奉公だよ」
 お花が当たり前のように言った。
「そんな……」
 夕輝は絶句した。
 だからお唯は奉公に行くと言ったとき悲しそうな顔をしていたのか。
 人垣の後ろから部屋を覗くと、お唯と目が合った。

「夕輝さん……」
 お唯がすがるような目で夕輝を見つめた。
 手には夕輝が贈った簪が握られている。
 夕輝は声も出せなかった。
 お唯の手を取って助けたい。

 でもどうやって?

 お唯の両親の借金を返せるだけの金は持っていない。
 今から働いたって稼げるとは思えない。
 稼げるくらいなら借金したりするはずがないのだ。
 ただお唯を見つめるしかなかった。
 夕輝とお唯の視線が絡み合い、二人は見つめ合った。
 やがて、お唯は俯くと男に続いて歩き出した。
 夕輝は拳を握りしめた。

 自分が情けなかった。
 なんで助けるって言えないんだろう。
 一生かかっても働いて返すからって……。
 言えるわけがない。
 言ったら帰れなくなる。
 だから、言えなかった。
 ごめん、お唯ちゃん。
 夕輝はうなだれた。

「兄貴……」
 太一が同情するような目で夕輝を見上げた。
「無理でやすよ。お唯ちゃんの借金はちょっと働いたくらいで返せる額じゃないでやすよ」
 太一が夕輝の考えを見抜いたように言った。
「……どうしてそんなことが分かるんだよ」
「どうしてって……そうじゃなきゃ、吉原に売られたりはしないでやすし……」
「…………」
「お花さんも言ってたように、年季奉公でやすし、お唯ちゃんも年季が明ければ帰って来やすよ。お唯ちゃんならきっとすぐに稼いで……」
「稼ぐって身体を売るって事だろ」
 夕輝は太一の言葉を遮った。

「そうでやすけど……でも、見世に出るのは十七になってからでやすし……禿かむろになるって言ってやしたから……」
 太一が慰めるように言った。
「禿って雑用か何かか?」
「あんなに可愛い子を雑用に使うと思いやすか? 禿って言うのは花魁見習いでやす。教養を磨く為に教育されるんでやすよ。きっと売れっ子になりやすよ」
「だからそれ身体売ってだろ」
「でも、花魁になれば大店に身請けされて、そこのお内儀にもなれるかもしれないでやすし。裏店にいたら絶対無理でやすよ」

 お内儀というのは嫁のことらしい。
 いくら高級とは言え娼婦には違いないのではないか。
 現代なら高級でも娼婦だった女性は、普通の家でだっていい顔をされないはずだ。

「花魁ともなれば、教養もありやすし、客あしらいも上手いでやすからね」
 夕輝は身体を売ることに拘ってしまうが、江戸時代はそれほど気にはしなかったのだろうか。
 お花やお加代をはじめとした長屋の人達も仕方なさそうな顔をしている。
 夕輝は無力感に打ちのめされて長屋を後にした。
 太一の言葉も慰めにはならなかった。

 峰湯に戻ると、お里の使いが来ていた。
 狙われてるって分かってるんだから家で大人しくしてようとは思わないのかな。
 まぁ、太一は嬉しそうだからいいけど。

 お里の送り迎えをした帰り道。
 暮れ六つの鐘も鳴り終わり、東の空から広がり始めた夜が西の空へと広がっていく。

「すっかり遅くなったな」
「腹減りやしたね」
 そんな話をしながら前を歩く女性を追い抜いたとき、不意に血の臭いがした。

 え?

 夕輝が振り返るのと女性が倒れるのは同時だった。

「大丈夫ですか!」
 夕輝は慌てて駆け寄った。
 女性を抱き起こすと血の臭いが一層強くなった。
 女性の身体は恐ろしく軽かった。
 辺りが薄暗いからだろうか。
 青い顔をしているように見える。
 肌は真っ白で、透き通るようというのはこう言うのを言うのだろうか。
 着物越しに触れた身体は骨張っていて、ものすごく痩せていた。

 ふと、女性の顔に見覚えがあるような気がした。
 女性の方も夕輝を見てはっと息を飲んだような表情をした。

「す、すみません……」
 女性が身を起こそうとする。
「無理しないで休んだ方が……」
「いえ、大丈夫です」
 女性が立とうとするので、夕輝と太一は立ち上がるのに手を貸した。
「送りますよ。どこへ行けばいいですか?」
「そこの橋のたもとへ……」
 女性が橋を指した。
 二人は女性を支えながら橋へ向かった。

「ここで結構です。連れが来ますので」
「一緒に待ちましょうか?」
「いえ、もう大丈夫です。有難うございました」
 それでも一緒に待つと言ったのだが、女性が強硬に行ってくれと言うので、夕輝と太一は女性を置いて歩き出した。

 しばらく行って振り返ると、武士と思われる二本差しの人影が橋を渡ってくるところだった。
 見ていると、女性は男性に抱えられるようにして、夕輝達とは反対の方へ歩き出した。

「なぁ、今の女の人さ……」
「きれいでやしたね」
「そうじゃなくて。血の臭いがしなかったか?」
「気が付きやせんでしたが」

 太一が振り返った。
 つられて夕輝も後ろを見たが、もう二人の姿は見えなかった。
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