比翼の鳥

月夜野 すみれ

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第四章

第三話

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 武田達を連れて母屋へ入ると花月が何事なにごとかという表情を浮かべた。
「花月……さん、こいつらがあんたと話したいって言ってるぜ」
「な、何を言うか! そこもとが言い出したのであろう……」
 武田があわっったような表情で否定する。
 花月はすぐに光夜の意図を察した。
みんな、座って。すぐにお茶を入れます」
「い、いえ、ご迷惑でしょうから……」
 断ろうとした武田に、
「私も同じ弟子としてみんなと一度ゆっくり話したいと思っていたから」
 花月が微笑む。
 その笑みを見た武田が真っ赤になる。
 武田達はそれ以上何も言えずにその場に座った。

 花月が台所に向かうと、
「花月さん、拙者もお手伝いします」
 と信之介が花月の後に続く。
「お前らはその辺に座ってろよ。すぐに持ってくるから」
 そう言うと光夜も居間を後にした。
「武田さん達と村瀬さんと光夜と私で八人か。湯飲ゆのみ、足りるかしら」
 加代が湯をかしたり急須きゅうすに茶葉を入れたりしている間に花月は湯飲みを探した。

 それぞれの前に茶が出され、花月が向かいに座ると武田達は居心地悪そうに互いを見た。
「それで、麻生はなんであんなとこにいたんだ? 朝まで見付からなかったって事は夜一人でいたんだろ」
 光夜が口を切った。
「それは……」
「前に人を斬ったとかって言ってたが、あれは何だ? 辻斬りでもしてたのか?」
「そうではない!」
 武田が強い口調で否定した。
「じゃ、誰を斬ったんだよ」
破落戸ごろつきだ」
「破落戸と喧嘩したの?」
 花月が訊ねた。
「ち、違います!」
 武田が慌てて手を振った。
「最初から話してくれる?」
 花月が穏やかに訊ねると、
「……あれは、半月ほど前の事でした」
 しばら躊躇ためらった後、武田が口を開いた。

 稽古からの帰り道、麻生、武田、坂口の三人が人気ひとけのない火除け地に差し掛かった時だった。
 破落戸達が猿轡さるぐつわまされた身なりのいい町娘をかごに押し込もうとしているところに行き合わせた。
 麻生達は娘を助けようと破落戸達に駆け寄った。

「邪魔すんじゃねぇ!」
 破落戸の一人が懐に飲んでいた匕首あいくちを構えると他の二人も匕首を抜いた。
 武田達が柄に手を掛けた時には麻生が刀を抜いて破落戸に斬り掛かっていた。
 麻生が振り下ろした刀に破落戸の右腕が切り落とされた。
 別の破落戸が突っ込んでくると、麻生はその男を袈裟斬りにした。
 生き残った破落戸は逃げ出し、麻生達は娘を家まで送っていった。

 帰り道、麻生は「やはり武士は人を斬ってこそ一人前だな」などと言って浮かれていたという。

「人を斬ったって言うのはその破落戸の事なのね」
 花月が念を押すように訊ねると、武田と坂口が視線を交わす。
 光夜はそれに気付いた。
「それだけじゃねぇな」
 武田がうつむく。
「花月に話すって言うから連れてきてやったんだぜ。話せよ」
 話し始めたからか、ここまで言ったら同じと思ったのか、武田は話を続けた。

 麻生は破落戸を斬って以来、人を斬りたくて仕方なくなったらしく、盛んに人を斬って度胸を付けなければ、と言うようになった。
 しかし、そうそう破落戸が人をかどわかすところに行き合わせるわけがないし、麻生自身は冷や飯食いだが親は御役目おやくめいている。
 軽々しく商家に用心棒になりたい、などと売り込みにいくわけにもいかず、る気を持てあましていた時、「柳橋に辻斬りが出た」と言う話をどこかから聞き付けたらしい。
 翌日、柳橋で牢人の遺体が発見された。

「それがしが麻生に問いただすと、辻斬りを斬ったと答えたのです」
「それで柳橋を彷徨うろついてたのね」
おそらく」
 それ以上はいくら突っ込んで聞いても知らないと首を振るばかりだった。
 本当にこれ以上は知らないらしいと判断した花月は話題を変えた。
 一頻ひとしき剣術談義けんじゅつだんぎをすると武田達は帰っていった。

