赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

文字の大きさ
32 / 42
第五章 桐生祥三郞

第三話

しおりを挟む
「化け物?」
 夕餉の席だった。
 今朝の殺しを目撃した者がいて、その話によると殺したのは化け物だというのだ。
「もしかして、のっぺらぼうでやすか?」
 太一が訊ねた。
 夕輝と同じく、この前の異形のものを思い浮かべたらしい。
「いや、女の化け物だそうだ」

 目撃者の話によると、倒れている女のはらわたを、髪を振り乱した女が四つん這いになって犬のように喰らっていたというのだ。
 夕輝は顔をしかめた。
 食事時に聞きたくはなかった。
 太一はわずかに眉をひそめながらも、箸を止めなかった。

 案外図太いんだな。

 夕輝は感心して太一を見た。
 ふと、さっきの女性のことを思い出した。

 まさかね。

 血の臭いだけであの女性だと決めるのは早計だ。
 あの細さからすると労咳ろうがいで大量の喀血かっけつでもしたのかもしれないし、どこかに大怪我でもしていたのかもしれない。
 それに、太一は気付かなかったと言っていた。
 きっと、気のせいに違いない。

 夕餉が終わると、繊月丸を持って裏庭に出た。

「繊月丸」
 夕輝が呼びかけると、繊月丸は少女の姿になった。
「何?」
「天満の一族って何? 何やってるんだ?」
「天満の一族はこの地上を支配してる」
「支配? じゃあ、偉いのか? 何でも出来るのか?」
 夕輝は思わず大きな声で訊ねた。

 支配しているならお唯を助けられるのではないのか?

 それを訊いてみた。

身請みうけって事?」
「よく分からないけど、それでお唯ちゃんは助かるのか?」
「助けられるけど、十六夜は帰れなくなるよ」
「どっちかなのか?」
「うん」
「支配者なんだろ。お唯ちゃんを助けられないなら何をしてるんだ?」
「何もしないよ。天満は天の一族だから地上のことには干渉しない」
「じゃあ、なんの為に支配してるんだ?」

 何もしないのなら支配していると言えるのか?

地下蜘蛛じげぐもから地上を守ってる」
「地下蜘蛛? それ何? そいつが何をするの?」
「地下蜘蛛は地下に住んでる。人の血を糧にして生きてる」

 人の血……。

「もしかして、人のはらわたを喰らっていたって言う……」
「それは地下蜘蛛に取り憑かれた人間」
 繊月丸は、地下蜘蛛は地上を狙っている、と言った。
 地下蜘蛛の糧は人の血だから、地上へ出て人間達を喰らいたいと思っているが、天満の一族が押さえているから出てこられないのだと言う。
「取り憑かれた人間? 地下蜘蛛そのものじゃなくて?」

 繊月丸によると地下蜘蛛は炎の姿で人を喰らうのだという。
 喰われた人間は黒焦げになる。
 天満の一族が地下蜘蛛を押さえきれなくなったとき、地上で大火が起き、何万人もの人が地下蜘蛛に食われるのだという。
 明暦の大火などは天満の一族が押さえきれなかった地下蜘蛛が大量に地上に出てきたものだそうだ。

「人をらってる人間って言うのはなんなんだ?」
「それは亜弓あゆみ
「亜弓?」
「亜弓は望月もちづきを打ち落とす為に地下蜘蛛の手先にされた人間」
 そのため、望が凶月になったと繊月丸が悲しそうに言った。

「亜弓は元は未月かえでだったもの」
「未月? もしかして椛ちゃんの……」
「お姉さんだった」
「だったって今は違うの?」
「今は亜弓」
 よく分からないが、もう未月楓とは違うと言うことらしい。

「十六夜。望を助けてあげて」
「凶月になったのに?」
「望は悪くない。望のせいじゃないの」
 繊月丸は大粒の涙を流しながら言った。
「……望が好きだった?」
「望はいつも優しかった。十六夜みたいに」
「俺は優しくないよ」
 自分は唯を助けなかった。

「望を止めてくれる?」
「望が死ぬことになるかもしれない。それでも?」
「それで望が泣かなずにすむようになるなら」
「そうか」

 夕輝に望を助けることが出来るかは分からない。
 ただ、繊月丸の悲しそうな顔は見たくないと思った。
 もう誰かが悲しむのを見るのは嫌だ。
 夕輝は刀の姿になった繊月丸を掴むと、嫌なことを振り払うように一心に素振りを始めた。
 東の空から昇ってきた月が西の空に傾くまでひたすら振り続けた。

 翌朝、稽古場で拭き掃除を終え、雑巾を片付けていると、
「夕輝殿!」
 祥三郞がやってきた。

「祥三郞君、おはよう」
 夕輝がそう声をかけると、祥三郞は顔を寄せてきた。
「夕輝殿、お気を付けて」
 祥三郞が小声で囁く。
「何が?」
「谷垣殿です」
「谷垣? ああ」
 以前、夕輝に一緒に帰るように言って祥三郞に荷物持ちをさせようとした門弟だ。

「この前のことを根に持っています。きっと仕返しをする気故、隙を見せぬように」
「有難う」
 夕輝がそう答えたとき、
「天満!」
 当の谷垣に呼ばれた。
 その後ろに、見知らぬ青年が三人立っていた。
 この稽古場の門弟ではない。
「なんですか?」
 夕輝は谷垣に歩み寄った。
 谷垣はにやにや笑いながら後ろの三人を振り返った。
「この三人は高田稽古場の門弟だ。お前と試合をしたいそうだから受けてやれ」

 なるほどね。

 自分が夕輝を叩きのめすと師匠に叱られるから、他の稽古場の者にやらせようという魂胆らしい。

「他流試合は禁じられてます」
「他流ではない。高田稽古場の高田先生は、我が大久保稽古場の大久保師匠と同じ中野稽古場で学んだ兄弟弟子だ」
「……そう言うことなら」
 仕方なくそう答えたとき、祥三郞が後ろから袖を引いた。
「駄目です、夕輝殿。谷垣殿のいつもの手です。あの三人は高田稽古場の高弟で、必ずうちの師匠の留守の時を見計らって連れてくるんです」
 祥三郞が小声で言った。
 さり気なく周りを見ると、皆こちらの様子を窺っていた。
 祥三郞の言う通り、良くあることのようだ。

「大丈夫。適当に負けてやれば気が済むよ」
 夕輝は祥三郞に囁き返した。
「しかし……」
 まだ何か言いたそうな祥三郞を残して、夕輝は壁に掛かった木刀を手に取った。
 高田稽古場の高弟三人は、背が高く――夕輝よりは低いが――がっしりしている肌の浅黒い男が石川、中肉中背の狐みたいな顔をしているのが奥野、眠そうな目をしている少し小太りの男が麻生と言った。

 夕輝が木刀を持って稽古場の中程に立つと、他の門弟達が壁際に退いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...