歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
47 / 144
魂の還る惑星 第一章 Sirius-シリウス-

第一章 第一話

しおりを挟む
うた惑星さと』第一章

 地上は真っ暗で空には沢山の星が瞬いていた。その中で青白い星が一際ひときわ明るく輝いている。
 波音に紛れて女性の歌声が途切れ途切れに聴こえてくる。
 旋律がムーシカに似てるけど違う……。
 歌ってるのもムーシコスじゃない。
 歌ったことのない地球人ひとがなんとかして歌おうとしているようだった。
 多分ムーシコスの奏でたムーシカを聴いたことがあるのだろう。その旋律を歌おうとしているのだ。
 ムーシコスが歌ってるわけじゃないのに感情が伝わってくる。
 旋律がムーシカに似てるからじゃない。
 彼女がそれだけ強く相手を想っているからだ。けど、それとは別に必死さも感じる。
 ただ想いを伝えたいというのとは違うような……。
 そのとき目覚ましの音で目が覚めた。

 小夜は朝食の片付けを終え、可燃ゴミの入った袋を持って外に出た。
 門を開けると道路の上に大きな黒っぽい塊が落ちていた。太い紐が絡まっているような感じだ。
 最初はなんなのか分からなかったが、それが身じろぎして正体に気付いた瞬間、悲鳴を上げていた。

 小夜の叫び声に柊矢と楸矢が玄関から飛び出してきた。
 近所の人達も次々と家から出てくる。

「どうした!」
「小夜ちゃん、どうしたの!」
 小夜は声も出せないまま指を指した。
 周囲の視線が指の先にいるものに集まった。

「なんだ、ヘビか」
 柊矢が拍子抜けしたように言った。
「小夜ちゃん、ヘビ怖いの?」
「女の子なんだから当然よぉ」
 近所のおばさんが同情するように言ったものの当人は平然としていた。
「まだ冬眠から覚めるには早くないか」
「ここのところ暖かいから起きちゃったのよ」
啓蟄けいちつも近いからなぁ」
 隣のおじさんはのんびりとした口調でそう言うと家に入っていった。他の人達も小夜がヘビに驚いたのだと分かるとすぐに帰ってしまった。

 誰もヘビに動じてない……。

 楸矢はヘビを掴むと家の向かいにある公園の植え込みの中に放した。

「しゅ、楸矢さん! そこ、公園ですよ!? 逃がしていいんですか!? つ、通報とか……」
「通報ってどこに?」
 楸矢が苦笑しながら訊ねた。
「け、警察とか保健所とか……」
「アオダイショウなんかでいちいち通報してたら怒られるよ」
「あんなに大きいのに!?」
「大きいって言っても二メートルもなかったじゃん。この辺二メートルくらいのアオダイショウ何匹かいるし毒ヘビじゃないから通報しても迷惑なだけだよ」
「何匹か!?」
「一匹か二匹はシマヘビかな。ま、どっちにしろ二メートルくらいのヤツは全部で三、四匹くらいだと思う。さすがにヘビの個体識別は難しいからはっきりとは分からないけど。そこまで大きくないのはもっといるよ」
 楸矢が当然のような顔で言った。
「アオダイショウやシマヘビの餌ってネズミとかカエルとかだけど、どっちもこの辺いっぱいいるから。あ、カエルは平気? カエルとかトカゲとか、この辺りは爬虫類や両生類よく出てくるから慣れた方がいいよ」
「よ、よく?」
 小夜が青ざめた顔で言った。
 確かに冬になる前は家に入る時たまに壁に貼り付いてるヤモリを見かけた。
 トカゲは人が近付ただけで逃げてしまうし動きが速すぎるので、ちゃんと見たことはない。

「うん、この辺、湧き水の池とかあるからね。俺達が行ってた小学校なんか毎年春になると校庭の隅にある池からカエルの卵とってきて教室で観察してたんだよ」
「湧き水の池なんてあるんですか?」
「新宿区の大半は山の手だからな。湧水ゆうすいが湧きやすい地形なんだ。中央公園の向かいにだって温泉があっただろ」

 山の手というのは台地の端の谷の浸食を受けた地形やその地形にある地域のことである。
 日本では地中から湧き出してくる水のうち温泉法にのっとった三つの定義のうちの一つでも満たしているものを温泉といい、一つも満たしていないものを湧水という(海外は水温が高ければ温泉)。ちなみに水温も定義のうちの一つだが他の定義を満たしていれば冷たくても温泉に分類される(水温が低いものは鉱泉や冷泉ともいう)。

「ていうか、中央公園にヘビやカエルいないの? あそこ昔は浄水場だったんでしょ」
「浄水場にヘビやカエルがいたら不衛生だろ。どっちにしろ浄水場じゃなくなったのは六十年代だからうちの親ですら生まれてなかった頃だぞ。けど、すぐそばに温泉があったくらいだし熊野神社には湧水の池とかありそうだけどな」
 熊野神社とは中央公園の隣にある神社である。広重の浮世絵、江戸百景の角筈熊野十二社つのはずくまのじゅうにそうはその神社のすぐ横を描いたもので昔は滝などもあった。

「熊野神社は石畳で覆われていて地面が出てる所はないので……。境内は狭いですし」
「そうなのか。まぁ、マムシはいないしヤマカガシ以外毒は無いから気にしなくていいぞ。ヤマカガシにしても刺激しなければ襲ってこないし」
「もしかしてカエルも苦手?」
「み、見たことないので分かりません」
 小夜が引きった顔で答えた。
「カエルもヘビもいないなんて、やっぱ西新宿って都会だ~。とても同じ新宿区内とは思えないね」
 楸矢が感心したように言った。
「あの辺だって発展したのは戦後だぞ」
「小夜ちゃんが生まれた頃は発展してたでしょ」
「そうよ、おばさんが子供の頃はもうあの辺、高層ビルがいっぱい建ってたもの。この辺りはまだ空き地とか結構あったけど」

 この辺は元々自然動物園にする予定の場所を急遽住宅地にしたが予定地全てを住宅街や団地にしたわけではない。残った部分は公園になった。
 というか、する予定だったらしい。
 だが地面がならされてベンチなどが置かれたり、雑草や雑木ざつぼくが取り除かれて観賞用の草木そうもくが植栽されたりして公園としての体裁が整ったのは割と最近で、それまでは空き地みたいなものだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

処理中です...