 花月は、光夜や信之介と共に湯飲みの片付けをしながら、
「麻生さんが柳橋の辺りを彷徨うろついてたのっていつ頃だったのかしらね」
 と何気なく言った。
「五つ半過ぎくらいだろうな」
 光夜が答える。
「四つには町木戸まちきどが閉まるからな」

 町木戸というのは言葉通りそれぞれの町にある木戸きどである。
 防犯のために町ごとに木戸があり夜は閉ざされていた。
 町木戸が閉まったところで木戸番に言えば通してもらえるが、わざわざ木戸を開けてもらう必要がある。

「木戸が閉まる前に戻るとなると大体五つ半くらいには帰る必要があるだろ」
 花月はなるほど、というようにうなづいた。
 どうやら花月は行ってみる気らしい。
 光夜もどんなところか気になっていたし流石さすがに花月一人で夜道を歩かせるわけにはいかない。
 めようなどという考えはかすめもしなかった。

 その夜、五つ頃になると光夜は部屋をそっと抜け出した。
 玄関に行くと予想通り花月が待っていた。
 二人は視線を交わして頷き合うと静かに家を出た。
 弦之丞や宗祐くらいのつかい手なら花月達の気配に気付いたはずだ。
 どちらも花月には甘いから心配してないはずはない。
 だが出てきてめたりはしなかったのは花月と光夜の二人ならそこらの破落戸に後れを取る事はないと考えてるのだろう。

「一応提灯ちょうちん持ってきたんだけどけてもいと思う?」
 門を出たところで花月が言った。
「むしろいてねぇ方が怪しいんじゃねぇ?」
「そうね」
 花月が提灯に火をともすと光夜はそれを持って歩き出した。

 柳橋の辺りまで来た時、剣戟けんげきの音が聞こえてきた。
「もう出てたのか」
「違う。複数の人達が斬り合ってる。辻斬りじゃないと思うわ」
 花月が走り出す。
 光夜も提灯の火を消して放り出すと後に続いた。

 どこか家臣かしんらしい武士達と、黒い覆面ふくめんをした三人の侍が斬り合っていた。
 家臣達の後ろには上等な籠が置かれていた。
 籠をかついでいた六尺ろくしゃくらしい者達は離れた場所から様子を見ている。
 家臣達がられたらぐに逃げるつもりなのだろう。

「ぐあっ!」
 家臣らしい男の一人が腕を斬り付けられて刀を取り落とした。
 見ると既に一人倒れている。
 覆面の一人が傷付いた家臣にとどめをそうと刀を振り上げた。

「待て!」
 花月は刀を抜くと覆面と家臣の間に入った。
 光夜も覆面達に刀を向ける。
 覆面が花月に刀を振り下ろした。
 花月はそれをけると、そのまま首筋を斬る。
 覆面が血を吹き出しながら倒れる。

 二人目の覆面が向かい合っていた家臣を斬り殺すと花月の前に立った。
 三人目は別の家臣と戦っている。
 籠の主を守るためか皆抜刀ばっとうして構えてはいるものの周りを固めているだけで覆面と戦っている家臣に加勢かせいしようとする者はいなかった。

 こいつ、かなりの手練てだれだ……。
 光夜は花月の前にいる男の左ななめ後ろに回った。
 覆面の男が光夜に隙を見せないようにしながら花月と五間の間を置いて対峙たいじする。
 花月と向かい合っていた覆面がにじり寄るようにわずか踏み出した。
 と思った刹那、一気に花月との距離をちぢめる。
 速い……!
 覆面が花月の喉元めがけて鋭い突きを放つ。
 花月が右足を引いてたいを開きながら、覆面の刀をはじくのと、光夜が刀を振り下ろすのは同時だった。
 覆面は横に移動して光夜の刀をけながら花月に向かって袈裟に斬り下ろす。
 花月が素早く後退あとずさって刀をかわす。
 覆面はその勢いのまま横に払って光夜の刀をはじいた。
 その隙に花月が踏み込んで男に突きをり出す。
 覆面が逆袈裟に斬り上げようとしたところに光夜も刀を突き出した。
 覆面が斜め後方に後退しながら刀を払う。
 光夜の袖の端が切れた。

 つえぇ……。
 花月と光夜の二人掛かりでも覆面には及ばない。
 二人の連携れんけいが取れているからられないだけだ。
 覆面が刀を振り上げた時、
「そこで何をしている!」
 若い男の声と共に、こちらに駆け寄ってくる足音がした。
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