比翼の鳥

月夜野 すみれ

文字の大きさ
14 / 46
第四章

第二話

しおりを挟む
「花月! 師匠は!?」
 光夜は母屋に飛び込んだ。
「今、支度してるけど、どうしたの?」
 光夜のただならぬ様子に花月が驚いたように訊ねた。
「麻生が殺されたって山田が知らせに……」
「光夜、お兄様に知らせて!」
 花月はいそぎ足で弦之丞の書斎に向かった。

 報告を受けた弦之丞と宗祐はすぐに稽古場に向かった。
 その後を花月と光夜がいていく。
「本当に麻生なのか」
 弦之丞が冷静な声で山田に訊ねた。
「はい。間違いありません、柳原やなぎはら土手どてに……」
「誰か麻生の家に知らせに行ったのか」
「坂本が向かいました」
「そうか」
 弦之丞がうなずいた。
 弟子達は落ち着かない様子で互いにしゃべっていて稽古場内はさわがしい。

「おい、麻生がどこに住んでたか知ってるか?」
 光夜は山田に訊ねた。
「本所だが」
「師匠、これでは稽古にならないのでは」
 宗祐が言った。
「そうだな。今日の稽古は休みとしよう」
 弦之丞の口から休みが伝えられると弟子達は麻生の話をしながら帰っていった。

 帰っていく弟子達にまぎれて光夜も稽古場を出た。
 花月をさそおうかとも思ったが流石さすがに弟子の死体を見せるのは躊躇ためらわれた。
 花月に普通の女にするような気遣いが必要かは疑問だったが。
 柳橋に向かっていると数人の弟子達が山田を先頭にして歩いていくのが見えた。
 どうやら光夜と同じく見物に行くつもりらしい。
 山田が道案内してくれるなら丁度ちょうどいい。
 光夜も後にいていった。

 柳原の土手に人だかりがしていた。
 大勢の野次馬がいて後ろからでは見えない。
 人混みをき分けて行こうとした時、御用聞きらしい男が、
「どいてくんな」
 と声を掛けた。
 人混ひとごみが左右に分かれる。
 光夜は御用聞きの後にいて野次馬達の前に出た。

 麻生は仰向あおむけに倒れていた。
 肩から脇腹まで袈裟斬りにされている。
 近くに刀が転がっていた。
 正面から斬られたのか……。
 御用聞きが十手じってで手首を持ち上げたりして遺体の硬直こうちょく度合どあいを調べていた。

 しばらくして黄八丈の着流きながしに羽織はおりすそを帯にはさんだ武士がってきた。
 町方まちかたの同心か……。
 町方というのは町人の犯罪捜査などを行う役人やその部下である。
 同心というのが普段の捜査の指揮をり、捕物とりものの時はその上役うわやくである与力が指揮しきを執る。
 実際の探索たんさく――捜査は同心が自腹で雇っている御用聞きや、その御用聞きが雇っているしたきが行う。
 御用聞きと下っ引きは町人だ。
 同心と御用聞きは麻生の死体の前で何やら話し始めた。

 そこへ、
御免ごめん
 と言う声がして再び人垣ひとがきが割れる。
 黒い羽織袴の武士が供をひきいてってきた。
 後ろからかごいてくる。
「その者は我が家の者ゆえ遺体を引き取らせてもらおう」
 武士が同心に言った。
 麻生の身内らしい。

 武家は町方まちかたの管轄ではない。
 同心と御用聞きは素直に脇へどいた。
 武士と中間らしい男が麻生の遺体を籠に乗せると帰っていった。
 遺体が無くなり同心や御用聞きも帰ってしまうと、これ以上見る物もないと判断した野次馬も散っていく。

 光夜も帰ろうと踵を返すと花月がいた。
「花月」
 花月には見せたくなかったから一人で来たのだが……。
「見たのか?」
「うん、麻生さんのうちの方が来た時ちらっと見えた」
 花月は冷静だった。
「辻斬りだと思う?」
 花月が光夜に訊ねた。
「あいつ金持ってそうには見えねぇよ」
 どこの岡場所が安いか、などという話をしていたくらいだから実際持ってなかったはずだ。
「でも力試しって辻斬りもいるでしょ」
「力試し……」
 光夜は麻生の言っていた言葉を思い出した。
 確か人を斬ってどうこうって……。

「どうかした?」
 光夜の表情を見た花月が訊ねた。
「力試しは麻生の方かもしれねぇ。でなきゃ本所に住んでる麻生がこんなとこにるはずねぇし」
「何か知ってるの?」
 花月の問いに、光夜は麻生が稽古場で言っていた事を話した。

「誰かを斬ったのね」
「でなきゃ、あんな風には言わねぇだろうな」
「もっと詳しく知りたいわね。他の弟子に話を聞いてもらうよう村瀬さんに頼んでみる」
 その一言に光夜はむっとした。
「なんで俺じゃねぇんだよ!」
「あんた態度悪いから村瀬さんしか仲のい人いないでしょ。麻生さんと親しかった武田さんとは仲悪いし」
 光夜は返答にまった。
 確かに光夜は他の弟子と話したことは数えるほどしかない。
 しかもそのほとんどが口論こうろんだ。

「ま、でも、他の人と親しくなるい機会ね。麻生さんの事を口実に話し掛けてみなさい」
 別に他の弟子達と親しくなりたいとは思ってない。
 しかしこの先も内弟子でいたいなら他の弟子達と上手くっていく必要があるだろう。
「あんたに話すとお父様達の耳に入るかもしれないと思って教えてくれないかもしれないけど、だからって無理強いしちゃ駄目よ。喧嘩したら『大学』全部終わるまで稽古禁止にするからね」
 花月は釘を刺した。
「それと念の為、村瀬さんにも頼んでおくから」

 次の日から稽古が再開された。
 麻生の通夜つや葬式そうしきには弦之丞と宗祐が行った。

 流石さすがに稽古中に私語しごはないが、稽古前や後は麻生のことで持ち切りだ。
 稽古が終わっても弟子達は稽古場で麻生の話をしている。

 信之介は武田達に声を掛けたが思うように話してもらえず苦戦しているようだ。
 光夜はその集団に近付いていった。
 武田が光夜を見て露骨ろこつに嫌そうな顔をする。

「お前ら、花月……さんのこと嫌いか?」
「な、なんだいきなり」
 意外な言葉に武田達が面食めんくらったようだった。
「男みたいな格好かっこして刀して歩いて、男に混じって剣術なんかやって……」
「何を言う! 男の格好をしていようと関係ない! 花月さんは……」
 武田が光夜に食って掛かった。
「じゃあ、花月と茶でも飲みながら話してみたいとか思うか?」
「それは……」
 武田が口籠くちごもった。
 その場にた弟子達が顔を見合わせる。
「茶飲み話くらいさせてやるぜ。来いよ」
 光夜がそう言って母屋へ向かうと、武田達は何か裏があるのではないか、と言う表情をしながらも花月と話せるというえさに食い付いてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。 【登場人物】 帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。 織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。 斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。 一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。 今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。 斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。 【参考資料】 「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社 「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳)  KADOKAWA 東浦町観光協会ホームページ Wikipedia 【表紙画像】 歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

処理中です...