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魂の還る惑星 第五章 Sothis-水の上の星-
第五章 第一話
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第五章 Sothis-水の上の星-
満月が明るく輝いていた。波が寄せては返す音が聞こえている。
「前に誰にも聴こえないって言っただろ」
「うん」
「ホントはいたんだ。聴こえた人」
「誰?」
身を乗り出したアトの顔に一瞬、嫉妬の表情がよぎったが、男性は夜空を眺めていて気付かなかったようだ。
「俺の親。親父は聴こえる人を捜して捜して……、長いことかけてやっと見つけたんだ。それが俺のお袋。それでお袋と一緒になって俺が生まれた」
アトが安堵したように肩を落とした。
二人はとても仲睦まじかった。あまりにも仲が良すぎて母が病で命を落とすと父も気落ちしたのか後を追うように翌朝息を引き取った。
「ホントに仲が良くてさ。すごく羨ましかった。子供の俺ですら二人の間には割って入れなかったくらいだった」
男が遠くを見つめたまま言った。
「だから、親父が死んだ後、俺も村を出たんだ。親父みたいに聴こえる人を見つけたくて……」
その言葉にアトが目を伏せた。
男が捜しているのは聴こえる人だ。
地球人のアトではどんなに頑張っても男が求めている相手になれない。
男が竪琴を弾き始めた。
「また、唄が聴こえてきたの?」
「うん」
男が頷いた。
「……ホントに綺麗な音」
けれど、どんなに耳をすましてもアトには歌声は聞こえなかった。
小夜は以前、柊矢に買ってもらった桜色のブレザーを着て楸矢の高校に来ていた。
柊矢と共に楸矢の卒業式に参列したのだ。
「卒業おめでとうございます」
卒業式が終わり講堂から出てきた楸矢が、先に外に出ていた柊矢と小夜の所へやってきた。
「来てくれてありがと」
「でも、良かったんですか? 参列していいのは家族だけなんじゃ……」
「何言ってるの、小夜ちゃんも家族でしょ」
楸矢がそう言うと、小夜は一瞬驚いたような顔をした後、面映ゆそうな表情で俯いた。頬が赤く染まっている。
小夜の両親がいつ亡くなったのかは知らないが、おそらく祖父と二人だけの期間がかなり長くて誰かに家族だと言われたことがなかったのだろう。
楸矢や小夜の祖父の年代の男性は愛情表現の言葉を口にしたりしない人間が多い。
祖父を慕っていたのだから愛情は感じていただろうが、それを言葉で聞いたことはなかったのかもしれない。
ふと、小夜が柊矢のセレナーデを喜ぶのは単に恋人が弾いてくれるからというだけではなく、家族に甘えたことがなかったからではないかと気付いた。
祖父母は孫を甘やかすとは言っても大抵の場合は別居していて偶に会ったときの話がほとんどだ。
同居しているとしても、両親がいるならまだしも一人で育てているならそうそう甘やかしてはいられない。
実際、楸矢も祖父に甘えたことは余りない。
祖父は柊矢ほどではないが無関心に近くほとんど干渉してこなかった。
叱られるのも〝歌〟のことを口にしたときだけで、テストでどれだけ酷い点数を取ろうと怒られたことはなかった。
楸矢は祖父や兄の関心を引くために悪さをするような性格ではなかったし、そんなことをしなくても祖父は二人の演奏だけはよく褒めてくれていた。
フルートを吹いてるときだけは楸矢に注意を向けてくれた。
発表会の日には絶対に仕事を入れずに聴きに来てくれて、終わった後は必ず頭を撫でて褒めてくれた。
それが嬉しくて、いつの間にかフルートの練習に打ち込むようになっていた。
柊矢もそうなのかと思っていたが、どうやら彼の場合は単に演奏が好きだからやっていたに過ぎなかったらしい。
