赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

文字の大きさ
39 / 42
第六章 望

第四話

しおりを挟む
「次は天満から仕掛けてきなさい」
「はい。よろしくお願いします」

 夕輝は礼をすると木刀を構えた。
 二回とも木刀が弾かれた瞬間には喉元に決まっていた。
 なら、すぐに左右のどちらかによれば突きはかわせる……か?
 もう夕輝の頭から、他のことは消えていた。

 夕輝は三度木刀を構えた。
 師匠は相変わらずゆったりと構えていた。
 深呼吸をして息を整えると、足裏を擦るようにしてじりじりと間を詰め始めた。
 一足一刀の間境の半歩手前までくると足を止めた。
 師匠は静かに構えているだけなのに、踏み込める隙がなかった。
 辺りは静まりかえり、針の落ちる音でも響きそうだった。
 夕輝は斬撃の気配を見せたが、師匠は動かなかった。

 かさっ

 外に枯れ葉が落ちる音が聞こえた。
 刹那、夕輝は大きく踏み込むと、突きを放った。

 弾かれた!

 と思った瞬間には師匠の突きが喉元に決まっていた。
 横によける間などなかった。

 二人は再び離れると、木刀を構えた。
 師匠はすっと近付いてくると、一足一刀の間境の半歩手前で止まった。
 師匠の身体が大きく膨らんだように見えた。
 気圧されているのだ。
 夕輝は必死に耐えた。
 先に攻め込んでダメなら後の先を取るしかない。
 しかし、師匠の威圧に、夕輝の剣先がふっと浮いた。
 師匠が斬撃の気配を見せた。
 夕輝の身体が躍った。
 木刀を真っ向に、力一杯振り下ろした。
 師匠の木刀と弾き合った。
 とっさに左に跳びながら二の太刀を小手に。
 しかし、小手に届く前に師匠の面が決まっていた。
 踏み込みが甘いのだろうか。

 なら今度はもう少し深く……。

 夕輝は肩の力を抜くと、ゆっくりと間を詰め始めた。
 一足一刀の間境までくると、素早い寄り身で師匠の懐に飛び込んで面を放った。
 その瞬間、夕輝の木刀は跳ね上げられ、師匠の胴が決まった。
 夕輝は息を吐くと木刀を下ろした。

 やっぱり、考えが甘かったか。

 どうすれば良かったか、考えながら額の汗をぬぐった。
 道着も汗でびっしょりになっている。
 しかし、師匠の方は息も乱していなかった。

「次で最後にしよう」
「はい」
「天満は実戦を経験しているようじゃな」
 師匠はそう言うと、木刀を床に置いた。
「天満、そのまま打ち込んできなさい」

 何故木刀を置いたのか分からなかったが、きっと何か考えがあるのだろう。
 師匠は素手のまま空手のように構えている。
 夕輝は素直に青眼に構えた。
 大きく深呼吸をして息を整えると、真っ向から振り下ろした。
 師匠は体を開いてそれを交わすと、夕輝の木刀の峰の部分を右の手のひらで押さえ、下に押しながら左手で木刀の柄を取った。

 あっと思ったときには夕輝は木刀を奪われ、左脇腹の寸前で止まっていた。
 師匠が間合いに入ってから木刀を取られるまで、ほんの一瞬だった。
 これが実戦なら逆袈裟に斬り上げられていたところだ。

「これは……」
「無刀取りじゃ。稽古場の稽古では無用のものじゃが実戦では何かの役に立つこともあろう」
「有難うございました」
 夕輝は師匠に礼をした。
「石川達に勝ったことで慢心しているかと思ったが、そうではないようで安心したぞ」
「はっ!」
「これからも精進しなさい」
「はい!」
 夕輝が師匠に礼をすると、師匠は頷いて母屋へ戻っていった。


 その日、夕輝は峰湯の手伝いをしていた。
 祥三郞が来ていたが、長八がしごかれるのを見ていてもしょうがないので、手伝いに戻ったのだ。
 夕輝は袖で額の汗をぬぐった。
 風が気持ちいいな、と思い、ふと、さっきより強くなっていることに気付いた。