祖父が褒めても全く表情を変えないのは照れ隠しなのかと思っていたが、楸矢のように褒められたくてやっていたわけではないから特に嬉しいとも思わなかったのだろう。
弾きたくて弾いてるだけだから例え相手が祖父だろうと他人の評価はどうでもよかったのだ。
偶に手入れなどでヴァイオリンが弾けないときはひたすらピアノを弾いていたし、祖父の死後キタラを手に入れてからはキタラを弾くことが多かったから楽器には拘らないようだ。
一度何故ヴァイオリンを選んだのか聞いたら覚えてないと言っていたから親か祖父が習わせたのだろう。
霧生家にはCDプレイヤーはあってもレコードプレイヤーが無いのがずっと不思議だった。
そのCDプレイヤーにしても柊矢が授業で必要になったから購入したもので、ずっと柊矢の部屋に置いてあって祖父は使ったことがない。
というか楸矢も使ったことがなくて、ヴァイオリンだと必要なのかと思っていたが、小夜が外国語の勉強のために借りてるのを見て柊矢も外国語の学習に使っていたのだと気付いた。
中学に入学したとき柊矢にCDプレイヤーがいるかと聞かれた。
フルートの練習には必要ないから断ったが英語のリスニングに使うかという意味だったのだ。
ノートを読んでくれた椿矢から祖父がムーシコスだったと聞かされてようやくレコードプレイヤーが無かった謎が解けた。
祖父にとっても音楽とはムーシカだったから地球の音楽を聴くための機械は必要なかったのだ。
地球の音楽に興味がないのに孫達に楽器を習わせたのは〝歌〟のことを口にしないようにさせるためだったのかもしれない。
だとしたらクラシック音楽に興味がないのに柊矢や楸矢の演奏を褒めていたのは地球の音楽に注意を向けさせるためだったのだろう。
楸矢は祖父の目論見通りになったという事だ。
柊矢は単純に演奏が好きなだけのようだからヴァイオリンを与えられてなくても何かしらの楽器をやっていただろう。
祖父が亡くなった後は、柊矢は自分を養うためにヴァイオリニストを諦めて音大を中退した(と思っていた)ので尚更我が儘は言えなくなった。
満月が明るく輝いていた。波が寄せては返す音が聞こえている。
「前に誰にも聴こえないって言っただろ」
「うん」
「ホントはいたんだ。聴こえた人」
「誰?」
身を乗り出したアトの顔に一瞬、嫉妬の表情がよぎったが、男性は夜空を眺めていて気付かなかったようだ。
「俺の親。親父は聴こえる人を捜して捜して……、長いことかけてやっと見つけたんだ。それが俺のお袋。それでお袋と一緒になって俺が生まれた」
アトが安堵したように肩を落とした。
二人はとても仲睦まじかった。あまりにも仲が良すぎて母が病で命を落とすと父も気落ちしたのか後を追うように翌朝息を引き取った。
「ホントに仲が良くてさ。すごく羨ましかった。子供の俺ですら二人の間には割って入れなかったくらいだった」
男が遠くを見つめたまま言った。
「だから、親父が死んだ後、俺も村を出たんだ。親父みたいに聴こえる人を見つけたくて……」
その言葉にアトが目を伏せた。
男が捜しているのは聴こえる人だ。
地球人のアトではどんなに頑張っても男が求めている相手になれない。
男が竪琴を弾き始めた。
「また、唄が聴こえてきたの?」
「うん」
男が頷いた。
「……ホントに綺麗な音」
けれど、どんなに耳をすましてもアトには歌声は聞こえなかった。
小夜は以前、柊矢に買ってもらった桜色のブレザーを着て楸矢の高校に来ていた。
柊矢と共に楸矢の卒業式に参列したのだ。
「卒業おめでとうございます」
卒業式が終わり講堂から出てきた楸矢が、先に外に出ていた柊矢と小夜の所へやってきた。
「来てくれてありがと」
「でも、良かったんですか? 参列していいのは家族だけなんじゃ……」
「何言ってるの、小夜ちゃんも家族でしょ」
楸矢がそう言うと、小夜は一瞬驚いたような顔をした後、面映ゆそうな表情で俯いた。頬が赤く染まっている。