 風か……。

 何か引っかかるが、それが何だったか思い出せなかった。
 仙吉が割った薪を抱えていると、太一とお花が前後して駆け込んできた。

「兄貴! 大変でやす!」
「夕ちゃん! お唯ちゃん知らないかい!」
「お唯ちゃんがどうしたんですか!」
 夕輝は太一とお花を交互に見た。
「お唯ちゃんがつる野からいなくなったんでやす!」
「つる野の若いもんがお唯はどこだって、長屋に怒鳴り込んできたんだよ」

 まさか……!
 望がかどわかしたんじゃ……。

「夕輝殿、どうされたのですか?」
「あ、祥三郞君」
 夕輝が答えようとしたとき、橋本屋の手代が駆けてきた。

「天満様! すぐにいらして下さい! お嬢さまが……!」
「お里ちゃんもいなくなったんですか!?」
「はい! とにかく、一緒に……」
「夕ちゃん、何の騒ぎだい?」
 騒ぎを聞きつけてお峰も出てきた。

「お峰さん」
「十六夜」
 繊月丸までやってきた。

「未月の娘が望に攫われたよ。朔夜が呼んでる。行こう」
 繊月丸が夕輝の手を引いた。
「何を言ってるんです! うちのお嬢様を捜すのが先ですよ!」
 橋本屋の手代が怒鳴った。
「夕ちゃん、お唯ちゃんのこと、捜してくれるよね?」
 お花が心配そうに手を揉みながら訊ねた。
「未月の娘って、椛ちゃんのこと……だよな。お唯ちゃんとお里ちゃんも……」
 夕輝はそう言いながら繊月丸を見た。
「望のところにいる。江都の神域は穢れきった。すぐにも地下蜘蛛が湧き出してくるよ」

 確か、地下蜘蛛が湧き出すと大火になるって……。

 そうか!

 さっき風に大して感じた引っかかりはこれだ!

「お花さん、それから橋本屋の……えっと……」
「祐二です」
「お花さん、祐二さん。お唯ちゃんとお里ちゃんは俺が助け出してきます。家で待ってて下さい」
「夕輝殿、拙者も同行します」
「有難いけど、危ないから……」
「夕輝殿には葵殿の時に助けていただいた故、今度は拙者が力になります」
「祥三郞君……」
 祥三郞の真剣な顔を見ていると断りづらかった。

「兄貴! あっしも行きやすぜ! 戦力にはならないでやすが、手伝いやす!」
「有難う、二人とも」
 連れていっていいのか分からなかったが、一緒に行ってもらえれば心強いのは確かだ。
「それなら手前も一緒に連れてって下さい」
 祐二が言った。

「いえ、祐二さんは橋本屋さんに、俺がお里ちゃんを助けに行ったことを伝えて下さい」
 夕輝はそう言ってから、
「お峰さん、お花さん、祐二さん、風が強くなってきたので火事には十分に気を付けて下さい」
 その言葉に祐二は、こんな時に何言ってるんだという顔をしたが、お峰は、
「そうだね。今日はもう湯屋はおしまいにした方がいいね」
 と言った。

「それじゃ、行ってきます。繊月丸、案内してくれ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

異世界ランドへようこそ

来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。 中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。 26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。 勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。 同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。 ――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。 「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。 だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった! 経営者は魔族、同僚はガチの魔物。 魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活! やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。 笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。 現代×異世界×職場コメディ、開園!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】金の国 銀の国 蛙の国―ガマ王太子に嫁がされた三女は蓮の花に囲まれ愛する旦那様と幸せに暮らす。

remo
恋愛
かつて文明大国の異名をとったボッチャリ国は、今やすっかり衰退し、廃棄物の処理に困る極貧小国になり果てていた。 窮地に陥った王は3人の娘を嫁がせる代わりに援助してくれる国を募る。 それはそれは美しいと評判の皇女たちに各国王子たちから求婚が殺到し、 気高く美しい長女アマリリスは金の国へ、可憐でたおやかな次女アネモネは銀の国へ嫁ぐことになった。 しかし、働き者でたくましいが器量の悪い三女アヤメは貰い手がなく、唯一引き取りを承諾したのは、巨大なガマガエルの妖怪が統べるという辺境にある蛙国。 ばあや一人を付き人に、沼地ばかりのじめじめした蛙国を訪れたアヤメは、 おどろおどろしいガマ獣人たちと暮らすことになるが、肝心のガマ王太子は決してアヤメに真の姿を見せようとはしないのだった。 【完結】ありがとうございました。

処理中です...