小夜の両親がいつ亡くなったのかは知らないが、おそらく祖父と二人だけの期間がかなり長くて誰かに家族だと言われたことがなかったのだろう。
楸矢や小夜の祖父の年代の男性は愛情表現の言葉を口にしたりしない人間が多い。
祖父を慕っていたのだから愛情は感じていただろうが、それを言葉で聞いたことはなかったのかもしれない。
ふと、小夜が柊矢のセレナーデを喜ぶのは単に恋人が弾いてくれるからというだけではなく、家族に甘えたことがなかったからではないかと気付いた。
祖父母は孫を甘やかすとは言っても大抵の場合は別居していて偶に会ったときの話がほとんどだ。
同居しているとしても、両親がいるならまだしも一人で育てているならそうそう甘やかしてはいられない。
実際、楸矢も祖父に甘えたことは余りない。
祖父は柊矢ほどではないが無関心に近くほとんど干渉してこなかった。
叱られるのも〝歌〟のことを口にしたときだけで、テストでどれだけ酷い点数を取ろうと怒られたことはなかった。
楸矢は祖父や兄の関心を引くために悪さをするような性格ではなかったし、そんなことをしなくても祖父は二人の演奏だけはよく褒めてくれていた。
フルートを吹いてるときだけは楸矢に注意を向けてくれた。
発表会の日には絶対に仕事を入れずに聴きに来てくれて、終わった後は必ず頭を撫でて褒めてくれた。
それが嬉しくて、いつの間にかフルートの練習に打ち込むようになっていた。
柊矢もそうなのかと思っていたが、どうやら彼の場合は単に演奏が好きだからやっていたに過ぎなかったらしい。
祖父が褒めても全く表情を変えないのは照れ隠しなのかと思っていたが、楸矢のように褒められたくてやっていたわけではないから特に嬉しいとも思わなかったのだろう。
弾きたくて弾いてるだけだから例え相手が祖父だろうと他人の評価はどうでもよかったのだ。
偶に手入れなどでヴァイオリンが弾けないときはひたすらピアノを弾いていたし、祖父の死後キタラを手に入れてからはキタラを弾くことが多かったから楽器には拘らないようだ。
一度何故ヴァイオリンを選んだのか聞いたら覚えてないと言っていたから親か祖父が習わせたのだろう。
霧生家にはCDプレイヤーはあってもレコードプレイヤーが無いのがずっと不思議だった。
そのCDプレイヤーにしても柊矢が授業で必要になったから購入したもので、ずっと柊矢の部屋に置いてあって祖父は使ったことがない。
というか楸矢も使ったことがなくて、ヴァイオリンだと必要なのかと思っていたが、小夜が外国語の勉強のために借りてるのを見て柊矢も外国語の学習に使っていたのだと気付いた。
中学に入学したとき柊矢にCDプレイヤーがいるかと聞かれた。
フルートの練習には必要ないから断ったが英語のリスニングに使うかという意味だったのだ。
ノートを読んでくれた椿矢から祖父がムーシコスだったと聞かされてようやくレコードプレイヤーが無かった謎が解けた。
祖父にとっても音楽とはムーシカだったから地球の音楽を聴くための機械は必要なかったのだ。
地球の音楽に興味がないのに孫達に楽器を習わせたのは〝歌〟のことを口にしないようにさせるためだったのかもしれない。
だとしたらクラシック音楽に興味がないのに柊矢や楸矢の演奏を褒めていたのは地球の音楽に注意を向けさせるためだったのだろう。
楸矢は祖父の目論見通りになったという事だ。
柊矢は単純に演奏が好きなだけのようだからヴァイオリンを与えられてなくても何かしらの楽器をやっていただろう。
祖父が亡くなった後は、柊矢は自分を養うためにヴァイオリニストを諦めて音大を中退した(と思っていた)ので尚更我が儘は言えなくなった。
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